第一章 パリス沖海戦
第1話 港湾都市パリス
半年後……
ラスタリア王国北縁
港湾都市パリス
重厚なバロック風の建物、石畳と石造りの家がひしめき合う町並み。
港には大小の帆船が帆をたたみ、隣接する市場では屋台や商店が軒を連ね、商人や町人が忙しなく行き交い活気に溢れている。
港の奥の高台には荘厳な教会や貴族の豪邸が建ち並び、小都市ながらも、交易と北方の軍事拠点として繁栄していた。
東に広く開けた港に多くの帆船が停泊している中、ひときわ大きな帆船が目を引いている。両舷に四十門の砲を搭載し、帆に王宮の紋章を掲げているガレオン級の大型帆船、ブルー・ホライズンが停泊している。
「あれから二ヶ月……」
ラスタリア王国の第三王子エクセルは、停泊している大型帆船の欄干に肘をついて街を見渡しながら、独り言のようにつぶやいた。
エクセルの横にはロングソードを帯びた青年騎士のセナが、欄干を背に持たれながら
「殿下、なにか手がかりはないのか」
エクセル王子を殿下と呼ぶものの、ため口で話すセナに、エクセルは無言のまま虚しく首を横にふる。
金髪の髪に、キリッとした理知的な碧眼のエクセル王子と、黒髪を風に揺らし、颯爽とした剣士のセナは、幼い頃からの朋友だった。
「しかし、インフェルノ・ルシファーを召喚しようとするとは突拍子もない。伝説の精霊艦隊を率いる、冷酷無比の恐ろしい女神だろ」
すると、エクセルは神界でルシファーを抱えたときを思い返し
「そんな風には見えなかったが……」
話の続かないエクセルに、セナは話題をかえ
「そういえば、到着して早々なのに晩餐会と舞踏会が開かれるそうだな。どうせ田舎の貴族連中が、あわよくば、娘を王家に嫁がせようとでも思っているのだろう」
エクセルは苦笑いし
「ハルゼー提督の招きだ。断るわけにいかない」
「フフフ。まあ確かにそうだな。ラスタリア王国の無敵の第2艦隊を率いる名提督だ。彼のおかげで北のヴァイキングからの守りは盤石だ」そのあとセナは眉間を寄せ、小声で続けた
「ところで、今回の視察はきな臭い」
一方のエクセルは、素知らぬ表情で
「僕は王子と言っても、ラスタリア王国の王位継承権は三番目。妾の息子で、国民には名も知らされていない、やっかい者だしな」
「そう自分を卑下するな。それより、王子の領地視察というのに護衛艦なしで、こんな僻地に向かわせるとは、どういうつもりだ。現王が病に伏せられてからというもの、殿下への風当たりが厳しすぎる、というか邪魔者扱いだ」
心配そうに語るセナに、エクセルは笑顔で
「そう邪推しなくてもいいだろ。それに、今回はハルゼー提督がわざわざ、北海の戦域から戻ってきてくださったのだ」
「確かにそうだが。そもそもハルゼー提督が、こんな北遠の守りに回されること事態が解せない。英雄視されるハルゼー提督を王宮は危険視しているようにも見える。謀反を企んでいるとのデマも囁かれている。へたしたら、殿下とハルゼーもろとも寝首をかかれるぞ」
「まあ、セナがいるから大丈夫だよ」
笑うエクセルにセナは、肩をおとして
「まったく、殿下は呑気かと思うと、無謀にもあの神の領海に突っ込んでいくし。ひとつ間違えば、ルシファーの怒りを買うし。あの暴風の中帰ってこられなかたもしれない」呆れ顔のセナだが、最後は苦笑しながら。
「しかし、オリンポスの神を味方にしようとする、突拍子もないことを思いつくなんて、殿下くらいだな。しかし、実行に移す行動力。俺は、殿下のそういうところが嫌いじゃない」
そのとき、後ろから二人の話を遮るように、快活な少女の声がする。
「お兄様! 」
後ろからブロンドの巻き髪の少女が向かってくる
「アリアか」
エクセルは、笑顔で振り返ると、アリアは少し不機嫌そうに
「今夜は晩餐会に舞踏会ですか」
「ああ、ハルゼー提督の招きだ」
「ハルゼーおじさまですか。それは、しかたありませんね」
ため息まじりに答えると、隣のセナが
「そう言えば聞こうと思っていたのですが、なぜアリア様が、この視察についてきたのです」
アリアは、長身のエクセルとセナの間で二人を見上げ
「だって王宮は、あの陰湿なアシュルム兄さんと、ガイア教のガマガエルのような司教がのさばって、暗い雰囲気だし。私は大好きなエクセルお兄様のそばにいたいのでーす」
甘えるように言ってエクセルのうでにしがみついてくる。
「と、言いつつ旅行がしたいのだろ。今回は、国内の航海だから特別に許可したのだぞ」
アリアは舌を出して。
「わかっております。でも、お兄様が好きなのは、嘘ではありませんわ。それとお兄様は弱いけど、セナ様という、剣の腕はラスタリア王国最強と謳われている、お強いナイトがいらっしゃるので安心です」
臆面もなく言うアリアにエクセルは苦笑いしながら
「そう、はっきり言われるとなぁ︙︙多少は気にしているのだけど」
◇
パリスの港が夕陽に染まる頃、エクセルはセナやアリアとともに、ハルゼー提督の屋敷に向かった。
山手の高台にある、ひときわ大きい迎賓館につくと大勢の従者とともに、ハルゼー提督自身が館の玄関から迎えに出てきた。
スラリとした長身に軍服を着込み、ひげを蓄え、貫禄と落ち着きのある壮年の紳士だ。
「久しぶりですな、エクセル王子。立派になられたものだ」
「いえいえ、まだまだ若輩です」笑顔で握手すると
「そういえば、ハルゼー提督は、北方のヴァイキング討伐で遠征されていたのでは」
「いつもの小競り合いだ。組織立っての攻撃でもないので部下たちの船で充分だろう。それに、本国からエクセル王子の護衛をしてほしいとの第一王子からの要望なのです。それで、せっかくですので、こうして晩餐会をということです」そのあと小声で
「王子がこられるということで、パリスの諸侯がどうしても挨拶したいようで、しかたなくですよ。我慢してください」
苦笑いするハルゼー提督に、エクセルも同感といった表情でうなずいた。
「ところで王子、西の大国アルカディアスの動きはどうですか。この北の僻地にいると中央の情勢に疎くなるもので」
「特に今のところ動きはありません。ガイア教国が我が国に軍を派遣し、駐屯させて睨みを利かせているからでしょう」
少し皮肉を込めてエクセルが答えると
「油断しないでください。ガイア教は得体が知れません、敵は外だけとは限りませんから」
エクセルは、大きくうなずいた。
そのままハルゼーに先導され屋敷に入ると、後ろを歩くセナがエクセルの耳元で
「第一王子が気を利かせるなど考えられない。やはり気になる」
「まあ、気にするな。しかし、田舎貴族は、王都で僕が厄介者だと分かっていないようだな。俺と結婚してもいいことはないのに」
セナは“フッ”と鼻で笑うとエクセルの肩をたたき、晩餐会の会場に入った。
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