第7話 マームとの出会い
「お風呂、気持ち良かった」
「ラウナは魔法植物に好かれてるな。だって食べられてない」
「! あの植物って人を食べるの?」
「冗談だ」
からかわれたことに気づいたのか、ラウナは「むー」と唇を尖らせた。
ただ丸っきり嘘ってわけでもない。
俺が命令している間は便利なバスタブだが、元になっているのは食虫植物のウツボカズラだ。
バスルタブカズラも野生なら、袋に落ちた生き物を煮殺したりするらしい。
つくづく【
「ベッドを綺麗にしておいたから、先に寝ててくれ」
「ベッドは一つしかない。ご主人さまの物じゃないの?」
「俺の寝床はあっちだ。今日は風が気持ちいいからな」
木と木の間にぶら下げたハンモックを指さす。
気候が穏やかな日はここで寝ることにしている。
「本当にいいの。悪い気がする」
「俺がいいんだから問題ない。これからも気を回しすぎなくていいからな」
「わかった。じゃ先に休む」
「おやすみ」
ラウナが家に入ったことを見届けると、俺も風呂に入ることにした。
バスタブカズラのお湯はまだ温かい。
「ふー、激動の一日だったな」
魔法植物を薬に加工する事業、ドロシーとの契約、はじめて買った奴隷のラウナ、色々とありすぎた。
今までだらだらと日々を過ごしていたので、余計にめまぐるしく感じる。
異世界に転生して一年、ようやく新しい人生が始まった気分だ。
「これからがんばっていかないとな」
パシャンっとお湯で顔を洗い、俺はつぶやいた。
空を見ると、満天の星が広がっていた。
翌日。
「んー、よく寝た」
俺は背伸びをしてハンモックから下りる。
ラウナはよく眠れただろうか。
家のドアを開けると、香ばしい匂いが漂ってくる。
もしかして、ラウナが朝食を作ってくれたのだろうか。
「おはよう。ご主人さま」
「おはようって、これ全部作ったのか?」
テーブルの上には燻製卵とソーセージ、野菜サラダが盛り付けてあった。
黒パンの横には木苺のジャムまである。
「ずっとお世話になりっぱなしだから。朝食作ってみた」
「ありがとう。いい匂いでびっくりしたぞ」
そういえば女の子に食事を作ってもらうなんてはじめてだな。
まだ食べてもないのに感動している自分がいる。
食事の前に手を合わせてから、俺はジャムをたっぷり塗った黒パンを口に運んだ。
「美味い! ラウナ料理上手なんだな」
「こ……これくらい普通」
木苺の酸味と砂糖の甘みが舌を刺激する。
いつも食べている黒パンが、スイーツみたいだ。
ラウナは照れているのか、そっぽを向いていた。
「わたしも食べる」
「どんどん食べよう。これから仕事だしな」
二人して燃料を補充するように朝食を食べる。
食べ終わったら、次は仕事だ。
「足の具合はどうだ? 違和感はないか?」
「大丈夫。ちゃんとわたしの意思で動く」
「なら良かった。なにか異常を感じたらすぐに言ってくれ」
俺はラウナの手を引いて家の外に出た。
足は順調に馴染んでいるようだ。
上半身にフラつきが無くなってきている。
「どこへ行くの」
「昨日少し言ったけど、俺は魔法植物を使った薬を売ろうと思っている。ラウナには栽培の手伝いをしてもらいたいんだ」
通路を歩いて野菜畑を通りすぎる。
魔法植物の畑がある森の中へ進んでいく。
「着いたぞ。ここだ」
「柵の周りに咲いてる花はなに? 変な匂いがする」
「あれは蠅避け草だな。虫がこないように特殊な香りを出してるんだ」
「鼻がスースーする」
咲き乱れる紫色の花を見て、ラウナは鼻を擦る。
俺は慣れたけど普通の人はそう感じるのか。
ただ蠅避け草がないと、すぐ蝶や蛾が葉っぱに卵を産み付けにくるので、慣れてもらうしかない。
「仕事に障りそうか?」
「ううん、平気。ちょっとキツい香辛料だと思えば」
「次は今回の栽培に使う場所を紹介しよう」
柵の扉を開けて畑の中を進んでいく。
と、その途中でマームが現れた。
「テキ、ハイジョ」
「えっ」
マームがラウナに向かって拳を振りかぶる。
マズい。
完全に侵入者排除モードになってる。
「マーム待て! この人は敵じゃない!」
ラウナの前に身を乗り出し、手を前に出してマームを制止する。
拳は俺の鼻先で止まった。
あ、危なすぎる。
「……ジャナイ?」
「この人は新しく俺の助手になったラウナだ。助手ってわかるか?」
「ワカラナイ」
「一緒に農作業を手伝ってくれる人だ。つまりマームの仲間だな」
「ナカマ」
ナカマ、ナカマ、とマームは繰り返す。
【
少しして、マームは大きく手を広げた。
「ワカッタ。ラウナ、ナカマ」
「え、えっと」
「ハグしてやってくれ。彼なりの友好の証だ」
「……うん」
ラウナは戸惑いつつも、マームを抱きしめた。
キノコのボディがマットレスのように、少女小柄な身体を包む。
「俺たちはこれから畑を見るから、引き続き警備を頼む」
「ワカッタ」
そう言うと、マームは去っていった。
「ご主人さま、あの人? だれ?」
「驚かせて悪かったな。彼はマームこの畑の番人だ」
「というか、人型キノコ。思いっきり魔物」
「俺のスキルで育てたから、一応魔法植物……のはずだ。もうラウナに手は出さないから安心してくれ」
ラウナはまだ不安そうだが、うなずいてくれた。
そういえば畑の説明をするんだったな。
俺は何も植わっていない畑の前に、ラウナを案内する。
「俺はここでマンドレイクの栽培をするつもりだ。ただそのためにはまず土の状態を良くしなきゃならないんだ」
「土から作るの? ご主人さまのスキルなら店で売ってるみたいな魔法植物が出てくると思ってた」
「急成長させると枯れるのも早いんだ。今回は薬の材料にするからスキルで成長促進させるのは最低限だな」
そう言って俺は土を触る。
栽培に使い予定の場所には、カマボコ型の畝が十二本並んでいた。
「まだ種や材料は届いてないけど、一畝くらいならいま残っている材料でも作れる。次はラウナにもやってもらいたいから、今回は見ててくれ」
「うん」
小屋の中から必要な材料を持ってきて、地面に並べた。
「まず土にコカトリスの血をかける。それから蚯蚓竜の牙を撒く」
赤黒い血が土に染み込み、その上にギザギザした牙が落ちる。
すぐに変化が始まった。
「煙が出ててる」
「材料がちゃんと反応してる証拠だな。ここで煙が出ないと始めからやり直しだ」
土の色がやや緑になったところで、次の材料を取り出す。
「それは大きな石?」
「ストーンゴーレムの欠片だな。これを土の中に埋める」
「畑に石を入れて大丈夫なの?」
「普通は良くないな。でもマンドレイクの栽培には土の中に魔力が必要なんだよ。だからこうやって魔物由来の材料をあらかじめ埋めておくわけだ」
スコップで穴を掘って、一メートル感覚おきにストーンゴーレムの欠片を奥深くに埋め込む。
今度は土の色が真っ赤になった。
材料の効果はしっかり出ているみたいだ。
「これで種を蒔く準備は整った。あともう一つ必要なものがあるんだが、それは後で採りに行こう」
「こんなやり方絶対だれも知らない。どうして土の作り方まで知ってるの」
「これも【
「賢者さまみたいなスキル。ご主人さまってもしかして……」
「俺は普通の農家だよ」
ラウナが目を輝かせてこっちを見てくる。
俺はごまかすように頬を掻いた。
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