第2話 晩餐会の、お間抜けメイド

 晩餐会の会場では、ハルゼー公爵家の使用人達がエクセル達をもてなす晩餐会の準備で慌ただしい。

 準備の前、五十人ほどの執事やメイド達の前で、メイド長が指示を下している。


「今夜は王宮の王子を招いての晩餐会です。くれぐれも、失礼のないように! 」


「「「はい! 」」」


 黒を基調として白のフリルのついたクラシカルなメイド服の女性達と、燕尾服の男性執事達が整列して返事をすると、すぐさま白いクロスの丸テーブが並べられた広い会場や、厨房などの持ち場に散っていった。

 その直後


 グワッツシャン!


 厨房で大きな音がする。

 メイド長たちが何事かと注目すると、赤髪のメイドが割れた皿と一緒に倒れていた。


「また、ルーシー! どうしたら、そんな派手なこけ方が出来るの」

 メイド長が腰に手をあて、あきれている。


「アハハ、どうも吾輩の手にはおえないのだ」

 ルーシーと言われたメイドは、その可愛い容姿に似合わない爺臭い言葉使いで、かたづけを始めた。


「ルーシー、厨房はもういいわ。今夜は魔女メイドの手が足りないから、あなたも宴会が始まったら来賓の席に行って、ろうそくの点火や、終わったお皿の片付けを頼むわね」


「しょ……承知した」

 緊張気味に返事をすると、周りの先輩メイドが

「ルーシー、私たちがそばにいるから大丈夫よ」

「……まだ魔法は慣れないのだ。このまえも、お皿を割ったし、ローソクに火を付けようとしたら、隣の花を燃やしてしまって……」

 気弱に語るルーシーは魔法を使えるメイドとして雇われていた。


 この世界では、生まれつき魔力を持った女性が低い確率で生まれる。

 魔力と言っても、大部分の魔女は軽い食器を浮かせたり、僅かな火や水を操れる程度で、日常生活の手助け程度にしかならないが、めずらしさもあり貴族に雇われることが多い。


 ルーシーがすまなそうに言ったあと

「大丈夫よ、配膳は私達がするから。ルーシーは食事が終わった方のお皿を浮かせて下げるだけだから簡単よ。それより、その言葉使いなんとかならない。見た目は可愛いのに、おじさん言葉は」


「うう、おじさんなのか……わっ……分かりまして、ござりますです」

 ぎこちないルーシーに他のメイドはあきれた表情で

「もういいわ、とにかく、あまり喋らないで」

 先輩メイドのご助言にルーシーも情けない表情で頷いた。


(正直、こんな軽いものを持ち上げる魔術など使ったことがないし、力を加減するのが難しい。それに、言葉使いは、これまでの癖だし……)、そう思いながら、そばの皿を少し浮かせる練習をしてみた。

 

「それよりルーシー、今夜は王国の第三王子様が来るらしいよ」

 その話に他の若いメイドも寄ってきて

「王様直属で騎士団長のセナ様も来るそうよ、私達と同じくらいの十七歳の若いイケメン・ナイトですって」

 まるで、アイドルが来るかのように浮き浮きしている。

 一方、あまり興味のないルーシーは、とりあえずといった様子で

「ところで王子様って、誰だ」


「それが、国民には知らされていないの。でも、さっき見たメイドの話しでは結構イケメンらしわよ」

「そうなのか」

 ルーシーは自分の仕事のことで頭がいっぱいなこともあり、気に留める余裕はなかった。


 晩餐会が始まると、会場に並べられた純白のクロスを敷いた丸机に豪華な食事が並べられ、メイド達が、自慢の魔法で食器を浮かせて来賓の前に配膳している。こうした光景は、この世界では珍しくはなく晩餐会は進んでいく。


「みた! あの王子様、素敵ね」

「騎士団長の精悍なセナ様もすてき。私、目が会っちゃった」

 厨房から会場を覗き込むメイドたちが、ひそひそと囁き合っている。

 そこに、メイド長がきて


「さあさあ、次の料理の配膳をして。魔女メイドの手が足りないからルーシーは最後に残ったアリア様の食器を下げにいって。それくらいならできるでしょ」

「は……はい」


 急に振られてぎこちなく返事をするルーシーは、これまで魔法を使っていない。先輩メイドの後ろをついて、食器を載せたカートを押すだけだった。

「頑張って。アリアお嬢様も魔女だから」

「そうなのか」

「ええ、かなりの腕らしいわよ。でも、おやさしいから気楽にね」

 

 ルーシーは「うむ」とうなずいて、緊張しながらアリアのそばに立ち、一礼した。


「まあ綺麗なメイドさんね」

 アリアに微笑まれたルーシーは、少し照れた表情を浮かべたあと、

「アリア様、お…お済みでございましたら、お皿をお下げしてやりますです」

 ぎこちない敬語に、一瞬引いたアリアは


「あ……ありがとう。お願いします」

 引きつった表情でこたえると、ルーシーは両手を広げて緊張しながら、皿をガタガタと鳴らして、ゆっくりと浮かせる。


 そのぎこちなくも必死の様子に、周囲の目が集まる。

 アリアのそばに座るエクセルも気づいて、なぜか神妙に見つめている。横で見ているアリアもつい力が入る

「し……新米魔女さんね、緊張しないで」


「わかって……いるです。ちょと集中するので」 

 

 そんなルーシーの様子を見ていたエクセルが思わず

「もしかして、あなたは……」

「ルシファー様では」とまでは言わず

(まさか、そんなことはないか。こんな場所にいるはずがない)と自問自答して、ルーシーを見つめなおす。


 一方、声をかけられて目が合ったルーシーは

(こやつ、あのときの! )

 驚いて力が入り、アリアの前の皿とテーブルの前の花瓶を一気に上昇させてしまった。


「ああっ! 」


 叫び声を上げるルーシーに、アリアが咄嗟に小さなワンド(魔法杖)を取り出し、浮き上がったお皿などを一気に回収した。


 すぐに、メイド長がとんできて

「すみません。まだ、制御ができなくて」

 ルーシーもすぐに頭を下げて

「も……申し訳ないのだ」


 謝るものの、相変わらずの横柄な口調にアリアは苦笑いして。

「大丈夫ですよ。気にしないでください。お兄様が突然声をかけるからですわ」

 アリアがエクセルに振ると。エクセルは頭をかきながら

「そっ……それは、すまない」

 と、なぜか謝った。


 その後、メイド長とルーシーが皿を片付けていると、その様子を見ていたアリアがふとルーシーに訪ねた。

「お名前は」


 突然名前を聞かれて、意外だと言った表情で

「ルシ……ルーシーだ、でございますです」

「ルーシーさん。これからも頑張ってね」

「うむ、ありがとうございます」


 ルーシーが一礼して下がると、アリアは急に真顔になり、エクセルに小声で

「あのメイド、普通の魔女は皿を数十センチ程度しか持ち上げられないのに、一気に天井まで浮き上がらせた。さらに、あれは魔力ではない……私の知らない力」


 それを聞いたエクセルは、何か思い当たる節があるようにうなずき、考え込んでいる。アリアはそんなエクセルに、

「お兄様どうされたのですか。あの赤髪のメイドが気になるとか」


 エクセルは我に返り

「ええ! い…いや、べつに」

 しどろもどろのエクセルに、アリアはジト目で


「まさか下女が気に入られたとか。見た目は可愛いメイドさんでしたもの」

「ええ、馬鹿な……!」


 慌てるエクセルに横のセナもニヤニヤしながら

「ほお、朴念仁のエクセルが女性に興味を示すとは。でも、ちょっと変わった娘だな」

 すると、アリアが、ほっぺを膨らませて睨んでいる。


 ルーシーは厨房に戻ると、あの青年の名をエクセルと聞き。


「見つけた! 」


 そう思うと、急に心臓が高鳴りだす。

「いったいどうしたのだ……あの時と同じだ、動悸が止まらない」

 何度も深呼吸して息を整えると、少し落ち着いて


「でも、なにか違和感がある……」

 ルーシーはエクセルに、人間にはない何かを感じていた。


 その後、晩餐会は華やかに進行し、何事もなく終了した。

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