星になったらはじける
朱雀竜司
はじまりは唐突に
第1話 またやらかした
まぶしい太陽、きらめく水面、楽しげに飛びまわるイルカの群れ。
美しく果てしない海の水平に真っ白な船が一隻、優雅に海を渡っていた。外はなんて穏やかな風景。
しかし、内側は・・・・・・。
⚓︎
「いい加減にして!!」
海上水平ダンスレストラン、ここは名前の通り船の中のレストランで船員がダンスをしながらお料理を運んだり、ときにはイルカとシャチがショーをおこなったりする少し変わったレストランだ。
今は水のステージでランチタイムショーが行われている。観客たちはみな楽しげに声を上げていた。
レストランは広々としており、船の白さと揃えるように統一されていて、色があるのは薄ピンクのテーブルとマリンブルーの椅子。そして人とイルカと料理だろうか。
穏やかな表とは反対に厨房は狭くて灰色で今日も忙しいく人が走り回っている。
そんな厨房の奥のもっと狭くて色味のないバックルームの角でアユリは先輩に怒られていた。
怒られている理由は本人にも分かっている。ちゃんと反省している。いつも意識して直そうと上手くしようとしているのだが出来ないのだ。
なのでアユリは早く終わってくれないかなーという気持ちでうんざりと先輩を見上げていた。そういう態度は先輩にも伝わってしまうものだ。先輩の怒りはMAXに達していた。
「なんなのあんた、その態度。なめてんの?みんな仕事で忙しいんだよ、わたしだって忙しい中あんたを叱るために抜けてきてんの」
「忙しいんだったらあたしのことは放っておいて仕事に戻ってください。何が悪いかちゃんと分かってるし後始末はあたしちゃんとしとくんで」
「そう言う問題じゃないでしょ?あんた何しでかしたか分かってんの?お客様のイルカに怪我させたんだよ」
「ちょっと踏んづけちゃっただけだし」アユリはむくれた。たしかに自分が悪かった。お客さんの食器を下げているときにステップを踏み間違えてお客さんが連れてきていたイルカのしっぽにつまずいたのだ。でもすぐに謝ってお客さんも許してくれたしイルカにも傷はついてなかった。
そう先輩に伝えるとため息をつかれた。
「『今回はイルカに怪我もなく、飼い主も優しい人たちだったからよかったわね、次からは気をつけて。』他の子にはこう言うわよ。でもね、あんたはそういうことの頻度が多すぎる」
「でも先輩」
「でも、何よ。あんた5年目でしょ。さすがにもう慣れてよ何回同じミスをすれば気がすむわけ」
そうもう5年目だ。お客さんに怒鳴られることも多々あった。その度に先輩とチームリーダーが頭を下げて一緒に謝ってくれた。
アユリは床を見ていた。今日も塵ひとつ落ちていないし傷もついていない。変わり映えのない床だ。
下を向いてると涙が出そうだ。
「ごめんだけど船長にあんたを別のとこにしてもらうから」
先輩は大きな音をたてながら出ていった。
解放されたアユリはバックルームのソファーに寝転がった。ドジをして怒られるのは慣れっこだったし、いちいち落ち込んだりひきづったりする性格でもない。しかし、さっきはさすがのアユリも落ち込んだ。頑張っていてもできなかったらダメなのだ。
それに先輩は本気だ。船長はきっと先輩の言うことを聞く。アユリに残された道は掃除係か雑用係ということになる。せっかく花形のダンスチームに入ったのに。
「チッ」
大きな舌打ちが出た。
⚓︎
午後になると子どもの船員たちは自室に帰ることになる。
アユリは部屋の中でシャチの模型を組み立てていた。
「またやらかしたって聞いたよ〜」
いつのまにか隣にネネが立っていた。複雑な微笑みを浮かべている。ネネはアユリのルームメイトであり、親友であり、癒しだった。
「あたし向いてないんだよ。ダンスしながら食事運んだりするの」
アユリはふうっとため息をついた。
「ごめんね。いつも迷惑かけちゃって」
ネネは同年代の子たちの中でもずば抜けて優秀なので今年からイルカチームのリーダーとして活躍している。この5年、仕事終わりにアユリの練習に付き合ってくれたり、ミスした時もフォローしてくれたりしていた。
ネネはいつも見てくれていた。だからこそアユリが向いていないことも分かっている。
「一緒に働けなくなるなんて寂しくなっちゃう。なにかあったら私を頼ってね」
とネネはアユリの肩を励ますように叩いた。
⚓︎
次の日アユリは案の定、掃除係として任命された。レストランチームのほぼ全員が「やっとトラブルメーカーが出ていって仕事に集中できる」とほっとしたような顔を浮かべていた。先輩は怒ってしまった次の日はいつも少し申し訳なさそうな顔をする。
「別にアユリのことが嫌いなわけじゃないから。それだけは覚えてて」
困ったことがあったら頼ってくれていいから、と言われた。
アユリの任された掃除エリアは船員たちの部屋と共有スペースだった。
船長はさすがに掃除で失敗は無いだろうとは思っていても一応お客さんの目につかない、そしてそんなに重要でもない場所を与えたのだった。
アユリは懐かしさを感じていた。この掃除の仕事というのは小さい頃によく手伝っていたのだ。あの時もネネがいて大人の人と和気藹々と掃除をしていた。あの床がピカピカになったときの達成感。そのときの感覚がよみがえって心が明るくなる。
アユリは気合いを入れてさっそく廊下に雑巾をかけ始めた。
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