第6話 はじめての食事
「失礼なこと言ってごめんなさい。また立てるなんて信じられなかったから」
「気にするな。今日自分を買った男なんて疑って当然だ」
自分の意思で立てるようになったラウナは、ペコリとお辞儀をする。
これで少しは魔法植物を信じてもらえただろうか。
「自由に動くのはまだ時間がかかる。少しずつ慣れていけばいい」
「うん」
ラウナはコクリとうなずいた。
そして、
「ご主人さま、ちゃんと自己紹介する。ううん、させてください」
翡翠色の澄んだ瞳で俺を見つめ、そう言った。
俺は「頼む」と返す。
「行商人へリック・ナイアの娘、ラウナ・ナイアと申します。誠心誠意ご主人さまにお仕えしますので、どうぞよろしくお願いします」
ラウナは俺の手を取り、自身の胸元にある奴隷の刻印に触れさせた。
温かい彼女の体温が伝わってくる。
俺もちゃんと自己紹介しないとな。
「俺はソウマ・ササキ。ここで農家をしている。いまは金持ちになるために、魔法植物を使った薬を作る仕事を始めるところだ」
「わたしもお手伝いがんばる」
「よろしく頼む、これから色々と忙しくなる予定なんだ」
「うん」
ラウナはっきりとした声で返事をする。
死体のように濁った瞳にも、少し光が戻った気がした。
かなり強引に足を生やしてしまったけど、元気になってくれたなら良かった。
「疲れただろ。今日はもう夕飯を食べて休んでくれ」
窓の外を見ると、空が橙色から青紫に変わりかけている。
もうすぐ夜だ。
「簡単なもので悪いがなにか作ってくる」
「わたしもお手伝いする」
「じゃあテーブルをピカピカに拭いておいてくれ」
水をしぼった布巾をラウナに渡す。
お客さま扱いされるのも気を遣うだろうし、テーブルを拭くだけならいまの足でもできるだろう。
俺は台所に向かい、使えそうな食材を確認する。
野菜はいくらでも採れるんだが、肉がソーセージしかない。
そもそも俺は難しい料理なんてできないし、いつも食べてるポトフにするか。
日本で一人暮らしをしていたときに、よく作っていたやつだ。
キャベツ、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、ブロッコリーを切って、水を張った鍋に入れる。
日本にいた時はコンソメを使うんだけど、ないので似たような味の謎キューブを放り込む。
原料は未だに知らないが、この世界ではどの家庭でも使われているようだ。
煮立ったらブロッコリーとソーセージを入れて、もう少し煮込む。
「よし出来た」
鍋がホカホカと湯気を立てている。
俺はスープ皿にポトフをよそうと、ラウナのいるテーブルに運んだ。
「すごくいい匂い」
「テーブルもいい感じにピカピカだな。あり合わせの材料だけど野菜の味は自信アリだ」
ついでに黒パンを出してボウルに木苺を盛っておく。
スプーンとフォークを並べたら、夕食の始まりだ。
「いただきます」
「神様、食事の恵みに心から感謝します」
俺は手を合わせ、ラウナは祈りを捧げる。
こういう時が一番文化の違いを感じるな。
「さあ食べてくれ」
「ではじゃがいもから……」
ラウナはじゃがいもにフォークを刺し、パクリと食べた。
ホクホクした芋の食感を味わっているのか、口がハムスターのように動く。
そして──。
「んううううううううううぅっっ!? お、美味しい! こんなじゃがいもはじめて食べた!」
「そうか。口に合ってよかった」
ラウナは目を輝かせながら頬っぺたを触る。
いつも食べてる野菜だけど、こんなに喜んでもらえるとうれしくなるな。
「もぐ、はぐ……すごい……!」
ラウナはキャベツ、玉ネギ、にんじんと、次々に口へ放り込む。
手が止まらないといった様子だ。
「どの野菜もすっごく美味しい! これ全部ご主人さまが作ったの?」
「スキルのおかげだけどな。俺は肥料を用意したり水をやるだけだ」
「スキルだってご主人さまの力。野菜のスープで感動するなんて思わなかった」
俺のスキルは自称神のもらい物なので複雑だが、ラウナが喜んでくれるのは素直にうれしい。
ずっと一人で作って食べていたので、相手がいる夕食も悪くないな。
「ううぅ……こんなに美味しい野菜料理、人生ではじめて」
「おかわりもあるから、どんどん食べてくれ」
「わたしここに来て良かった」
「商館じゃちゃんと食べてなかったのか? 飯をケチるようには見えなかったんだが」
「わたしたちは商品だから、スタイルを保つために食事を制限されてる。だからおかわりはみんなの夢」
改めて奴隷は大変なんだなと思う。
夕食は続き、ラウナはポトフも黒パンを三回おかわりした。
……この子意外と大食いだな。
まあ喜んでいるからオッケーか。
「ごちそうさま」
「神様、感謝の内にお食事を終わります」
そうして、俺たちは食事を終えた。
あとは風呂に入って寝るだけだな。
「風呂を用意してくる。焚けたら先に入ってくれ」
「ご主人さまの家ってお風呂もあるの? 貴族みたい」
「水路も通ってない田舎なのに意外か? じゃあ見せるから一緒に行こう」
この世界で庶民が風呂に入るには、王都の大衆浴場を使うしかない。
ほとんどの人はお湯で濡らしたタオルで身体を拭くくらいだ。
俺は日本出身なので風呂なし生活に我慢ができず、自分で用意してしまった。
「歩けるか?」
「うん。少しずつなら」
俺はラウナを支えながら外に出る。
そして家の隣にある小屋の扉を開けた。
「えっ? これって?」
小屋の中にあったものを見たラウナが驚く。
まあ無理もないか。
浴槽みたな形をした植物が寝そべっているんだから。
「これは『バスタブカズラ』っていう魔法植物だ。浴槽型の袋に水を入れて命令すると、温度を上げてくれる」
「ご主人さまってやっぱり魔法使い?」
「ただの農家だよ」
溜めた雨水をバスタブカズラに注ぐと、不純物を吸収したあとに適温まで温められる。
これで入浴の準備ができた。
「服を持ってくる。一人で入れるか?」
「うん、大丈夫。ただ……あの、えっと……」
ラウナは口ごもりながら、頬をリンゴのように赤くして、なにやらもじもじしている。
一体どうしたんだろう。
「ご主人さま、二人で入る? 奉仕も奴隷の仕事だから」
混浴。
ラウナはそう言っているのだ
しかも恥ずかしそうに、上目遣いでこっちを見てくる。
神がかりに魅力的だし、男の欲望が刺激される。
だが俺の答えは決まっていた。
「無理しなくていい。それよりも今日はゆっくり身体を休めてくれ」
「うん……」
ラウナの着替えを取って来ると、そのまま小屋の扉を閉めた。
絶対に手を出さないと約束したからな。
ラウナには助手として仕事を手伝ってもらえれば十分だ
別に女性を触れあったことがないから、ビビッてるわけじゃないぞ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……」
ラウナは湯舟に浸かり、ゆったりと身体を伸ばした。
いつぶりかわからない自分一人の入浴。
思わず声が漏れる。
「足……本当にあるんだ」
新しく出来上がったばかりの足をそっと撫でる。
元があの気味悪い植物とは思えないほど、違和感のなく身体に馴染んでいた。
膝も指も自分の意思のままに動く。
まだ少し痺れがあるが、それもすぐに消えそうだ。
「パパ、ママ……わたしまだ生きてるよ」
天国にいるはずの両親に思いをはせる。
両親と一緒に行商人として旅をしていたときは、ラウナにも両足があった。
足を失くしたのは忌まわしい事件があったからだ。
そのことを思い出すと、いまでも心臓が締め付けられる。
「ソウマさま、ありがとう。もう一度人生をくれて」
この世のすべてに絶望していた。
もうすぐ処分されて、魔法塔の実験動物にされると思っていた。
でも、そこから救い出してくれた人がいた。
足を与え、仕事を頼みたいとも言ってくれた。
「ありがとう……ありがとうございます。あ、うあああああああああああああああああああああ!」
感情が決壊した。
奴隷の自分にこんな幸運があっていいのか。
ラウナは湯舟に顔を沈め、大声で泣いた。
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