第一章④

 2


 タスクが再び目を覚ましたとき、近くからシャベルで土を掘る音がした。一定の間隔で、土を掬い、放り投げる音が聞こえてくる。身体を起こすと、フィルトが一心不乱に身体を動かしている様が、視界に飛び込んできた。

「フィルト!」

 立ち上がる。リーレンが治癒の術をかけてくれたことに重ね、気を失ったように深く眠っていたおかげで、戦闘で負ったダメージは、すっかり治っていた。

「おう、もう大丈夫なのか」

「リーレンのおかげでね」

「オレもだ。後で改めて、リーレンに礼を言わねえとな」

 フィルトは覇気のない声で、そう言った。穴を掘る手を休め、一息つく。額に流れた汗を、腕で拭う。

「なんでこんなことになっちゃったんだろうな」

 続けた言葉が、微かに震えた。フィルトの指す「こんなこと」とは、まさに村の惨状のことだろう。一面が焼け野原になっている。建物や草木、それに人の焼けた匂いが綯交ぜとなって、いまだにあたりを漂っていた。

 焼暴士なら、一寸先の命すらも保証はないと、コトから教わっていた。それなりの覚悟もしていたつもりだった。それなのに何だ、この胸の苦しみは。

 フィルトは、血や土や汗でどろどろになった、自身の心臓の辺りを、手でぎゅっと掴んだ。リーレンのおかげで傷口は塞がったとはいえ、流した分の血液は、まだフィルトの身体に付着したままで、表面が乾燥しはじめ、色が濃くなっていた。

 胸元を掴んだからといって、心の苦しみが取り除かれるわけではない。心臓の鼓動が直接手に伝わってくるだけだ。否応無しに、自分がまだ生を授かっていることを思い知らされる。

「俺も、手伝うよ」

 憔悴した声で、タスクは言った。シャベルはフィルトが持っているものしか、近場には見当たらなかったから、タスクはフィルトが掘った穴に、消し炭のように変わり果てた姿となった、村人たちの遺体を運び入れていくことにした。

 タスクは、遺体の放つひどい悪臭に吐き気を催しながら、それでもなんとか気力を振り絞って、淡々と作業をこなした。その間、穴を掘り続けるフィルトと口をきくことはなかった。遺体を穴に入れると、手作業で土を覆い被せていく。タスクの手によって地中に沈められていくそれは、もはや誰だったのかも認識できない状態だった。

(師匠も、この中に……)

 唇を噛み締める。タスクの脳内に、コトと過ごしたこれまでの想い出が、津波のように蘇ってくる。

 何もできなかった。師匠の最初で最後の弟子として、一人前の焼暴士となった姿を見せてやることも、叶わなかった。たった一人の、ラヨルの民の仕業で。


「タスク」

 フィルトがようやく口を開いたのは、犠牲になった村人たちの埋葬を終えた時だった。すでに陽は傾き、西の方角に沈みかけている。

「今夜、発つぞ」

「ああ」

 二人の育った村は、壊滅した。帰る場所はもう無い。ならば進まねばならない。どんなに辛く、心が打ちひしがれようとも、焼暴士としての責務を全うしなければならない。それが、生き残ったものの宿命だ。

「でも、疲れたな。ずーっと、穴掘ってたからな」

 フィルトの口角が上がったが、その目に表情はなく、行き場のない感情を捨てきれず、無理に自嘲していることが、タスクにもはっきりとわかった。

 小屋の扉が開く。タイミングを見計らったかのように、リーレンが姿を現した。

「終わったか?」

 リーレンの澄んだ水色の目が、タスクとフィルトを捕らえる。そしてあたりを一瞥し、短く息を吐いた。

「パンとスープを温めた。食おうぜ」

 リーレンの言葉を聞いたとき、タスクの腹が鳴った。食べ物などとても喉を通らないだろうと思った瞬間だった。感情が食事をすることを拒んでいるのに、身体は栄養を求めている。不思議な感覚だった。

「いいかおまえら。何があっても、どんなにしんどくても、おれたちは生きるんだ。これから先、おれたちにどんなことが待ち受けているのかなんて、わからねえ。だけど、ラヨルは、絶対におれたちが倒すんだ。これだけは何があっても揺るがない。おれももっと強くなって、おまえらが前線に立てるように頑張る。だからおまえらも、強くなれ」

「当たり前だ!」

 タスクとフィルトの声が重なる。決意という力のこもった、戦士たちの声だった。

「そのためにはまず、飯を食うんだ。食わねえと、精がつかねえからな。……まあ、その前におまえらは、身を清めたほうがいいかもだけどな」

 その時初めて、タスクとフィルトは、自分達の身体が、いかに酷く汚れているかを自覚した。

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