第2話



 真昼の太陽が照らすロムルスの大通り。

 そこを、よろいと兜に身を固めた兵士たちを従えて、一人の男性が馬に乗って進んでいく。

 背が高く豊かなあごひげを蓄えた男性だ。

 堂々とした雰囲気だが、その目は少年のように活気に満ちている。

 彼はようやく、遠国のアルサケスの視察を終えて故国に戻ってきたのだ。


「麗しきロムルスよ! 俺は帰ってきたぞ!」


 馬の背の上で彼が大声でそう叫ぶ。不思議とよく通る声だ。

 まるで劇場で歌う俳優のように、その声は大通りの隅々にまで響いていく。

 彼に応えるように、通りを埋め尽くすロムルスの市民たちが、歓呼の声を上げた。

 それもそのはず。彼こそはロムルスの皇帝コルネリウスだ。

 そして何よりも……


「父上! ちーちーうーえーっ!」


 宮殿の方角から息せき切って走ってくるのはアエリアだ。

 衣の裾を風になびかせて、全力で走ってくる。今にもサンダルが足からすっぽ抜けてしまわないかとはらはらする走り方だ。

 そして、その後に続くセウェルス。

 彼もまた、両腕を全力で振ってアエリアを必死で追いかけている。


「アエリア様! そのように走られては危ないです! 落ち着いてくださいアエリアさ……」


 そこでようやくセウェルスは、自分たちが皇帝の凱旋がいせん行列に突っ込み、しかもすぐ近くに馬に乗った皇帝コルネリウスがいることに気づいて叫ぶ。


「うわあああああっ!! へへへ陛下ぁ!」


 皇帝の行列をひれ伏して迎える必要はさすがにない。

 だが、いくらなんでも行列に突っ込むのは子どものすることとは言え許されることではない。

 しかし、セウェルスが青ざめるのをよそに、アエリアは「いつものことだ」という顔をする兵士たちの間をすり抜けて、いっさんに自分の父親に向かって走る。


「父上っ! よくぞご無事でお帰りで!」

「おお! アエリア! 俺の唯一無二の宝よ! お前も元気だったようだな!」


 馬から飛び降りるなり、コルネリウスは全身で飛びついてくるアエリアを抱き止める。

 皇帝の威厳や高貴よりも、全身で彼の帰郷ききょうを歓迎するアエリアの愛情が大事なのがよく分かる行動だ。

 そのまま力いっぱいぐるぐると回るコルネリウスとアエリア。

 こうしていると、ロムルスの普通の仲の良い父と娘にしか見えない。

 しかも最後に、コルネリウスはアエリアを高く高く空中に放り投げた。


「ひいいいっ!? アエリア様ぁっ!」


 慌ててそちらに駆け寄るセウェルス。

 しかし、くるりと宙返りしてアエリアは着地し、満面の笑みを見せる。両足はきれいにそろっていて、わずかにふらつく様子もない。

 だがセウェルスがほっとしたのも束の間。自分が皇帝のそばにいることを思い出し、彼は慌ててひざをついて頭を垂れ敬意を示す。


「なんだセウェルス、どうしてそんなにかしこまっている? 立て立て。ほらどうした」


 しかし、当のコルネリウスはセウェルスを叱るどころかそんなことを言ってきた。ちなみに行列はとうの昔に皆足を止めている。


「い、いえ、私はそんな、畏れ多いです」


 当たり前のことだが、セウェルスは「ではお言葉に甘えて」と立てるわけがない。それはあまりにも無礼だ。


「ははは、何を言っているんだ。お前はまだ子供だろう? それに、俺の娘の護衛が下を向いていたら困るのは誰だ? ん?」


 けれども、コルネリウスはなおもそう言って、腕をつかむと彼を立たせる。

 礼儀正しいセウェルスだが、アエリアのことを引き合いに出されるとさすがに膝をついているわけにはいかないと分かる。


「も、申し訳ありません」


 どうしていいか分からずとにかく非礼を謝るが、コルネリウスは軽くセウェルスの肩をたたく。

 大きな手だ。熱いくらいの体温が伝わってくる。

 皇帝というのはこんなにたくましく、大きく、立派なのかとセウェルスは思う。


「もっと胸を張れ、セウェルス。お前は俺が選んだ娘の盾だ。俺の目に狂いはないぞ。なあ、アエリアよ」


 コルネリウスはアエリアの方を見る。


「ええ! 父上の目は神々の目のように鋭いです。余はセウェルスが護衛でとても頼もしく思っています」


 腰に手を当て、アエリアは力強くうなずく。その言葉にセウェルスは胸がいっぱいになる。


「アエリア様……」

「しかも父上。喜ばしいことに、セウェルスは余の友になってくれたのです」

「アエリア様ぁ!?」


 いきなり出てきた「友」の言葉にセウェルスは叫ぶ。

 確かに、アエリアとセウェルスは友人のように一緒にいることが多いが、あくまでも立場は皇女とその護衛だ。

 公共の場で、しかも父コルネリウスの前でそんなことをアエリアが宣言するとは思わなかった。

 大慌てでセウェルスはコルネリウスの前にひれ伏す。


「申し訳ありません陛下! 私のような者がご息女の友を称するなど大変不敬でした! どうかお許し下さい!」


 けれども、頭の上から聞こえてきたのは、怒るどころか面白そうな感じのコルネリウスの声だ。


「おいおい、何を言っている。俺は初めからお前にアエリアの友人になって欲しいと思っていたんだぞ。喜ばしいじゃないか」

「は、はい? しかし陛下……」


 恐る恐る頭を上げるセウェルス。

 その目に映るコルネリウスは、堂々としつつもまるでいたずらっ子のような、何をしでかすか分からない雰囲気があった。


「身分? 家柄? まあそういうのも大事だけどな。俺もロムルスの皇帝として、そういうものが必要だと分かってはいるぞ。だがな、ほら、セウェルス」


 コルネリウスは軽々と片手でセウェルスを持ち上げると、肩に乗せる。そのままひらりと馬にまたがった。


「ひいっ!? 陛下!? お、お、おやめください!」


 皇帝の肩に乗るなど、いくらなんでも不敬すぎてセウェルスは気が遠くなる。

 だが、周りの兵士たちはコルネリウスをいさめたりセウェルスを叱るどころか、面白そうに見ているだけだ。

 そしてコルネリウスはアエリアを手招きする。


「おい、アエリア。お前も来い」

「はい!喜んで父上!」


 アエリアが反対側に飛びつくと、コルネリウスは彼女も肩に乗せる。

 子供二人を両肩に乗せても、コルネリウスはまったく揺るがない。そして彼が乗る馬も、重さに苦しそうな様子は見せない。


「俺が原初の巨人のように背が高かったら、ここから何が見えると思う?」


 そう言われ、恐る恐るセウェルスは目を上げた。今まで見たことのない高い視界に、ロムルスの市街が広がっている。


「きっと、はるか遠くの国々が見えるだろうな。古き砂のネフティス。灼熱の荒野のウガリット。海の向こうの森深きタラニス。そして遠き遠き神秘の国シュウ。ロムルスの四方には素晴らしき世界が広がっているんだぞ。身分も家柄も、人と人とのへだたりなどささいなものだ」


 力強くそう宣言する父親に、アエリアは目を輝かせて抱き着く。


「さすがは父上! 余は父上の娘で誇らしいです!」


 心から同意するアエリア。この親にしてこの子あり、という言葉そのものだ。

 けれども破天荒な親子に対し、セウェルスは常識人だ。


「おっしゃることは分かりました。しかし、私のような者は突然に見識けんしきを広めよと言われても戸惑うばかりで……」


 このロムルスでさえ、セウェルスには広すぎるくらいだ。

 四方に広がる異国のことを言われても想像さえできない。言葉も習慣も違う異国人を無条件で受け入れることは難しい。


「セウェルスよ、恐れることはないぞ」


 そう言うセウェルスを、隣のアエリアがはげます。


「余がそなたを連れて行こうではないか。余も大人になった時、父上のように諸外国をこの目で見てみたいのだ。その時はセウェルスよ、そなたは余と共にいてくれるな?」

「え、ええと……」


 いきなりそう言われてセウェルスは口ごもる。

 皇女のアエリアが成長してからも、このような親しい関係が続けられるとはセウェルスはとても思えない。

 仮にアエリアが望んでも、周囲が許さないだろう。セウェルスはあくまでも、アエリアが子どもの時の例外だ。

 しかし、コルネリウスはセウェルスの方を見て言う。


「セウェルス、俺に遠慮するなよ」


 皇帝にそう言われては、セウェルスも覚悟を決めるしかない。


「――はい。私はアエリア様が行かれるところでしたら、どこへでもお供いたします」


 そう言われて満足げな表情を浮かべるアエリア。そして何よりも、心底嬉しそうに大笑いする皇帝コルネリウス。


「わっはっは! いいぞ、頼もしい限りだ!」


 こんなに豪快な人が皇帝でいいんだろうか、とセウェルスは少し呆れる。

 だが一方で、アエリアのそばに少しでも長くいられるかもしれない、と思うとなぜか不思議と胸がひどく高鳴るのだった。


「――さて、俺の大事な娘よ。お前にみやげを持ってきたからな」


 再び凱旋行列が進み始め、二人を肩に乗せたままコルネリウスがそう言う。


「父上! ありがとうございます! いったいなんですか?」


 顔を輝かせるアエリアに満面の笑みを浮かべ、コルネリウスは悠然と馬の背に揺られる。


「それは見てのお楽しみ、というやつだ。さあ、行こうか」



 アエリアとセウェルスを肩に乗せたコルネリウス宮殿に着くと、すぐに兵士たちがこちらに一頭の馬を連れてきた。茶色のたてがみをそよがせた、美しい馬だ。


「今回俺がアルサケスに視察に行ったのは知っているだろう? そこからの献上品だ。見ろ、すばらしい馬だろう?」


 うやうやしく手綱を差し出す兵士からそれを受け取り、コルネリウスはアエリアとその馬を引き合わせる。

 馬は跳ねたりする様子などまったくなく、軽く鼻を鳴らしただけだ。

 興味津々でアエリアは近づく。


「アエリア様、危険です」


 慌てて制するセウェルスに、アエリアは首を左右に振った。


「大丈夫だ。この子は優しい目をしている」


 そっと手を伸ばし、アエリアは馬の顔を撫でる。馬はおとなしくされるがままだ。

 その様子を見ながら、コルネリウスは白い歯を見せて笑いこう言った。


「アエリア、この馬をお前にやろうではないか」

「本当ですか、父上!?」

「ああ、地元の商人が強く勧めてきてな。お前のことを話したら、速く走るよりも優美な方がよいだろうと、この馬を選んだ。どうだ、気に入ったか?」


 アエリアは馬の優しげな目を見てから、父の方を見て大きくうなずいた。


「ええ! とても! 乗ってもよいですか?」

「もちろんだ。俺が手綱を取る。セウェルス、娘が乗れるよう支えてくれ」


 いきなりそう言われ、慌ててセウェルスは二人に近づいた。


「は、はい。ご命令とあらば」


 この時代にまだあぶみはない。

 セウェルスは鞍に捕まったアエリアを後ろから支えてみたりもしたが、最終的には彼が身をかがめ、アエリアがその背に足を置く形になった。

 足台となったセウェルスは、皇帝の娘に触れていることで気が遠くなりそうだった。

 しかしアエリアはまったく気にする様子がなく、鞍に乗ると大喜びだ。


「おお! これはよい! 大人になったかのように視界が広いぞ!」

「ははは、それはよかった。よし、行くぞ」


 コルネリウスが手綱を取ると、馬は大人しく従った。


「このままロムルスの市街を見に行くか? 馬の背に揺られて見るロムルスも素晴らしいだろう?」

「はい、父上! 素敵な贈り物をありがとうございます!」


 仲睦なかむつまじい父と娘の後を、セウェルスは大慌てでついていく。

 この後、兵士を連れてあたかもパレードのようにロムルスに姿を見せた皇帝とその娘が、市民から喝采かっさいを浴びたのは言うまでもない。

 そして――それが野心の多い貴族たちの耳に入るのも。



 数日後の午前中のことだ。

 セウェルスは必死になってアエリアに何度も何度も頭を下げ、彼女をいさめようとしていた。


「アエリア様、どうかお考え直し下さい。お願いします!」

「やだ」


 しかし、両手を腰に当てて仁王立ちするアエリアは、セウェルスの言葉に対しても一歩もゆずる様子はない。


「余はもう決めたのだ」

「このセウェルスたっての願いであっても、聞いて下さらないのですか?」


 普段は使わない泣き落としまがいのことまで、今日のセウェルスはする。そこまで彼は追い詰められている。

 セウェルスの悲しそうな声に、さすがのアエリアも少しだけその整った顔が困り顔になる。


「むむ……そなたがそこまで言うと余も心が揺らぐ」

「でしたら何とぞ! お聞き下さいアエリア様! 宮殿にお戻り下さい!」

「やだ。余はそなたといたいのだ」


 けれども、それは一瞬。再び頑固な皇女に戻ると、アエリアは胸を張る。


「そなたと――この子の世話をするのだ」

「アエリア様ぁ!?」


 途方に暮れたセウェルスはそう叫ぶしかなかった。

 二人がいる場所、それは馬小屋だ。

 当然ロムルスの皇帝の、それもアエリアの愛馬のいる馬小屋である。決して貧相ではないが、家畜のいる場所であることに変わりない。

 柵の向こう側にいた一頭の馬が、アエリアを見てゆっくりと顔を柵から出す。コルネリウスがアエリアにたまわった馬だ。


「おお、元気そうだな。余が分かるのか?」

「アエリア様、危ないです」


 嬉しそうに手を差し伸べるアエリアを、セウェルスはたしなめる。

 この馬はおとなしいと分かってはいるのだが、どうしても注意せずにはいられないのだ。


「恐れるな。この子はとてもおとなしくて気の優しい子だ。かみついたりはしない」


 アエリアはそばに合った足台に乗ると、馬の鼻先をぺたぺたとでる。


「ではアエリア様、その子を撫でていてください。私が掃除をいたします」


 できれば……このままアエリアが馬をかわいがることに夢中になっていてほしい、とセウェルスは願った。

 今のうちにさっさと馬小屋の掃除をしよう、と彼は思ったのだが、そうはいかなかった。

「こらセウェルス、余を仲間はずれにするでない。掃除なら一緒にやった方が早いではないか」


 ぴょん、と足台から飛び降りて上機嫌なアエリアを見て、もはやセウェルスは天を仰いで神々に問うしかなった。


「ああ、もう。私はどうすればよいのでしょうか?」



 馬小屋の掃除は力仕事だ。

 馬の尿で汚れたわらを変え、排泄した馬糞を片付ける。

 アエリアのきれいな細い手がそうするので、セウェルスは心配で心配で仕方がない。

 アエリアは神々に守られているから病にはかからないだろうが、汚いものを平然と片付けるのは見ていられないのだ。


「アエリア様、汚れたものは私が片づけます」

「気にするな。そんなに余が馬小屋を掃除するのが変か?」


 新しい藁を運びながらアエリアが言う。


「余は皇女である。常にこんなことができるほど時間に余裕があるとは思っておらぬ。でも、できる間は――少なくとも、この子が余に慣れるまではこうしたいのだ。分かってくれぬか?」

「しかしそうでしたら……掃除でなくともよろしいのではないですか? これは汚れたものを片付ける作業です」

「分かっておる。終われば水で手足を洗うぞ。それに、余もセウェルスも赤子のころは母や乳母にこうしてもらったのだろう? 余もいずれ母となれば、母上のように赤子に乳を飲ませ、出したものを片付けるのは普通のことぞ」


 アエリアの言葉に、セウェルスは黙った。ただのもの好きでアエリアは馬小屋の掃除をしているわけではないようだった。

 馬が自分に慣れるため、と言った。確かに、こうやって触れ合えば馬はアエリアになついてくれるだろう。

そして、将来自分が母になった時のため、とも言った。アエリアのその言葉は、少女とは思えない大人びたものだった。


「何事も経験である、な?」


 そう言いつつほほ笑まれれば、セウェルスとしてはこう言うしかない。


「そうでしたら……私としてはせいいっぱいお手伝いさせていただきます」


 馬糞を外に運び出すセウェルスの隣で、アエリアは足台に乗って馬の背中にブラシをかけている。


「ふふ、お前は本当におとなしいのだな」


 かわいくてたまらない、といった様子でアエリアがそう言った時。ぬっと姿を現した者がいた。


「一方でお前たちは実に騒がしいな。二匹も家畜が増えたらしい」


 ぼろぼろの衣を着て背の曲がった老人の姿を見て、セウェルスが声を上げた。


「カニス様?」


 あの変わり者の哲学者が、なぜか今日は馬小屋に姿を現していた。 


「相変わらず辛気臭いな、小僧。俺に挨拶あいさつする暇があったら手を動かせ」


 むっとしたセウェルスははっきりと彼に言う。


「もっと早く来て下されば掃除の手伝いをしていただいたのですが」

「馬鹿者。俺だってただのぞきに来たのではないぞ。そいつの頼みだ」


 ずかずかとカニスは馬小屋に入ってくると、アエリアがブラシをかけていた馬をじろじろと眺める。馬は怯える様子もなく前足で床をひっかくだけだ。


「おい、入ってこい」


 カニスが振り返って馬小屋の入り口を見てそう言う。すると返事があった。


「あの、本当にいいのでしょうか?」


 知らない男の人の声がして、セウェルスは自然とアエリアの隣に立つ。


「気にするな、こいつは物好きだからな」


 カニスが促すと、ようやく一人の男の人が姿を現した。

 やや太り気味の中年の男性だ。彼は入ってくると即座にアエリアにひざまずく。


「は、初めまして皇女殿下。この度はカニスの紹介により殿下の麗しいお顔とお姿をはいする光栄に……」


 ロムルスの市民として普通のことをしただけなのに、カニスはうっとうしそうに彼を立たせた。


「ええい、長ったらしい。そんな挨拶はよせ」

「は、はい! 私はドルススと申します! よろしくお願いいたします!」


 すっかり緊張しているドルススを見て、優しくアエリアは笑みを見せる。


「待っていたぞ。そなたは家畜を専門とする医師だな」


 アエリアがそう言うと、ドルススは落ち着いた顔になった。医者の顔になる。


「はい。殿下のたまわった馬を見せていただけますか? 診察させていただきます」



「――終わりました」


 しばらく丹念に馬の体のあちこちを調べてから、ドルススはそう言って馬に背を向けてアエリアに一礼する。


「うむ、感謝するぞ」


 伏せた桶にどっかりと座ったカニスに、セウェルスは囁く。


「本格的でしたね」

「市民の間ではこいつは引っ張りだこだ。なにしろ馬は高いからな」


 確かに、大金を出して買った馬がけがをしたり病気になった時に、そのまま放っておく人間はいない。ドルススは優秀な医師らしいので、さぞかし忙しいだろう。


「カニス様もたまには役に立つんですね。ありがとうございます」


 宮殿に来ても地べたに寝そべったり、残飯のような食事を持ち込んでいたりと、まるで野良犬のようなカニスだが、今日は優秀な馬の医者を連れてきてくれた。

 素直に礼を言うセウェルスに、カニスはにやりと笑った。


「気が向いたからな。それに、獣は人間と違って裏表がない。やつらのためなら、俺も少しはやる気になるものさ」


 どうもこの老人は、人間よりも動物の方が好きらしい。


「それで、どうであったか?」


 二人のやり取りをよそに、アエリアはドルススに尋ねる。


「見た目は素晴らしく、気性もおとなしく、皇女殿下の乗られる馬としては素晴らしいです」


 先ほどまでの緊張はどこへやら。落ち着いた様子でドルススは布切れで手を拭きながら言う。


「しかし、気になる点が一つだけあります。ひづめの一部が薄く、やや足が弱く見えました」

「それは、ケガをしやすいということか?」

「少なくとも、過酷な競争は論外です。もちろん馬ですから、牧場などで存分に体を動かす時間を作って下さい。しかし、無理に走らせない方が良いかと思います。一見そうは見えませんが、思ったより体が弱いかもしれません」


 ふむ、とつぶやきつつ考えこむアエリアにカニスはちょっかいを出す。


「どうやら、お前の父上ははずれの馬をつかまされたようだな」


 しかし、アエリアは首を横に振る。


「いや、そうではないぞ。余は兵士ではないし、ロムルスは山地ではない。余が大事にしてやればよいのだ。人目につく以上、まずは見目麗みめうるわしい馬を選ぶのは当然である。それに――」


 アエリアは改めて、自分が父からたまわった馬を見つめる。


「父上は、この子をどうするのか余の選択を見ているのかもしれん」


 アエリアの視線を感じたらしく、馬はゆっくりとアエリアに顔を近づける。


「案ずるな。そなたの蹄が薄いからといって、余のそなたへの思いやりは変わらぬぞ」


 優しくそう言いながら、アエリアは馬の鼻面を撫でる。


「――そなたに名を授けよう」


 しばらく黙ってから、アエリアは口を開く。


「ウニクス」


 それは「唯一」という意味だ。


「余はそなたが蹄が薄く、走るのに難しい馬だからといって見捨てはせぬぞ。それはそなたの『唯一』のものであり、そなたは父上が余のために選んで下さった『唯一』の存在であるからな」


 アエリアはじっと馬を――ウニクスを見つめてそう告げる。


「ふん、うまいことを言うではないか」


 藁で歯の隙間すきまをほじりながらカニスが余計なことを言うので、セウェルスはささやく。


「カニス様は黙っててください」


 アエリアはカニスに何か言うことなく、ウニクスに顔を近づけた。


「余の授けた名を受け取ってくれるか?」


 ウニクスは優しい目でアエリアを見つめると、鼻先を近づけて彼女のほほをぺろりと舐めた。


「ははっ! くすぐったいぞ、こいつめ!」


 アエリアは笑う。彼女にとって、ウニクスが走るのが苦手であることなどささいなことでしかなかった。充分にアエリアは今のウニクスに満足していた。


 しかし――事態はそううまくはいかなかった。



「むむ……」


 アエリアが父コルネリウス帝からウニクスをたまわってから一月ほど過ぎた。

 ある日の朝のことだ。

 宮殿の一室。

 いつもアエリアとセウェルスの秘密の話をする場所で、アエリアとセウェルスは困った顔で額を突き合せていた。


「セウェルスも聞いたな?」

「ええ。私も今日大人たちが宮殿で話しているのを耳にしました」

「なんと?」

「『きっとアエリア様もお喜びになるだろう』とか『一位になってさっそうとロムルスを駆けることをお望みだろう』とか」


 セウェルスの言葉に、アエリアは椅子から弾かれたかのように立ち上がると、ベランダに向かい叫ぶ。


「なんなのだ!? 貴族たちめ! あやつらの頭の中にはおせっかいという言葉は存在しないのか!?」


 ふんまんやるかたないアエリアの背中に、セウェルスはさらに言葉を続ける。


「あ、でもルシウス様は『アエリア様はえこひいきを嫌われるから、レースの参加はやめた方が良い』とおっしゃっていました」

「むむむ……少しは学んだようだな。しかし……困った」


 ベランダから戻ってきてから、再びアエリアは困り果てた顔で椅子に腰かける。


「アエリア様がウニクスを気に入っておられるのは有名ですし、すでにロムルス市民もその背中に乗って道を行くところを見ていますからね」

「そうだ」


 二人の悩み。

 それは近日開かれるロムルスの市街を走る乗馬のレースのことだ。もちろん二人はそれを見学するのならば問題ない。

 問題なのは、どうも貴族たちがアエリアをウニクスに乗せてレースに参加させようという動きがあるということなのだ。

 確かにアエリアは皇帝の娘であり、しかも美しい少女だ。金髪をなびかせてウニクスを駆れば、ロムルスに住まう誰もが目を奪われるだろう。

 ウニクスもまた美しい馬だ。貴族たちからすれば、市民を喜ばせる催し物を開催できて鼻が高いだろう。自分たちがそれを企画したのだから。

 だが――当のアエリアは大いに迷惑している。何しろ、大事なウニクスは蹄が弱くロムルスの市を走るレースなど論外だ。

 それなのに、貴族たちは勝手にアエリアが喜ぶと思い込んでこんなことをしているのだ。


「いっそ、ウニクスに乗るのはやめましょう。もっと丈夫な馬を一頭連れてきて、それに乗ればよいのでは?」


 セウェルスは大事なアエリアが頭を抱えているので、なんとしてでも力になりたいと思っている。

 思いつく限りの案を先ほどから口にしているが、結果はかんばしくない。


「あまり気が乗らぬ。民衆は余がレースに出るとなればウニクスに乗ると思っておるだろう。別の馬に乗ると『アエリアは父と不仲なのか?』とかん違いされてしまう。父上の不名誉になることは避けたい」

「では、そっくりの馬をウニクスと偽っては?」

「ウニクスがレースでけがをするよりは嘘の方がましであろう。しかし、父上の娘である余が嘘をつくのに慣れては申し訳ない」


 アエリアは嘘が嫌いだ。

 もっとも、しょっちゅう教師や兵士や側近の目をかすめてセウェルスを連れて遊んでいるので、どんな小さな嘘も絶対に許さない、というほどではないのだが。


「一度くらいはよいではないですか」

「そうかもしれん。しかし、余は気に入らん。気に入らんのだ」


 はっきりと嘘をつきたくないというアエリアを、ついセウェルスは「ご立派です、アエリア様」ほめる。「うむ」と少しうれしそうな顔になったが、すぐにアエリアはまじめな顔で言葉を続ける。


「嘘は嘘を呼ぶ。もし馬に詳しい者が、余が偽のウニクスに乗って走るのを見て『あれは前見た馬と違う』と思いでもしたらどうなる?」

「……あまり良いことになるとは思いません」

「確かに、皆の注目を浴びるのは気分が良いぞ。何よりも、余は詩においていつか神々の目に留まることを望んでおる」


 困ったことです、とセウェルスは心の中でつぶやいた。

 よりによって、アエリアは才能という点において一番とっぴすぎる詩の分野において認められたいと願っている。

 以前の月桂樹祭で予選落ちしたけれども、今もアエリアは試作を欠かさない。あいにく、その内容は相変わらず凡人には理解不能なものが多いのだが。


「しかしえこひいきは願い下げだ。余を一位にするために他の馬に乗る者が手を抜く必要があるだろう。まったく、月桂樹祭の時といい、貴族たちは何も分かっておらぬ」


 もうじき開かれるレースは、ただのパレードではない。れっきとしたレースだ。

 アエリアはとりあえず馬に乗ることはできるが、熟練した乗り手ではない。

 もし彼女がレースに出て一位を取ったならば、他の乗り手がみんな手を抜いた結果だろう。

 改めてセウェルスは、貴族たちは全然アエリアのことを理解していないと思う。

 アエリアはそんな、えこひいきで喜ぶような少女ではないのだ。


「では、はっきりと人前で言いますか?『ウニクスは蹄が弱いのでレースには出ない』と」


 セウェルスの考える限りで一番普通の提案だったが、残念ながらアエリアは同意しなかった。


「それでは父上が余にたまわった馬に欠点があったと認めるのと同じだ。大事おおごとにはしたくない。父上のためにも、父上に馬を贈ったアルサケスの商人のためにも」

「確かに、皇帝陛下に献上した馬が走るのが苦手とあっては、あまりよろしくないですね」

「父上はアルサケスの商人を罰するようなことはしない。だが、周りは黙っておらぬだろう」


 アエリアはウニクスが蹄が弱いことを、良い意味で気にしていない。恐らく父コルネリウスもそうだろう。

 しかし、貴族たちがなんと言うだろう。

「なんと! 我らがアエリア殿下に献上した馬がろくに走れない馬だと!?」「おのれアルサケス、このロムルスをあなどっているのか!? 無礼な国だ!」と騒ぐに決まっている。

 アエリアはそんな面倒なことはごめんだろう。

 考え続けて疲れたのか、アエリアは大きくため息をついてから椅子から立ち上がった。

 ぐるぐると部屋の中を歩いてから、外を眺めてぽつりとつぶやいた。


「大人とは、どうして体面ばかり気にするのだろうな?」


 なんと答えるべきなのかセウェルスが迷っていると、とうとう限界に達したらしい。

 アエリアは伸びをしてからぴょんぴょんとその場で飛び跳ねつつ大声を出す。


「ああ~! もういい! 余はうんざりだ!」


 ひとしきり叫んでから、くるりときびすを返してアエリアは部屋の出入り口に向かって大股で歩き出した。


「セウェルス、ついて参れ!」


 そう言われたらセウェルスとしては従うよりほかない。


「ど、どこへ行かれるのですか!?」

「偶然と機会の神のお告げを聞きに神殿へ行く! ロムルスの市がそこだ!」


 どうやらアエリアはまた宮殿から脱走するつもりらしい。


「お待ち下さいアエリア様!?」


 慌ててセウェルスはアエリアの後を追う。

 自分は天の神々どころか、大人のような知恵はない。だとしたら、せめてアエリアの悩みに最後まで付き合うことが、自分にできる一番良いことだろう。

 そう思いつつ、セウェルスは偶然と機会の神の祝福があるよう心の中で祈るのだった。



 宮殿をいつものように変装してから抜け出したアエリアが古い暗渠あんきょを使ってたどり着いたのは、ロムルスの一角にある外国人たちが集う市場だった。


「お、おお~! これは素晴らしい! 見たことのないものばかりだ!」


 ネフティスの美しい布。ウガリットの干した果物。

 さらにアッシュルの珍しい工芸品などが並ぶ露店を、目をキラキラと輝かせながらアエリアは見て回る。

 さっきまでの不機嫌はどこかに飛んでいったようだ。


「アエリア様、こんな危ないところを歩くのはおやめ下さい」


 しかし、お付きのセウェルスは心配で生きた心地がしない。

 大人たちに紛れてひょいひょいとあちこちに顔を突っ込むアエリアは天真爛漫そのものだ。

 機嫌が直ったのは喜ばしいが、危なっかしいことこの上ない。


「買い物でしたら宮殿に商人を呼べばよいではないですか」

「やだ」

「アエリア様ぁ!?」

「余はロムルスに生きる人々のありのままの暮らしと商いを見たいのだ。それがここにある!」


 遠国クシャーナの老人が「なんだこの変な子供は」というような顔をする前で、アエリアは両手を広げて嬉しそうに叫ぶ。


「ですが、何もこんな外国の者たちが多い市で……」

「父上のように余も異国を知りたいのだ。許せ」


 ためらうことなく、アエリアが路地の奥の荷物がつみ重なった怪しげな露店に足を踏み入れたその時だった。

 彼女の気配を感じたのか、するするとその荷物の隙間から這い出してきたものがいる。

 それは黒光りするうろこに覆われた一匹の大きな蛇だった。


「おお、これは珍しい」


 手は出さないが、アエリアは興味深そうに蛇を見つめる。そこに夢中でセウェルスは割って入った。


「アエリア様! お下がりを!」


 腰の短剣を抜きつつ、セウェルスはアエリアを自分の体でかばう。


「こら、なにをするセウェルス。この蛇が驚くではないか」

「しかし、これは毒蛇です! なぜここに――!」


 セウェルスは知っている。

 あれはネフティスの砂漠に生息するコブラだ。かまれれば大の大人でも命を奪われる。

 油断なくセウェルスは短剣を構えた。

 もしコブラが襲い掛かってきたら、自分を盾にするしかない。自分にかみついている間に、その首を切り落とすのが一番だ。

 アエリアが傷つかないために命をかけることなど、少しも怖くない。


「分かっておる。しかし蛇は怒っておらぬぞ。書物で読んだが、この蛇は怒ると首を頭巾のように広げるらしいが、今はそうではない。古のファラオの王冠にその姿がある」

 しかし、当のアエリアはセウェルスの覚悟を知ってか知らぬか、落ち着いた様子だ。

 コブラを刺激することなく、じっと視線はそらさない。


「そなたの主はどこだ?」


 コブラにアエリアがそう尋ねた時だ。荷物の奥から誰かがゆっくりと身を起こした。どうやら寝ていたらしい。


「お客さんですか――よく来ましたね」


 思ったよりも若い男性の声だった。

 褐色の肌の手が荷物の隙間から伸びると、そっとコブラの胴体をつかんだ。コブラはおとなしく従う。

 セウェルスがそちらを見ると、黒髪の男性がそこにいた。独特のアイシャドウが目元に施してある。


「ふむ、ネフティスの出身か、そなたは」

「ええ、私はジェセル。ようこそ、私の店に」


 軽くあくびをすると、眠たげに男性は自己紹介をした。露店の店主らしいが、商売っ気が全然ない。


「とにかく、その毒蛇を遠ざけて下さい」


 セウェルスがはっきりそう告げるが、ジェセルは薄く笑っただけだ。


「かみませんよ、この子は」

「毒の牙を抜いたのですか?」

「いいえ、しかし人に慣れています」


 ジェセルの腕に、そのコブラはまるで腕輪のように巻き付く。


「美しい生き物だな。余も触ってよいか?」


 アエリアが進み出ると、ジェセルはそっとコブラの頭を彼女から遠ざけて、逆に尾の方を近づける。


「優しくなら構いません」

「では、遠慮なく」


 アエリアの手がコブラの胴体と尾を撫でるのを見て、セウェルスはもはや天を仰いでロムルスと皇帝を守護するはずの神々に祈りをささげるしかない。


「ああ、神々よ。どうかどうか、このお方をお守り下さい……」


 だが、セウェルスの心配をよそにアエリアは満面の笑みを浮かべる。


「おお、素晴らしい手触りだ。気に入ったぞ」


 ようやく好奇心が満たされたアエリアに、一応セウェルスは忠告する。


「持ち帰らないでくださいね」

「そんなことはしないぞ。余ではネフティスの土地を再現できぬからな」


 確かに、いくら皇帝の権力があってもネフティスの砂漠をここロムルスに、しかもアエリアの宮殿に作り出すことは難しい。

 案外と常識のあるアエリアの返答に、ジェセルという店主は少し興味を引かれたようだ。


「おや、ちゃんとこの子のことも考えているんですね。嬉しいです」


 コブラを大事そうにかごの中に入れてから、改めて彼はこちらを見る。

 年齢の分からない顔だ。若者のように見えるけれども、本当はいくつくらいなのか見当がつかない。セウェルスは少し緊張した。


「二人とも、お使いですか?」


 彼の問いに、アエリアは胸を張る。


「いや、そうではない。余は…………むぐぐっ!」

(アエリア様! どうかご無礼をお許し下さい!)


 アエリアの口を手でふさぎながら、セウェルスは内心で彼女に平謝りをする。

 いくら自分が皇女であると明かさないようにするためとはいえ、いきなりアエリアに触れるのはとてつもない無礼であることくらいは承知だ。

 セウェルスは良心の痛みで気を失いそうになるが、何とか耐えて作り笑いを浮かべる。


「あ、あはは……少し私たちは異国人の市を見に来ただけです。どうも失礼しました」


 そのままさりげなくアエリアを連れて露店を後にする……つもりだったが、ジェセルは二人を見てさらに一言こう言った。


「まあそう言わずに。少し私の店の品物を見て行きませんか?」


 そう言われたら、アエリアがこのように反応するのは当然だった。


「それは素晴らしい。もちろん見てみたいぞ!」



 ジェセルの店は露店に見えて、奥に進むと普通の民家を店に改装してあった。

 うずたかく積まれたネフティスの品々を二人は見ていく。


「不思議な物ばかりだな」

「古いネフティスの王朝の骨董品ばかりですからね」


 数多くの神々の像。青銅の剣や槍。王族しか使わないとされる神聖な文字の刻まれた石板。さらには何に使うのか変わらない不思議な道具まである。


「よくこのようなものを仕入れることができたな」


 アエリアがその一つ一つを見ながら率直な感想を口にする。


「まあ、いろいろとつてがありますので」


 ジェセルの答えはあいまいなものだった。

 もしかしてこの男は墓荒らしなのだろうか、とわずかにセウェルスは疑う。

 なるべく早くこの怪しげな店から出た方がいいだろう、と彼が思ったその時だ。


「なんと、愛らしい猫ではないか」


アエリアが驚いた声を上げるのでセウェルスはそちらを見た。今度はコブラではなく生きた一匹の猫があくびをしながら寝転がって……いなかった。


「なんですか、これは?」


 そこに置かれていたのは、ネコの置物のようなものだ。しかしなんだかおかしな格好だ。

 首から上は作り物の猫だ。木製だろうか。しかし首から下は筒のようになってる。まるで猫をぐるぐる巻きにしてあるかのようだ。


「なんだと思いますか?」


 ジェセルが面白そうに言うので、セウェルスは少し考えてから言う。


「ぬいぐるみ……でしょうか?」

「いいえ、違います。これは猫のミイラの装飾です」

「ミイラ?」


 初めて聞く言葉だ。


「ネフティスの埋葬の一つのやり方ですよ。遺体を腐敗させず、死を越えて魂をその先まで正しく至らせるための方法です」


 すぐにアエリアが反応した。


「聞いたことがあるぞ。ネフティスの王であるファラオは、死後ミイラとして大々的に埋葬されると」


 そこまで言われて、セウェルスはネフティスという砂漠の国について聞いてきたことを思い出す。確かあの国には、ファラオが眠る巨大な墓があるらしい。それは遠くからでもすぐに分かるほど大きいとか。


「しかし、これは猫だな。王ではないが?」


 アエリアのもっともな質問に、ジェセルは説明する。


「私の国ネフティスでは、猫は神の使者なのですよ。中にはこうやってミイラとして権力者と一緒に埋葬された猫もいるのです」


 そっとアエリアは猫のミイラに指で触れる。

 この中にかつて生きた猫のミイラがあるかどうかは分からない。中身は空っぽかもしれない。

 しかしその猫をかたどった装飾は、とても丁寧に作られているのが分かる。


「あるいはもしかしたら、飼い主の死後の旅にも同行させたいほど、この猫は愛されたのかもしれませんね」


 ジェセルがそう言うと、セウェルスもついつぶやく。


「尊いお方のそばにいて、その人と共にそれに等しい扱いで埋葬された動物……」


 その瞬間だった。突然アエリアが目を輝かせて天を仰ぐ。


「おお! 神々よ! これが汝らのお告げか?」

「え? どういう意味ですか?」


 戸惑うセウェルスの方を向いて、アエリアは彼の手を取った。セウェルスが驚くひまもなく、アエリアは大きくうなずいてからはっきりと言った。


「セウェルス、これで行こう!」



 そしてロムルス市街を舞台としたレースの前日。

 宮殿の廊下を歩くセウェルスの耳に、貴族たちのひそひそ話が聞こえてきた。

 そちらを見ると、がっかりした顔付きの貴族たちが三人、何やら話している。以前と同じく、セウェルスは柱の陰に隠れて耳を澄ませた。


「う~む、しかしこんなことになるとはな」

「アエリア様はコルネリウス陛下から送られた馬がことのほかお気に入りだったらしい」

「いい案だと思ったのだがな」

「陛下のたまわった馬に乗り、さっそうとロムルスを駆けて一位になるアエリア様に、市民が喝采することは間違いなし、のはずだったのだが……」


 貴族たちの浮かない顔を見て、内心セウェルスはすっきりしていた。

 アエリアが何を本当に望んでいるのかなどまったく考えず、自分たちの見栄や思い込みの方を大事にした結果だ。


「ひひひ、まったくつまらないことばかり考えているなあ」


 そんな貴族たちの隣を、カニスが通り過ぎながらにやにやと笑っている。その品のない仕草に、貴族たちはたちまちむっとした顔になった。


「なんだ、カニス」

「政治に口を出すな、哲学者」


 けれども、そう言われて立ち止まったカニスはますます彼らを馬鹿にした笑いを顔に浮かべた。


「政治? こりゃ笑えるわい。俺には貴族どもが右往左往して、つまらないことに悩んでいるようにしか見えんな」


 ぼりぼりと尻をかきながら、カニスは言葉を続ける。


「まあ、あんたたちは気に食わないだろうな。何しろ――あの馬とあんたたちは同じ『貴族』だからなあ」


 そう。カニスの言うとおりだ。

 あのジェセルの店から帰ったアエリアは自信満々でしたこと。

 それはなんと、ウニクスに貴族の位を授けるということだったのだ。


「……ありえない。アエリア様はご乱心されているのだ」


 一人の貴族が首を振って否定する。もちろん周囲は反対したが、アエリアはがんとしてこの決めたことを押し通してしまったのだ。

 結果的にウニクスとここにいる貴族たちは同じ地位ということになる。さすがに不満なのもうなずける。


「ほお? 皇女の決めたことに逆らう気か? 今の言葉、俺があいつに伝えてもいいんだぞ?」


 意地悪くカニスが言うと、貴族たちは卑しいものを見る目で彼を見る。


「ふん、お前のような卑しい奴の言葉をアエリア様が信じるわけがないだろうが」「なんだって? 俺はコルネリウスの相談役だぞ」

「お前が勝手にそう言ってるだけだろうが! 陛下は気まぐれでお前を遊ばせているだけだ!」


 とうとう我慢できなくなったらしく、三人はカニスを大きく避けて宮殿の奥に進んでいく。その背中にカニスは大声で語りかける。


「とにかく、あの馬がレースに出ることはなくなったなあ。もし貴族が走るんだったら、お前たちも馬に交じって走ることになるからな。ははははっ!」


 ……かくして、貴族となったウニクスはレースを他の馬と走るのは「品位に欠ける」という理由で走らずに済むこととなる。

 アエリアはセウェルスたちと共に、観客席からロムルス市街を舞台としたレースを十分に楽しんだのだった。



「――そうか。そういう理由か」


 レースが終わった日の夜。

 宮殿にあるコルネリウスの私室でのことだ。窓から月を眺めつつ、コルネリウスは椅子に腰かけたまま言う。


「俺としては、お前がウニクスをずいぶん気に入っているだけだと思ったが、なるほどな」


 かすかに遠くから聞こえるロムルス市街の喧騒けんそうを音楽のように楽しみつつ、コルネリウスはワインを満たした杯をあおる。


「あ、あの……」


 召使たちは静かにコルネリウスと、同じく椅子に腰かけるアエリアに仕えている。そしてもう一人、セウェルスもアエリアの隣に椅子が用意されていた。彼としては居心地が悪くて仕方がない。


「なんだ、セウェルス」

「こ、このような私的な場所に私はふさわしくないので、外に……」


 ここは皇帝の私室だ。

 親族であるアエリアが父と仲睦まじく過ごすのはセウェルスとしても喜ばしい。しかしだとしたら、自分はここにいるべきではないはずだ。

 外に出ようとするセウェルスだが、すぐにアエリアに制される。


「何を言うか。一緒にウニクスを貴族にするよう考えたのはそなたではないか。ここに留まるがよい」


 アエリアにそう言われては、どんなに自分が場違いだと思っていても、セウェルスとしては従うよりほかない。


「相変わらず、お前は自由だな。アエリア」


 満足げにコルネリウスは自分の愛する娘を見つめる。


「もちろん。先日はその自由のおかげでコブラに触れられたのだ。余は幸運である」

「コブラ?」


 コルネリウスが聞き返す。瞬時にセウェルスは椅子から跳び上がった。


「あああああ! コルネリウス陛下申し訳ありません! 私が付いていながらアエリア様を危険にさらしてしまいました! すみませんすみません!」


 コルネリウスの椅子の前にひれ伏して、セウェルスはジェセルというあの不思議な店主の店で起きたことを説明する。

 皇女の護衛でありながら、コブラが近づくまで何もしなかった自分はコルネリウスの怒りをかって当然だ、とセウェルスは思う。

 今度こそ首と胴体が別々になってしまうかもしれない。


「なるほどな。だがそんなに怯えるな、セウェルス。アエリアにはロムルスの神々の祝福があるんだぞ。少しはその力を信じろ」


 けれども、セウェルスの予想とは正反対に、コルネリウスは少しも怒らない。


「しかし、もしそのコブラがアエリア様を害そうという刺客しかくの放ったものであれば……」

「お前はどうする?」


 セウェルスが顔を上げると、コルネリウスは椅子に座ったまま面白そうにこちらを見ている。セウェルスの言葉は決まっている。


「と、到底比べられませんが……私の命に代えてもアエリア様をお守りいたします!」


 自分の命とアエリアの命など比べることもできない。

 自分は貴族の息子だが、アエリアはロムルスを背負う皇帝の娘だ。どう考えてもアエリアの命の方が大事だし、護衛として自分は命をかけてアエリアを守らなくてはならない。

 そんな思いを込めてセウェルスは叫んだ。

 視線の端で、椅子に座ったアエリアがわずかにうつむいた。


「アエリア?」


 コルネリウスが尋ねると、アエリアは顔を上げる。頬がほんのりと赤い。


「ふふふ……そう改まって言われると、少し照れてしまうではないか、セウェルス」


 セウェルスは絶句した。


(わ、私は……何かとてつもなく失礼なことを言ってしまったのでは!?)


 しかし、肝心のコルネリウスは大笑いした。


「あっはっは! やるではないかセウェルス。俺の娘を照れさせるなんて大したものだ!」

「ひいっ! すみませんすみません不敬でしたどうかお許し下さい!」


 ひとしきり笑ってから、コルネリウスはセウェルスに椅子に戻るように言う。命じられてはどうしようもなく、セウェルスは再び席についた。


「しかし、馬を貴族か。笑える話だな」

「それというのも、大人たちが余をえこひいきするからです。余は困ってしまいます」


 コルネリウスがウニクスを貴族にしたことに話を戻すので、すぐにアエリアは頬をふくらませて不満を口にする。


「まあ、そう怒るな、アエリア」


 けれども、いつも娘に甘すぎるコルネリウスだったが、今夜は違った。彼は娘の不満に同調することはなかった。


「奴らは子供の目から見れば傲慢ごうまんで分からず屋で、いばってばかりに見えるだろう。だが、奴らは奴らでロムルスには必要なのだ。この国は一人では動かせない。まして、俺のような奴が皇帝ではな」


 いきなりそんなことをコルネリウスが言いだしたので、一瞬セウェルスは「もしや陛下は酔っておいででは?」と思ったくらいだった。

 しかし、コルネリウスはどうやらワインに酔ってはいないようだ。


「あの……おそれながら申し上げますが、コルネリウス陛下は素晴らしい皇帝であるとロムルスではもっぱらの噂です」


 恐る恐るセウェルスはそう反論する。

 本来は自分のような者は皇帝に意見することなど許されないが、「俺のような奴が皇帝ではな」とコルネリウスが言うならば、さすがにセウェルスとしてもそう言いたくなる。


「ははは、嬉しいぞセウェルス。だが――もし俺が貴族たちを全員首にして、俺と親族だけで政治をしたらどうなると思う?」


 逆に質問され、セウェルスは考える。

 コルネリウス帝は冒険心にあふれ、豪快で、おおらかな人柄だ。知性にも優れ、弁舌も巧みで、市民にも熱狂的な人気がある。

 こんな人が貴族を全員クビにしてロムルスを支配するのならば――きっと。


「ええと……ロムルスはきっと豊かで賢い国になるのではないでしょうか?」


 お世辞ではなく本心でセウェルスはそう言ったが、あっさりとコルネリウスは彼の意見を否定した。


「逆だ。三日でダメになる」

「そんな……」


 コルネリウスは杯を置き、少し恥ずかしそうに頭をかく。

 そこには偉大なる皇帝ではなく、人生を心ゆくまで楽しんでいる一人の男性がいた。


「俺はなあ、どうも難しいのが嫌いで、黙ってることができなくて、なんでも自分でやりたくなるし、未知の冒険が大好きな男なんだ。でも、俺は神々にはなれない。俺だけでこの国を動かせばすぐにダメになるに決まってる」


 あまりにもあっさりと、コルネリウスは自分にも限界があることを認めた。

 ロムルスの皇帝という、神々の祝福を授かったもっとも偉大な人物という肩書がありながら、彼は自分が一人の人間に過ぎないと言ったのだ。


「だから、貴族が必要なんだぞ。あいつらは俺のできないことをやってくれる、共に国を支える仲間だ。少し困った奴らなのは、俺の顔に免じて少しは大目に見てくれ」


 そう言ってコルネリウスは茶目っ気のある表情で笑う。

 きっと彼にとっては、プライドが高くていばってばかりの貴族であっても、共にロムルスを治めるために必要な人間なのだろう。

 彼らの欠点を見たうえで、それでも彼らの美点を忘れない。

 コルネリウスとは、そういう皇帝なのだ。


「――父上」


 しばらくしてから、アエリアが声を上げた。


「なんだ、俺の可愛い娘よ」


 アエリアはまっすぐに父親を見る。その目には、深い深いいつくしみがあった。


「父上も――人なのですね」

「ああ、そうだ」


 コルネリウスは笑わなかった。あごひげを蓄えた顔に、彼は悲しみと喜びが混じった表情を浮かべる。

 大人という生き物を体現した表情だった。


「だから俺は、お前も、お前の母親も、お前の姉も兄も、貴族たちも市民たちも、皆すべてが愛おしいのだ」


 欠点があり、弱く、限界があり、はかない人間であるからこそ――コルネリウスという男性は優れた皇帝だったのだ。


「俺が天上に住まう神のようであれば、きっとそう感じることはなかったのだろうな」


 神々は人間を慈しんでいるらしい。けれどもそれは神々という存在として人間を慈しんでいるのだ。

 でもコルネリウスは違う。

 同じ人間として、弱い人間を心から愛しているのだった。


「私も、父上を愛おしく思います。そんな父上であるからこそ」

「嬉しいぞ、アエリア」


 アエリアの万感をこめた言葉を、コルネリウスは何よりも幸せそうに聞いていた。 そしてアエリアは言葉を続ける。


「父上は、欠点があっても人が愛おしいと言われます。余も同じです。父上が余に下さったウニクスの名の意味は『唯一』。あの馬は余にとっての唯一なのです」

「俺がお前に与えたからか?」

「それもあります。ウニクスは美しく、気立てが良く、しかし蹄が薄くて走ることが苦手な馬です」

「そのすべてを持つ馬は、確かに唯一だな」


 コルネリウスは納得した様子だったが、アエリアは首を振る。


「いえ。そうではありません。余にとっては、ウニクスが平凡ななんの取り柄もない馬であっても唯一なのです。たとえ力強く走れても、逆に何一つできなくても、才能ではなくあの馬があの馬であるからこそ、余にとっては唯一なのです」


 アエリアのその言葉。

 それは人間すべてを良い点も悪い点もひっくるめて愛せるコルネリウスと同じだった。

 アエリアもまた、ウニクスのすべてを愛していた。父と同じように。


「才能によらず、か」


 アエリアの言葉を聞き、コルネリウスは満足げにうなずいた。召使が新しいワインを彼の杯に注いだ。


「ただ存在することでさえ良しとするお前は、女帝の器だな」


 まるで乾杯するかのように、コルネリウスはアエリアに向けてその杯を向ける。


「もったいないお言葉です、父上」


 アエリアは笑顔で父のほめ言葉を受け取った。

 隣に座るセウェルスは思った。

 この親子に仕えることができて、私は本当に幸せ者だ、と。



 ロムルスの市民を熱狂させたレースが終わってしばらく経ったある日。


「どうだ、ウニクス。たくさん集まったか?」


 宮殿から少し離れた広場に、アエリアはセウェルスを伴って訪れていた。


「よしよし、お前は本当におとなしいな」


 広場の一角。縄で囲った場所にウニクスはいた。

 逃げようとすることはなく、ゆったりとした様子だ。アエリアが近づくと嬉しそうに鼻を鳴らして顔を寄せてくる。


「アエリア様。もう中に入っています」


 セウェルスはアエリアがウニクスを撫でている間に、ウニクスが首から下げていた木箱を手に取った。振ってみると音がする。


「でかしたぞウニクス。やはりそなたはよい貴族だ」


 セウェルスは木箱を取り、アエリアと一緒にふたを開ける。

 その中には木の板がいくつか入っていて、板には文字が書かれている。要するにメモ用紙だ。

 その板をアエリアは一枚一枚取り上げ、書かれている内容をふむふむと読んでいる。

 そこに書かれているのは市民の様々な願い事や頼み事だ。ウニクスの首から下げている木箱は、市民の意見を皇族に直通させるためのものとなっていた。


「こんな形でウニクスが役に立ったんですね」

「ウニクスがおとなしいからこそよ。やはり信用できるのは人となりだな」

「ご立派です、アエリア様」


 アエリアを反射的にほめるセウェルス。

 ウニクスが走らないままレースは終わり、今ウニクスはこうやってアエリアの役に立っている。

 ロムルスの市民たちも、ウニクスをかわいがっているらしい。最近少しウニクスは太ってきたようだ。

 何よりも、ウニクスは市民の声をアエリアたちに届けることができている。

 市民の間では、この四本足の「貴族」はすっかり人気者だ。

 これもすべては、アエリアの知恵あってのことだ、とセウェルスは思う。


「もちろん、そなたのことも信用しておるぞ、セウェルス」


 ずっとウニクスばかりかわいがっていたことに少し良心がとがめたのか、ことさら明るい調子でアエリアはセウェルスに言う。


「感謝します」


 もっとも、セウェルスはウニクスばかりかわいがられて……などと思いはしない。

 彼にとってアエリアはかけがえのない仕えるべきお方であり、そのアエリアがウニクスを大事にしているのならば不満に思うわけがない。

 それなのに……。


「ウニクスに嫉妬しっとしてはならぬぞ」

「し、していません!」


 急にアエリアがそんなことを言いだし、慌ててセウェルスは否定する。

 自分が一頭の馬に嫉妬するわけがない。まして、ウニクスはアエリアがかわいがる馬だ。ねたむ理由など一つもない。

 焦るセウェルスの顔を見て、心底楽しそうに声を上げてアエリアは笑う。


「あはは! 余とそなたは友ではないか。無二の友セウェルスよ! 余にとってそなたこそかけがえのない人なのだぞ!」

「あ、あ、アエリア様! そのようなもったいないことをこのような公共の場でおっしゃらないで下さい!」

「何を言うか、本当のことではないか、セウェルスよ」


 むき出しの好意を与えられてあたふたするセウェルスに、アエリアは愛しそうに手を伸ばした。

 優しくその両手がセウェルスの頬を挟む。いきなり皇帝の娘にそんなことをされて心臓が止まるセウェルスに、アエリアはささやいた。


「――笑ってくれぬか、余のために」


 そう頼まれたら、セウェルスはどんなことがあってもアエリアの望みをかなえてしまいたくなる。

 彼女に笑ってほしい、と言われたら、何一つためらうことなく心から笑えるのだ。


「……はい」


 セウェルスの明るい笑顔を見て、まるで鏡のようにアエリアも笑う。

 太陽のように明るく、吹き抜ける風のように爽やかで、花々の香りのように甘い笑顔で。


「うむ! そなたにはやはり笑顔が似合っておる! つられて余も笑いたくなってしまうではないか!」


 二人の楽しそうな笑い声が、ロムルスの広場に響いていた。

 そのすぐそばで、ウニクスは我関せずとばかりにのんびりとおとなしく草を食んでいるのであった。



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