第二章③


 タスクたちは、リュートやリヒツと別れたあと、街の中心にある、焼暴士のギルドの前に立っていた。盤の目のような街並みの中心に、円形の広場があり、その円の中心に位置する場所に、石造りの塔が建っている。縦に長い、直方体の塔だった。年季の入った建物だということが、一目でわかる外装だ。風雨や直射日光に晒され、多くの部分が赤っぽく変色している。塔の中間あたりに、修繕をするためなのか、木で作られた足場が組まれているのが確認できた。

 塔の入口には、両脇に、焼暴士の男をかたどった石像が置かれている。タスクの身長よりも高い像が、彼の胸の辺りくらいの高さの土台に乗せられている。いつ造られたのか、誰をモデルにしているのかは、石像を見ただけでは分からなかった。

「なあなあ、ここっておれたちが着いていっていいのか?」

 リーレンが石像を見上げながら言った。「なんか、おまえら焼暴士以外は立ち入り禁止って空気なんだけど」

「俺たちも初めて来るんだ。だけど、焼暴士以外が入れないなら、今ここで咎められると思うけどな」

 タスクはそう言って、塔の入口をくぐった。そこに扉などはなく、文字通り、誰でも中に入れるようになっている。

 塔の中は、薄暗かった。まず目に飛び込んでくるのは、大きな螺旋階段だった。塔の中央に支柱のように立っている石柱の周りを沿うように、遥か頭上まで伸びている。周りは吹き抜けになっていて、階層ごとに踊り場が備えられており、そこから各階の部屋へと繋がっているようだ。螺旋階段には、しきりに人影がうごめいている。ざわざわと人の声が入り乱れ、また至る所から物音も聞こえてくる。この大きな塔の中に、まだ見ぬ大勢の焼暴士がいるのだと、タスクは考えた。

 塔に入ってまず、鼻をついたのは、血と汗の匂いだった。タスクとフィルトは、バリウの村で嗅ぎ慣れたものだったが、リーレンとヴェルチは顔をしかめていた。

「闘いで負傷した焼暴士がいるんだろうな」

「ああ。それも結構な数だろう」

 決して通気性がいいとはいえない塔の内部に染み付いたその匂いは、完全に空間に充満している。それだけでも、塔の上へと進むのを躊躇われるほどだった。 

 地上階には、上に続く階段以外は、何もなかった。となると、必然的に四人は頭の上へと昇っていくことになる。タスクは、先陣をきって、螺旋階段に駆け寄り、一段目に足の裏をつけた。

「え?」

 タスクは、一瞬、自分の身に何が起きたのか理解できなかった。階段に足をつけたはずの自分の体が、強大な力で後ろに引っ張られ、宙に吹き飛んだのだ。「あぶねえ!」とリーレンが驚いたように叫んだが、対処する間もなく、タスクは塔の壁に体をしたたか打ちつけられた。引力に引っ張られたような感覚だった。

「かっは……」

 衝撃で壁が少し崩れ、タスクの足元に、パラパラと瓦礫が落ちる。

「お、おい大丈夫か!?」

 前のめりに倒れかけたところを、駆けつけたフィルトによって抱えられたため、タスクは立位がなんとか保てた。

「……いってえ……」

 背中を叩きつけられたようだが、頭はそれほど強く打っていないようだった。大丈夫、歩けるよと呟き、タスクはフィルトと共に、階段の元へ戻った。

「すまねえ、タスク」

 リーレンだ。背中から錫杖を取り出し、階段に向けて構えている。

「おれが確かめるべきだった。ここにはおそらく、ランロイの呪文がかけられている。侵入者を排除する罠だ。多分だけど、タスクとフィルトはまだ焼暴士として、正式に登録されていないから、呪文がタスクを侵入者と判断して、罠が発動したんだろう」

「じゃ、じゃあどうやって、上にあがるというんですか?」

 ヴェルチは心配そうにタスクの背中を見ていた。壁に叩きつけられた衝撃で、赤く腫れ上がっている。タスクは平静を保っているが、おそらくは痛みが生じているはずだ。

「焼暴士がヒムを目指すとき、必ずランロイも同行すると聞いていた。それはつまり、この塔の罠が、ランロイでないと解除できないからだろう。侵入者、たとえばラヨルがここに現れたとしても、ランロイがついていなければ上にいくことはできない。焼暴士以外の一般人は、そもそもここに立ち寄る必要がない。……くそっ、ここに何もないということ自体が不自然だと、おれが気づくべきだった」

 すまねえと、リーレンはもう一度謝った。

「俺は大丈夫。気にしないで」

 タスクが言った時だった。入口の方で、地鳴りがした。四人が振り返ると、入口がなくなっていた。いや、違う。入口が、塞がれており、外光が遮断されているのだ。

「おいおいマジかよ。とんだ歓迎のされ方だな」

 リーレンが焦りを隠せずに言う。入口を塞いでいたのは、外にそびえていた一対の石像だったのだ。

 石像の目の部分が、赤く光っている。薄暗い塔の中では、そこだけが蛍の灯火のように、空中に浮かび上がっているようにみえた。とはいえ、石像が足を踏み出す度に地響きがするのだ。タスクたちはその時初めて、地面が波打つような感覚におそわれた。

「あの石像の動きを止めるのか?」

「どうやらそうみたいだな」

 タスクの問いかけに、リーレンが答える。フィルトが横に並び、「タスク、一体ずつだ」と早口で言った。

「わかった」

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