第6話 突然
「私を助けなさい!」
尖った声は静かな夜の海によく響いて、反響しながら消えていく。突然出てきたのはあの場違いな服を着た美人な女の子だった。白いTシャツにはベッタリと赤黒いしみが付いていた。といっても怪我をしている訳では無いようだ。
女の子はあたりを鋭く見回すと、再び静かな声でしかし力強く2人に命令した。
「私を助けろ」
いきなりのことなのでアユリは声が出なかった。開いたドアの隙間から多くの人の叫び声と走る音が聞こえてとんでもなく大変なことが起きているのだとは理解できた。
〈中で何があったの?助けてと言われても何から?〉
そしてハッと目を見開いた。
〈ネネや船長、他の人たちは大丈夫かな〉
カイルも同じことを思ったのだろう、目の前の血まみれた美人を刺激しないように落ち着いた声で聞く。
「さっき何か爆発するような音を聞いたんですけど何かあったんですか?」
「シージャックだ。それよりも私を安全な場所へ案内しろ!」
強い口調でらんらんと光る目で女の子は2人の方に一歩一歩近づいて来た。カイルは急いでアユリを立たせて腕を掴み、かばうように自分の後ろに移動させた。
「見ず知らずのあなたの言うことは聞けない。あなたがテロに関わっている可能性がありますから」
「服に付いてるのは、血だよね?中で誰か怪我をしたの?」
2人の言葉に女の子は荒々しく髪をかきあげた。苛ついているのが表情でわかった。
冷たい夜風が背中を撫でる。
シージャック、聞き慣れない言葉だ。カイルはテロと言っていた。テロは聞いたことがある。この船は今非常に危ない事態に陥っているというのか。
女の子は後ろのドアが気になるらしく、ドアから離れるようにデッキの上を歩き出した。2人も着いていくしかなかった。
「私はテロリストの仲間ではなく、むしろ奴らは私を狙っている。
この血は中で私の代わりに殺された奴らのものだ」
女の子は私は被害者なんだが?というように眉を上げて振り返った。
「私は嘘が嫌いだ。時間が惜しい」
何があったのかは分かったが彼女の言っていることが本当かは分からない。言葉が説明が不十分だ。
しかし、そうは言っていられなかった。慌ただしい足音と共にこんな言葉が壁越しに届いたのだ。
「奴はこっち側逃げていたんだな?!」
「はい!階段を上がっているのを見ました!」
「必ず捕えろ!そして殺す!!」
戦慄が走った。犯罪者がこちらに来ている。この勢いだとテロ集団はきっと関係のないアユリとカイルも殺してしまうだろう。
迅速な判断をしたカイルが「こっちだ!」と走り出した。走り出したのと同じタイミングで後ろのドアが開く音がした。
「いたぞ!!」
アユリも駆け出していた。ドレスがまとわりついて走りにくく、これでは追いつかれてしまうと振り返った。
テロリストたちは明るい中から暗い外に出てたことで周りが見えにくく、さらにはいきなりの風の強さに圧倒されてその場で足踏みをさせられていた。
カイルとアユリの2人は船の揺れにも風にも慣れているのでふらつかずに走れる。一気にテロ集団を引き離した。
女の子を見てみると驚くことによほど運動神経が良いのか彼女はアユリの前を走っていた。
アユリは走った先にあったドアを開けた。中に入るためだ。そしてぎょっとした。
船内は未だかつてないほどの混乱状態にあった。パニック状態の人でごった返している。思わず立ちすくんでいると背中を強く押された。
カイルが人混みにかき消されそうな声で叫ぶ。
「アユリの部屋に行くぞ!」
アユリの部屋は船員スペースにあるから水下だ。今いるところは水上4階。
3人は階段を降りようとするが救命ボートに乗りたい人が密集して上ってくるのでなかなか進めない。
人に流されながらもなんとか間を縫って進むしかなかった。だがそのお陰で追手たちもなかなか進めないようだった。
この感じだと今ごろデッキは人で溢れているはずだ。
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