第一章⑤
3
陽が沈んだころ、三人の男たちは、村を出発した。
「もう戻って来れないかもしれない故郷の跡地だぜ、もういいのか?」と、リーレンが何度か二人に尋ねたが、二人とも「大丈夫だ」と言い張ったので、夜に発つことにしたのだ。
タスクとフィルトの旅の用意は、デューザの術によって焼き払われてしまった。そのため、手ぶらで出発せざるを得なかったのは、結構な痛手だった。
「おまえらは基本的に服を着ないみたいだから、荷物なんてものがあることに驚きだぜ」
リーレンの軽口はすっかり調子を取り戻していたが、未だ何かとつけてぎこちない二人に、随分と気を遣っているようにも見てとれる。
「オレたちは、性器を隠すための履き物を身につけることしか許されていない」
「言われなくても知ってるよ」
「替えは全部燃えちまったけどな」
そう言ったフィルトの下衣を見ると、先の戦闘で付着した血液や汚れが染み込んだままで、元々の純白とは程遠い色になっていた。タスクも同様だった。
「次の町で調達しよう。金はいくらか手持ちがあるからな。あ、後で返せよ」
村を出た三人が最初に差し掛かったのは、バリウの森だった。木々が鬱蒼と生い茂ったそこは、一旦中に入ると、引き返すか進みきるかしない限り、空を眺めることのできない場所だった。
「なんか、不気味だな」
リーレンがごくりと唾を飲み込んだ。夜ということもあってか、視界はより不明瞭で、数メートル先の通り道は、闇に包まれている。静寂のなかに、森に棲む夜行性の生き物たちの鳴き声が、時折聞こえてくる。風が木々をざわめかせる。
「大丈夫、俺たちは慣れているから」
リーレンを先導するかの如く、前に進み出ながら、タスクが言った。
タスクたちが住んでいた村の名前と、同じ名を冠したこのバリウの森は、村から外界へ出るために、必ず抜けなければならない場所である。そのため、タスクたちは、この森を通り抜ける方法については、熟知していた。たとえそれが暗い夜だったとしても、経路がわかっていれば容易いことだった。そう、森を抜けるだけなら。
「おい、今、なんか声がしなかったか?」
順調に歩みを進めていた三人だったが、リーレンがふいに立ち止まった。不可解なことを言うやつだと、タスクとフィルトは思った。
「こんな夜更けに、オレたち以外に誰かいるってのかよ」
フィルトが冗談めかして言ったが、その声はいつもの調子より低かった。
「ラヨルがまた襲撃に来たっていう可能性もある」
タスクは周囲を見渡してみたが、深い闇の中に何かを見つけられる筈はなかった。
「おれの空耳かもしれねえから、先に進もう。ただし、なんかあったときに対応できるよう、油断はするなよ」
リーレンの言葉に、二人は頷いた。森は、その深さを増していき、木の枝や雑草が無尽に生い茂り、四方に伸び散らかしている。バリウの村人たちは、代々この森を通り抜けられるよう、道を拓いてきたが、人々が踏みならしてきた砂利道は森の奥まで続いているものの、その周囲はまるで未開拓といっても過言ではなかった。そのため、ひとたび道を外れてしまえば、時に迷ってしまうこともある。また、森に生息する動物たちに襲われ、命を落とした村人も少なくはない。村を出て、隣町に行くというだけの行為が、常に危険と隣り合わせであるといえる。
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