第一章⑯
6
川を渡り終え、対岸の岩肌を登りきった四人は、木陰で休息をとっていた。ラヨルを討つおれたちには、これから長い旅路になる。休めるときに休んでおこうぜと、リーレンが言ったのだ。
「街で、何か飲み物を買ってきます」
「じゃあ、これを持っていけ」
リーレンが、自分の小銭入れから、いくらかの硬貨を取り出し、ヴェルチに握らせた。
「ありがとうございます。フィルト様も、タスク様も、リーレン様もここで休んでいてください」
「任せたぞ」
焼暴士の少年二人は、四肢を地面に投げ出し、大の字に寝転んでいた。リーレンは木の幹にもたれかかり、水に濡れた胴着を絞って、陽光に晒しているところだった。ヴェルチは「はい!」と、甲高い声を張り上げ、とことこと先へ足をすすめた。
キオウ渓谷を通過すると、その先にヒムの街がある。コトがタスクとフィルトに、正式な焼暴士となるために向かうようにと命じた場所である。大きな街だ。バリウやキオへにはない高さの建物が、所狭しと並んでいる。街の入口には、円弧型の門がそびえており、その両脇に衛兵が二人立っている。焼暴士の格好をしている、屈強な男たちだった。
ヴェルチが門に差し掛かったとき、男たちがぎろりとこちらを見た。ヴェルチはごくりと生唾を飲み込み、目を合わせないようにした。
僕がラヨルだとばれてはいけない。大丈夫だ。ばれていないはずだ。
「おい小僧」
向かって右側の男の身体が動き、しゃがみ込んでヴェルチの目線の高さに顔を持ってきた。
「は、はい」
「お前は、キオへの住民か?」
「あ、いえ……」
咄嗟に嘘はつけなかった。ヴェルチは男から目を逸らし、自分の足元を見つめる。ここはキオへの住民だと言ってやり過ごすべきだったかもしれないと、すぐにヴェルチは自分の発言を悔やんだ。
「あ、あの、僕は水を買いにきました。旅の者です」
真実と嘘を混ぜた発言だ。身分を明らかに出来ないから、屈強な焼暴士の男たちに進路を阻まれ、すんなりと街に入ることができない。リーレンにでも一緒に来て貰えばよかったかもしれない。
「昨日のことだ」
左側に立っていた焼暴士の男が口を開いた。右側より若く見える。左目の下に、皮膚を縫い合わせたような跡がついている男だった。
「ラヨルの民が二人、バリウの村に向かったという情報が流れてきた。一人は大人で、一人は子供だったという目撃証言が多数あがっている。バリウは焼暴士が住む村だ。俺たちの出る幕はないと踏んでいたが、どうやらそのラヨルたちに滅ぼされてしまったらしい。今朝あがってきた情報だ」
そして情報はもうひとつある、と男は続けた。
「キオへの町を、バリウの焼暴士の生き残りの少年と、ランロイが通っていった。それだけなら、何も不審には思わない。その三人には、ここらで見たことのない、幼い子供がくっついていたそうだ」
ヴェルチの心臓がどきりと跳ね上がった。口から臓器が飛び出してくるのではないかと思うほどだった。
「そして俺たちの前に今、幼い子供がのこのことやってきた。……俺たちの言いたいこと、わかるか?」
「い、いいえ……」
ヴェルチはかぶりを振った。下手に発言をしてしまえば、ぼろが出てしまう。ここはしらばくれてやり過ごすのが得策だ。
「おーい、ヴェルチ! 何やってんだよ」
背後からタスクの声がして、ヴェルチはほっと胸を撫で下ろした。
「あっ、おい!」
若い焼暴士がヴェルチの腕をとろうとしたが、寸でのところで間に合わず、ヴェルチは踵をかえし、さっとタスクに駆け寄り、助けを求めるかのように彼の腰にしがみついた。
「タスクじゃねえか!」
若い焼暴士は、タスクを見るなり、嬉しそうな声をあげた。
「ニュート! ニュート兄さんじゃん!」
タスクの表情も、ぱあっと明るくなる。門番の焼暴士は、二年前にバリウの村から出ていった、タスクの知り合いだった。
「リヒツさん、こいつなら、大丈夫っすよ」
ニュートと呼ばれた若い焼暴士は、もう一人の年長の焼暴士に声をかけた。リヒツはニュートよりも肩幅が広く、四肢も丸太のように太い。腕だけで、ヴェルチの胴体と変わらぬ太さにも見える。焼暴士としては年季の入った身体つきをしていて、全身に傷痕が点在していた。
「じゃあ、お前の後ろに近づいてくるのは、フィルトか?」
「うん!」
タスクの表情は破顔しっぱなしだ。振り返ると、フィルトとリーレンが小走りでこちらに駆け寄ってくるところだった。
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