第2話 ドロシー魔法薬店

 一週間後、俺は王都ヴィストールに来ていた。


 今日はヒールハーブを売りに来たので、それがぎっしり詰まった布袋も背負っている。


 高い城壁をくり抜くように造られた門をくぐると、大小様々な店やカラフルな露店が見えてくる。


 この辺りでは最大規模の街で、人間、獣人、エルフ、ドワーフなど、多様な種族が道を行きかっていた。


「安いよ安いよー! 今日は一角兎の肉が安いよー!」

「この銀幕の鎧は先日ダンジョンで回収されたばかり! 身に着ければあらゆる魔法を弾く優れ物! いまなら金貨十枚で購入可能だ!」

「ヒヒ、お嬢さん古代占星術に興味はないかね……」


 にぎやかな声が絶え間なく聞こえてくる。


 ここは異世界に転生してからはじめて来た場所だ。


 何もない草原からのスタートだったから、この都を見つけられて心底安堵したことを覚えている。


「今日の予定をもう一度確認するか」


 魔法植物で億万長者になると言っても、色々と準備が必要だ。

 いまところ問題は三つある。

 

 ・その一 『栽培に使うための材料』


 ただの野菜なら【緑の王ユグドラシル】で簡単に作れるが、魔法植物はそうもいかない。


 水や肥料も専用の材料が必要なのだ。

 栽培の手順がわかっていても、これだけは自分で調達しないといけない。


 ・その二 『魔法植物の加工ができる取引相手』


 魔法植物をそのまま売るのはリスクが高い。


 薬草くらいなら問題ないが、高ランクの魔法植物は保存環境で思わぬ毒性を発揮したり、魔物に変化することもある。


 できるなら薬に加工して、安全性を確保しておきたい。


 ・その三 『仕事を手伝ってくれる助手』


 本気で魔法植物を育てるとなると、俺一人では手が足りない。

 水やり、草むしりなど、毎日の作業を手伝ってくれる人がほしい。


 できれば手先が器用だと有り難いな。


 今日はこの三つを探していこう。


「材料と助手は後にして、ひとまず取引相手から当たってみるか」


 異世界でも友人ゼロの俺だが、一人だけ心当たりがある。


 まずはそいつのところへ行ってみよう。







「いつ来ても不気味な店だよな」


 華やかな商店街から離れた街の隅にその店はあった。


 三角屋根の建物には怪しげなツタが蔓延り、壁際にはミノタウロスの頭蓋骨が置かれている。


 看板に『ドロシー魔法薬店』と書かれてなければ、お化け屋敷と勘違いするところだ。


 扉を開くとドアベルが、ヂリンヂリンと不快な音を鳴らした。


「いらっしゃいませー。ってソウマじゃん」

「久しぶりだなドロシー」


 赤い髪をツインテールにした少女が、カウンターの上で頬杖をついていた。


 頭には魔女帽子を被り、黒のローブを羽織っている。

 見た目は小学生くらいだが、実際の年齢はまったくの謎だ。


 以前年齢の話題になったときは、俺だけ答えてこっちの質問はスルーされた。


「またでかい袋背負ってるわね。今日も薬草の買い取り?」

「ああ、頼む」


 彼女は俺が魔法植物を納品する、ただ一人の相手だ。

 よくヒールハーブを買い取ってもらっている。


 俺は布袋に詰まっていたヒールハーブを、山盛りにして会計台に置いた。


「量は多いのはありがたいんだけど、あんたの薬草ってランク低いのよね。いい加減DやF以外も持ってこれないの?」

「冒険者じゃないんだぞ。無茶言うな」


 ヒールハーブは森の浅い場所ほどランクが低く、深い場所ほど高くなっている。

 だから高ランクのものを狙って採取するのは難しい。


 森には魔物もいるので、採取専門の冒険者は戦闘力に加え直感、嗅覚両方が優れていないとできないのだ。


「と、言いたいところだが、今回のヒールハーブは自信ありだ。期待してくれ」「へー、あんたにしては自信満々ね」

「過去の俺と同じとは思うなよ。この世界で新たな目的を見つけたからな

 」

「……なにかヘンな物でも食べてないでしょうね」


 事情を知らないドロシーは、ジト目でこっちを見てくる。


 前までは異世界に馴染むことに必死だったので、テンションの高い様子に戸惑っているんだろう。


「解毒剤ならそこの棚よ。じゃあ鑑定を始めるから」

「その前に一ついいか?」

「なによ」

「いい儲け話があるんだ」


“儲け話”その言葉を聞いた瞬間、ドロシーの魔女帽子がピクンっと跳ねた。


 半年間この店に通ってわかったのだが、こいつは三度の飯より金儲けが好きなのだ。


 貧民窟の出身で、パン一つすら満足に喰えなかった過去が原因だと、以前酒場で飲んだときにこぼしていた。


「貴重な魔法植物を大量にゲットできる方法を発見したんだ。俺しかできないやり方でな」

「……ふーん、それで?」

「それをお前が薬に加工すれば、冒険者や貴族連中に絶対売れる。ドロシー、俺と組んで巨万の富を築かないか?」


 俺のシミュレーションならこのセリフで、目を輝かせながら飛びついてくるはずだ。


 数年前、怪しげな商人から買い込んだマンドレイクが偽物で、大損したことを何度も愚痴ってたからな。


 貴重な魔法薬を作れる可能性があるなら、リベンジしたいだろう。


 さあ返事を聞かせてくれ。


「お断りするわ」


 なんでだよ。


「お断るなよ! お前好きだろ金儲け」

「大大大大大好きだけどあんたと組むのはナシ。だって不安要素しかないんだもん」

「俺のどこが不安なんだよ。言ってみろ」

「ショボい薬草しか持ってこないし、服装が野暮ったいし、あとなんか童貞っぽいし。買い取りはいいけど、仕事のパートーナーは無理ね。信用できないわ」


 ただの悪口じゃないか。

 あと童貞を見抜くな。


「後半は置いておくとして、高ランクの薬草を持って来たら、俺を信用してくれるんだな? たとえば今日のヒールハーブがそれならいいわけだ」

「Bランク以上ならね。ちょっとは考えてあげるわ」


 Bランク以上は上級冒険者でもなければ、簡単に採取できない。

 生息地が強い魔物の増える、森のより奥深い場所になるからだ。


 こいつわかってて言ってるな。


「ちょっとじゃなくて真剣に考えてくれ」

「めんどくさいわね。はいはい、真剣に考えてあげるわ」

「いまの言葉忘れるなよ。約束だからな」

「いつになく強気じゃない。その自信が空回りじゃないことを祈るわ」


 ドロシーは路傍の石を見る視線を投げかけてくる。

 どれだけ俺に期待してないんだよ。


 まあいい。

 本番はここからだ。


「鑑定を始めてくれ。びっくりして椅子から落ちるなよ」

「さっきからそのつもりだけどね。まったくいつも低ランクの薬草ばかり持ってくるくせに……」


 会計台に置いたヒールハーブを、ドロシーは鑑定の魔法が付与された、虫眼鏡でじっくりと観察する。


 葉の色、艶、宿っている魔力を確認していく。

 はじめはため息交じりだったが、すぐにその表情が変わった。


「これはA、これもA、こっちもA……あ、あれ?」 


 気だるそうな瞳が大きく見開かれる。


「こ、これもA、これもA……AAAAAAAA……う、嘘!? あり得ないわよこんなの!?」


 驚くのは当たり前だ。

 Aランクのヒールハーブを大量に採取するなんて、熟練の冒険者でも不可能だからな。


「あ、あんた一体なにをしたわけ!? いつもDやFばかりだったのに!」

「説明が必要か?」

「当たり前でしょ! 魔法やスキルだって普通は無理なの! なにしたらこんなことができるのよ!?」


 いままで低ランクのヒールハーブばかり納品していたのは、面倒ごとを避けるためだ。


緑の王ユグドラシル】がその気になれば、AだろうがSだろうが作れないわけじゃない。


 しかし、ただの農家がそんなことをしたら目立ってしょうがない。

 だから森の畑でもAからFまで、様々なランクを栽培しながら様子を見ていたのだ。


 ドロシーを仕事相手に選ばなければ、こうして本気を見せることもなかった。


「俺を信用するなら話してもいい」

「ぐ、ぐぬぬ」


 ドロシーは悔しそうに歯をギリギリしている。

 それから息を吐いて、あきらめたように言葉を続けた。


「わ、わかったわよ。ごめん、あたしの見る目がなかったわ。あんたを信用する」

「儲け話も聞いてもらうぞ」

「真剣にって言うんでしょ。ちゃんと聞くわ」

「じゃあ話そう」


 こうして俺は、まず自分のスキルのことから話し始めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る