第一章⑧
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「おい、おまえ正気かよ」
リーレンが、タスクの耳元で囁いた。目線はちらちらと背後に向かって飛ばしている。ヴェルチがとことこと三人の後をついてきているからだ。
タスクは、ヴェルチの申し出を受け入れたのだ。とはいえ、すんなりと受け入れたわけではない。短い時間であったが、葛藤もした。ヴェルチはラヨルの民だ。自分達の近くに敵をおくことで、いつ何時身に危険がふりかかってもおかしくはない。そんな誰にでも想像がつくようなことは、すぐに別の思いにかき消されていった。ヴェルチが三人に話した内容が嘘だとは、どうしても思えなかったのだ。
タスクもつられて、ヴェルチを見る。立ち上がると、タスクの胸あたりまでの背丈。三人の中で一番身長の低いタスクよりも、さらに小さい。タスクは日々の鍛錬の成果もあり、体格がいいが、ヴェルチはそれに比べると随分と細身だ。身に纏っている黒い装束の色味のせいでもあるのか、タスクと比べると、余計に小さく、細く見えるのだ。
ヴェルチが三人と行動を共にすることを許したのは、タスクだった。難色を示したフィルトやリーレンの反対を押し切った形となる。
「もしヴェルチが俺たちを裏切ったら、俺があいつを倒すから」
リーレンの顔を見るのが気まずくて、タスクは真っ直ぐ前だけを見ていた。ヴェルチが自分達を欺き、命を狙ってくることはないと、タスクは思っていた。だが、いくら説得を試みても、リーレンやフィルトの異議を論破するだけの確証も、言葉も見つからず、最終的にはフィルトが「お前がそこまで言うなら」と、温情で折れた結果となった。
「それでおまえがぼこぼこにやられても、おれは助けねえからな」
ふんと鼻をならすリーレンだったが、心の中では(とはいっても、おれは結局こいつを助けちまうんだろうな)と思っていた。
「おいヴェルチ」
リーレンは後退りをして、今度はヴェルチに向かっていった。
「はい、なんでしょう」
「おまえ、タスクに感謝しろよ。おれはまだ、おまえを認めたわけじゃねえ。ちょっとでも舐めたマネをしてみろ。速攻、ぶっ潰すぞ」
「心得ております。僕はみなさんにとっては忌むべき存在。そんな僕と行動を共にしてくださり、感謝しています」
ヴェルチが歩くたびに、背中に乗った装束のフードがぱたぱたと揺れている。
「あとよ、その服装、なんとかならねえのかよ。おまえの格好を見てるだけで、こっちはむしゃくしゃするぜ」
「では、脱ぎましょうか」
ヴェルチは装束の裾に手をかけたが、リーレンが「別に今すぐとは言わねえよ」と慌ててそれを止めた。焼暴士でもない幼子が、何も下着姿になることはないと思ったのだ。
「いいか。キオへについたら、おまえはまず、どこかに身を潜めろ。おれがどこかで適当に服を見繕ってやるから。おまえが何を企んでいるかは知らねえが、おれたちと一緒に行動したいなら、まずラヨルであるという痕跡を消せ」
「わかりました。ならば……」
「なんだよ」
言葉を切ったヴェルチは、手のひらを自分の頭に当てた。
「髪を刈りたいと思います。僕が昔に読んだ書物では、自らの行為を省み、心を入れ替えたしるしとして、頭を丸めると言う行為をおこなった民族がいたと書かれていました。僕が頭を丸めたからといって、何かが変わるわけではありませんが、せめてもの意思表示として、お許しください」
「好きにしろ。別におれたちの許可なんていらねえよ」
リーレンのぶっきらぼうな言葉に、ヴェルチは嬉しそうに微笑んだ。黒装束さえ身につけていなければ、いや、ラヨルの民でなければ、なんの猜疑心も抱かずに、無垢な子供だと思わせるような表情だった。
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