第5話 サグリンの陰謀

 ラスタリア王都の中央、丘の上にそびえる王宮に並んで、ガイア教の大聖堂が建造されている。

 天に突き刺す尖塔が幾本も林立し、絢爛なステンドグラスが張り巡らされた豪華な中央大聖堂、さらに周囲の重厚な建造物群とともに、その規模は王宮に匹敵する。


 その大聖堂の祭壇の裏から地下に続く秘密の階段を、サグリンが太った巨体を揺らして降りて行く。突き当たりの部屋に入ると、奥にある大きな鏡に燭台をかざし軽く呪文を唱えた。

 しばらくして、鏡面にぼんやりと人影が写しだされ、鏡から声が聞こえる。


『サグリンよ、北でルシファーが出現したのか』

 鏡に映るのは灰色のフードを目深に被り、口だけが動く魔導師の姿だ。


「はい法皇様、北のパリスでヴァイキングを焚きつけて、ハルゼーとエクセルを抹殺しようとしたのですが、ルシファーが出てくるとは予想外でした」


『ルシファーはオリンポスの神。この世界に関わりはなかった。それがなぜ、この世界に現れたのだ』


「おそらく、エクセル王子が、碧玉の魔石を使って異世界に行き、ルシファーに接触したと思われます。表向きには、西のアルカディアスの王オーデルに対抗するため、精霊艦隊のルシファーを味方につけようとしたと言っていますが、実際には我々ガイア教に危機感を抱いているのではないかと考えられます」

 サグリンの推測に、法皇と呼ばれた鏡の男は深刻にうなずくと


『確かエクセルの母は、西のアルカディアスの出身だったな。ならば、オーデルと対抗するどころか、手を組もうとする可能性もある』


「その通りです。以前はラスタリアとアルカディアスは友好関係でしたが、私が現王に呪詛じゅそをかけて意識不明にし、悪偶な第一王子のアシュルムを仮の王にして懐柔し、ガイア教を国の中枢にしたのが六年前。その時、アルカディアスとの関係を断つためエクセルの母にスパイ容疑をかけて、息子のエクセルと共に流刑にし、そこで暗殺したはずですが……」


『それがなぜ、エクセルが今いるのだ』


「第二王子のカシムが密かにエクセルを連れ出していたようです。その時は、我々も気づきませんでした。しかし、最近になってエクセルが存命だと知り、驚きました」


『その時すぐに、エクセルを始末しなかったのか』


「それが、最初は支離滅裂な言動で、まともな会話もできない状態でした。無害だと油断し、放置していたのです。それが、最近になり正常な王子としての振る舞いを見せ始め、さらに騎士団長のセナとも結託し迂闊に手が出せなくなりました」


『暗殺された母のこともあり、目立たないように猫をかぶっていたのか』


「おそらく、第二王子の入れ知恵でしょう。幸い、まだアルカディアスはエクセルのことを知らないようです。今戦争になれば、ルシファーはラスタリアに加勢して、アルカディアスと戦ってくれるでしょう。無論、我がガイア教国の艦隊は参戦はしません」


『ガイア教国はラスタリアと安全保障を結んでいるのではないなか』


サグリンは不敵に笑いながら。

「そんなもの、なんなりと因縁をつけて反故ほごにしますよ。それに、開戦の火種も用意しております」


『さすがサグリン。我々は戦わずして、ラスタリアスとアルカディアスが共倒れするのを傍観し、生き残った方をガイア教国の軍で叩くということか』うすら笑みを浮かべる法皇は、続けて

『そうだ、念のため巨神ラ・ムーアをそちらに向かわせよう。これで、生き残った方のとどめをさせ』


 ラ・ムーアと聞いて興奮したサグリンは、思わず人間に変化していた姿が解けて、ガマガエルの魔獣の姿になる。

「巨神ラ・ムーアですか! それは心強い、もし共倒れにならずとも、お互いが疲弊しているところを襲えば確実に仕留められます。それで、うるさい神々がいなくなった暁には、悲願のラスタリアをガイア教のものにし、その後はこの世界をわがガイア教が支配することが出来ましょうぞ」


 法皇は満足そうにうなずくと

『たのむぞ。ラ・ムーアがラスタリアに向かうまで、出来るだけ戦いを長引かせ、時間をかせぐのだ。さらに、海上に結界を張り、ルシファーの精霊艦隊が転移してこないようにしておけ。精霊艦隊はさすがに厄介だ』


「承知しました」


 サグリンがうやうやしく頭を下げると、魔鏡に映るローブの法皇は消えた。 

 その後、人間の姿に戻ったサグリンは魔鏡を大切に封印すると地下を出て、考え事をしながら大聖堂のテラスへの階段を上がる。

「かの巨神、ラ・ムーアを投入するとは……法皇も本気のようだ」サグリンの手に力が入る。

 その後、テラスへ立ったサグリンはラスタリアの街を見下ろしながら、薄ら笑みを浮かべた。


「いずれ、この美しいラスタリアの都市は、魔獣に汚されたガイア教のものになる」

 

西ノ霧にしのきり諸島


 早速、サグリンは第一王子のアシュルムに、とある提案をした。


「北のヴァイキングの憂いが無くなったところで、かつてラスタリアの領土だった西ノ霧諸島の奪還を行いたいと思うのですが」


 玉座に座るアシュルムは相変わらず面倒くさそうにサグリンの話を聞いていたが、やがて重い口を開いた。

「西ノ霧諸島……たしか、中立地帯の無人の群島だろ。いったい、どうしたのだ」

「アルカディアスがそこを占領して、何か企んでいるようです」

  さすがに、アシュルムは驚いた。西ノ霧諸島はラスタリアとアルカディアスの中間に位置し、両国が領有権を主張し続けている微妙な地域だ。


「アルカディアスが占領した……」


 一瞬言葉に詰まったアシュルムだが、サグリンの話しの信憑性を疑うことなく、ラスタリアの艦隊が派兵されるのかと思い、渋い顔をする。

 すると、サグリンはその意を察したように


「ご心配には及びません。我がガイア教の軍が出撃します。ただし、近隣のハルゼー提督に加勢してもらいたいのです。すでに北のヴァイキングの驚異もなく、今は暇でしょう」

 その返事にアシュルムは安堵の表情を浮かべた。しかし、サグリンがハルゼーの力を削ぐ狙いがあることを察し、提案を一考した末に口を開いた。


「ならば、エクセルもそれに加えてはどうだ」

 パリスでエクセルを亡き者に出来なかったことを踏まえての提案だったが、サグリンは意外にも

「いえ、今回は控えましょう。もし、ルシファーが出てくれば、容易に敵を殲滅するでしょう。そうなれば、エクセルもハルゼーも無傷のままですぞ」


「………」

 確かにその通りでアシュルムは閉口したが、サグリンは意味深な笑みを浮かべ。


「ガイア教の軍も出撃しますが、実際にはハルゼーだけをアルカディアスと戦わせ、ハルゼーの力を削ぐのです。さすれば、もはやラスタリア王宮に力を持つ者はいません。あとはゆっくりと王宮内の不穏分子を粛清すれなよいのです」

 エクセルや第二王子のことを指しているは明らかだった。それには、アシュルムも満足そうに頷き


「承知した。よしなに、計らえ」

 笑顔で快諾した。

 サグリンは大きく点頭しつつ、内心でほくそ笑む。


「ご自身も粛清の対象になるとは……思わないであろうな」

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