第3話

 まずい。思っていたより早くスイッチの影響が出てしまった。正直、甘く考えていた。心のどこかで起きっこないと信じていた。まだ確信に至っていないのに。智樹ともきの件とスイッチの関係を考えている中で、唯一ニュースについて違和感を覚えた。ニュースでの『石田智樹氏二十七歳が町の特別大使に任命されていたことがわかりました』というアナウンサーの言葉だ。

 『任命されていた』、この言葉から考えるに既に決まっていた話ということ。ならば、スイッチの影響ではない。そう一度は思わされた。しかし、本人から『昨日の今日』と言われていたことを思い出すと、そこには大いなる矛盾が生まれていることに気づいた。

 その点ではみおの件についても同じように時間的な矛盾がある。ついさっきあやが押したボタンと因果があるなら、なぜ演奏の時間が設けられていたのか。たまたま一つの団体が空きを出したか? もともと空いていた時間にいれてもらったか? いずれにせよ、考えにくい話だ。


 町の総力をあげるイベントで当日に、新たな試みを追加したり、変更を加えるなんて許されるわけがない。

 智樹の件が実際、いつから決まっていたのかを明確にするために就任したての新村長の家に灯火の消えた暗い町の中を走っていた。

 と言うのも、このせまい町では皆、知り合いであるし、特にお父さん世代は学校などの児童施設にもよく顔を出してくださるので、長い付き合いになるのも珍しくない。

 特に僕とあやいまだによく遊びに来るし、町長は僕の父さんとの親交しんこうが深く、小さいときからよく遊んでいたから友達のように仲がいい。つい今日まで議長と町長の秘書を兼任していたこの人なら何かしら聞いていたかもしれない。それを聞くつもりで向かってきた。


 やっと着いた。先生の家。やっぱり大きいな。つい、さっきまで町長の秘書だった人で、現町長の人の家。そりゃでかいか。名家の集まるこの町であれば圧倒される家は少なくないけど、やっぱり一際目立っている。

 特に門がかっこいい。今でも豪邸といわれて浮かぶのはこの門だ。僕らは幼少期ようしょうきにお世話になった古い付き合いで、「先生」と呼んでいるが、これを見ると流石に馴れ馴れしくしすぎだなと思う。


 少し緊張しながらチャイムに手を掛けた。久しぶりだな。深呼吸をしてチャイムを鳴らした。赤茶色を基調とする家の壁に似合わぬ白いチャイムは家中に大きな音を響かす。先生はいや、町長は笑顔で出てきてくれた。

 「お久しぶりです、町長。町長、ご就任おめでとうございます」


 「いやあ、照れるな。でも、先生でいいよ」

 先生は僕の心を見透かしたように言った。緊張が徐々にほどける。

 「にしても、久しぶりだね。どうした? まさか、本当に就任祝いをしにきたのかい? 私の知る奏太そうたくんはそんなことしないがね。さては何か悩んでいるね」

 就任祝いくらい社会人になればするよ。失礼な。と言いたいとこだけど、やっぱりこの人には気持ちが見透かされている。この人になら話してもいいだろう。緊張とともに口がほどけたのか、古い付き合いによる安心感か。そう感じるまでもなく僕は話し始めていた。


 ◇


 顎に手を当てゆっくりと口を開く。

 「なるほど。でも、私の新しい秘書が『伝えそびれてしまって』と言ってきたから、少なくとも君がそのボタンを押す前には智樹くんの件は決まっていた。もし、君のいうような効能を持つスイッチがあったとして、記憶にまで干渉するとは到底思えんよ」

 「そうですよね」

 やっぱりか。理屈的にはあり得ないんだよな。


 「でも、この後、彩ちゃんたちのもとへ向かうのだろう。私も会いたいしついていくよ」

 「いえいえ、町長お忙しいでしょ?」

 はっはっは、と笑った。

 「祭りの挨拶はすませたし、本格的に就任するのは来月からだ。問題ない」


 ◇


 先生を連れ二人のもとに着くとすでに彩の手にはスイッチがあり、心配そうに待っていた。

 「先生! お久しぶり!」

 驚きながらも彩は先生に手を振った。

 「おお! 彩花あやか、元気にしておるか。拓海くんも久方ぶりだ」

 「町長。お元気で何よりです」

 気まずそうに拓海が答える。


 「奏太、なんで一緒に来たの」

 不貞腐れ気味に聞いてきた。

 「もともと、智樹の件について聞きに行ったんだけど、二人に会いたいって言うから」

 「そう。じゃあ、このスイッチどうする?」

 「捨てるか、箱に戻すか、だよね」

 彩が割り込むように口を開く。


 ◆


 「待て、この木おかしい」

 先生が眉間にシワをよせ、真剣な顔で言いはなった。何を言いだしたのか、と拓海は怪訝な表情をする。

 「見ろ、カメラじゃ」

 木の上にはタイムカプセルの後ろの木にカメラがついていた。

 「でも、動いてなさそうだよ」

 彩はカメラを見て言った。


 「とは言ってもここにあるのは不自然。むしろタイムカプセルを監視しようと思ったら自然な位置だけど」

 拓海が言った。結局、考えたところで僕らには何一つカメラのことについてわかりそうになかった。そして本題に戻り僕らはスイッチを壊して捨てる結論に至った。カメラも動いてないし、スイッチを壊せば、次に来るのは十年後だと思っていたから少し彩と僕は名残惜しそうに帰途についた。


 ◇


 気がつけばタイムカプセルの騒動だけで丸二日使ってしまった。その後も、みんなとの同窓会が開かれたこと以外は例年と変わらずのんびり過ごしていた。同窓会は初めて当時の僕らの担任が姿を見せたことで募る話があり、それなりに楽しめ夜遅くまで続いた。休みはあと三日。そんな中、再び事件が起こった。


 「本来の町内放送の時間より早いですが、ニュースを始めます。早速ですが、速報です。昨日、今日で町内の二十数名が頭痛、腹痛、発熱を訴え病院に搬送されています。原因は未だ不明だそうですが、いずれも叶明祭に参加した人だそうです。医師らは叶明祭に参加された人たちに体調管理を呼び掛けています」

 何事だ? ここの町民のほとんどは参加してるだろう。しかも二日も経ってから。


 「次のニュースです。千明町出身の渡辺颯人(はやと)氏が宇宙への旅券を手にしました。日本人初の民間人として来年四月に日米の共同開発ロケットに乗船予定です。明日、生放送でお話を伺う予定です」

 ロケット? 颯人が!? 智樹の件で嫌でも疑う癖がついてしまったかもな。でも、あいつ戻ってきてたよな。同窓会にもいたけど、そんなこと一切……。電話してみるか。


 プルルルルル……。

 「颯人! ニュース見たよ。すげーなお前!」

 悟られないように少なくとも本物の関心で祝福を繕う。


 「ありがとう。宇宙に行きたくて、地学の強い高校行ったのに。気づいたら活動場所が海になってたんだ。笑えるだろ、けど、民間の宇宙船の応募を聞いて思い出したんだ。それで、もともと行くはずだったやつが病気しちゃったからって連絡が来たんだ。こういうことがあると半生を振り返るきっかけになるよな」

 そういうもんか。昔から好きだったからかな。


 「確かにお前美術の絵、ロケットと惑星ばっかりだったもんな」

 「うん。タイムカプセル埋めようってなったとき、箱をロケット型にしようとしたら、女子たちに怒られて小さなロケットを思い出の品として入れたんだよ。懐かしいなあ」

 「タイムカプセル!? え、なんて夢書いたの?」

 思いがけぬその言葉に驚愕して、叫んでしまった。


 「そりゃ、もちろん。今とも変わらず『宇宙に行きたい』って書いたよ。だから叶ったわけだな」

 「そっか。じゃあ、行くのは来年だろ。その前にまた会おうぜ」

 プツー。おい、待てよ。ボタンは壊したんだぞ。おかしいだろ。


 ◇

 その衝動のまま、ひとまず、タイムカプセルのところまで一人で来てしまった。十年後まで来ないと思ったんだけどな。あれ、あんなに土で固めたのにやわらかい。最初に掘り起こしたときと同じくらいだ。嘘だろ!


 目の前にした衝撃を1人で抱えきれる訳もなく、暇を潰しているであろう拓海と彩を呼び出した。

 「ふーん。なるほどな。颯人の話を聞いてここへ来てしまったと。そしたら……」

 「なんでボタンが増えてるのよ! ホラーじゃない。もう、処分も正解かわからないし危ないから触ることすらできないわよ」


 「誰かが意図して入れていると考えるのが妥当だな。土が柔らかかったのもその証拠か」


[――賢い三人よ。目の前の校舎の教室に来い]


 「この声は!」

 「この前まで聞こえてた謎の声だ!」


[――すばらしい。その通り! さあ来い。これは命令だ]


 「行く必要ないだろ。あの声を聞いてボタンを押したから問題が起きてるんだから」

 こういうときの拓海は冷静ですごく頼りになる。まさに言う通りだ。


[――確かに貴様の言うことは合理的で正しい。ただし、次の言葉を聞けば、お前らは来ざるを得なくなるぞ。そのスイッチは俺が作った。俺が作るスイッチでお前らの仲間は殺せる]


 「なんだと!」


[――賢明な判断を祈る]


 「行こうよ。奏太。大丈夫。私たちがいる」

 恐れと強さのどちらも見える澪の顔に、退こうとしていた心を奮起させた。

 「わかった。お互い、身の危険を感じたらお互いを気にせず走って逃げる。いいな?」

 「うん」

 「行くぞ、拓海」


 

 拓海は走り去る2人を見ながら小声で呟いた。

 「胡散臭いし、本当に居るとも限らないだろ」

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