第4話 奴隷少女、ラウナ
「こっちの道で合ってるよな」
俺はドロシーに貰ったチラシを片手に、奴隷商館を探していた。
チラシの裏はご丁寧に地図が描かれている。
『あたしの紹介だっていえば大丈夫だから。いい子を見つけてきなさいよ』
あの後ドロシーからさらに名刺を渡された俺は、そのまま魔法薬店を追い出されたのだった。
「えっと、次の角を曲がって……」
人手がほしいとは言ったはいいが、奴隷を勧められるとは思わなかった。
日本出身の俺には慣れない文化だが、この世界で奴隷を持つのは普通のことのようだ。
貴族らしき男性が、何人も女性の奴隷をはべらせている様子を見たことがある。
気は進まないが、この世界で暮らすなら受け入れていくべきなんだろう。
俺の秘密を絶対に守る人物なんて、他に思いつかないしな。
「というか、手持ちは足りるんだろうな……」
ヒールハーブを全部換金したので、いまの所持金は金貨十五枚もある。
男一人なら一年は食っていける金額だ。
これで足りないならお手上げだぞ。
「っと、ここか」
そうこうしていると、奴隷商館に到着した。
ゴテゴテと装飾の多い建物で、壁は金メッキで塗装されている。
あきらかに金持ち向けの店だなこれは。
早くも不安になってきた。
いつも畑作業しかしていないのに、こんな場所に来て大丈夫なのだろうか
「……ダメだったら速攻で退店だな」
俺は深呼吸すると、意を決して扉を開いた。
「いらっしゃいませ。はじめてのお客様ですか?」
「あ、ああ」
出迎えてくれたのは筋肉ムキムキの男だった。
二の腕が俺の腰ぐらい太い。
この店の店員かつガードマンだろうか。
「当館は一見のお客様をお断りしております。お名前と、どなたの紹介か証明できるものはございますか?」
「ソウマ・ササキ。ドロシー魔法薬店の紹介だ」
ドロシーのサインが入った名刺を見せる。
「これは失礼しました。ソウマ様、ごゆっくりどうぞ」
マッチョ店員が一礼をして下がった。
ひとまずつまみ出される心配はないようだ。
俺は緊張しつつ、商館の中を見て回ることにする。
「おおっ、すごいなここは……」
館内は塵一つないほど清潔で、床もピカピカに磨き上げられている。
商品となる奴隷たちは綺麗な服を着せられ、横並びの椅子に座っていた。
男女どちらも健康的な肉付きで、髪も肌も艶めいている。
「あら、新しいお客様ね。夜のパートナーをお探し?」
「家事ならわたしが一番上手だよ!」
「力仕事なら俺に任せてくれ!」
「ぼ、ぼくは魔法を教えたりできます」
あちこちから声が聞こえてくる。
奴隷といえばみすぼらしい服を着せられ、檻の中に閉じ込められているイメージだったけど、ここは違うみたいだ。
購入する金持ちに相応しいように、商品の魅力を最大限に引き立てている。
……でもこれってマズくないか。
奴隷が生き生きしているのはいいんだが、問題は値段が高すぎることだ。
値札を見ると、どの人物も金貨三十枚以上の金額になっている。
こんなの貴族でもないと、とても買えない。
このままだとただ見て帰る人だぞ俺。
「はじめましてソウマ様。今日はどのような商品をお探しでしょうか?」
派手派手しい服を着た男がこちらに近づき、声をかけてきた。
頭頂部は禿げていて、曲がった鷲鼻が印象的だ。
「あなたはたしかチラシの……」
「この商館の主、ハイガー・ドルヤネンと申します。ドロシー様には精力剤などでいつも大変お世話になっております」
ドルヤネンは金歯を見せながら、ニンマリと口角を上げた。
見るからに悪徳商人って顔だ。
まあ奴隷商人が善人面してたら、そっちの方が信用できないか。
「初来店では戸惑うことも多いでしょう。ご要望があればわたしがお聞きしますよ」
「仕事の助手を探しているんだ。手先が器用だと助かるんだが」
「なるほど。ではこちらへ」
ドルヤネンは元細工師や、裁縫職人など、器用そうな奴隷を次々と紹介してくれた。
営業トークは上手いと思うけど正直困ってしまう。
俺にどの人も買える金がないからな!
どうやって引き下がってもらおうか考えていると、館の奥で一人座っている少女奴隷を見つけた。
服もボロボロで、他の奴隷たちから距離を置かれているようだ。
「あそこの女の子はなぜ一人でいるんだ?」
「お恥ずかしい話ですが、あちらは処分の近い欠損奴隷なのでございます。言わばワゴンセールのようなものですな。それでも良ければご覧になられますかな?」
「ああ、頼む」
農作業の助手を探しているのに、足がないのはかなり不利だ。
それでも、俺はなぜか彼女のことが気になって仕方がなかった。
「お客様に挨拶をしなさい」
「……こんにちは。わたしはラウナ」
ラウナと名乗る少女は、銀色の髪で左目に前髪がかかっていた。
下半身に目を向けると、たしかに太腿から下の両足がなかった。
目に生気はなく、他の奴隷のようにアピールはしてこない。
何もかもに疲れ果て、人生をあきらめている顔だ。
ブラック労働をしていた頃の俺でも、ここまでの絶望的な表情はしていなかった。
「ラウナっていうのか。えっと、俺はソウマだ。よろしくな」
「…………」
「お客の前だぞ。なにか話しなさい」
「特にない」
ラウナは俺と視線を合わせたくないのか横を向く。
だが、顔を近づけたことでよくわかった。
彼女はちょっとあり得ないレベルで、美少女だったのだ。
日本なら超人気アイドルになっていてもおかしくない
……いや、顔のことはいま関係ないな。
それより仕事で役に立ってくれるかだ。
「ラウナお前……!」
「無理に話さなくてもいい。それより彼女はなにができるんだ?」
「元々は行商人の娘で、手先を使う作業は得意ですよ。昔はかなりの働き者だったようです。家事など身の回りの仕事も一通りできます。あと夜のお相手も問題ありません。処女ですのでお客様好みに一から調教するのも面白そうですな」
ドルヤネンはペラペラとまくし立ててくる。
処分寸前の奴隷を俺に押し付けたいんだろう。
「手の仕事ができて、これだけ容姿がいいのに買い手がつかないものなんだな」
「見ての通り足が不自由ですし、無口、無愛想ですので。貴族の皆さまは感情豊かで猫のように愛らしい商品を求めております」
無表情クール系よりキュートな元気っ娘が金持ちの流行りなのか。
俺はどっちも好きだからよくわからない。
「なるほど。あと値札が見えないんだが。どこかにあるのか?」
「失礼、椅子の下に落ちておりました。えーと、いまは金貨十五枚ですな」
信じられない情報が耳に飛び込んできた。
金貨十五枚!?
ぴったり買える値段じゃないか!
まさかドロシーのやつここまで想定して……?
「……買ったあとはなにをしてもいいのか?」
「もちろん! 煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!」
手先が器用で働き者の少女奴隷。
仕事に問題なのは不自由な足だけ。
しかも超絶に可愛い美少女。
これはチャンスだ。
【
この瞬間、俺の心は決まった
「彼女にする」
「はい?」
「……え?」
ドルヤネンとラウナが続けざまに驚いた声を出す。
特にラウナは、まさか買われると思っていなかったのだろう。
「彼女にすると言ったんだ。支払いは即金でいいか?」
「そ、それはかまいませんが……助手のご要望からはずいぶん離れていますよ。返品はできかねますし、もう少しよく考えた方がよろしいのでは……」
「ほ、本気?」
「大丈夫だ。彼女にする」
それから売買の契約書に血の押印をし、あっという間に手続きは済んだ。
これで彼女は俺の奴隷だ。
すぐに馬車が手配されて、俺とラウナは車内で腰を下ろした。
ラウナの荷物はほとんどなかったが、最低限の服や生活用品も積まれた。
「この度はお買い上げありがとうございます。決断力のあるお客様は素晴らしい! このドルヤネン感動いたしました!」
「今日は色々と助かった。機会があればよろしく頼む。」
「もちろんです。ではドロシー様によろしくお伝えください。またのご来館をお待ちしております!」
ドルヤネンは満面の笑みで俺と握手した。
馬鹿な客が性欲に釣られて、欠損奴隷を買ったと思っているのだろう。
下手に勘ぐってこないので、こちらとしてもありがたい。
ドルヤネンと店員たちに見送られ、馬車は出発した。
「悪いが家まで少しかかる。揺れると思うが我慢してくれ」
「別に平気。それより本当にわたしでよかったの」
「ああ、もちろんだ」
ガタゴトと馬車に揺られ、俺ははじめて買った奴隷少女とともに帰路につく。
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