序章②

 思えば、生まれて十五年、齢が十になった年から、タスクは仲間たちと戦闘訓練に明け暮れていた。火を操り、人間を滅ぼそうとしてくる種族、「ラヨル」の侵攻から自分たちの身を守り、また、自分たちを害なすラヨルの者たちを討つべく、日々闘い続けること。それが、タスクの世界のすべてだった。

 闇の中に、意識を持っていかれそうな感覚に陥る。目を瞑ってしまえば、そのまま永久に開けることはできないような気がした。タスクは、一層ぎゅっと歯を食いしばった。こめかみに圧がかかり、顎に疲れがたまる。脂汗が額から吹き出し、目に入りそうになる。このまま此処で息絶えてしまうのだろうかと、そんな考えが脳裏をよぎる。体が動かない以上、此処を脱出する術はない。それにこの負傷具合では、仮に歩けたとしても、崖を降りることは、叶わない。

(残り少ない最期の刻、か……)

 タスクは、去り際に、マユルが言い放った言葉を反芻していた。武器をとらず、己の身体のみで闘う以上、傷を負うのは避けられない。タスクの周りの大人たちも、一度戦闘に出れば、身体のどこかしらを負傷して帰ってくるのがザラだった。戦闘経験の浅い自分が、いきなりラヨルの長を前に、敵うはずがなかったのだ。むしろ死ぬ前に、その姿を目の当たりにし、対峙できただけでも運がよかったのかもしれない。


 それからしばらく経って、日が暮れた頃、タスクの意識はついに闇へと引きずり込まれていった。擦過傷はいずれも、深くはなかったが、ただひとつ、マユルの指が抉った傷口からの出血が止まらなかった。じわりじわりと身体から流れ出したそれは、やがてタスクの背中を濡らしていく血だまりとなっていった。むしろそんな状況において、日暮れまで、何時間も意識を保ったタスクの生命力が異常で、とうに事切れてもおかしくない出血量だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る