第2話 アポロンと単横陣
アテーナが恐る恐る
「ムコイチ……ですよね」
ルシファーはうれしそうに「ウム!」とうなずく。
すると、アテーナは絶望と諦めに満ちた重い声で
「……わかりました」
「ねぇ、ムコイチってなんなの」
訳のわからないアランとフェスが尋ねた。
※ ちなみに、離れた船同士の会話は、シャコ貝の通信具によるハンズフリーの魔法具で行っています。
うつむいているアテーナは
「アランとフェスは初陣だから知らないわね」そう前置きし
「艦船を横一線に並べて一斉砲撃をするのです。敵から見れば、横向きの船が一列に並んだ体制になるのだけど……」
なぜか、これ以上説明するのが馬鹿らしいといった口調で言葉を止めると、ルシファーが力強く。
「そうよ! それで一斉射撃して、一撃で相手を一網打尽にする戦法『武庫川一文字』略してムコイチ!」
「武庫川一文字? 」
アランとフェスは訳がわからず、きょとんとしていると、アテーナが顔をあげ
「ルシファー様が子供の頃、日本という異世界に行ったとき、武庫川一文字という海の沖にある長い防波堤で豆アジ釣りをしたの。その時を思い出して、
「さすがルシファー様。T字戦法の応用の奇策だね」
すると、アテーナは頭を大きく横に振り。
「とんでもない! 一撃で敵を全滅させる爽快さだけが目的です。祭りの屋台にあるコルク鉄砲の射的のように、敵からすれば私たちが
「以前は余裕で無傷で勝てる相手に、精霊艦隊の三分の二が大破したことがあるし。大きな船で的となるポセイドンはいつも標的にされてボロボロになるの」
「確かに、射的屋の景品も大きいのを狙うものね。それでいて、落ちないんだよよね」
それには、アテーナも情けなく同意して頷いている。
そこに、ルシファーが
「ここは神の偉大さ、恐ろしさを見せつけるには、もってこいの大軍だ。相手は邪悪でおぞましい幽霊船。何の躊躇もいらない。壊せ、破壊しろ! 皆殺しだ! あははは! 」
一人喜ぶルシファーを見て、フェスは少し不安そうに。
「本当に、神様なの……」
フェスが疑問を口にすると、アテーナは肩を落として
「以前は、優しく可愛い女神だったのですが、いろいろあって……」
言葉を濁すアテーナにルシファーは不満な様子で
「何を言う! 神に逆らう方が悪いのだ。私は何も悪くないぞ。神に逆らう罪人に天誅を下すのだ!」
その時、背後から戦場に場違いな、竪琴の音色が聞こえてきた。
◇アポロン
「あの
うんざりしたルシファーの後に、豪奢客船のような帆船が追随してきた。甲板には古代ローマ人のような裾の長い白いチュニックを身にまとい、竪琴を爪弾く長いブロンドの髪の美青年、アポロンが立っている。彼のそばには、美しい女性たちを数人
「これはルシファー嬢、いつもお美しい。今夜、僕の船にどうですか」
慇懃に挨拶するアポロン。しかし、ルシファーは冷たく
「美女精霊を
吐き捨てるように答えると、次にアテーナに向かい
「なんとかしろ。お前の兄だろ」
「あんなの、兄ではありません! 」
アテーナはプイとそっぽを向いた。
そんなアテーナにもアポロンが言い寄る。
「アテーナもさらに磨きがかかってきましたね。また一緒に湯あみでもしようではないか」
あきれ果てたルシファーは、アテーナに向かい
「おい、お前の兄は妹でも見境がないのか」
すると、横からアポロンが
「子供ころはよく一緒に風呂に入ったではないか。僕は、美しい者をすべて敬い、愛でるだけのことですよ」
さも当たり前のように答えると、アテーナは顔を真っ赤にして。
「ルシファー様、発砲許可を! 」
怒り心頭のアテーナが尋ねるが、ルシファーはため息をついて。
「弾の無駄だ。それよりアポロン、これから単横陣に展開する。女の尻を追いかけるように、私の後ろについていないで、お前も前に出ろ」
「戦いは私には無粋です。しかも美しくないので、お控えを」
アポロンは涼しい顔で拒否し、ルシファーは呆れた様子で
「ならば、端に行け」
「そうさせていただきます」
アポロンは、さっさと単横陣の一番端に向かった。その様子を見たアランとフェスが
「ああ、ずるい! アポロン、一番端に逃げた!」
「ルシファー様もイケメンには甘いんだ」
すると、横で聞いていたアテーナがニヤリと笑い、アランとフェスに
「単横陣の弱点はどこだと思う」
アランは腕を組んで考えると
「どこって……もしかして、一番端」
「そうです。もしアランが単横陣を攻めるなら、みすみす正面から挑みませんよね。端の方が戦力は少ない。だから、私達も一番端には強い艦船を配置しているのです」
アランとフェスは顔を見合わせ、笑いながら
「そのさらに、外に行くなんて馬鹿だね。ボコられるよ」
「顔はいいけどアポロン、馬鹿だ! 」
笑い合うアランとフェスを見て、ルシファーもまた微笑んだ。
◇
そうしている間に、敵の艦隊が迫り、砲弾も届く距離になる。
「そろそろ精霊艦隊、全軍に伝えよ、これより殲滅の布陣、ムコイチに展開! 各船の神は追風を起こし、遅れをとるな! 」
ルシファーの命令にアテーナはうなずき、白と青の信号弾を数発打ち上げると、神々の艦隊は横一線にならび、津波のように敵に向かって突進していく。帆に孕む風は、神々自らが起こして船の速度を増している。
この単横陣の中央に真紅の帆を孕ませた、ルシファーのスカーレト・ジャスティスが位置していた。ルシファーは相変わらず艦首の豪奢な椅子に足を組んで座り、余裕の表情でワインを口にする(一応、十七歳の未成年なので、ノンアルコール)。
そこに、アテーナから通信が入る。
「ポセイドン様が、ご自慢の船首の巨砲は前向きの固定砲台なので、このあと単横陣になって横に向いて並ぶと使えないと、嘆いておられますが………」
「知るか! そもそも帆船は側方に砲台を設置しているので、砲撃の際は当然横向きになるものだ。どうしてもなら、回転砲台にしておけ……だが、あんな長い砲身ならマストが邪魔で回転できないか、いずれにしても使い物にならないな」
呆れたようにつぶやいた。
一方の敵は、横一線のルシファーに対し、左右に別れてルシファーの薄壁のような陣形を端から撹乱しようとしていた。
すでに、アポロンが標的にされている。
「アポロンの船が、沈没寸前です」
アテーナが義務的に報告すると、通信を聞いていたアランとフェスが
「やっぱり、ボコられた」
気の毒そうに言うと、ルシファーが
「あとで、助けに行ってやれ」
「はーーーい」
双子の兄妹がのんびりと返事をする。
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