第6話 西ノ霧諸島 ハルゼー遠征


 数日後……

 北の海運都市パリスの海軍司令部。

 ハルゼー提督は数人の士官と共に、アシュルムからの書簡を怪訝な表情で何度も読み返していた。


「どういうつもりだ。西ノ霧諸島をアルカディアスが占拠したと言っているが、そんな情報はない。そのような緊張状態の場所に我が軍を差し向けるとは、いたずらにアルカディアスを刺激するだけだ、戦争を仕掛けたいのか」

 ハルゼーは出されたコーヒーにも手をつけず、文面の行間を探ろうとしている。


 最近のパリスはヴァイキングとの諍いがなくなったことで交易が盛んになり、街は繁栄し平和が続いている。まさに、青天の霹靂といったところだ。 

 ハルゼーは屋敷の窓から活気ある街を見下ろし、これまでの経緯を邂逅した


「パリスはこれまで、ラスタリア王宮の命令でヴァイキングと戦ってきたが、今思えば全く無駄な戦いだった。そもそもヴァイキングとは、敵対関係ではなかったのだ」

 聞いていた横の副官は

「ならば、なぜラスタリア王宮は、ヴァイキングの討伐を命じたのでしょう」


「ガイア教の意向だろう。やつらにとってヴァイキングは異教徒だ、海賊と位置づけて掃討しようとしたのだ。それと…」一瞬言葉を切ったあと

「私が、うとましいのかもしれない」


 それには、他の士官も不満を顕わにし

「今の王宮はガイア教に牛耳られ、今ご病気の王の信頼の厚い提督をないがしろにして、ラスタリアの海軍力を削ろうとしている! 」


 語気を強める士官に、ハルゼーは苦笑いしながら

「出る杭は打たれるということだ。しかし、ここまで力をつけたガイア教には逆らえない。謀反の疑いでもかけられれば、このパリスにガイア教が攻めてくるだろう。ここ数年のヴァイキングとの戦いで、こちらの戦力はかなり損耗した。今は命令に従うしかない」

 

 今回の遠征は、暇なハルゼーに任務を与えただけではないだろう。なにを考えているかわからないが、中央からの命令には逆らえない。

 やるせない表情で、ハルゼーは遠征の準備を命じた。


 数日後、命令を受けたハルゼー艦隊の十五隻が西ノ霧諸島に向けて出港した。


 西ノ霧諸島周辺はモンスーン地域を抜けた先にあり、荒れる海域を抜けると無風帯にでる。船足は極端に遅くなり、合わせて西の霧諸島の名のとおり霧が立ち込める日が多くなる。


 こうして、二週間かけて西ノ霧諸島にたどり着くと、ガイア教の帆船三十隻と合流した。

 ただし、合流したと言ってもガイア教国の船団は、手旗信号のみの挨拶でハルゼーの船に近づこうとしない。その後も、ガイア教国の帆船団は、ハルゼー艦隊の後ろを距離を置いて追随している。



 翌日、霧の中に島影がみえてきた。

 ハルゼーは艦隊の中で最速の船を先行させて、島の様子を偵察させたが。


「敵の姿がない……」 


 ある意味想定どおりだ。

 海域は穏やかで薄く濃く霧が立ち込め、ハルゼーはさらに注意深く周辺を探っているが、わずかに波打つ海面と不気味に静まる小島が見えるだけで、気配すらない。


 次に、ガイア教国側から手旗信号で、ハルゼーの艦隊と二手に分かれて島の周囲を調べることが提案された。

 ハルゼーもこれに従って周囲を索敵したが、敵は見つからなかった。


 ハルゼーは、再び合流したガイア教の船団に目を移し

「わざわざラスタリアから遠征してきたガイア教も、とんだ無駄足だな」

 とは言うものの、ハルゼーはガイア教団の動きにも注意している。万一、奴らが襲ってくるとも限らないからだが、船の様子に違和感を覚えていた。


 ガイア教団の船の水兵が極端に少なく、最低限の帆船を動かす人員だけしかいないようで、砲兵などの姿が見えない。そのことを悟られないようにするためか、近づいてこない。


「我らを襲うつもりはないようだが、戦に来た感じでもない。いったい、なんのつもりだ」


◇襲撃


 結局、何の成果もなくハルゼーとガイア教の船団は、別れてそれぞれの帰還の途についたが、半日過ぎた時……。


「提督、左舷後方に複数の正体不明の黒い帆船が向かってきます! 」


 霧の中から、黒い帆船の影が迫ってくる。それは、ハルゼー艦隊がガイア教の艦隊と別れたのを、見計らったようなタイミングだった。

 周囲は霧に覆われ、敵影が判然としない。次の瞬間、黒い帆船が突如発砲してきた。それは曳光弾のように光の飛跡を残して向かってくる。


「これは! 魔導弾ではないか」


 船の直近に水柱があがる。向かいの船は直撃弾を受けて、破片が飛び散るのが見えた。

「全艦回頭し、反撃しろ! 」


 ハルゼーの命令で、直ぐに砲撃を始めた。

 霧の中からの奇襲でハルゼーの艦隊は初弾でかなり命中弾を受け、半数ほどが損害を受けたものの、幸い大破した船はない。

 ハルゼーは、轟音と揺れる船上で、敵からの放物線を描く弾道を見つめ。

「魔導弾を撃つのは、スカーレット・ジャスティスのような神船もしくは……魔船」


 横の士官も驚いた様子で

「魔船を建造するには人智を超越した力が必要です。やはりアルカディアスが魔船を建造していたのでしょうか。アルカディアスの王オーデルは、神力を持っていると言われています」


「いや、オーデルはあの、インフェルノ・ルシファーと同じ、神そのものだ」


「神……なのですか」

 士官達は以前ヴァイキングとの闘いで出現した、圧倒的なルシファーのスカーレットジャスティスの砲撃を思い出して絶句したが、ハルゼーは霧の中にぼんやりと見える帆船を見つめながら。

「だが、魔船はルシファーのような神船とは違う。見ろ、魔弾の破壊力はスカーレットジャスティスほどではない」

 

 ハルゼーの言うように、命中弾を喰らっても致命傷になっていない。一方で、こちらの砲撃が命中した敵船のマストが折れたり、船体が破壊された様子が見える。

「大丈夫だ! こちらの攻撃も十分に効いている。このまま攻撃の手を緩めるな! 」


 ハルゼー艦隊は砲弾の装填間隔が早く、敵船の倍の数の砲撃で果敢に応戦し、次第に敵の進撃を抑え込んできた。しかし、奇襲を受けたことでかなり損害を受け、不利な状況は変わらず、応戦して牽制しつつ戦域から離脱しようと考えている。


「敵の魔弾は、命中精度も低い。これならなんとか振り切れる。同士討ちしないよう、陣形を崩さないよう応戦しろ」

 ハルゼーの指示がとぶ。

 敵船の数は多いが、ハルゼー艦隊の水兵の練度は高く黒の帆船を翻弄し始めた。さらに、船の操舵もよく訓練され、一気に敵の黒の帆船を引き離した。


 なんとか逃げ延び、離れていく魔船を見つめるハルゼーは、今回の襲撃に最初から違和感があった。

「あの魔船の戦い、まるで素人だ。かのインフェルノ・ルシファー率いる精霊艦隊とも互角に渡り合った、オーデル王の艦隊とは思えない。にわか作りの艦隊なのか……」


 ハルゼー艦隊が強いとしても、敵の攻撃はあまりに未熟で、艦隊の統率もとれていない。周りの士官も

「我々がガイア教国と別れて戦力が分散した時を狙ってきたようにも思えます。しかし、敵はどこに隠れていたのでしょう」


 ハルゼーは腕を組み思案した。

「敵の現れた方角は明らかに西ノ霧諸島からだ。島にも上陸して調べたが何もなかったが、どこか見落としたのだろうか。それとも、ガイア教国の探った島に見落としがあったのか………もしくは、わざと見過ごしたのか」

 不可解な点が多くモヤモヤしたものがあるが、今は艦隊の損害が多く母港に戻ることを優先するしかなかった。


 奇襲だったため、かなり損害を受けながらも、東のモンスーン海域に逃げこんで振り切り、波の荒い海域に入るとそれ以上魔船は追ってこなかった。

 ハルゼー艦隊は北海の荒波を航海して訓練されていたので、余裕で航行していく。

 それでも、全体に船の損傷が大きく、なんとかパリスの港に戻ってきたが、しばらくハルゼー艦隊はまともな戦闘は不能になってしまった。


 一方、ガイア教団の艦隊は、さらに深刻な事態になっていた。


 ガイア教の船が一隻も、ラスタリアへ戻ってこないのだ。

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