第4話 私の欲しいもの
国王ご夫妻との定例の打ち合わせのあと、私は別室でステファン第二王子に会っていた。
かなり広い部屋に、なぜか応接セットがふたつ、入口に近い方にフローラ、ヘレン、ネリスが王子護衛の騎士たちとお茶している。
もう一つの応接セットには私がステファンと座る。向かい合ってではない。隣に座るのだ。
「やあ」
「うん」
簡単に挨拶して、肩と肩がくっつくように座る。服を通してステファン王子の温かみというか、修二くん成分が私に伝わってくる気がする。一週間で最も大切な時間である。これがあるから私は生きていくことができる。
十分に成分を吸収したあと、私は話しかける。
「あのね、私ね、女子大を作ろうと思うの」
「ほう、女性の地位向上のため?」
「名目上はね、本当はネリスのため」
「なにそれ」
「ネリスだけ、女子大出身じゃないでしょ」
「?」
「女子大生やりたいんだって」
「ワシのワシによるワシのためも女子大じゃ!」
「こらネリス!」
ヘレンが叱っている。まあいつものことだが、全員私達の会話に聞き耳をたてていたのだろう。
ステファンが苦笑いしながらネリスに聞く。
「ネリスが校長やるの?」
「いや、ワシは学生じゃ」
「じゃ、だれが責任者やるの? アン?」
「聖女様は理学部長じゃ。学校全体の責任者は荷が重すぎるじゃろ」
「私は理学部長イヤ」
私が拒絶すると、ステファンは不思議そうにしている。
「なんで」
「だって扶桑の理学部長、澤田先生だよ」
大変失礼ながら、理学部長といえば扶桑女子大の澤田克子教授、ドスコイ型である。
それを聞いたステファンは、ちょっと考えてから笑い出した。あの風貌を思い出したのだろう。しばらく笑ってからステファンは聞いてきた。
「で、責任者はどうするの?」
「うーん、普通に考えれば女学校のアレクサンドラ校長に兼任してもらうのが順当かな」
「なるほど、そうなると場所は女学校に間借り?」
「最初は小規模になるだろうから、たぶんそれね。いずれは第三騎士団の近くでもいいかもしれない」
「それなら校長はヴェローニカ団長でもいいかもね」
「そう、あとね、実務で言えばジャンヌ様だと思うの」
「なるほど、今気づいたんだけどさ、ねぇネリス、ネリスのネリスによるネリスのための女子大なんでしょ」
「そうじゃ」
「ネリスによる、なんだからネリスが責任者やるのが自然なんじゃない」
ステファンは私達が気付いていながら黙っていたことを容赦なく聞いた。
「いいんじゃ、言葉のアヤじゃ」
「ステファン、言いたかっただけだと思うよ」
「そうだね」
みんなで大笑いした。
楽しい時間はすぐに過ぎる。
もう帰る時間が来てしまった。
立ち上がることはできた。
出口まで歩くこともできた。
出口で振り返り、挨拶をしようとステファンの両手を両手でにぎったら動けなくなった。
動きたくない。
帰りたくない。
ずっといっしょにいたい。
動けないままでいたら、ステファンはぎゅっと抱きしめてくれ、おでこにチューしてくれた。
今週は泣かずにお別れできた。
帰りの馬車の中でヘレンがボソッと言った。
「おでこにチューなんて、殿下らしいよね」
ネリスは、
「マルスも似たようなもんじゃろうな」
と言った。フローラは、
「聖女様はもうすべて受けいれてるんだから、普通にキスしちゃえばいいのよ」
と言う。
だけど私の意見はちがう。
「あのさ、ふつうに口でキスしちゃったらさ、もうわたし何もかも我慢出来ないと思う」
それを聞いたフローラは、
「そっか、私等実質アラサーだもんね、ごめん」
と言った。ネリスは、
「計算次第ではアラフォーじゃぞ」
などと恐ろしいことを言っている。
私達がこの世界に転移したのは25才のとき。今こっちで15才だから合計40年生きていることになる。そう言う意味ではアラフォーだ。
私が前世の記憶を取り戻したのは8才のとき。それから今まで7年だから、そう言う意味では精神年齢32才、アラサーだ。
どっちにしろ向こうで結婚までしていた私は、粘膜接触までしてしまったらもうどうなるかわからない。なまじ幸せな経験があるだけに、がまんが効かなくなる気がする。それは他の3人も同様だろう。
ステファン第二王子は言うまでもなく私の大事な旦那様修二くんなのだが、去年の秋から軟禁生活を送っている。国王陛下によると、軟禁の理由は三つ。
一つ目は政治的な争いだ。現在王位継承権をもつ王の子は4人。ミハエル第一王子とステファンが王妃殿下の子、他に二人の側室の子がそれぞれ一人ずついる。兄弟仲は悪くないのだが、それぞれにつながる貴族たちがいて背後で動き回るらしい。王妃殿下としては、殿下の親族が二分してミハエル殿下とステファンに分かれてしまうのが忍びなく、長男に集中させたほうが有利との判断をしているらしい。
二つ目、これが問題だ。ステファン王子は虚弱なのである。公務にも差し支えるほどで、将来的に国王としての激務に耐えられそうにない。だから変な政治的虫がつくまえに隔離したとのことだ。
三つ目、これが私と関連がある。秘密で行われた私の聖女就任式にステファン王子は出席した。式の最後で私が無意識に放った銀色の光がステファン王子に吸い込まれるのが目撃されている。これが第三王子派、第四王子派を刺激したらしい。宮廷にはいろいろとステファン王子についてあること無いこと噂が流布したらしい。
訂正しよう。無いことが噂として流された。許さん。
ただ、国王ご夫妻は虚弱な第二王子の配偶者として聖女というのは渡りに船で、お二人はとても私に好意的なのだ。いや、だった。
対ヴァルトラント戦で私に軍部がついてしまった。いかなる貴族であってもその私兵では一つの騎士団にすら対抗できない。宗教面で民意をつかみ軍事力の後ろ盾があれば、いつでもクーデター可能になってしまう。
おそらく週イチでご夫妻と面談するのは私の政治活動を牽制するため、そのあとステファン王子に会わせるのは私を懐柔するため、とヴェローニカ様は分析している。ヴェローニカ様は、
「聖女様に政治的野心などあるわけがない。その聖女様の信奉者の騎士団長たちがクーデターなど企むわけがない」
と言っていた。
私が欲しいのは三つだけ。
愛、友、学問。
元の世界に戻りたいというのはその次だ。
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