精霊艦隊 インフェルノ・ルシファー
風
プロローグ(神々の海)
第1話 インフェルノ・ルシファー
「この
白亜の船体、巨大な三本マストに真紅の帆を一杯に張るガレオン級の大型帆船スカーレット・ジャスティスは船首に白波をたて、大海原を猛進する。
甲板にはアンティークで豪奢なキングチェアーが置かれ、片肘をついて行く手を冷徹に睨む一人の少女が座っている。
燃えるような紅髪、肩章の付いた派手なキャプテンコートを羽織り、黒タイツに包まれた美脚とミニスカートのわずかな狭間から白肌の絶対領域を覗かせて、きわどく足を組むのは
精霊艦隊提督、インフェルノ・ルシファー
迫る二隻の黒い帆船は、ルシファーの乗る「スカーレット・ジャスティス」に対し、二手に分かれて両舷を挟み込むように迫ってきた。彼らは一斉に砲撃を開始し、砲弾が海面に落ちるたびに巨大な水柱が立ち上る。
一方、ルシファーはその弾幕の中を避けようともせず、そのまま直進する。
「貴様らの邪悪な砲弾など当らぬ! 幽霊船ごときが、我が神船に挑むとは身の程を知れ! 」
ルシファーは高らかに叫び、キングチェアーから立ち上がると、後ろに控える白い影のような女性に振り向く。
その麗人は透き通るような白い肌に銀色の長髪、体の線が透ける薄衣のスリムドレスを風に靡かせ、幽玄で幻影のような船の精霊と言われている。
甲板には精霊とルシファー以外に誰もいない。
「ビーナス。荷電粒子魔導弾を放て」
「かしこまりました」
ビーナスと呼ばれた精霊は恭しく頭を下げ、両手を広げ
「
静かに言葉を紡ぐと、その刹那!
左右四十門の砲列が一斉に炎を放ち船全体が眩い閃光に包まれ、魔弾が幽霊船に放たれる。次の瞬間、敵の船影が消えるほどの、多数の水柱が上がった。
荷電粒子魔道弾は砲弾の威力が倍化されるだけでなく浄化の能力もある。人間の艦船を相手にすれば、この魔弾が一発でも当たれば、大型帆船のガレオン級でもほぼ戦闘不能に陥り、二発目で撃沈されるだろう。二本マストのキャラック程度なら一発で木っ端微塵だ。
スカーレット・ジャスティスの全四十門の砲門から放たれる圧倒的な火力の前に、二隻の幽霊船は一瞬にして跡形もなく轟沈した。
しばらくすると、水平線におびただしい数の幽霊船が蜃気楼のように湧いてきた。
「来たか………」
ルシファーは薄紅色の細い唇を舌なめずりしてニヤリと笑う。敵の大艦隊を前に、まるで待ち望んでいたような表情だ。
そこに、ルシファーの船とほぼ同じ大きさの三本マストのガレオン級帆船が近づいてくる。精霊艦隊副提督、アテーナの乗る「ベリーザ・エテルナ(永遠の美)」。
アテーナは輝くような長い金髪をフィッシュボーンに編み、詰め襟の軍服を身にまとった凛々しい女性艦長で、その背後にも精霊が控えていた。精霊はアテーナと同じ軍服を着た可憐な少女だ。
アテーナはルシファーのスカーレット・ジャスティスに並走し、甲板から声をかける。
「ルシファー様。あいかわらず単艦での猪突猛進、少しは艦隊戦術を考えてください。さきほどの二隻は威力偵察のようですが、罠かもしれませんよ。みてください、敵の主力本隊が集結しています」
アテーナの小言にルシファーは返事をせず、敵の艦船群に傾注して聞き流している。すると、反対側に一本マストの小型のキャラックが追いついてきた。
「ルシファーさまぁーー! 」
声をかけてきたのは十歳ほどの少年アランと、短いツインテールの少女フェスの双子だ。ルシファーは微笑んで
「アランにフェスか、今回が初陣だな。まあ気楽にやれ」
白シャツに、吊りベルトで半ズボンの巻き毛の少年アランは
「はい! でも手柄を立てて、いずれルシファー様やアテーナ様のような、三本マストのガレオンにバージョンアップしたいでーす」
そのとき、急にアランとフェスの小さな船が、何かの影に入り暗くなる。
「なんだ、なんだ! 暗くなったぞ」
「お兄ちゃん、後ろ! 」
赤いワンピースのフェスに促されアランが振り向くと
「うわー! でかーー! 」
アランとフェスの背景を覆い隠すように、桁違いに巨大な帆船が並走している。
それは、三層の砲甲板にニ百門の艦砲を持つ巨大帆船で、アラン・フェスの五倍、スカーレット・ジャスティスの倍はある戦列艦だ。
「全艦出撃とはひさしぶりだな、ルシファー」
見上げる甲板で叫ぶのは、白髪で白い髭を蓄えている大柄の老人で、筋骨隆々な体を誇るように上半身裸、手には大きな槍を握っている巨漢ポセイドンだ。
ルシファーは、横眼で睨みながら
「しかし、相変わらずでかいな。それと、船首の大砲はなんだ」
「ハハハ、気がついたか。これぞ四十七センチ砲だ。バウスプリット(帆船の船首に突き出た、帆を張るための棒)の代わりに付けた、射程は40キロあるぞ。異世界の海に沈んでいた鉄の戦艦の主砲を拝借してきた。わしが使えば山をも吹き飛ばす、お決まりの波動砲よ」
ルシファーはため息をつくと
「異世界のアニメの見過ぎか。40キロ先は船影も見えない水平線の彼方、そこのせいぜい五十mほどの船にどうやって当てるんだ。しかも、前にしか撃てないではないか。まあ、音はでかいだろうから、スズメを追い払うのにはもってこいだ」
「おうよ! 十キロ範囲のスズメや、カラスも追い払えるぞ! 」
ルシファーはあきれた表情で
「まったく、相変わらず大艦巨砲主義のジジイだな」
「何を言う、ワシは大鑑巨乳主義だ。なんなら俺の巨砲も試してみるか、このポセイドン、歳は取ってもこっちは元気いっぱいじゃ。だが巨乳と言えばアテーナだな、お前ら小娘など二人同時に相手にしてやるぞ、ガハハハッ! 」
下品に股間を突き出すマネをするポセイドンに、ルシファーが怪訝な表情で
「三十人の子供に、玄孫までいる色ボケ爺は、いい加減消え失せろ! 」
聞いてたアテーナが
「御意! 」
賛同するように答えると、持っている魔法杖から魔弾を放ち、命中したポセイドンは吹き飛ばされマストが一本折れた。
「仲間割れはだめだよー。お年寄りは大切にしなくちゃー」
フェスが言うと、アテーナが
「よいのです、あれはセクハラと言って、ポセイドン様がいけないのです」
◇
その後も、ルシファーの周りに、ヘラクレス、アフロディーテなどの神々の帆船が集結してきた。
それぞれの船に神が乗船し、船は精霊が操り船員はほぼいない。精霊はアンシラリー(属躰)と呼ばれる船の分身であり、神の使徒でもある。
ちなみに、双子のアラン・フェスの精霊は手のひらサイズの可愛い妖精だが、ポセイドンの船の精霊は、ごっつい怖くてやさしい、おばさん精霊で、ふっとばされた巨漢のポセイドンを軽々と肩に担いで笑って手を振っている。
その間にも敵は湧き出すように次々と姿を現し、水平線に集結した幽霊船は約二百隻。一方、精霊艦隊は全四十八隻、ほぼ四倍だ。
だが、ルシファーはその圧倒的な敵を前にしても全く動ぜず、精霊のビーナスに向かい
「わが、精霊艦隊に戦いを挑もうなど。百年、千年、いや億万年早いわ! 」
余裕の表情で断言する間に、敵艦隊との間合いが徐々に縮まり、アテーナが
「まだ、砲撃しないのですか」
「まあ、焦るな。毎回うるさい亡者共に、ここは我が精霊艦隊全艦で総攻撃して、やつらの度肝を抜いてやる。艦隊は単横陣に展開せよ! 」
ルシファーの命令にアテーナは、真っ青になり引きつった表情で
「まさか……あれをやるのですか」
ルシファーがニヤリと笑う。
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