第2話

 「夢を叶えてしまうスイッチ、もし本物なら奏太の言うように相当そうとう劇物げきぶつだな。でも、そんなこと信じられるかよ。本当にそうだとしたら、確認のためにもう一度押すか。それとも、タイムカプセルとは別のところに封印ふういんするか。今決めなきゃ」

 不満そうに拓海たくみが続けた。


 「でもさ、もし奏太の予想通りだったとしても『夢が叶う』だけなら問題ないし、もし智樹ともきの件がたまたまで関係ないならこのままだし、悪い風には働かないし、押してもいいんじゃない?」

 あやは押したがっているようだった。

 「その通りだな」

 拓海も賛成した。

 「え! そうだけど、怖いし押さない方がいいよ。やめておこう」

 僕の静止を聞かず、彩がスイッチを押した。


 「何も起こらないじゃないの」

 「おい、彩! 何かあったらどうするんだ。そして少し落ち着け。昨日僕が押したときもすぐには何も分からなかった。寝て起きたとき、やっと智樹の件を知ったんだ。何も起きていないというにはまだ早い」

 諌めるけど、彩には意味がなかったようだ。


 「悪かったよ。でも、明日までわからないなら、今日はもうさ、お祭りに行こうよ!」

 拓海に助けを求めるような彩の目を見てそれでも多少は効いたと思うことにした。


 「そうだな。行くとしよう」

 拓海と彩につれられ僕も叶明祭きょうめいさいに向かうことになった。

 三人の去ったところには拓海が持ってきた工具箱やスコップとともに何かが陰を潜めていた。


 ◇

 叶明祭きょうめいさい

 この祭りは我が農村の豊作を祈る目的で始まった。十四年前、あの事件が起こるまではただ祈りの為に行われていた。

 十四年前、当時は、天候にあまり恵まれず、不作が続いていた。そんな中ある時、化学の世界に進んでいた男が町に帰町した。農家の息子で、彼は不作続きで苦労している両親を助けるべく帰町したのだった。早速、彼は効力の高い農薬を研究し始めた。東京で学んだ知識は恐るべきもので、彼は数ヵ月で完成させた。両親は期待と不安から、半分の農地で農薬を利用することにした。それだけでも、綱渡りのけであったが、一年後、この賭けがこうそうし見事に豊作となった。

 両親はあまりに出来が良かったその農薬を周りの農家に供給きょうきゅうし始めるようになる。二年もすると、町のほとんどの農家が彼の農薬を使い、豊作続きとなった。一時は、彼は町のヒーローになり、祭りではやぐらにのぼり町内で統率とうそつ力をも発揮するようになった。町自体も活気立ち、本来の農村としての色が輝き始めていた。

 そんな中、事態は急変する。ある一つの畑内で農薬に用いた菌が変異したのだ。千明町ちめいちょう、いずれ悪名として世に染み渡るこの町では、農村特有の育てた食材を共有する文化があったため、たちまち、町中に菌が広まった。伝染病であるとわかったのは数日後だったが、人の出入りが少ないため、隣町と千明町だけの隔離措置かくりそちで事態は収束しゅうそくした。すでに知られていた菌であったこと、死に至るリスクのある菌でなかったことが幸いだった。

 しかし、一時はヒーローになった彼の評価はだだ下がりとなり、両親も町中を謝って回った後、彼とともに自殺した。というのも、彼自身はもちろんこのような危険性のある菌であることを承知していた。にも関わらず、自分の対策が的外れだったことへ苛立ちが覚えていたことが後に見つかる遺書からわかった。この事件は小さい村であったが隔離措置かくりそちという珍しい措置がとられたケースだったために、日本中の知るところとなった。

 この一件で農家らの収益は不作時に相当そうとうするほどまで落ち、子供たちもやがて成長すると町を出ていくようになった。現在、東京に同窓会が開けるほどの人が流れていることの原因であり、それはこの二年、叶明祭きょうめいさいが開かれなくなるほどの過疎化へ大きな影響を与えた。そんな中、今年は当時、事件の中、町長として町民とともに菌と戦った町長の退任とあって、かつての町民らを含む多くの人々が集まっていた。


 ◆


 櫓に火が灯り、辺りが一気に静まり返った。夏の暑さの中、太鼓が並び、それを囲うように集まる人々。その中にはもちろん奏太そうたたちの姿もあった。


 ドーン! ドーン! ドドドドカッドードカッ! ドッカドッカカッ! ドーン ドドン! ヤー!


 大きな太鼓の音とともに始まったド派手はで叶明祭きょうめいさいの開祭式。地元の小学生の合唱。太鼓教室の子供たちの演奏。村をあげての開催で、地域のほとんどの施設から灯火ともしびが消えていた。それはまるですべての魂がやぐらの上にあるようで子供たちはもちろん大人も村中の人々の目に景色が焼き付いていく。会は進行し、旧町長から新町長に引継式ひきつぎが行われ、ついに櫓に智樹が現れた。


 「この度、我が千明町ちめいちょうの特別大使に就任した石田智樹いしだともきと申します。私はかねてからこの街をもっと日本中に世界に発信したい、知ってほしいと考えておりました。今回、えんめぐまれ、大使に就任させていただきましたからには、たくさん世界への挑戦をしていきたいと考えております。私は、この千明町ちめいちょうで生まれ、育ち、いろいろなものを見てきました。十四年前の出来事、今も鮮明に覚えています。あの出来事こそ、残念ながら日本中に名を通した出来事です。ですが、私はその出来事よりもその後に私や子供たちを安心させるためにお父さん、お母さん、学校の先生、地域の人たち、そして町長がしてくれた一つ一つの行動。そこに子供ながらにかっこ良さを感じて、憧憬しょうけいねんを抱きました。町長、これまで本当に長らくお疲れさまでした。新町長や町の新たなとなる同年代の仲間たちと協力し、我々若者世代が町を盛り上げていきます。どうか、ご安心ください。そして、皆さま、今後ともこの町をよろしくお願いいたします。今日は楽しく我々らしく過ごしていきましょう。ありがとうございました」


 大喝采だいかっさいの中、智樹はやぐらをゆっくりと降りる。それはもはやふさわしい風体ふうていであった。まさかつい昨日抜擢されたとは思うまい。

 最後に町中の豊作の祈り、事件の再発防止の祈り、そして三人へのとむらいの意を込めて黙祷もくとうが行われて開祭式は閉じられた。


 ◆

 そして奏太そうたは本部のテントにいる智樹ともきの元へねぎらいに向かっていた。


 「智樹、様になってたぞ」

 直前まで智樹にカプセルとスイッチのことを伝えるかを迷っていた。というのは嘘で、実際は心の中では決まっていた。同級生で、何より僕に謎の声のことを伝えた張本人である彼には、もちろん知らされる権利はある。でも、親友が本気で願ってた夢な上、本当にスイッチによって起こったのか不明確だから、そんな曖昧あいまいな情報で智樹を悲しませたくなかったから伝えないつもりだった。


 「ありがとな。俺がこの町を変えていくぜ。見とけよ、奏太!」

 こんなに分かりやすく浮かれてる智樹ともきを見たら、やっぱり伝えられなかった。



 一方、そのとき開祭式が終わり、やぐらの前には特設ステージができていた。


 ビーーン!

 「は~い。みんな~。十年ぶりに天才中学生バンドHERBが帰ってきたよ~」


 「あっ! みおじゃん」

 あやが思いっきり手を振ると、澪も気づいて振り返す。

 「ありがとうー。久しぶりの顔ぶれも来てくれているし、テンションあげていくよー。ファイブ シックス ファイブ シックス セブン エイ」

 「驚いたな」

 拓海がそう呟く。

 

 三曲ほど聞いた頃、拓海が小さい声で言った。

 「待って、そういえば……」

 何か思いついた拓海たくみがスマホをポケットから取り出す。驚きのあまり彩にすぐさま声をかける。


 「見ろ、あや

 拓海たくみは写真を彩に見せた。

 「え、これは?」

 「一応、カプセルの中から取り出したやつ、写真を撮っておいたんだ。でね」

 拓海は重々しく、一部を拡大する。


 「え! みおの夢、『仲間ともう一度ライブがしたい』だったんだー。え!?」

 澪の顔が一気に曇った。彼女は何かに気づいたようだった。


 「もしかして、私がさっき押したから?」

 不安げに尋ねると、拓海は小さく、そうかもしれないと答えた。澪の表情はますます険しくなり、急いでスマホの画面を確認し始める。


 澪は拓海から奏太に連絡するように促されて、スマホの画面で指を滑らせたが、ふと顔をしかめた。

 「あれ、奏太といつ別れたっけ?」

 「開会式の後、智樹ともきに会いに行ったよ」

 そう拓海が答えた。


 ◇


 プルルルルル……。電話だ。一体誰だろう。

 ……澪?


 「もしもし、奏太そうた? 今大丈夫?」

 出るといきなり緊張気味の澪が問いかけてきた。

 「う、うん。大丈夫だよ。どうしたの?」

 「ごめんなさい」


 「まあ、まあ、落ち着いて。何があったの?」

 澪をなだめるように言った。

 「今、みおが、あ、同級生の佐々木澪たちがライブをしてるんだけど……」

 ダメだ。酷い焦りようで、話が見えない。何があったんだ?


 「それで?」

 促すように続きをあえて優しく求めた。


 「みおの夢が『仲間ともう一度ライブがしたい』だったの。私が押しちゃったからかも」

 澪は申し訳なさそうに続けた。


 そうか。まずいな。驚きも束の間、少し考えて、すぐに澪に対応の指示を伝えた。

 「そっか。ライブ終わったらでいいんだけど、ボタンの封印に向かってもらってもいい? 僕もあとを追う。まだ明るいけど、拓海たくみと一緒にね」


 「え? 怒らないの?」

 怒るわけがないし、怒る暇もない。

 「怒らないよ。だから、行ってくれる?」

 「わかった。でも、奏太はどうするの?」

 少し悩んで答えた。

 「少し用がね。じゃあ」

 プツー……。

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