息吹く不可思議

玄瀬れい

第1話

 カタンコトン、カタンコトン……。

 古い列車だと、本当にそんな音がするんだな。時々、ミシミシという不安な音も混ざる。正直、あまり聞きたくない音だ。そんなことを考えている時点で、ぼーっとしているつもりが、実はそうではないのかもしれない。


 今年も、暑さが厳しいお盆の季節がやってきた。都会で一人暮らしをしている僕は、毎年お盆や正月には田舎の実家に帰省する。実家があるのは、小さな農村だが、昔から代々続く歴史ある家々が点在しているため、昔の名残で「町」と呼ばれているらしい。

 まぁ、村でも町でも大差はないけど。


 今年は、十年前に中学校を卒業した同級生たちのほとんどが帰省すると聞いていた。だから、いつも以上にお盆を楽しみにしていた。道中の電車で、何度も昔の夢を見た。


 実家までは駅から歩いて約十分。途中、公園や、すでに閉まり始めている商店街を通り抜けながらとぼとぼと歩いた。わざと遠回りをしたせいで、結局三十分もかかってしまった。実家に着いた頃には、両親はすでに食事を終えていた。玄関では弟の奏詩が酒を抱えて待っていた。

 「飲もう?」


 そういえば、奏詩は今年で二十歳になるんだった。正月には帰省したけど、成人式には参加できなかったから、弟が飲める年齢になったことをすっかり忘れていた。

 僕と奏詩は五歳離れているせいか、昔から彼は僕にべったりだった。歳が近いと喧嘩も多いらしいけど、僕たちはそんなことはあまりなかった。


 「よし、飲むか」

 僕たちは川や畑で遊んだ頃の話をした。帰省のたびに話す内容が変わらないのは気にしない。都会に出てから自然に触れることが減ったせいか、懐かしさに涙がこぼれそうになりながら、その瞬間のノスタルジックな気分を味わった。


 ◇


 帰省初日、奏詩の提案で川へ釣りに行くことになった。奏詩も久しぶりだったようで、最初はなかなか釣れなかったが、僕が先に調子を取り戻すと、少し川に返すほど大漁になった。しばらくすると、親子連れがやってきて、お父さんが持ってきていた炭で焼き魚を一緒に食べさせてくれた。この感じ、僕は大好きだ。やっぱり、こういうのが懐かしい。


 家に帰ると、僕は出発前と変わらない自分の部屋でゴロゴロしていた。


 ピコン!

 「おい、奏太。実家に帰ってるらしいな」

 町一番の親友、智樹からの連絡だった。智樹は家業を継いで石工をしている。


 ピコン!

 「明日の夜、中学校の裏山に来いよ。どうせ暇だろ」

 智樹の誘いに断る理由もなく、言われた通り行ってみることにした。


 ◇


 帰省二日目の夜。智樹に言われた通り、裏山の前に着いた。しかし、智樹の姿が見えない。仕方なく、一人で中へ進むことにした。

 木々をかき分けながら進んでいると、のぶといような、でも柔らかく包み込むような声が聞こえた。


 [――押したまえ我に近づき少年よ]


 一体どこから?


 「やっぱり、お前も聞こえるんだな」

 突然の声に振り返ると、智樹がいた。


 「ここに来ると聞こえる謎の声。どうやら、俺たちの同級生にしか聞こえないようなんだ。みんな聞くと気味悪がって帰っちゃうんだけど。なぁ、ちょっと一緒に調べてみないか?」


 僕は納得した。夜に呼ばれたのは、肝試しをするためだったのか。

 「いやだよ」

 心の中で笑いながら断った。

 「言いつつ、気になってるんだろ。根性ないな」

 またも、心の中で笑いながら付き合ってやることにした。


 この山に来たのは、十年前が最後だろうか。川には奏詩や同級生に連れ出されて行くこともあったし、僕ひとりでも気分転換に訪れることがあった。そんなことを思い出しながら声の方向へ進むと、懐かしいものが目に入った。

 「これ……。あのときの……」

 ここは、十年前に中学校を卒業したとき、友達と一緒に埋めたタイムカプセルがある場所だ。あれは、先生に頼み込んで、町から特別に許可を得たものだった。


 奏詩の代にはなかったし、この山には僕らのタイムカプセルだけしかない。そして、声もこの場所から聞こえている気がする。


 智樹、意外と粋なことするよな。

 さて、声は聞こえるけど特に何も起こらない。


「智樹~!」

「……」

 反応なし。何かの演出か? スコップが落ちてるし、掘れってことだよな。


 [――押したまえ我に近づき少年よ]


 よし、掘るぞ。ごくり。


 数分掘ってやっと出てきた。疲れるぜ。よし、開けるぞ。

 パカッ。

 中には見慣れないスイッチのようなものがあった。


 [――押したまえ我に近づき少年よ]


 また、あの声だ。押したまえ……これのことだよな。よし、押してみるか。

 ポチッ。


 ……。


 何も起こらないじゃん。こんなガラクタを誰が入れたんだろう。智樹が何をしたかったのかわからないけど、もうそろそろ暗くなるし帰りたいな。

 そう考え、しっかりとタイムカプセルを埋め直した。


 そういえば、智樹はどこだ?

 「おーい、智樹! もう遅いから帰るぞ」

 「ごめん。急用が入った。一人で帰ってくれ」

 智樹は慌ただしく走って帰っていった。

 「はあ? なんだよ、急に」


 結局一人で、帰省したときとは違う道を通り、町並みを眺めながら帰宅した。


 ◇


 帰省三日目の朝。

 『こんにちは。今日は二年ぶりの開催となる夏の風物詩、叶明祭です。都会に出て行った若い町民も本日に合わせて戻ってきています』


 懐かしいな、町内放送か。帰省する度に聞いてるけど、やっぱり子供の頃を思い出す。


 『ここで速報です。石田智樹氏二十七歳が千明町のPR特別大使に任命されたことがわかりました。本日の叶明祭で挨拶される予定です』

 智樹が? もしかして、昨日先に帰ったのはこのためだったのか?


 ピロロロローン。ニュースが終わって数十分後、智樹から電話がかかってきた。

 「もしもし、奏太。聞いただろう? 長らく願ってきた町の復興と改革の一歩目だ。大人になっても夢に挑戦するもんだな。昨日の今日で初仕事だ。頑張るぜ」


 「昨日の今日!?」

 「おう。十四年前のあの日から、ずっと俺が掲げてきた夢だ。叶明祭きょうめいさいで挨拶するから、お前も見に来いよ。じゃあ、祭りでな」

 「……」


 昨日の今日で、大使っていう大役でできることに違和感を智樹は感じてないのか。


「あ、あとそれと昨日、裏山に帽子を忘れちゃって取りに行ってくれないか」

「いやだよ」

「まーまー」


 プツー。切られた。それよりも、昨日の今日で仕事なんてこと、本当にあり得るのか……? に落ちないまま、智樹の帽子探しに裏山に向かった。


 ぜーはーぜーはー。山はきついな。木々の生い茂る広い山の中で帽子を見つけるなんて無茶な。

 あれ、人影ひとかげ? 誰かいるのか?


 「奏太そうた!?」

 「わー、奏太だ。おひさ~。奏太も見に来てたんだね」

 「拓海たくみ! あや! 久しぶり」

 まさにタイムカプセルを一緒に埋めた、中学時代の同窓生たちだ。


 「元気にしてたー?」

 この天真爛漫てんしんらんまんあやは保育士をしていて、小さい頃からの親友の1人だ。


 「元気にしてたよ。拓海たくみも戻ってきてたんだな」

 「まあ、俺とはあっちでも何度もあってるだろ」

 拓海はここを出て都会で活躍している人の一人だ。東京に出ている同窓生は俺たちだけじゃなくて、実際には上京した同窓生だけで同窓会が開けるほど人数がいる。中でも拓海とは、たまたまだけど、よく顔を合わせるんだ。


 「さて、なぞの声に引き続いて起こった智樹ともきの大使の件について気になったんだね。明らかに変だ。奏太何か知ってるかい?」

「謎の声?」

 奏太の頭の中は疑問でいっぱいになった。


「知らないのか? 俺らだけに聞こえる声」

 なんのことだ? でもその言葉どこかで聞いたような……。


 [――押したまえ我に近づき少年よ]


 え?

「昨日、智樹に連れて来られて聞かされた。智樹が肝試しを用意してくれたんだと思ってたんだけど」

「そんなことはないよ。第一、最初の発見者は智樹じゃないし、智樹がいなくても起こるからね」


 どうして? 智樹のいたずらじゃないなら、これは普通に事件物だ。拓海は奏太より数週間早く町に戻ってきていてこの声のこともとっくに耳にしていたようだけど、よく淡々と話せる。僕は震えが止まらない。


 聞いていくと、二人がここにいたのは今朝の智樹の大抜擢がこの声と因果があると思ったかららしい。

「でも、さっきの話だとさ、奏太は昨日、声の出てくるスイッチをタイムカプセルの中から見つけて、押したんだよね?」


「うん」

「じゃあ、そのスイッチを少し調べてみたら?」

 あやの言葉にしたがいタイムカプセルをまた掘り起こすと、すぐさまスイッチに耳を近づけた。


 今回は音がしなかったのが逆に不気味で怖い。

 分解しようという話になったけど、誰も道具を持っていなかったので家の近い拓海たくみが取りに行ってくれた。その間、僕とあやは木や土を見つめていた。


 「おかしい」

 少ししたとき、彩が言った。何がおかしいのかと思って目をやると、彩はタイムカプセルから他の中身を引っ張り出してた。

 「何して……」


 「見て奏太」

 見せられたのは智樹ともきの夢が書かれた紙。

 「なるほど、そういうことか」

 「うん。そういうこと」

 そして、二人はカプセルの中からそれぞれが夢を書いた手紙、一人一人が選んで入れた思い出の品を一つ一つ注意深く確認し、並べ始めた。すると、戻ってきた拓海がすぐに散らかる中から何かを発見した。


 「智樹の夢って『町を復興ふっこうさせる』だったんだ」

 俺は彩と確信を得たことを伝えるように目を合わせた。


 「十四年前の時以来、多くの大人が町の復興作業を手伝ってくれた。それで、あの頃は特にこの夢をもつ子が多かったけど、智樹はずーっと言い続けてたもんね」

 あやが思い出したように言った。

 「そうだったな」


 少し静かな時が流れ、僕は急に不安になった。

 「二人とも、少し考えちゃった。これ、とんでもない劇物げきぶつなんじゃないかな」

 「どうして?」


 「確証かくしょうはないけど、二人も気づいてる通り、今回の智樹の大使の話は、ここに書かれた夢と合致してる。全部を確認したからわかったけど、三十八人の同級生に対して、思い出の品の数はスイッチを入れて三十九個ある。数が合わないし、このスイッチ以外には名前が書いてあるから、これはだれのものでもない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る