第二章⑦


 タスクたちは塔の階段を昇り、ミュウキの背中を追った。ガシャガシャと、ミュウキが身につけている鎧が鳴る。

「入れ」

 やがてミュウキが立ち止まり、タスクたちを促したのは、ひとつの扉の前だった。石造りの壁をくり抜くようにして設置された扉は、重たそうな鉄で出来ており、赤銅色の錆で表面が朽ちていた。

 タスクはその扉の取手を回し、開こうとした。

「くっ……」

 思わず声が漏れたほど、その扉は重かった。全身の力を使って、扉を押す。それでも、扉が侵入者を拒み、押し返してきているような感覚におそわれる。

「ちゃんと開けないと、お前の体がぶっ壊れるぞ」

 背後からミュウキが、やけに楽しげに声を投げてきた。言われなくとも、と、タスクは腰を据えて扉を押し続けるが、未だわずかな隙間しか開いていない。

「ぐっううう……」

 タスクは両手を扉に押し当て、歯を食いしばった。伸ばした腕が、段々と力に負け、肘が曲がっていく。フィルトが思わず手助けをしようと腕を伸ばしたが「ならん!」とミュウキが一喝したので、驚いてすぐに引っ込めた。

「ここから先に進めるのは、焼暴士だけだ。一人ずつ、扉を開いて中に入るんだ。誰かに手伝おうとしてもらったり、焼暴士以外の者が入ろうとすれば、罠が発動する」

「おれたちは?」

 どうすればいいんだよと、リーレンが口を挟んだ。

「お前たちは別行動だ」

 ミュウキが意味ありげにほくそ笑む。いまいち納得がいかないというように、リーレンはむすっと顔をしかめたが、今、こいつに何を言ってもそれ以上は答えてくれないだろうと考え、タスクを見守ることにした。

 タスクは全身に玉のような汗を浮かべ、自分の何十倍もの重さであろう扉と闘っていた。筋肉が筋張り、血管が浮き出ている。少しずつではあるが、じりじりと扉は開いているのが、救いだ。

 もう少し、もう少しだ。タスクは自分に言い聞かせる。

「うおおおおおおおおお!!!」

 力を振り絞り、一層体を鼓舞する。じりじりと扉が開いていくのがわかる。涙目になりながら、タスクは床に自分の汗がぼたぼたと落ちるのを見ていた。


 もうだめだと思った瞬間、急に扉が軽くなった感覚がした。突然、それが勢いよく開いたからだ。完全に体を扉に預けていたタスクは、前につんのめって転びそうになった。体が反転して、地面に叩きつけられる……と、タスクは受け身を取ろうとしたが、扉の先には床がなかった。

「うわあああああ!!!」

 バランスを崩したタスクは、そこに出来ていた穴に吸い込まれるように落下していく。あたりは真っ暗だった。フィルトがタスクの名を呼び、体を掴んで助け出そうとしたが、間に合わなかった。扉が無情にも閉まり、フィルトを押し返したのだ。

「おい! どういうことだよ!」

 弾みで尻餅をついたまま、フィルトはミュウキに向かって叫んだ。

「さっきも言ったように、ここから先は焼暴士しか入れない場所だ」

 ミュウキは甲冑の奥の眼差しを、フィルトに向けながら説明を始めた。俺も詳しくは知らないけれど、焼暴士になるために、初めてここにきた男たちは、まずこの扉の中に入っていく。なんでもこの先には、焼暴士としての素質が、それぞれに備わっているかを試す試練が待っているらしい。試練を潜り抜け、無事にその先へと辿り着いた者が、晴れて正式に焼暴士として登録されるのだ、と。

「タスクがやたら重そうにしていたこの扉も、試練のひとつか?」

「おそらくはそうだ。ここにくるまでの間に培ってきた鍛錬で、一定水準以上の体力をつけた者しか開けられない仕組みだと思うぜ」

 フィルトは胸の前で手を組み、考え込むような仕草をした。この世界において、焼暴士になる人間がどれほどいるのかは想像もつかないが、貴重な存在だと仮定したとき、成り手を篩にかけるようなことをして厳選するのは如何な者だろうかと思ったのだ。焼暴士とは、常に危険と隣り合わせの役割だ。自らの命すらも危うくなることもあるだろう。

「こうしちゃいられねえな」

 フィルトはふんと鼻から息を吐き、扉に手をかけた。彼の全身の筋肉が筋張り、力が込められたのが見てとれる。

「ふんっ……ぬぬぬぬぬぬ!!」

 フィルトが唸る。顔を真っ赤にして、足を踏み込んだ。そうすると、徐々に重い扉が動いていった。

 タスクが扉の向こうの穴に落ちていったのを見ていたので、フィルトは腹にぐっと力を入れて、自分の体を支えた。扉に手を押し当て、体が前屈していたので、足はつま先だけが地に着く格好となる。

 フィルトは眼下に現れた暗闇を、あらためて凝視した。ここでいつまでもぷるぷると体を震わせているわけにはいかない。この穴の先が、どれくらいの深さなのかは皆目見当もつかないが、正式に焼暴士と名乗る以上は、ここから先に進まねばならないのだ。フィルトは息を短く吐くと、足を地面から離し、自ら穴に飛び込んでいった。


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