序章③

 2


(……死んで、ない?)

 タスクは自ら目を開いたが、自分が生きていて、再び目を覚ましたことに驚いていた。見覚えのある白い天井がまず視界に入り、次いで身体にふわりとした感触を感じる。タスクは飛び上がるように起きて、自分の身体が動いたことに驚いた。上半身に掛けられていた布団が、はらりと腿の上に落ちる。全身には包帯がぐるぐると巻かれていた。

「生き返ったか!」

 自分の右側から声がして、タスクはそちらを向いた。自分と同じ格好をした青年が、タスクを見て、安堵の表情を浮かべている。二歳年上の兄弟子、フィルトの姿があった。

「無事で良かった。オレがここに運び込んでから、三日寝てたんだぜ」

 フィルトはそう言って、たっぷりとコップに入った水を差し出してきた。タスクはそれを受け取り、喉を鳴らして一気に飲み干す。

「ずーっと寝てるから、やべえんじゃねえかって思ったけどよ、お前の身体はまだあったけえし、心臓に手を当ててみたら、鼓動を感じるし、あ、まだ生きてるなって、様子見てたんだ」

「フィルトが俺を助けてくれたの?」

「ああ。結構探したんだぜ。任務から帰ってこねえからさ。どっかでラヨルの奴らにやられちまってるんじゃねえかってヒヤヒヤしてたら、その通りだもんな。お前が行くと言っていたバリウの森を抜けて、キオヘの谷に着いたら、戦闘痕があったからさ。もしやと思って崖下を覗いたら、お前が血まみれで寝てんだもん、びっくらこいたぜ」

 タスクは、この兄弟子の鋭い観察眼と洞察力に救われたのだ。フィルトはタスクに気負いさせないよう、軽い口調で話したが、戦闘痕を確認し、実際にタスクの姿を見つけたとき、彼はその惨状に狼狽えたのだ。崖の上の抉れた地面や、岩肌に染み付いた血の筋。タスクの身に降りかかった状況を想像しながら、フィルトは岩をつたい、タスクを背負って森を後にしたのだった。

「マユルと闘ったんだ」

「まじか!」

 フィルトの目が驚きに見開かれる。と同時に、彼が目の当たりにした惨状の程度に納得する。

「全然歯が立たなかった。俺、あいつの掌の上で踊らされてたようなもんだ。あいつ、子供みたいなカッコしてさ、涼しい顔で俺の攻撃を避けるんだ。俺、全然強くなれてないよ……」

 タスクは膝を立て、腕を乗せると、その中に顔を埋めた。肩が震え、嗚咽がもれる。マユルに敗北した悔しさが、感情の大半を占めていたが、自分が生きていたことに対する安堵の気持ちも、少しだけ含まれていた。フィルトは何も言わず、大きな掌で、そっとタスクの頭を撫でる。しばらく、タスクの涙が止まることはなかった。

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