第二章④
石像は人間のように滑らかな動きで、タスクたちに迫ってきた。地面を蹴って駆け出したかと思うと、次の瞬間にはタスクとフィルトの間合いに飛び込んできた。石像は大きく拳を振りかぶり、タスクの顔面を狙う。大仰な動作で繰り出したパンチは、タスクに当たることはなく、空をかすめた。タスクが体勢を立て直し、構えをとる。腕を曲げ、拳を顔の前に作り、ジリジリと少しずつ石像に近づいた。
石像の第二撃は、その瞬間に放たれた。突きの連打だ。石像が一気に間合いを詰めてきたかと思うと、タスクの上半身にめがけ、石像の大振りな攻撃が迫ってきたのだ。
「くっ……」
重い攻撃だった。何百キロもある石が、勢いをつけて人間の肉体を破壊しようとしているのだ。防御の構えをとったタスクだったが、いとも容易くその腕が弾き飛ばされ、無防備となった体に、石像の拳が襲いかかる。その腕の部分は、タスクの胴体と同じくらいの太さをしていた。
石像に意思はない。ただ侵入者を排除するための呪文を組み込まれただけの物体だ。言葉を発することもなく、相手を倒すための戦略に思考を張り巡らせるわけでもない。
「タスク! 後ろに倒れろ!」
石像の向こうから、リーレンが叫ぶ。その声がタスクの耳に届き、ハッと気付いたタスクは、石像の拳が自身の体に沈み込む寸前、腰を後ろに反らして、地面に倒れ込んだ。見上げると、石像の腕が空中で伸びたまま止まり、急に自分の視界から消えたタスクの姿を探しているように、頭が左右に動いていた。
タスクの心臓は、バクバクと跳ね上がっていた。今の攻撃をまともに喰らっていたとしたら……。防御を崩された際に受け流した攻撃のせいで、腕がじんじんと痛んでいる。掠めただけなのに、まともに打撃を受けていたとしたら、一発で体が破壊されていたかもしれない。
「タスク! 大丈夫か? うわおっ!」
フィルトだ。背後でタスクが体勢を崩した気配を感じ、振り返った際に、石像の膝が彼の脇腹をかすった。わずかながら隙が生じたのだ。一歩、二歩、トントンとステップを踏み、フィルトは石像との距離をとった。
「フィルト、俺のことはいいから、闘いに集中して」
タスクが立ち上がる。体についた汚れをはらいながら、石像を見据える。フィルトは「おう」と短く答え、タスクに背を向けた。
石像は未だ赤い目を煌々と光らせたまま、二人を侵入者として認識しているようだ。戦況を離れた場所で観察していたリーレンはあることに気づく。
石像は、おれやヴェルチには、反応しない。
リーレンとヴェルチは、石像が現れたときから、一歩も場所を移動していない。完全に体を硬直させて、怯えながら棒立ちになっているヴェルチはともかく、先ほどリーレンはわりと大きな声で叫んだ。それなのに、石像はリーレンには反応しなかった。つまり……。
「タスク、フィルト!! そのまま聞け!」
リーレンが叫んだ。やはり、石像は反応しない。タスクたちは石像の猛攻をうまくかわしながら、なんとか打開策はないか探っているところだった。石に対して、今の二人の力では、打撃は効かない。とはいえ、重く速い攻撃をいつまでも易々としのげるほどの体力は、長くは続かない。神経もすり減らしていくのだ。現にタスクは少し、息が上がりはじめていた。
「おそらくそいつらは、動いているものに対して、反応する。さっきから様子を見ていたが、おれやヴェルチには一切攻撃してこないだろ。それに」
石像はリーレンに背を向けている。リーレンはそれをもう一度確認すると、足を踏み出して、その場から歩き出してみせた。
「やっぱりな。赤く光っているその目の視界にいないやつは、どれだけ動いても反応されることはない」
石像の背後の位置を保ったまま、リーレンはそれに近づいていった。錫杖を構える。環がじゃらじゃらと揺れたが、石像がそれに反応することはなかった。
「喰らいやがれ! メイユ!」
リーレンが勇ましく呪文を唱える。錫杖を持つ彼の腕が筋張ったのと同時に、石像の動きが止まった。
「今だ、おまえら、像の目を攻撃しろ!」
リーレンの全身に力が込められる。足を踏ん張り、かたかたと揺れる錫杖を制御しようと耐えているようだ。
バリウの村でタスクのダメージを回復させたときと同じだ。石像の挙動を封じ込めるすべての負荷が、リーレンの肉体に降りかかっているのだ。ランロイは直接戦闘をすることはないと昂ぶることなく、彼自身も鍛錬を積んできたからこそ、成せる業であった。
「タスク! たたみかけるぞ!!」
フィルトが叫ぶ。リーレンの様子をチラリと見て、彼が今、全ての負荷を担ってくれていることに気づいた。
タスクとフィルトは、一斉に飛び上がり、それぞれが相手にしていた石像の腕を、踏み台にして振りかぶった。タスクは拳を、フィルトは足を。突きと蹴りが、石像の目に炸裂する。タスクの拳とフィルトの脛に、なにかが砕けた感触が伝わった。地面に着地をして、二人が石像を見上げると、石像の目が光を失い、赤色の宝玉のようなものが砕けて、二人に向かって降り注いでくるところであった。
「やったか!?」
リーレンがほんの少し、力を緩めると、石像がぐらりと後ろに揺れた。それを確認すると、彼は術を解き、それまでいた場所から後ろ手に飛び退いた。石像が地面に崩れ落ちるのと同時に、辺りに地響きが轟く。リーレンはほっとしたような表情で、錫杖を背中にしまった。
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