第2話 掃除係
掃除係になってから1週間たった。今のところ誰からも文句が出ていない。
アユリはもしかしてあたしって掃除の天才なのかも、と思い始めていた。
先輩やネネたちとはまったく会わなくなってしまって若干寂しさはあったが、お客さんがいない空間はすごく気が楽だった。
残念なことといえばもうレストランのかわいい制服が着れないことぐらいだろうか。
しかし、毎日同じことの繰り返しでそれはそれで退屈だ。そう、毎日掃除しているので埃も汚れもそんなになく掃除のしがいがないのだ。
そんなことを考えながらアユリは鼻歌とともに今日も共有の浴場をブラシで磨いていた。浴場は広いし、毎日洗っていても汚れがあるのでちょうどよかった。
「音痴すぎ」
いきなりの声にアユリは飛び上がった。
浴場の出入り口にカイルがいた。口角を片端だけ上げて腕を組んでたっている。その手からはおしゃれでカラフルな紙袋がいくつか下げられている。その姿はアユリを苛立たせた。
「バカイル。あんたの耳が悪いんだよ。あたしの仕事の邪魔しないでくれる?」
「お前掃除係になったんだな〜。どうりで最近仕事がしやすいわけだ。いなくなってくれて助かったよ」
カイルはフンッと鼻を鳴らした。アユリはカイルを睨みつけた。こいつのニタニタ笑っている顔は小さい頃からアユリを不愉快にさせる。
「あんた仕事中じゃないわけ。早く戻れば?」
「今日はランドデーだから仕事は休み。羨ましいだろ?」
そんなことはアユリも知っていた。ネネから朝聞いたのだ。
この船にはいくつか行事があるのだが、ランドデーもそのひとつだ。
半年に一度のランドデーは船から降りて1日陸で過ごせる日。でもこれはみんなにあるわけじゃない。
船長とその他の幹部陣が話し合ってこの半年でよく頑張っている人を10人選出。選ばれた者たちだけに与えられるのだ。
そして、ネネとカイルは毎年選ばれている。
アユリはまだ船を降りたことがない。
15年間一度も。陸にはどんなものがあるのか、ネネはいつも楽しそうに語る。おみやげもくれて「次は一緒に行きたいな〜」と言ってくれる。その表情を見るたびにアユリも外に出てみたいと思う。
⚓︎
夜になってベッドに入るとネネがきらきらした声で話し始めた。今日は動物園に行ったあと映画を観たらしい。
「動物園にはね、キリンっていうすごい長い首の子とか、鼻がポンプみたいなゾウっていう生き物がいたの」
「へ〜。想像だとなんかきもいね」
「それが意外とかわいいんだよ〜」
ネネの話は止まらなかった。縞模様の大きな猫『トラ』、人間の一歩手前と言われている『サル』、目の黒いむくむくした『パンダ』という動物。
カイルと観たという恋愛映画の話も聞かされた。船が沈没する話らしく、よく分からなかったけどきっと楽しかったんだろうなとアユリは感じた。
ネネはゾウを気に入っているらしくぬいぐるみまで買ったようで見せてくれた。たしかにかわいいかも。
アユリには動物園の写真集をくれた。
お互いに目を合わせて微笑んだ。
⚓︎
次の日、目の前にいきなり綺麗な箱を突き出されてびっくりしてしまった。場所はまた浴場でまた「音痴だ」と指摘してきたと思ったらこれだ。
突然カイルが近づいてきて「ん」と不機嫌そうに渡してきたのだ。
「えっと、なにこれ」
「昨日渡し忘れてたからおみやげ」
カイルはアユリの目を見ずにそっぽ向いた状態。アユリがとまどいながらも受け取ると「じゃあな」っと立ち去た。その後ろ姿に「ありがとう」っと声をかけながらアユリ箱を見た。
カイルにはときどきミステリアスなところがある。こちらを嫌っているはずなのにときどき何かくれたり助けてくれたりするのだ。その態度のせいではっきりと嫌いにはなれないのがアユリにはもやもやした。
だが、一部の船員にはそれが良いらしく普段は冷たいのにときどき優しい、ギャップだ!!と騒いでいるのを聞いたことがある。よく分からない。
箱の中身にはネックレスが入っていた。銀色でキラキラしていて可愛らしいデザインだ。
〈ふーん。あいつにしてはなかなか良いセンスじゃない。〉
ネネに見せるとすごく似合ってると絶賛された。
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