異世界農家の再スタート~二度目の人生は魔法植物で成り上がる~
須々木ウイ
第1話 スローライフの次にしたいこと
異世界に来て一年がたった。
俺は
いわゆる転生者だ。
工場での過労がたたって心不全を起こし、剣と魔法のファンタジーみたいな世界で暮らすことになった。
前世はアラフォーだったけど、ここじゃまだ二十歳だ。
「水やり完了っと」
川から汲んできた水を、土から出たばかりの芽にかける。
いま俺は王都の郊外に家と土地を借りて、絶賛スローライフ中だ。
ずっとブラック企業勤めだったので、この世界では真逆の生活を試している。
家のすぐそばには自給用の畑があって、トマトにキュウリ、ニンジン、ジャガイモなど様々な野菜を育てている。
「ついでに昼飯の野菜も収穫するか」
俺は膝上まで成長したトマトの苗木に近づく。
当然まだ実はつけていない。
ここからはスキル、この世界に存在する特別な能力の出番だ。
「【
俺の手が魔力を帯びて、深緑色に発光する。
そのままトマトの苗木に触れると、一気に成長が始まった。
膝上までしかなかった茎は身長と同じになり、緑の葉がモサモサと横に広がる。
果房には真っ赤に熟したトマトが、いくつも実っていた。
適当にトマトをもいで、収穫カゴに入れておく。
「なんだかんだ便利ではあるんだよな」
死んで異世界に来るまでの間に、俺は光る人型みたいな自称“神”と出会った。
【
効果は植物に対する、成長促進、収穫量増加、栽培知識の獲得、魔力による使役、あとその他もろもろ。
要は植物を育てることに特化したスキルってことだ。
『ただの人間を異世界に送ってもすぐに死んでしまう。それでは面白くない。だからこれはサービスだ。好きなチートスキルをカタログから一つ選べ』
チートスキルというのは、普通のスキルと違って神が創造したものらしい。
お前の目的はなんだとか、なんでそんなカタログがあるんだとか、色々質問したが全部無視された。
そんなこんなで俺が【
もっと強そうなチートスキルもあったけど、勇者や冒険者になりたいわけじゃない。
のんびり暮らすならこれで十分だと、あの時は思ったんだよな。
それにしても神の奴は結局なにがしたかったんだろうか。
『言語の理解や病気の耐性など、最低限必要な能力も授けておく。では望むがままに生きるがいい。願わくばお前の生が波紋を起こさんことを』
その言葉を最期に、俺は異世界へ放り出された。
別に魔王を倒せとも、現代知識で革命を起こせとも、ブラック労働を哀れんだとも言われていない。
二度目の人生を与えてくれたことは感謝してるけど、目的がまったくわからないのは少し不気味だ。
「考えても仕方ないか」
わからないことに脳細胞を使っても時間の無駄だ。
それよりトマトを涼しい場所に移しておこう。
俺は収穫カゴを持って家に戻る道を歩いた。
「昼までまだ時間があるな。森の畑も見ておくか」
家を出て今度は少し離れた場所にある森へ向かう。
森の入口には、開拓をあきらめて放置された切り株がいくつもあった。
開拓をあきらめた原因は魔物らしいが、ここ半年くらい俺は遭遇していない。
おかげで安い家賃と地代で引っ越せたので感謝しているくらいだ。
しばらく歩くと目当ての畑に到着した。
「とくに異常はなさそうだな」
森の畑は家庭菜園程度の小さな畑だ。
一応動物除けのために、木の柵がぐるりと周りを囲っている。
日当たりはあまり良くないが、目立たない場所であることの方が重要だ。
「マーム、警備ご苦労様」
「ゴシュジン、オハヨ」
「おはよう」
柵の扉を開けて中に入ると、『番人キノコ』のマームが出迎えてくれた。
彼は【緑の王】で育てた、魔法植物だ。
見た目は手足が生えたキノコで、ずんぐりむっくりした体形をしている。
マームという名前は俺がつけたものだ。
「魔物は来てないか?」
「ナイ。ヘイワ」
「お腹は減ってない?」
「ミズ、ツチ、アレバヘイキ」
そう言って、ぽんっとお腹を叩く。
俺の家に周りには畑と森しかないので、マームは貴重な話し相手だ。
手先を使う作業はできないし、強い魔物の相手もできないが、それで十分。
こういうしゃべる植物を育てられると、異世界に来たって感じがする。
「ヒールハーブは元気そうか?」」
「タブン」
「じゃあ俺も見ておこう」
森の畑では、魔法植物を育てている。
ヒールハーブはポーションの原料にもなる、回復の薬草だ。
葉を張るだけでも傷を治してくれる。
「虫食いも病気もなし。順調に育ってるな」
ミントに似た葉が青々と茂っている。
緑が濃いのがAランクで、薄くなるごとにB、Cとランクは下がっていく。
「種を蒔いてから何ヶ月たったかな」
「ニカゲツ、クライ」
「ならそろそろ収穫だな」
魔法植物は野菜と違って、一瞬で成長させるのは難しい。
野生のヒールハーブが大きくなるには一年以上かかるので、二ヵ月という期間はこれでもかなり短縮した方だ。
ちなみにマームは大きくなるまで半年間世話をした。
「また明日来るから。マームも無理はするなよ」
「オレ、サッキマデ、ネテタ」
マームと別れ、俺は家に戻った。
畑の世話や家事をしていると、時間の流れが早く感じる。
あっという間に今日も夜が来た。
夕食を簡単に済ませた俺はベッドに寝転がる。
蝋燭の明かりが部屋の中をぼんやりと照らしていた。
「暇だな……」
天井を眺めていると思わず独り言が漏れる。
異世界に来た当初は社会や文化を把握したり、食べ物や住む場所を探すことに必死だった。
家が見つかってからは自活できる環境を整えるのに必死だった。
それが終わって、ようやくいまのようなスローライフが送れるようになった。
農家としてスキルで野菜を作ったり、薬草を栽培して街に売りに行く。
好きな時だけ働ける、パワハラ上司もいない最高の環境。
前世で死ぬまで追い詰められた、ブラック労働から解放されたのだ。
半年くらいはそうやってのんびり暮らしていた。
ただ最近はこう思うことが増えた。
「刺激がなさすぎる……」
そう、俺はこの生活に飽き始めているのだ。
はじめは楽しかったスローライフも、現在は同じことの繰り返しになっている。
まるで無限に続く夏休み。
生活に起伏がないから、時間だけがやたらと早く過ぎていく。
まずい。
せっかく転生したのに、このままじゃ何のイベントもなく人生が終わってしまう。
「なにかはじめないとな」
いまの俺に必要なのは人生の目的だ。
かと言って魔王もいないし、このスキルで冒険者として活躍できる自信もない。
あー、こんなことならもっと戦闘向きなスキルを選んでもよかったな。
ビームの出る聖剣や、時を止める時計もあったのに。
この植物を育てるスキルでやれそうなことは……。
「珍しい魔法植物を育てて大儲け、とか」
この世界にはマンドレイクやバロメッツみたいな、魔力を帯びた不思議な植物が無数にある。
それを上手く調合すれば、不老不死の薬すら作れるそうだ。
ただし人間が畑で栽培することは現状不可能で、魔法植物の採取が専門の冒険者までいるらしい。
俺のスキルなら、貴重な魔法植物を畑で大量に栽培することができる。
それを売れば億万長者だ。
前世では安月給で納豆パスタばかり食べていた
この異世界なら、貧乏だった自分にリベンジできるんじゃないか。
「ちょっと本気で考えてみるか」
前から薄っすらと考えていた計画に、本気になる時が来たのかもしれない。
一週間後、王都へ薬草を売りに行くから、その時に必要な物や交渉材料をいまから考えておこう。
「異世界生活、再スタートだ」
俺は天井に向かって拳を突き出し、決意を言葉にした。
──────────────────────────────────────
この作品を読んでいただき、ありがとうございます。
少しでも『面白かった』『続きが気になる』と思ってくれましたら、フォローや☆☆☆をいただけますと嬉しいです。
次の更新予定
異世界農家の再スタート~二度目の人生は魔法植物で成り上がる~ 須々木ウイ @asdwsx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界農家の再スタート~二度目の人生は魔法植物で成り上がる~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます