第一章⑦

「どうなってもしらねえぞ!」

 リーレンが身を屈めて少年に近づく。タスクとフィルトはそのすぐ脇で、仮に少年が攻撃をしかけてきたとしても、すぐに対応ができるように身構えた。

「おいガキ、傷口をおれに見せろ」

 リーレンは少年の返答を待たず、傷口を抑えている手を脇にやり、着ている装束を捲りあげた。左脇腹から出血していたが、血は止まりかけているようだ。

「火傷か?」

 リーレンが呟く。血を拭うと、そこに皮膚が焼けただれた跡が現れた。表皮がめくれ、赤みを帯びている。

「火で、血を止めました」

 少年が火傷のような痕の説明をした。上目遣いでリーレンを見る。涙目になっていた。

「無理して喋んな」

 リーレンは乱暴に言うと、傷口を覆うように手をかざし「ノウロウ」と唱えた。少年は「うぎゃ!!」と今までで一番大きく叫んだあと、全身が弛緩したように、うずくまった姿のまま手足を地面に投げ出した。

「ユミークはやらねえぞ。この程度なら、ノウロウだけで充分だ」

「……ありがとうございます」

 少年が、大きく息を吐く。先ほどより明らかに安堵している様子だった。リーレンの術のおかげで、脇腹の痛みも随分と和らいだようだ。

「で、おまえはこんなとこで、なにしてやがるんだ」

 リーレンは少年の装束のフードを取り払った。少年の素顔が露わになる。赤茶色の巻き毛がふんわりとのった頭に、色白の肌。褐色の目はくりくりと大きい。鉤鼻の下の薄い唇が、少し震えているようだった。

「あ、あぅ……ぼ、僕は……」

 少年は真っ赤に染まった手で、装束の裾をぎゅっと握った。恐怖に揺れる視線が、地面に向けられる。少しの沈黙。そして、震える手をぎゅっと握り締めると、彼は顔をあげた。

「助けてくれて、ありがとうございました。僕の名前はヴェルチ。……見ての通り、ラヨルの民です。でも、今はみなさんに危害を加えるつもりはありません」

 タスクたちがヴェルチをラヨルの民だと察したように、ヴェルチも三人が、焼暴士とランロイであることを認識している。この場で身分を偽っても意味がないと、ヴェルチは思ったのだった。

「デューザ様の命を受け、共にバリウの焼暴士たちを討伐するべく、ここまでやってきました。……でも僕は、人殺しなんてしたくなかった。バリウに到着する寸前で、僕はやはり躊躇いました。でもデューザ様は、許してくださらなかった。僕は怒ったデューザ様に脇腹を刺され、ここに捨てられました」

 バリウが襲撃される直前のことだった。元々争いを好まないヴェルチは、デューザに、バリウの襲撃を中止しないかと持ちかけてみたのだ。好戦的で、自分より弱いものを殺戮することに快感をおぼえるデューザが、ヴェルチの意見をハイ、そうですかと受け入れるはずはなかった。それどころか、お前のような臆病者は、部下にはいらないと突き放され、次の瞬間、デューザの小刀が、ヴェルチの脇腹に突き刺さっていた。

「てめえは、戦死したと報告しといてやるよ」

 草むらに倒れ伏したヴェルチに、デューザは吐き捨てるようにそう言って、一人でバリウへの道のりを歩き出したという。

「デューザ様が立ち去ったあと、僕は刃を抜き、ノーラの炎で傷口を焼きました。出血したままでは、死んでしまうと思ったからです。でも、傷口からは自分の想像以上の痛みが続き、僕はこの場から動けませんでした。もしもみなさんがここを通らなかったら、明日の朝には僕は骸となっていたかもしれません」

 傷が修復され、痛みも和らいできたヴェルチは、当初よりも幾分元気になったようで、上半身を起こした。

「……変わったことを言うやつだ。ラヨルが、人殺しをしたくないだと?」

 フィルトの声に怒気がはらんでいる。胸ぐらを掴もうと伸ばしかけた腕は、タスクに静止された。

「信じてもらえないのは、百も承知です。僕だって、逆の立場なら、到底信じられない。ラヨルが焼暴士を殺すことを嫌がっているなんて。……でも事実なんです。僕はこの不毛な争いを終わりにしたい。そのためにマユル様の首を討つことが必要なら、僕はそれも厭いません」

 この状況で、ヴェルチの言うことを素直に信じられる度量の持ち主は、存在しなかった。だが、ヴェルチが嘘をついて三人を陥れようとしているようにもみえない。

「おい」

 リーレンがヴェルチに詰め寄った。

「おれはおまえの言葉が真実かどうか確かめる呪文を知っている。試してみるか?」

「かまいません」

 無論、リーレンのはったりであった。ヴェルチは躊躇うことなく即答した。見たところ、ヴェルチは三人の誰よりも若い。そんな彼が巧妙に嘘をつき、三人を騙そうとしているようには、やはり感じられなかった。

 三人は顔を見合わせた。タスクが無言で頷き、ヴェルチに向き直る。

「わかった。……俺たちは君を殺したりしない。だから、早くここから立ち去ってくれ」

 ヴェルチは去ろうとはしなかった。その代わりに彼は立ち上がり、タスクの顔を正面から見据えた。

「僕を、あなたがたの仲間として、使ってくれませんか」


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