第5話 母親への願いと魔導ロボットへの挑戦

 魔導ロボットを目の前にしたとき、僕の胸の中には抑えがたい興奮が湧き上がっていた。


 それはただの興味や好奇心ではない。


 もっと根深い、体の奥底から湧き上がってくる衝動だった。


 前世で僕はメカニックとして働いていた。ロボットや機械をいじることに情熱を注いでいたあの頃の記憶が、今この瞬間に鮮やかによみがえった。


「触りたい…」


 その思いは日に日に強まり、ついには抑えきれなくなった。


 僕は意を決して、母親の執務室へと向かった。


 母親の執務室は城の中でも特に厳かな場所で、普段はあまり訪れたことがない。


 しかし、今はそれどころではなかった。


 覚悟を決めて、扉をノックすると、中から母親の柔らかな声が響いてきた。


「は〜い」

「カイです! 入ってもよろしいですか?」

「カイ?! もちろんよ! 入っていいわよ」


 僕が尋ねてくると思っていなかったのか、母親の驚いた声が聞こえてくる。


 扉を開けると、広々とした執務室には母親だけでなく、二人の女性が共に座っていた。


「お邪魔します。会議中ですか?」

「いいのよ。カイ。カイにも二人を紹介したいと思っていたの」


 お母さんが立ち上がって俺を出迎えてくれる。


 ソファーに座っていた場所へ誘導されて、向かいに二人の女性いる。


「まずは、私の参謀をしてくれている、サラ・ハートフィールドよ」

「初めまして、カイ王子様、私はサラ・ハートフィールドと申します」


 短い黒髪と鋭い目つきが印象的で、冷静で理知的な雰囲気を持つ女性だった。


「もう一人は宰相のエヴァ・フローレンスよ」

「王子様、初めまして〜エヴァだよ」


 陽気な雰囲気に、金髪の優雅な髪を背中に垂らし、穏やかで上品な笑顔を浮かべているが、その眼差しには知恵と強い意志が感じられる。


 彼女たちは、初めて見る僕の存在に戸惑いながらも、すぐに優雅に頭を下げてくれた。


 僕も少し緊張しながら頭を下げたが、すぐに元の目的を思い出して、母親の方に顔を向けた。


「母上! お願いがあります!」


 僕は自分の目的を思い出して、急な突撃を仕掛けた。

 母親は少し驚いた様子を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「どうしたの、カイ? 何か困ったことでもあった?」

「僕、魔導ロボットを触りたいです! ロボットの構造や仕組みを知りたいのです!」


 僕の言葉は、執務室の中にいる全員を驚かせた。


 母親も、参謀のサラも、宰相のエヴァも、一瞬言葉を失ったかのように僕を見つめた。


「ロボットに…触りたいのですか? 男の子の王子様が?」


 サラが戸惑いながら言葉を紡いだ。


 その表情は明らかに困惑していて、女性が主導するこの世界では、男性がロボットに興味を持つことが常識外れであることが伺えた。


 エヴァも同様に、僕をじっと見つめながら口を開いた。


「王子様がロボットに興味を持たれるなんて凄く珍しいことだよ。普通はお人形さんとか、オママゴトとか、室内でできることに興味を持つって聞いたことがあるのに」


 二人の視線が母親に向けられた。


 彼女たちは、どう対応すべきかを迷っているようだった。


 しかし、そんな二人の反応とは対照的に、母親は嬉しそうに微笑んでいた。


「カイ、あなたが何かに興味を持っているなんて、母さんはとても嬉しいわ。魔導ロボット興味を持つのは珍しいけれど、そもそも男性の生態なんでわかっていないようなものだもの。むしろ、珍しいってことは、もしかしたらウチの子は天才なのかもしれないわね」


 母親の言葉に、サラとエヴァは更に驚いた表情を見せた。


 しかし、母親は僕を褒めてくれながらギュッと抱きしめてくれる。


 その大きな胸に圧迫されてしまうが、どうやら母親には溺愛されているようだ。


 僕の言葉で動揺することなくなく、彼女は僕の頭を優しく撫でながら、さらに話を続けた。


「魔導ロボットは危険な物よ。触りたいと言うなら、きっとあなたは何か特別な才能を持っていると思うの」


 母親の温かな笑顔と賛同に、僕は胸が熱くなった。彼女が僕の願いを真剣に受け止め、応援してくれることに心から感謝した。


「じゃあ、魔導ロボットを触ってもいいの?」

「もちろんよ、カイ。ただし、今すぐに最前線の機体に触れるのは難しいかもしれないから、まずは廃棄された魔導ロボットから始めてみたらどうかしら?」


 母親の提案に、僕はすぐに頷いた。

 廃棄された魔導ロボットでも、僕にとっては十分な研究材料だ。


「ありがとう、母上!! 大好きだよ」

「まぁ! もう一度! もう一度言って頂戴!」

「うん。大好きだよ。母上! まずは修理から始めてみるね! ありがとう」


 自分の中身の年齢など無視して、子供帰りしてしまうほどに僕は嬉しさが込み上げていた。


 僕の意気込みに、母親は満足そうに頷き、サラとエヴァも少し戸惑いながらも微笑みを返してくれた。



 数日後、僕は格納庫の一角に案内された。


 前回とは違って、ちゃんと事前に格納庫にいくことを予告した。


 そして、やってきた格納庫には廃棄された魔導ロボットが鎮座していた。


 錆びついた装甲、ところどころ欠けた部品。


 一般的にはもう役に立たないとされるこの機体だが、僕にとっては新たな挑戦の始まりだった。


「これを修理できるかな…?」


 僕は早速工具を手に取り、機体の一部を分解し始めた。


 前世での経験があるとはいえ、この世界の技術や魔導の仕組みは全く異なる。


 しかし、だからこそ挑戦しがいがあるというものだ。


 メカニックたちが用意してくれた設計図を広げ、慎重にパーツを組み直していく。


「でも、魔導についてはまだよくわからないな…」


 機械の部分は順調に進んでいるものの、魔導と呼ばれるエネルギー源については、全く理解が追いついていなかった。


 この世界では魔法と機械が融合しているのだ。


 その仕組みを学ばなければ、完璧な修理はできない。


 僕は再び図書室に足を運び、魔導について学ぶための書物を探し始めた。


 魔法と科学が交わるこの世界の知識は、前世の僕にとっても未知の領域だ。

 しかし、だからこそ新たな学びが待っている。


「この魔導っていうのは、どうやって機械に力を与えているんだろう…?」


 僕は書物を広げ、ひとつひとつ読み解いていった。


 未知の概念が次々と現れるが、それを理解していく過程が何とも言えない快感だった。この世界に来てから感じたことのない、ワクワク感が僕の中で大きく膨らんでいった。


「これだ…これが僕のやりたいことだ…!」


 魔導ロボットを修理するために必要な知識を、僕は貪るように学び始めた。


 これからの挑戦が、自分にとってどれほど大きなものになるのかはまだわからない。


 しかし、僕はこの世界で、自分の居場所を見つけつつあった。


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