第17話 会食
お昼は王宮に移動し、国王ご夫妻との会食の予定だ。国王後夫妻とはもう何度もお会いしているが、食事は初めてだ。いつもいつもステファンを含めた私達8人で気楽に食事するよう気を使っていただいていた。今回はたまには一緒に食事したいと王妃殿下のご希望だった。
案内された部屋は、庭園が見渡せる開放的な部屋だった。そろそろ暑くなりつつあったが、庭園から吹いてくる風が心地よい。幾何学模様のような庭園にところどころ花が咲いている。まだ来ていないステファンとあの中を散歩したいが勉強もしたい。庭園にはところどころに警備の騎士たちが見えるが、私達の邪魔はしないだろう。邪魔はしないだろうが白い甲冑の騎士は第三騎士団だろうから、ステファンと散歩したら第三騎士団では私の様子が噂として流れる気もする。
ネリスの言葉が聞こえる。
「なんだか聖女様は難しい顔をしておるの」
それにマルスが答えている。
「あれはですね、おそらく庭園でデートするのと勉強するのとどっちがいいか悩んでいる顔だと思います」
あたっているが、あたっているだけになんかムカつくので嘘をつくことにした。
「違うよ、今日何時まで勉強できるのか、心配してただけだよ」
私の言葉に、ヘレンもフローラも首をかしげている。
そんなに私の思考は読みやすいのだろうか?
やがて部屋のドアがノックされ、女官が入ってきた。
「国王陛下、王妃殿下、ステファン殿下がいらっしゃいます」
私達は一斉に起立した。
陛下はにこやかに手をあげて、
「どうかみなさん、すわってもらって」
と気さくに言っていただいた。
そう言われても、躾の行き届いた私は陛下がお座りになるまで座るわけにも行かないと思っていたら、ステファンと目があった。自分でも顔の筋肉が緩み、目尻がさがるのがわかる。ステファンの笑顔はなんか今までの苦労や我慢がすべて吹っ飛ぶ気がする。
すると私の袖を引っ張る奴がいる。私の幸せの時間を邪魔するやつはだれだと見ると、フローラだった。
「あんたが座んないと、だれも座れないんだけど」
そうだった。聖女たる私は国王の次の席次だった。やばいと思って見回すと、座っている国王陛下、まだ立っていらっしゃる王妃殿下もにこやかである。このにこやかな空気のうちになんとかしないといけないと思い、
「失礼しました。みなさんお席へ」
と言い繕った。
陛下がお話を始めた。
「みなとやっと食事が取れるのを嬉しく思う。あまりかしこまらず、ステファンと食べるときと同じように気楽にして欲しい」
「ありがとうございます」
「今日の料理はな、王妃が選んだのだ」
すると王妃殿下が割り込んできた。
「陛下、私の話をとらないでください」
「ああ、すまない」
「あのね聖女様、今日はちょっとめずらしいものが出るわよ。楽しんでね」
最初はサラダだった。シンプルなサラダだが、ドレッシングがかかっていた。初めての味だが、なにか懐かしい味である。
「めずらしいでしょ」
王妃殿下は感想を聞きたそうに私達の顔を見回している。
ドレッシングの秘密に気付いたのはヘレンだった。
「オリーブオイルですか」
「さすがはヘレンね。お料理が上手なんでしょ。お話は聞いているわ」
王妃殿下は嬉しそうだ。
オリーブは南国で取れるため、我が国はおろか南隣のヴァルトラントでもとれない。だから今まで私は味わったことがなかった。
つぎに出てきた料理にはさらに驚かされた。なんとスパゲッティである。しかも見た目はナポリタンにしか見えない。私はようやく今日の料理の秘密がわかってきた。
メニューを提案したのはステファンだろう。私を喜ばすために、この国には存在しないイタリアンを用意したのだ。それも本来イタリア料理には存在しないが日本人には馴染み深いナポリタンをメニューに入れてきたのだ。私は小さくステファンに、
「ありがと」
と言った。それを王妃殿下は聞き逃してくれず、
「よかったわ、ステファンの気持ちが聖女様に伝わったのね」
とおっしゃった。顔が赤くなる。
メインディッシュはカツレツのように見えた。ナイフを入れ一口食べると牛肉である。ミラノ風の牛カツレツを模したものであろう。添えられたレモンがよく合う。
また私の袖が引っ張られた。フローラがまた小声で注意してくれた。
「聖女様、会話、会話」
まずいと思っていると、王妃殿下に助けていただいた。
「フローラ、会話がなくなるくらい食事を楽しんでいただけているのならば、私は満足しています」
「も、申し訳ありません」
イタリアのコース料理ならば、次は野菜の焼き物か何かが出てくるだろうと思っていると、驚くものが出てきた。
じゃがいもを焼いたものにバターが載せられており、溶けかけている。
「熱いと思いますから、お気をつけて」
口に含むと、大通公園で買食いしたじゃがバターを思い出した。
ウ、ウ、と言う声が聞こえる。なんとネリスが俯いて泣いている。つられてヘレンも泣き出した。
それを見て国王陛下が低い声で発言された。
「みながどこから来たかは、ステファンから聞いている。その記憶があるだけに、いろいろと苦労しただろう。しかし聖女アンを始めみなはこの国のために力を尽くしてくれている。本当に感謝している。王妃も同じ思いで今日の料理を用意したのだろう。王としてより父として、その仲間にステファンを加えてほしいのだ」
私は鼻水がでてきてしまい、マナー的にどうしてよいか困惑したが、とにかく答えなければならない。
「陛下、私としては最初から、ステファン殿下は大事な仲間と思っております。それは他のものも同じはずです」
「そうか、それはよかった。そうそう、この話は、王室ではここにいる3人だけしか知らないから安心されよ」
「陛下、ヴェローニカ様にはお話してあります」
「そうか、当面はそれだけにとどめたほうが良かろう」
「はい」
「食事中だったな、すまない、デザートに移ろうか」
デザートはフルーツのタルトだった。修二くんと二人でレストランで食べたタルトを思い出した。
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