第16話 医者のまねごと

 近衛騎士団に行く。打ち合わせの場所は図書室を指定してあった。女学校に入学してすぐの頃、近衛騎士団の書庫で数学の本を沢山借りた。私達はだいたいマスターしているけれど、化学が専門のケネスや兵士として活動していて勉強していなかったマルスには良い参考書があるはずだ。図書室に行くと、懐かしい顔が待っていた。

「ご無沙汰しています、聖女様」

 迎えてくれたのは、全騎士団を通じての最古参であるヴァレリウスだった。彼は私達が女学校1年のとき、近衛騎士団の図書室で色々と教えてくれた。

「お元気そうでなによりです、ヴァレリウス様」

 私が挨拶を返すとヴァレリウスは困ったような顔になった。

「様はやめてください、聖女様」

「私にとっては、騎士団の裏側まで教えてくれた先生ですよ。だから様は外せませんし、昔通り『アン』でいいのですよ」

「ははははは、無理ですな」

 ヴァレリウス様は笑顔こそ以前と変わらないものの、すこし老けて見えた。私はおもわず聞いてしまった。

「ヴァレリウス様、どこかお具合がよくないのではないですか?」

「聖女様に隠しても無駄でしょう。なにか物を飲み込む際、ひっかかるようでしてな。つい食事がおっくうになってしまって」

 私はネリスを見た。


 ネリスは医療ドラママニアであった。その原点とも言える「ザイゼン教授」は原作では食道癌の権威であった。口と胃をつなぐ食道に癌ができると、ものを飲み込みにくくなる。

 ネリスは私を見返してうなずいた。

「ヴァレリウス様、ちょっと向こうの長椅子にあおむけになってもらえませんか」

「お医者様のようですな」

「まぁ私も多少の訓練はいたしましたから」

 私は女学校時代、入学当初から中央病院に出入りしていたし、高学年では看護系の選択科目もいくつかとっていたのだ。


 仰向けになったヴァレリウス様ののどから胃にかけて、手のひらをかざして内部を調べていく。神様ともちろんステファンの力を借りるべく念じる。すると食道の真ん中あたりに人差し指の先くらいの大きさの塊がある。私はもう一度神様とステファンの力を借りて、その塊がない状態を頭に浮かべて治癒していく。

 イメージ的にほぼ腫瘍は無くなった。一応ヘレンに、

「食道の腫瘍は無くなったと思う」

と言ってみたら、

「教授、転移の可能性は」

と言われた。なんかヘレンもネリスのおふざけに付き合っているらしい。一応全身くまなく探してみたら、特に問題はなさそうだ。

「ヴァレリウス様、食道に腫瘍がありましたからそれは取り除きました。ほかに病巣はないと思いますが、念の為中央病院で検査してください。紹介状を書きますから」

「私如きにそこまでしていただかなくても」

「いえ私としては、皆大事な国民ですし、ずいぶんお世話になりましたから」

 私は手近な机を使い、中央病院というかミハエル医官長にヴァレリウス様の紹介状を書いた。

「ヴァレリウス様、書庫のどこになにがあるか、だいたいわかっております。今から中央病院にいかれたらどうでしょうか」

「いやいや、マティアス騎士団長に聖女様のお役に立つよう命令されておりますから」

「ではマティアス様に私から申し上げましょうか?」

「かんべんしてください。明日休みを取って行きますから」

「私、中央病院に知り合いが多いですから、本当に行かれたか確認しますよ」

「はいはい、行きますから、今日のお仕事をなさってください」


 途中でやってきたマルスは、そんなやり取りを見て目を丸くしていた。それはそうだろう。一般兵士として戦争に参加したマルスにとっては、ヴァレリウスのような騎士団の生き字引のような人は雲の上の存在なのだろう。その雲の上の人と私は親しげにやりあっているのだ。

「聖女様、なんていうか、すごいっすね」

「ああ、ヴァレリウス様には8才のときからお世話になっているのよ、そうですよね、ヴァレリウス様」

「そうですな、あの頃はこう、なんというか、可愛かったですな」

 ちょっと私はショックだった。

「え、今はもう可愛くないんですか。まだ15才なんですけど」

「あ、今の聖女様はお美しいです」

「なんか私が言わせたみたいじゃないですか」

 静粛であるべき図書室に笑いが満ちた。

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