第13話 危険な香り

 早く夫を探し当てなくては興行ビザが切れてしまう。ソフィアは必死だ。いつまでも日本に滞在出来る訳ではない。


「オリバー早くお父さんを探さないとビザが切れてしまうのよ。どうしたら良い?」


「確か…お父さんは横浜出身なんだろう?でも…はっきりした住所分かるの?」


「嗚呼…最初の頃は手紙も届いたけど最近は、全く分からないの。この手紙の住所当たって見ましょう」


 ある日の休日二人はその手紙に書かれた住所に向かった。電車とバスを乗り継ぎやっとの事探し当てる事が出来たその家は、湘南の海が望める一角にあった。


 極々普通の民家だったが、庭先には夏の象徴可愛いひまわり🌻が咲き誇り二人を出迎えてくれた。

 

 日本に到着して直ぐにでも夫に飛んで会いに来たかったが、不慣れな日本に到着してから色々な手続きや仕事に追われ、やっと時間が取れたのだった。


 早速インターホンを押して見たと、いってもあの時代はインターホンといっても少し違っていた。インターホンに似た呼び鈴には、電気で音が鳴るブザー式の呼び鈴があった。

 ※ブザー式の呼び鈴は高度経済成長期(1954年からの20年あまりの間)に一般家庭に広まった。


 ”ブ―ブ―ブ―ブ―”呼び鈴を押して見た。

すると、60代の女性が顔を出した。


「あの―春夫さんはお見えですか?」


「あなたはどなたですか?」


「私はフィリピンのミンダナオ島で春夫さんと結婚していたソフィアです。この子が春夫さんの息子オリバーです」


「嗚呼…なんと…申し訳ない!春夫は訳あって結婚しました。一度春夫もこの結婚の事で元の家族に未練があり、ミンダナオ島に渡ったのだけれど、元いた場所はもぬけの殻。ダバオ市役所にも問い質したが、行方知れず。それで諦めて結婚しました。本当にごめんなさいね!」


「嗚呼…私たちは敵国日本人と憎まれ恨まれ山奥に逃げて、以前の戸籍を破ぶり捨てたのです。だから…分からなかったのです。ううう( 。゚Д゚。)シクシク」


「ともかく一度春夫に会って話し合いをして下さい。もう結婚してしまったので夫婦には戻れませんが、オリバー君の事だけでもなんとかならないのか…話し合って下さい。本当にごめんなさいね。あのお名前をもう一度聞かせて下さい」


「私はソフィアで息子がオリバーです」


「チョット春夫に電話して見ます」


 居間にある電話機に向かった春夫の母は早速春夫に電話をかけた。


「あっ春夫お前…大変な事だが、フィリピンの奥さんソフィアさんと息子オリバー君が、家にいらっしゃいます。早く帰っておいで!」


 春夫は現在家業のうどん店「田村」を切り盛りしていた。


「嗚呼…さぁさぁ上がって下さい。ワザワザ遠いフィリピンから春夫を頼って来て下さったのですね。春夫が店から戻るまで待って下さい」


 暫く待っていると車のドアを閉める音がした。

 ”バン”

 春夫が店から戻って来た。


 ”ガラガラ”玄関のドアを開ける音がしたかと思うと、慌ててリビングに飛び込んで来て二人を抱きしめた。


「会いたかった。うううっ。・゜・(ノД`)・゜・。」そういうが早いか、元妻ソフィアと息子オリバーに飛び付いて再会を喜んだ。


「私たちもどれだけ辛い思いをした事か、結局フィリピンはアメリカの植民地だったので、日本は憎き敵国で多くのフィリピン人を残酷に殺された恨みがあり、私たちはフィリピン人から恨まれ憎まれ日本人と分かると酷い目に遭うので、戸籍は破って捨てたのです。その為息子オリバーは無国籍となってしまい、公的恩恵を受ける事が出来なくなってしまったのです。あなた、子供たちだけでもなんとかして下さい。お願いです。うううっ。・゜・(ノД`)・゜・。シクシク」


 父春夫は可愛い子供たちの為に考え抜いた。



 ★☆

 実は敵国日本人の子供たちという事で山奥に逃げたソフィア一家だったが、ソフィアはフィリピンのステージ歌手。


 ファンの中には例え日本人妻でも関係ない。ソフィアさえ側に居てくれたら。という熱狂的なファンもいた。


 そんな時ソフィアは山奥で先住民達に匿って貰いながらの生活に耐えられなくなった。


 そこで戦前からのひいき筋の人材派遣会社「レイバ―」経営の30歳も年上の社長に相談したところ、思いも寄らない返事が帰って来た。


「俺は例え君が日本人妻だったとしても関係ない。そんな山奥に隠れていないで僕の妻になりなさい」 


 だが、こんな切羽詰まった状態だ。30歳も年上のチンチクリンのおじいさんなんか!とは思ったが、背に腹は変えられぬ。子供たちの戸籍復活の為にも、OKサインを出してしまった。


 こうして、日本人妻の呪縛から解放されて新天地で年の離れた夫との生活を始めた。

だが、子供たちの姿はここにはない。


 子供達は以前からすれば、十分過ぎる豊かな生活には戻ったが、今尚山奥生活を余儀なくされている。母ソフィアの仕送りのお陰で豊かな生活にありつけた。


 だが、相変わらずの山奥生活は変わらない。当然の事日本人という事で、どんな目に遭うか分からないので、山奥生活となっていた。


 

 ☆★

 だが、二年目の春、夫リッキーは心疾患突然死であの世に旅立った。なんとも呆気ない幕切れだった。


 実は、ソフィアがこんな30歳も年上の社長と結婚したのには訳があった。


 それは子供たちの戸籍復活の為だったが、自分の子供たちがいるので、それだけは絶対に承諾して貰えなかった。


「私の可愛い子供たちをあんな野蛮な血を引く日本人の子供たちと兄妹にはできぬ!」

 

 ソフィアの最大の結婚の目的は子供たちの戸籍復活が何よりもの目的だったのに、同意が得られなかったので頭に来たソフィアは離婚を決意したが。なんと、そんな矢先に夫リッキーは呆気なくあの世に旅立った。


 ★☆

 人材派遣会社 「レイバ―」経営の社長リッキーが亡くなった事で経営権が妻に渡るかと思いきや、まだまだ若い35歳の経営のノウハウも分からない妻ではなく、リッキーの長男が社長に就任した。


 当然後々財産争いにも会社経営にもソフィアとソフィアの優秀な子供たちが絡んで来るので邪魔で仕方ない。


 そこで子供達による辛辣な継母いじめが始まった。


「30も年上のじいさんを色仕掛けで騙したり、野蛮な日本人をけしかけた野蛮な妻。あなたのやることは、野蛮で、ただただ男をたらし込む事だけですね!ハハハ ハハハ」


「お兄さんの言う事は大正解。歌手らしいけどクラブ歌手でしょう?ああいう世界は色仕掛けが最終手段だとお聞きしました事よ。オ―ホホホホ。ソフィアさんの常套手段ですことフフフ フフフ」


 このように小姑たちの辛辣な嫌がらせに耐えきれず。家を飛び出したソフィア。


 だが、追い出しにはそれなりの慰謝料も必要。しっかり二分の一の財産を頂き、さっさと身を引いた。


 結局最後までリッキーは子供たちを戸籍に入れなかった。それなので今尚無国籍状態。

 

 子供たちに戸籍を選ばせる為にも、豊な国日本の戸籍を取得するか、フィリピン人の私の戸籍に入るか、二者選択が必要。


 こうして日本に渡った。


 ★☆

 

 オリバ―はダンスが得意な上トランペット奏者でもある。 美しい容姿と数多くの才能を惜し気もなく披露するオリバーは正しく壇上のスター。たちまち人気者となって行った。


 そんな時に、ある男狂人と言っても過言ではない男に、見いられ付きまとわれ逃げて来た謎の美しい女性がオリバーに話し掛けて来た。年の頃は30代後半から40代前半の美しい大人の女性だった。


「私はとんでもない男に付け狙われスト―カ―被害に遭っているの。助けてくれたならあなたが一番望む物を直ぐにでも差し上げる事が出来てよ!」


(この女性は一体何者?だが、この気品に満ち溢れた風貌から相当地位名誉の備わった政治家?大企業社長夫人?それか……自ら会社を立ち上げている女実業家?どうしたら良い物か?)


「僕はあなたのボディーガードにはなれませんが、あなたを守りたい気持ちだけは誰にも負けません」  


「嗚呼……その気持ちだけで十分よ」


 あの謎の大人の香りを放つ美しい女性は一体誰なのだろうか?


 それからというものオリバーのステージが終わると取り巻きを連れての豪勢な宴が度々行われた。

  あの謎の美しい女性は、きちがいじみた男に付け狙われ見いられ心底疲れ果てていたが、ある時オリバーとその女性がたまたま二人切りだった時に、その二人の時間を見計らったようにその男が我々の前に現れ言った。


「君……その女に近付くと危険だ。その内に私が言った事が理解出来る」


「何を…何を言うの!あなたこそ危険な男。私に近付かないで!」 一体二人の誰が正しい忠告をしてくれたのだろうか?全く分からない。


 ★☆


 ある夜オリバーはステージが終わりクタクタになり、シャワーを浴びてベッドに崩れ込むように深い眠りに付いた。


 深夜甘くて豊潤な香りに誘われ目をうっすらと開けると、あの美しい女性がオリバーのベッドに忍び込もうとしているではないか?


「寝るときにまとうのは、シャネルの香水、N°5だけ」という、実にセンシュアルな想像をかき立てるこの言葉。そうあのモンローの愛した香水の名言。


「あっ!あなたは……?」


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