第7話 サグリンの難癖
王宮の広間で、アシュルムを中心に重臣たちとガイア教の指導者が一堂に会し、西ノ霧諸島についての議論が繰り広げられていた。その中で、ガイア教の司教サグリンが声を荒げ、会議の空気を一変させた。
「ハルゼーはなぜ、我がガイア教国の船団を見捨て、自分だけ逃げたのだ! 」
怒りに震えるサグリンの抗議に、ラスタリアの高官たちは蒼白になりながら応じた。
「ハルゼーとは別れた後で、霧の中で敵味方の区別もつかず、自分たちが逃げ切るのが精一杯だったと報告を受けています……」
しかし、サグリンはその説明に納得する様子もなく、苛立ちを募らせ
「出撃させた三十隻が行方不明なのだぞ、おそらく全て撃沈されたに違いない。だが、なぜハルゼーは無事に戻り、ガイア教の船だけ一隻も戻ってこないのだ。ハルゼーが沈めたという噂すらあるぞ!」
高官たちは言葉に詰まり、ついには誰も応えられなくなった。サグリンは眉間に皺を寄せ、睨みつけるように続けた。
「法皇はお怒りだ。この状況を放置すれば、ラスタリアへの信頼も揺らぐことになる。ここは法皇に誠意を見せねばならない」
「それで、どうすればよいと……?」
高官の一人が恐る恐る問うと、サグリンは語気を強め。
「アルカディアスに報復するため、挙兵するのだ!」
その勁烈な一言に会議室は静まり返ったが、彼は周囲の怯えた表情を一瞥すると口元だけにゃりと一笑し、突然態度を変え穏やかな口調で。
「……とまでは言いません。我々は三十隻の船を失いました。その埋め合わせとして、ラスタリアから船を三十隻お譲りいただければ、なんとか納得されるでしょう」
思わぬ理不尽な提案に、高官は息を飲んだあと
「しかし、ラスタリアの軍船は四十隻しかありません。これでは海軍として機能せず、間違いなくアルカディアスが攻めてきます」震える声で答えると、玉座に座るアシュルムを見上げて助けを求めた。
「アシュルム様、どう致しましょう……」
困惑したアシュルムに対し、サグリンは助け舟を出すように微笑みながら。
「ご安心ください、アシュルム様。船がガイア教の所有になるだけで、これまで通りラスタリアに船は駐留し、国の安全は保障いたします。この場面では、法皇の機嫌を損ねぬのが賢明な判断かと存じます」
アシュルムはその言葉に安堵し。
「分かった。それでは、船を渡そう」
あまりに一方的で、理不尽な要求にも関わらず軽率に答えるアシュルムに、これまで横で聞いていた第二王子のカシムが猛抗議した。
「馬鹿な! ハルゼーは帰還できて、ガイア教が全滅とは明らかに不自然だ」
カシムの抗議にサグリンは不満な表情だが、言葉は柔らかく
「とにかくハルゼーが戻ってこられたのに、ガイア教だけ辛酸をなめるのはどうかと。ハルゼーの謀反の疑念もある」
「まだ船は行方不明の段階だ、徹底的に捜索が必要だ! 」
「船の残骸が海域に散らばっているのを、偵察に行った船が確認しています。しかも、アルカディアスの魔船が出没するので、容易に近づけないのです。とにかく、我々は船を失ったのは事実」
「しかし……」
さらに反論しようとするカシムを、アシュルムが遮るように
「まあ、サグリン司教も我らを守ると言っている。ラスタリア海軍より水兵の練度もガイア教の方が高い。ここはまかせようではないか」
無理な要求をするサグリンと、それに同意するアシュルムに押し切られそうになるのを、カシムはなんとか阻止しようとしたが、突然息苦しくなり胸を抑えてうずくまった。
「カシム様! いつもの持病が」
胸を抑えて苦しむカシムを、アリアやエクセルを始め周りの者が介抱し、そのまま退席せざるを得なくなってしまった。
その様子を冷ややかに見下ろしていたサグリンは、ほくそ笑みながらアシュルムに向き直おり。
「それでは、この件はアシュルム殿下のご意向に従うということで」
ハルゼーを謹慎処分にして責任を押し付け、あくまでラスタリア側の自主的な意向で船を引き渡すことで、会議は閉会した。
エクセルはいつものように蚊帳の外だった。
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