第7話 中年の男
私は社会人になって何度か、麗香にそっくりの女性に遭遇していた。だが、マイカーで通りすがりに一瞬チラリと見たとか、電車の窓越しだったり、はっきりと見た訳ではなかった。
だが、遂に雑踏の中で麗香そっくりの女性をはっきりこの目で捉える事が出来た。だが、その姿は一瞬で消えてしまった。
あれは本物の麗香だったのか、今も分からない。
そして…それからも何度か私を密かに付け狙う姿なき存在を私は、薄々感じ取っていながら、仕事にかまけてそれを御座なりにしていた。
ひょっとしたら麗香のSOSだったのかも知れない。昔からそうだった。困り果てどうにもならないと私に助けを求める可愛いところがあった。
「へへへ豊助けてお願い!」
(いつもはっきり意思表示していた君が、何故そんなにコソコソするんだい?はっきり目の前に現れ…また昔のようにおどけた顔で「へへへ豊助けてお願い!」ってどうして言えないんだい?」
麗香は犯罪に関わるような大事件にでも巻き込まれてしまったのだろうか?
そうして、誰にも相談出来ずに困り果てて幼い頃の竹馬の友である私に、泣き付いて付け狙って居たのなら非常に有難い話だが、一方で麗香に想像を遥かに超えた災難が降りかかりどうにもならないので、背後霊のように私に張り付いて離れなかったのかも知れない。
私は麗香の事を昔も今も常に真っ先に思い浮かべる最も印象的な存在だ。まさかあの文京区大塚小学校一の美少女麗香が、こんな存在感の無い私を頼りにしていてくれたとは非常に光栄な事だ。
一方で麗香に一体何があったのか、不安で仕方ない。
そこで過去をさかのぼり麗香の不審な点を一つづ潰して行った。
不審な点は幾つかあったにはあったが、小学六年生の麗香の中学受験が二月初旬に行われた日、訳あって送迎を頼まれた事があったが、その後試験が終わって初めて豪邸田所邸にお邪魔した時だ。
麗香は隠しているが、麗香は夏でも長袖の洋服しか着なかった。私はずっと不思議に思っていたが、東京タワーのレストランで麗香の長袖を着なければならない理由、身体には何らかの理由で生傷が絶えないから、夏でも長袖を着ていたのだという事を知った。
そこで一番犯人に近い男、麗香を送り届けた時に会った中年の男を改めて思い出した。
★☆
私が雑踏の中で出会った麗香に瓜二つの女性は、どこか物憂げで、小学校の頃の黒塗り高級車で校門に乗り付けていた御令嬢麗香とは、余りにもかけ離れた貧相で低層階級の女にしか見えなかった。
「世の中には似ている人が三人いる」と言われているので、麗香だったとは言い切れないが……。
はっきりした事は分からないが、何故麗香があんなみすぼらしい姿になってしまったのか?とことん調べる必要がある。
★☆
あれは確か…麗香の私立中学受験の日だった。私はあの日麗香に頼まれ一度だけ麗香の家に行った事があった。
あれは確か…麗香が私立中学受験日専属の運転手が流行り風にかかり、受験の日は送迎が出来なくなってしまい、急きょ私を頼ってくれたのだ。
大企業のご令嬢が何も使用人は幾らでもいるのに、こんな私なんかを頼ってくれた事に恐縮で一杯だった。きっと麗香はいつも身近で見守ってくれている私の事に気付いていて、誰にも頼れない受験の恐怖を、私が一緒に受験会場に付いて来てくれる事で、数百万馬力の力が湧くと考えたのかも知れない。
あの日母の車で一緒に受験会場まで行った事を昨日の事のように思い出す。受験が近づいたある日、麗香が私をじっと見詰めこう言った。
「ねぇ受験の日は運転手が風で行けなくなったの。それで…豊の家で頼めないかと思って……突然こんな厚かましい話断ってくれて全然大丈夫。あっそれから…豊君も付いて来てくれない?」
まぁ無理難題な話だとは思ったが、母なら快く承諾してくれる事は分かっていた。
こうして母の車で後部座席に二人座り、緊張しきりの麗香に微力ながら細やかな応援を送った。
「麗香ちゃんそんなに緊張する事ないさ。私立受験に失敗したら、また僕たちと一緒の都立中学に通えばいいさ。それから…麗香なら絶対受かるさ。それから一つだけ受験する訳じゃないんだから絶対どこかには受かるよ。絶対に!」
「だから豊に付いて来て欲しかったのよ。これで安心して受験に挑めるわ。有り難う」
私立受験といえば、今も昔も親子面接が午後から行われる中学もあるが、面接の無い中学なので正午には受験が終わっていたので迎えに行き麗香の家まで送った。
麗香の家は正に大豪邸だった。
和モダンとは、古来からつたわる和風デザインと、洋風に近い現代的でスタイリッシュなテイストを融合させたデザインのことだ。
あの時代に田所邸はいち早く和モダン建築様式を取り入れていた。やはり日本有数の大企業の社長宅、一際目立つハイカラな建築様式だった。
お手伝いさんに案内され応接室に通された母と私はバカラのグラスや有名絵画にただただ関心させられるばかりだった。
暫くするとお手伝いさんがケ―キと紅茶を運んで来たと、その時後ろを誰かが横切った気がした。
そうなのだ。年の頃は中年に差し掛かった。三十代後半から四十代と言ったところだろうか?
ヒューッと誰かが一瞬通り過ぎた気がした。そこで麗香が着替えて降りて来たので聞いて見た。
「皆さんどうされましたか、そんなに呆気にとられた顔なさって?」
「嗚呼…聞いて良い?あのね?麗香はおじいさんと二人切りだと言ったけど、他に誰か住んでいるでしょう。あのおじさん誰?」
「嗚呼…おじさんの事かしら3日前から遊びに来ているの」
豊は方を撫で下ろした。良かった。あの中年の男がひょっとしたら麗香に乱暴を働いていたのではと一瞬疑った事を恥じた。
だが、その疑いはハッキリ形を変えて?
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