第二章⑫

 7


「おまえ、人間じゃねえな」

 リーレンの口から唐突に放たれたその言葉に、ミュウキはぎくりと身を固めた。ガシャリと、鎧が鳴いた。視線を彷徨わせると、ヴェルチも驚いたような表情をはりつけて、リーレンを凝視していた。

「よくわかったな」

 見抜かれてしまった以上、隠すことは敵わない。ミュウキはふうっとため息をついて、短くそう言った。

「でも、なぜわかった?」

 普段、人前に出るときは、鎧に身を固めている。うだるような暑さの中にいてもだ。顔と手の先以外の皮膚を露出したことはない。衛兵という職業は、他の「本物の」人間の中に紛れ込むのには、うってつけの格好であり、役割である。

 ミュウキの問いに、リーレンは満面の笑みを浮かべた。人に褒められた子供のような、屈託のない笑顔だった。

「なあに、ただの勘だよ。やけに長い指をしてるし、その目。角膜は緑なのに、虹彩はよく見ると紅だ。おれの知っている人間どもに、そんな目をしているやつはいねえからな」

 ヴェルチがミュウキのそばに寄ってきて、まじまじと顔を見合わせてきた。視線がかち合うと、彼は気まずそうに視線を逸らし「す、すみません」と口籠った。

「……半竜人だ」

 少しの沈黙の後、ミュウキは静かに口を開いた。そして、顔の周りを覆っている兜を外してみせる。ヴェルチが思わず「あっ」と声をあげた。

 短く刈り上げたミュウキの髪は、リーレンと同じ金色をしていた。柔らかそうな髪質をしている。その頭の側面から生えているのは、やけに尖った耳だった。特徴的なのはその形で、耳たぶにあたる部分は鰭のように薄くなっている。

「色々と詮索されるのが嫌でな。普段はこうして、体中を覆って、わかりにくくしているつもりなんだが」

「そうだったか。なんか悪いな」

「いや、別に隠しているわけじゃねえよ」

 ミュウキはフンと鼻を鳴らした。兜を被りなおし、視線を宙に彷徨わせる。

「父親が竜だったんだ」

 ミュウキの言葉が、ポツリと落ちる。地面に落ちて、雫のように飛散してしまう前に、リーレンがそれをそっと拾い上げた。

「そりゃあまた大義な話だなあ」

 リーレンは心の中で想像する。彼とて『人間の子供の作り方』を知らないわけではない。だから尚更、竜と人との営みはどうやって行うものなのか、無性に興味が湧いたのだ。しかし、ヴェルチもいるこの場で、あまり生々しい話をするわけにはいかないので、芽生えた疑問はそのまま、リーレンの心にしまっておくことにした。

「まあ、あんまりいねえよな。その、なんだ……俺と同じ奴らは」

 ミュウキは、遠い目をして言った。これまで生きてきたなかで、少なくとも彼の過ごしてきた世界の中で、自分と同じ境遇の者に会った事はない。人と人とのあいだに生まれるから、人の子なのだ。だとすれば、自分は一体何に分類されるというのだろうか。

 リーレンが立ち上がる。両腕を広げ、大きく伸びをしてみせた。

「おれから話をふっておいてなんだが、あんまり気にすんなよなっ!」

 そう言ってリーレンはにいっと笑い、ミュウキの甲冑を手のひらでばしばしと叩いてみせた。ミュウキは困ったようにはにかんだ後、そうだなと、つぶやいた。

 しばらくの間、三人の周りに、なんだか気まずい空気が流れていたが、ヴェルチが「タスク様たちはご無事なんでしょうか」と、再び口にしたのを皮切りに、その雰囲気は晴れていった。

「おい、おまえ、さっきからしつけえぞ」

「……はい、すみません」

 言葉を紡ぎ出すヴェルチの口調が重い。瞳が不安げに揺れている。うじうじとした彼の態度に苛立って、リーレンは舌打ちをした。

「なんだよ、言いたいことがあるのなら、はっきりと言えよ」

「……」

 ヴェルチは黙ってしまった。俯き、自分のつま先を見つめている。

「おまえ、まさかタスクやフィルトが死ぬとでも思ってんのか?」

「いえ! そうではありません!」

 ヴェルチはぶんぶんと首を横に振ってみせた。じゃあなんだよと言い返しそうになったが、リーレンはぐっとこらえた。

 こいつはおそらく何かを隠している。

 リーレンは、ヴェルチの横顔を盗み見た。こいつがラヨルの民であることを憂いていて、その境遇から逃げ出そうとしていたことは事実だろうが、それよりももっと、重大な何かを心に秘めていることは何となく察しがつく。ヴェルチには、当たり障りのないように、言葉を選びながら会話をする節がある。それは自分の発言によって、その「何か」がまろび出ないよう慎重に口を開いているようにも捉えることができるのではないか。思慮深いといえば聞こえはいいが、年端もいかない幼子がとる言動にしては不気味だ。

「じゃあ、タスクたちが無事でなければならない理由でもあるのかよ」

 リーレンにとって、その言葉は特別な意味をもって言ったものではなかった。だが、ヴェルチの表情がぎくりと強張り、耳をすまさなければならないほどの小さな声で「はい」と答えたので、逆にリーレンは驚いた。

 それでもリーレンは、平静を装って笑顔を作ってみせた。

「安心しろ! おれがいる限り、あいつらは死なせやしねえから」

 ヴェルチが抱えている「何か」の正体を知ろうと問い詰めたところで、今の彼なら頑として口を割らないだろう。ならば、こちらは待つしかない。ヴェルチが、自分から話してくれるその時を。

 ヴェルチが幾分か、安堵したような眼差しを向けてきた。リーレンの励ましに対する気持ちなのか、それともこれ以上自分の胸の内を探られないと勘づいたからなのか、リーレンには解釈のしようがなかった。

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