第3話 ヴァイキング襲来
「エクセル王子! 大変だ」
翌日の早朝、エクセルの元にハルゼーが突然訪れた。深刻な表情のハルゼーに、よい知らせでないのは明白だ。
「どうしたのです」
エクセルが緊張して聞き返すと、ハルゼーは重い口調で
「ヴァイキングの艦隊がこちらに向かっているとの情報が入った」
「ヴァイキングが! 」
エクセルは思わず声を上げた。
「確か、ヴァイキングは北海で我が軍の守備隊が北へ押し込んでいると聞いていますが」
「そのとおり……のはずだ」
エクセルは腕を組み思案の表情を浮かべる
「北海のヴァイキングは単独でパリスに戻ってきた提督を狙うための陽動でしょうか」
「わからないが。だとすると、私だけでなくエクセル王子も狙った可能性がある。今、パリスの守備隊は手薄で絶好の機会だ」
現在、パリスにある大型の軍艦はハルゼーの旗艦とエクセルのブルー・ホライズン程度で、主力艦船は北海に出払っている。まさに、敵がこの状況を見計らったかのようなタイミングだ。
エクセルは顔をあげ
「敵の意図はともかく、とにかくなんとかしなければ。敵の数はどのくらいですか」
「約三十隻以上だ」
「三十隻! 」エクセルは再び声をあげた。
「ヴァイキングは複数の部族がゲリラ的に海賊行為をしているのだが。それが、三十隻もまとまって攻めてくるとは……ヴァイキングの主力が、ほぼ集結したようなものだ」
ハルゼーは眉間に縦縞をよせ
「我々の艦隊が戻るのにかなりのに数がかかる。ここには私の船とわずかの守備隊、それにエクセル王子の船「ブルー・ホライズン」しかない。戦えるのは合わせて十隻ほどだ……」
絶望的な状況だが、ハルゼー達は迎え撃つ準備を始めた。
◇
パリスの港では、エクセル王子の船にも砲弾などを積み込むなどの準備を始めた。
水兵が行き交う甲板でセナがエクセルに近づいてくると。
「やはり、お前とハルゼー提督を狙ってきたようだな」
「そうだろうな、第一王子の命令とはいえ、単独で来てしまった俺が悪い。パリスの民やハルゼー提督に申し訳ない」
「いや、これは王宮の何者かがヴァイキングを焚きつけたのだろう。第一王子か、場合によってはガイア教かもしれない」
ガイア教の名が出ると、エクセルは大きくため息をつき、やりきれない表情をする。
ガイア教とは、最近ラスタリア王国に近年進出してきた巨大な宗教国家だ。
「そんな内輪もめしているときではないのだが。このままハルゼー提督が北方に釘付け、もしくは倒されるようなことになれば、西の大国アルカディアスがラスタリア王都に攻めてくる」
セナも唇を噛みながら
「まったくだ。しかし、この戦い、勝ち目がないぞ」
「わかっている。民衆が逃げ延びるまでの時間稼ぎをする」
「そうだが、危なくなったら王子には逃げてもらう」
強く断言するセナに、エクセルは何も答えなかった。
◇
突然のヴァイキングの襲来に町は騒然としていた。住人たちは急いで荷物をまとめ、貴族たちは馬車に荷物を詰め込み、避難を急いでいる。
薄曇りの空が、街の緊迫感を一層引き立てていた。
ハルゼー公爵家の家族や使用人者たちは、逃げる準備を整えたあと、港に向かい戦闘に出発するハルゼーの元に集まった
「ハルゼー公爵様、どうかご無事で」
家族が並んで挨拶し、その背後で、ルーシーを含む使用人たちも控え、心配そうな表情を浮かべている。
「ああ、みんなも早く避難するんだ」
ハルゼーのいつもの穏やか表情を崩さずに言ったが、彼の妻やメイド長は涙目でいる、他のメイドも心配そうな表情だ。
近くでエクセルもその様子を見ながら
「アリアも、ハルゼー一家と同行するのだ」
と告げる。しかし、エクセルは時折ルーシーのほうが気になり、メイド達の後ろで立っている姿を見詰めていた。
アリアは、ため息をついて
「お兄様、下女の方を向いて言われても、親身に言われている気がしませんわ」
横でセナが腕を組んであきれるように笑っている。
「ああ、いや」
言葉がないエクセルに、アリアは優しく
「まあ、いいですわ。とにかく生きて帰ってくださいね」
最後は涙目のアリアにエクセルは頷きながら
「わかっている」
そう言って、挨拶代わりにアリアの頬にキスをすると、自分の軍船にセナと共に向かった。
◇
その後すぐに、民衆たちとともに、アリアやハルゼーの家族たちは、パリスの東に連なる山地に建つ小城に避難を始めた。
山上の城壁からは北に広がる碧海の北海と、白を基調とした建物が敷き詰められた街の鮮やかなコントラストで、北の真珠と称されるパリスの街が見渡せる。しかし、その絵画のような街の眺望も、今のアリアの目には脆い紙細工のようにしか見えない。
しばらくすると、水平線におびただしい敵の軍船が迫ってくるのが見えた。一方、パリス港を出港する帆船はエクセルとハルゼーの2隻のガレオンと、その半分ほどの大きさのキャラックだけだった。
圧倒的な戦力差にアリアが、そばの執事に向かい
「こんなの、勝ち目はない……降伏できないの」
執事は沈痛な面持ちで答えた。
「敵の降伏の要求は、かなり無理なものだそうです。ハルゼー提督と、エクセル王子の身柄の引き渡し、パリス港の無条件降伏です」
「でも、死ぬよりマシだわ」とアリアは声を落とした。
「そうですが、恐らくハルゼー提督は自身が囮となり、エクセル王子を逃がすことを考えておられます」
その言葉にアリアは「でも、お兄様は逃げることは、なさらないでしょう」と小声でつぶやく。
そのとき、ハルゼーの家族に付いてきたメイドたちが、ルーシーがいないのに気づいて騒いでいる。
メイド長は、またルーシーかと言った表情を浮かべている。
聞いていたアリアがメイド長に
「どうしたのです。途中まで一緒にいたのでは」
「そうですが、いつのまにか。いなくなったのです」しかし、メイド長はいつものことと意に返さず
「まあ、小さな島ですから、いずれ戻って来るでしょう」すると他のメイドも
「そうですね、ルーシーはドジで無作法だけど、剣術が達者だから。多少のことがあっても大丈夫でしょう」
メイドたちがうなずきあうと、意外なルーシーの特技の驚いたアリアが尋ねる
「あの新米メイドさん、剣術が得意なのですか」
「はい、魔法は下手ですが、体術や剣術がすごいのです。以前は、街の強盗を返り討ちにしたのですよ。あんな、可愛い顔をして」すると、他のメイドも
「最近魔女が失踪する事件があるので、街に出る時はルーシーと一緒に行ってもらうことが多いのです」
「そうなのですか………」
メイドと言うより用心棒だ。
アリアは少しあきれたが、ルーシーが只者でないと感じている。
もしかすると宮廷魔道士に匹敵する魔力かもしれないと考えている。アリアはそんなルーシーが気になり、さらにメイドたちに聞いた。
「ルーシーさんは、この街の生まれなのですか」
すると、メイド達は顔を見合わせ話しづらそうにしていると、メイド長が「実は……」と話し始める
「ルーシーは、ハルゼー提督が北海の遠征中、一人で救命筏に乗って漂っていたところを救助されたのです。魔法が使えるようで、提督がこの屋敷で雇うことにしたのですけど、それまでの記憶がない、というのです。多分、恐ろしい目にあったのでしょう。めずらしく水の魔法も使えるので生きていられたのと思います」
「水の魔法! 」
アリアは驚いた。
水の魔法、それは命の魔法とも言われ、王都の宮廷魔導士でも使えるものは数人しかいない。
船が難破したときや無人島に漂流したときなど、水を出せる魔法は貴重だ。さらに、籠城戦など地下水を呼び出す魔法で幾日も堪えられる。
このように、過酷な環境を生き延びる目的での水の魔法は重要だが、そもそも魔法は女性しか使えず、かなりの体力や精神を消耗するので、衰弱したときなどに使うと絶命することもある。ゆえに、戦争や冒険に魔法使いを同行させるのはタブーとされている。
アリアは、ルーシーが気になりつつも、海を見つめると、水平線からヴァイキングの軍船が迫るのを目の当たりにした。
迎え撃つパリスの軍船は、まばらに枯れ落ちて浮かぶ木の葉のように漂い、大波のように迫る敵の大軍に飲み込まれようとしている。
アリアは両手を組み、祈った。
「どうか兄さまに……神のご加護を」
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