第一章⑨

 タスクたちの次の目的地は、バリウの森を抜けた先にある町、キオへだ。町はバリウの村よりも幾分栄えていて、焼暴士とその家族のみが住むバリウとは違い、普通の人間が生活を営んでいる町だ。森を出ると、町の周りは石造りの塀で囲われているのが目に入る。これは、森からの害獣の侵入を防ぐためであり、人々は森から続く一本道を通り、町に入ることになる。町との境目から先は、石で舗装された道が続いており、道といえば、土を固めただけのバリウとは、繁栄の度合いが違っていた。建物も、基本的には木造の建築物が多かったバリウとは違い、石造りの建物で統一されている。それには理由があった。

 焼暴士が暮らすバリウは、森を抜けた先にある。ラヨルの民がバリウへ襲撃する際は、必ずキオへを通過することになる。そのため、戦闘が町中で繰り広げられ、キオへの住民たちが災厄に見舞われることも少なからずあり、彼らが身を潜めるために、丈夫で燃えにくい石の建物を建てる必要があったのだ。

 二ヶ月前、タスクがマユルと対峙し、致命傷を負ったキオへの谷は、町の外れにある。眼下を川が流れている渓谷だ。二つの名前をとって、キオウ渓谷と呼ばれている。バリウとキオへがある陸地は、この渓谷によって、その先の町と寸断されている。人々は、渓谷に渡された、石と鉄で造られたキオウ橋を渡ることによって、向こう岸とこちらを行き来している。

 焼暴士たちは、日頃の訓練の際、渓谷の崖を伝って一番下まで降り、川を泳ぎ、再び対岸の崖を登ったりもするが、それでは非常に効率が悪く、また危険で、常人ではなし得ないことなので、橋が建設されたのだ。それも随分昔のことになる。


 夜が明けるのを待って、キオへの町の入口付近にあった掘っ建て小屋の中にヴェルチの身柄を隠した。ここは確か、バリウの焼暴士たちがかつてその身を潜めるために造った小屋だったと、タスクは記憶している。もう使われなくなって久しいが、取り壊されることもなく、風雨にさらされて、所々は木々が朽ちて隙間風が吹き込んでいる。元々簡素な作りであったが、余計に粗末な見た目だ。人が住むのには適していないが、一時的に滞在する程度には、まだ役割を果たせるだろう。

 朝陽が昇りきった頃、タスク、フィルト、リーレンは町の中に入った。すでに住民たちは活動を始めており、商人は自分の店の軒先に、それぞれの商い物を並べている。熟れた果物や、調理した惣菜の香りが、通りに漂っていた。

「よう、タスクじゃねえか。こんな朝早くから、買い物か?」

 商人の中の一人が、タスクたちに気づいて声をかけてくる。店先に鉄板を敷き、その上で鶏の卵を焼いていた。目玉焼きだ。

 タスクと、この商人とは顔見知りであった。コトがこの店のサンドイッチが好きなので、よく遣いを頼まれ、買い物をしていた。片手で食べられる手軽な惣菜を作っている店の店主の名は、クリュウという。彼は二十そこそこの若者だが、顔や身体の至るところに古傷が刻まれている。さらに左足は義足だ。クリュウは元焼暴士の男であり、数年前、ラヨルとの死闘で重傷を負い、二度と戦線に立てなくなった。以降、彼は焼暴士を辞め、この町に移り住み、店を営んでいるのだ。

「……でもなさそうだな」

 クリュウは、タスクの薄汚れた下衣をちらりと見やった。身体は綺麗だが、身に纏っている布は、明らかに戦闘後の状態にみえる。普通に買い物にやってきたとは言い難い有り様だと、彼は思い直したのだ。

 見ると、三人共、どこかしらに戦闘の痕跡が垣間見える。そして、これはクリュウの勘ではあったが、何かただならぬことが起きたのではないかという思いが脳裏をよぎった。

その思いに囚われてから、クリュウがタスクの顔を改めて見ると、いつもはきらきらと輝いている眼差しに、翳りがあるようにみえた。それはタスクの兄弟子のフィルトの顔を見ても同じだった。気丈に振る舞おうとしているが、心の内に隠している負の感情を、隠しきれていない。

「君は、ランロイか?」

 クリュウは、リーレンの背に背負われている錫杖に目をやった。リーレンがはっと気づいたような仕草をして、タスクの横に並び、深々とお辞儀をする。錫杖の環が、シャラリと音をたてた。

「申し遅れました! ぼくはランロイのリーレンです。タスクくんや、フィルトくんと共に、ラヨルと闘うことになりました。何卒、よろしくお願いします!」

 リーレンの外面の良さがいかんなく発揮され、タスクとフィルトは笑いを堪えるのに必死だった。だが、そんな感情もすぐに暗雲が立ち込め、表情に再び翳りが宿る。

「何かあったんだな?」

 クリュウは、三人を店の中に招き入れて、手近にあった椅子に座らせた。グラスに茶を注ぎ、三人の前に差し出す。ぺこりと頭を下げた三人だったが、すぐにそれに手をつけようとはしなかった。

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