第3話 魂の契約書

「【緑の王ユグドラシル】……そんなスキル聞いたこともないわよ。あんた何者なの?」

「ただの農家だよ。昔魔物に襲われて死にかけたときにスキルが目覚めたんだ。魔法植物の栽培までできるのは俺も驚いてる」


 ドロシーは訝しげな表情で、俺とヒールハーブを交互に見ている。


 転生者ってことはまだ秘密だ。

 説明が面倒だし、信じてもらえるかわからないからな。


「生死がかかった状況で覚醒する冒険者はいるけど……だとしてもAクラスの魔法植物を好きなだけ作れるなんて規格外だわ。大陸魔法協会が知ったら一生研究室でモルモットね」


 さらっと怖いことを言う。


「お前も俺を解剖したいのかよ」

「正直に言うとちょっとね」

「ならヒールハーブは別の店で売ることにする」

「ま、待ちなさいよ! 冗談だってば!」


 店から出ようとする俺を、ドロシーは慌てて呼び止める。

 勢いにつられて、赤髪のツインテールがぴょんっと跳ねた。


「儲け話があるんでしょ。ちゃんと聞くから話して」

「さっきも言ったが、俺のスキルならどんな魔法植物でも栽培できる。お前にはそれを薬という商品にしてほしいんだ」

「たしかに薬の方が売りやすいわね。魔法植物の取り扱いは難しいから」

「身長を伸ばす薬、力が漲る薬、寿命を延ばす薬、俺たちが組めばどんな妙薬でも生み出せる。これってデカい仕事になると思わないか」


 俺は自信に満ちた表情を作り、手を差し出した。

 ドロシーはまだ迷っているようだ。


「……具体的には何を作るつもりなのよ」

「マンドレイクを使って力が漲る薬『戦神の強壮薬』を作ろうと思っている。冒険者なら肉体強化のバフに、貴族のじいさんなら夜の営みに使えるはずだ」

「それって最低でもAランクのマンドレイクが必要でしょ。冒険者なら一本採取するだけでも命賭けのレアアイテムだし。あんたはそれを栽培できるわけ?」

「できる。ある程度の材料は必要だけどな」

「──ッッ! 嘘でしょ……」


 その言葉を聞いて、ドロシーは絶句していた。


 魔法薬を専門としている彼女だ。

 マンドレイクの栽培がどれだけあり得ないことか、よくわかっているんだろう。


「もう少しだけ考えさせて」


 口に手を当て考え込む。


 しばしの沈黙。

 それからドロシーは口を開いて、


「わかった。あんたの話に乗るわ。これからは仕事のパートナーよ」

「さすがドロシー。そう言うと思ってた」

「か、勘違いしないでよね。あたしはお金が好きなだけ。あんたの友達でも仲間でもないんだから!」

「ああ、わかってるって」


 憎まれ口を叩きながらも、ドロシーはしっかりと俺の手を握った。


 これで第一の問題はクリアだ。

 俺の夢にまた一歩近づいた。


「で、さっそくだけど決めることがあるわ。わかるわよね?」、

「取り分の話か? 薬の売り上げをどう分けるかってことだろ」

「そ。こっちの要求としては、あたしの取り分が九。あんたの取り分が一。これでいいわよね?」


 は?

 ちょっと何を言ってるかわからないんだが。


「おいおい、いくらなんでもそれはないだろ」

「そう? じゃあ譲歩してあたしが八、あんたが二でもいいわよ」


 ドロシーはドヤ顔で鼻を鳴らす。


 こいつ……タチの悪い客がする値引き交渉みたいなことを……。

 ドアインザフェイスのつもりか知らないが、交渉が下手すぎるだろ。


 まったくパートナーと言っても、一筋縄じゃいかないな。


「ドロシーよく聞いてくれ」

「な、なによ」


 肩に手を乗せ、顔をじっと見る。


「俺たちはいまから協力関係になるんだ。片方が不利になる交渉をしてどうする? ギスギスしながら仕事したくないだろ?」

「べ、別にそんなつもりはないけど? あたしは正当な対価を要求してるだけよ」

「本当に正当か?」

「本当よ!」


 声がつっかえ始めている。

 半年取引をしていて思ったのだが、ドロシーは押しに弱いタイプだ。


「よく聞いてくれ。俺は薬の精製にどれだけ手間がかかるか知らん。だからお前の良心を信じる。【緑の王ユグドラシル】の価値を考えたら、実際の取り分はどれくらいなんだ?」

「ちょっ、顔が近いわよ! 息がかかるんだけど!」


 俺は視線を外さず、真剣な顔でドロシーの目を見つめる。

 彼女はなぜか顔を赤くして、それから戸惑いがちに口を開いた。


「あー、もう! 正直に言うわよ。取り分はあたしが三で、あんたが七! それが妥当だと思うわ。その有り得ないスキルがないとなにも始まらないわけだしね」

「正直に話してくれてありがとう。というかいまのは俺を試したんだろ? 魔法薬の知識に秀でた魔女が、ただの農家を騙したりするわけないもんな」

「ま、まあね!」


 そっぽを向きながらドロシーは言う。


「ただし、材料調達の費用は別にもらうわよ。マンドレイクの種は高いんだから。他にも色々と必要そうだしね」

「任せてくれ。そこはちゃんと払うつもりだ」


 俺はドンと胸を叩いた。


 それにしても売り上げの七割は思った以上だな。

 それだけ【緑の王ユグドラシル】を高く買ってるってことか。


「それじゃ仕事をはじめる前に契約を結ぶわよ。これが一番大事なんだから」

「お互いが裏切れないようにするやつか」

「そう。『魂の契約書』よ」


 ドロシーは引き出しの中から魔法陣の書かれた紙を取り出した。


 魂の契約書はこの世界の商人がよく使う物で、呪いの精霊が宿る紙にお互いの血を垂らし、契約の内容を絶対に履行させるのだ。


 契約書にある条件を破ると、呪いの精霊に襲われ命を奪われてしまう。


「いまから契約内容を書くからよく見ておきなさい」


 ドロシーの書いた文面は、協力者に危害を加えることの禁止、協力関係の一方的な破棄の禁止、他の店との契約禁止など、よくあるものだった。


「あと【緑の王ユグドラシル】については他言無用で頼む。教えるのは俺が口頭で直接話す相手だけだ」

「他言無用ね。他には?」

「お前の書いた内容でいい。それで頼む」

「わかったわ。じゃあ契約の準備をしておいて」


 ドロシーは俺に針を差し出した。

 魂の契約書は血で押印する必要がある。


 これはそのための道具だ。


「できたわよ。あんたの血を押印して」

「ああ」


 俺は契約書の文面をもう一度確認してから、針を親指に刺した。


 チクリとした痛みが走り、血がプツプツと広がっていく。

 指紋が真っ赤に染まるのを確認して、俺は契約書に押印した。


「次はあたしね。んっ……これで契約完了よ」


 続いてドロシーが押印すると、魂の契約書は青白い光を放った。

 うす暗い店内が照らされ、少し目がくらむ。


 これで俺たち協力関係は絶対になった。

 お互いに裏切りはできないってわけだ。


「これがこの世界の契約か。なんかファンタジーって感じでいいよな」

「なにわけわかんないこと言ってんの」


 俺はしみじみと魂の契約書を見つめる。

 ドロシーはそんなことより、仕事のことで頭がいっぱいのようだ。


「さっそく仕事に取り掛かるわよ。マンドレイクの栽培に必要な材料を教えて。調達してくるから。あんたの家に送るように手配もしとく」

「ここにリストをまとめてある」


 俺は家で書いてきたメモをドロシーに渡した。

 これで二つ目の問題もクリアだ。


「なるほどね。これなら揃えられないこともないわ。あと他に必要なものはある?」

「素材以外だと人手だな。ある程度の量を栽培するとなると、俺一人じゃ手が足りない。あと一人は助手が必要だ」

「人手、ね。うーん、難しいわね」

「だれか手伝ってくれそうな友達はいないのか?」

「それ嫌味? あたしこの街に友達いないんだけど」

「そ、そうか」


「ボッチですが何か?」と、ドロシーがにらんでくる。

 これ以上この話題には触れない方が良さそうなだな。


「そうなると困ったな。俺も助手を任せられるほどの知り合いはいないんだ」

「……まって、いい考えがあるわ。あたしたちに協力的で絶対に裏切らない人材、ここならいると思う」


 ドロシーは戸棚からチラシを取り出すと、俺に手渡した。


「この店に行きなさい。いい助手が見つかるはずよ」

「ここって……」


 チラシには派手派手しい建物の絵が描かれ、その上から文字でこう書かれていた。


『絶世の美女! 屈強な戦士! どんな人材も揃っています! ご利用の際は奴隷商人ドルヤネンにお声がけを!』






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