第一章⑱
口角をあげ、冷静に言ったリヒツの目は笑っていなかった。タスクの涙は一瞬にして引っ込み、彼はまじまじとリヒツの顔を見つめた。自然と表情が強張ったのを自覚する。タスクの太ももに、ヴェルチの指がぎゅっと食い込む。見ると、ヴェルチはタスクの背後に半身を隠し、姿をリヒツから見えないように努めているようだった。
「リヒツさん、何言ってんすか」
タスクがラヨルをつれている訳がないっすよ。な? ニュートは半笑いでタスクに同意を求めたが、ぎこちなく頷くことしかできなかった。
「こいつは、ぼくの知り合いです。ランロイになるための修行の身なので、一緒に旅をさせているんですよ」
リーレンがタスクの横にしゃしゃり出てきた。リヒツから見えないように、タスクの脇腹をつねる。その真意を察したタスクは、慌ててこくこく頷いた。リヒツはそれを無視して、タスクの元に迫ってきた。ヴェルチの姿がよく見える間近に立つと、
「小僧よ、ちょうど貴様によく似た背格好のラヨルが、目撃されているのだ。もしも貴様がラヨルの民でないのならば、我々に背中を見せ、潔白を証明してみせろ」
「背中?」
タスクが尋ねると、ニュートが教えてくれた。
「ラヨルの民は、例外なく、背中に火の紋章が彫られている。なんだお前、そんなことも知らなかったのか?」
タスクの顔から血の気がひいた。ニュートの言っていることは、事実なのだろう。そしてその通りならば、ヴェルチの背中にも、紋章が彫られているということだ。
「そういえば師匠がそんなことを言っていたような……」
フィルトは、うーんと唸った。かつての自分達は、日々の鍛錬の疲れで、話をまともに聞いていなかったのかもしれない。それでも実際、ヴェルチの背中にそんなものがあるとすれば、自分達だって見ればすぐにピンとくるはずだ。そう、実際に、それを見たのなら。
ヴェルチは、一度もオレたちに、背中を見せていない。
フィルトはハッとした。リーレンが、ヴェルチの傷口を見た時も、黒装束から貫頭衣に着替えた時も、ヴェルチは三人に背を向けることはなかった。
「どうした小僧、さっさと背中を見せろ。それとも、やはり見せられないのか?」
リヒツの大柄な図体が、タスクの眼前に迫る。傍からみれば、まるでタスクがヴェルチを、暴漢から守っているかのような光景だ。ヴェルチが微かに震えているのが、まとわりついているタスクの足から俄かに伝わってきた。
「おいおいタスク、どうしたんだよ! まさかラヨルを庇ってるんじゃねえだろうな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます