第二十一話 インペリアルトパーズの行方
大問題になった。
ガーゼルド様の報告を受けて皇帝冠をわざわざ儀典官に運ばせた皇帝陛下は、ご自分の執務室で頭を抱えてしまった。
「確かに、これは皇帝冠のトパーズではないな。なんで誰も気が付かなかった」
皇帝冠を運んできた儀典官も部屋にいる大臣達も顔色が無い。それくらいの大問題であるらしい。
皇帝冠を最近使用したのは半年前のヴェリア様の皇太子妃就任式だ。そもそもこの古い皇帝冠は重大な儀式の時にのみご着用になるもので、普段はもっと新しい冠をご使用になる。フレッチャー王国のロズバード王太子をお迎えした時に着用なさっていたあれね。
この半年は宝物庫にずっと仕舞われていたのだ。ならばその半年の内にすり替えられた、と考えられるのだが……。
「そうとも限らぬな。これほど見事なトパーズと入れ替えられていたら、普通は気付かぬ」
つまり、もっと以前に入れ替えられていたかもしれないという事だ。確かに、入れ替えられたトパーズは色合いといいクラリティといい最高級のもので、皇帝冠に飾られても一切違和感を感じない。
「困った事になったな……」
皇帝陛下はそう言いながら私の事をチラッと見た。……これは、多分、私にトパーズの記憶を読んでみろ、という事だと思う。なにしろ皇帝冠の宝石であるし、私は遠慮してまだトパーズの宝石の記憶を読んでいなかったのだ。
ガーゼルド様を見ると、彼も頷いていた。お許しが出たという解釈で良いだろう。私は皇帝冠の正面の上の方というかなり目立つ所に飾られている黄色いトパーズに意識を集中した。
宝石の記憶は時系列順に読めるとは限らない。適当に時間を飛ばして読み取れてしまったりするので。何回か視て整理する必要がある。
トパーズから読み取れた記憶はそれほど古いものとは思えなかった。記憶に出て来た人たちの格好が新しかったからね。詳しくないから多分三十年以内くらいかな? くらい分からなかったけど。
このトパーズはどこか遠い異国で(宝石は大体そうだから珍しい事ではない)掘り出されて、選別され、磨かれて帝国へと運ばれてきた。そして何人か(卸売か仲卸だろうね)の手に渡った後、見覚えのある顔がトパーズを手に取った。
「リュグナ婆ちゃん?」
今より少し若々しいリュグナ婆ちゃんが記憶の中に現れた。婆ちゃんは齢七十近い筈だけど、記憶の中の婆ちゃんはどうやら四十代か五十代くらいに見える。まだ婆ちゃんが商人として現役バリバリの頃だ。
若い頃から目利きで知られた婆ちゃんである。彼女が扱ったのだからこのトパーズの品質はかなり高いのだろう。実際、こうして皇帝冠に嵌っていてもその輝きと透明度の素晴らしさは良く分かる。
ちなみにインペリアルトパーズというのはこの石の様にシェリー酒を思わせる薄橙色を持ったトパーズの事で、大変希少な石である。名前通り古今東西の王族皇族に愛された石らしい。
このインペリアルトパーズはしばらく婆ちゃんの店に(今のような怪しい店ではなく、表通りに店を持っていたらしい)あったようだ。そしてそこに来店した一人の人物がこの石を手に取った……。
……ほっそりとした顔立ちの男性だった。白に近い金髪に、形容し難い真紅の瞳を持った方だったわね。その男性はリュグナ婆ちゃんから石を購入すると……。
そのまま帝宮の宝物庫を訪れた。という事は上位貴族の方なんだろう。そうでないと宝物庫には入れないからね。
そして、工具を使って意外に手際良く、皇帝冠のトパーズとこの石を入れ替えた。宝石は、接着されている事は稀で、普通は金具で止めてあるだけだ。同じくらいの大きさの石であれば、やり方さえ知っていれば比較的簡単に石を入れ替える事が出来る。
そして男性は入れ替えられた皇帝冠のトパーズを握りしめると、皇帝冠に向かって何やら言い残し、去っていった……。
以降は、皇帝冠視点での色んな儀式の様子しか視えなかったわね。恐らくは現陛下の即位式の様子も映ったから、石が入れ替えられたのは現陛下が即位する前のようだった。随分前から入れ替わっていたのだという事になる。
私は長い時間宝石の記憶を視たせいでクラクラする頭と視界を回復させながら記憶の風景を整理した。なんだか変な記憶だった。見た事があるわけないのに、見た事があるような……。
ようやく整理が出来ると、私は皇帝陛下に視えた事についてのお話をした。
そして皇帝冠のトパーズを入れ替えたと思しき人物の人相を聞いた皇帝陛下の顔色が変わる。そして呻く様に仰った。
「……兄上……」
……え? その場の空気が凍り付く。
皇帝陛下のお兄上といば聞いた事がある。サイサージュ殿下。確かもう何年も前にお亡くなりになっていて……。
私がガーゼルド様と結婚するために身分を偽装する際に、その娘を名乗る事になっていた方だ。
その方が皇帝冠のトパーズを入れ替えたという事なのだろうか。確かに赤系の色の瞳は皇族の特徴ではある。ただ、皇太子殿下はラピスラズリ色の瞳な事が示す通り、全員が全員赤い瞳な訳ではないけどね。
「特に兄上の瞳は燃えるような赤だった」
確かに血の色のような赤色だった。宝石ではたとえ用のない色だったわね。
ガーゼルド様も頭が痛そうだ。
「皇兄殿下がトパーズを入れ替えたということは、最低でも十八年前にという事になるな。これまで誰にも気付かれなかったのか……」
違和感のないほど良いトパーズに入れ替わっていた上、滅多に使われない冠だったのが原因だろう。そもそも宝物庫は警戒されていたし、まさか皇族がそんな真似をするなんて想像を絶している。イルメーヤ様でさえ、宝物庫から宝石を借りた時はユリアーナ様かガーゼルド様にその旨を伝えているそうだ。盗難したと疑われないためである。
問題は皇兄殿下がなんでまたそんな事をしたのかという事と、その入れ替えたトパーズは一体どこに行ってしまったのかという事なのだが……。
「十八年以上前ではそう簡単に追跡出来るとは思えぬな」
ガーゼルド様が言う通り、皇兄殿下が'トパーズを入れ替えたのが十八年以上も前では、もしも宝石が売られたのだとしても追跡するのは容易ではない。そもそも、皇兄殿下がトパーズを売ったのだとも限らないしね。
困った事に皇兄殿下が亡くなられていては事情聴取も出来ない。当然だけど亡くなられた後に遺品の整理はされていて、そこからはトパーズが出てこなかったのだろう。……そこまで考えて私は気が付いた。ガーゼルド様に尋ねる。
「皇帝冠のトパーズには何か目印になるような特徴はあるのですか? その、ガラスコーティング以外に」
ガラスで覆われた宝石は、宝石の記憶を持つ者が現れなくなった後も慣習的に造り続けられていたらしいので。高位貴族の所有物の中には比較的頻繁に混ざっているようだ。だからガラスコーティングされたトパーズが即皇帝冠のトパーズとはならない筈である。
何か特徴がなければ追跡は全く不可能になるだろう。文字が刻まれているとか、特徴的なカットが施されているとか。
「そうだな。私も伝え聞く話でしか知らぬが、皇帝冠のトパーズは『内部に火を宿す』らしい」
私はキョトンとしてしまう。
「火ですか?」
「正確にはそう見える内容物なのだろうがな」
宝石には様々な内容物、インクルージョンが封入されているのが普通だ。通常はインクルージョンが少なく透明度が高いものが尊ばれるが、特徴ある色や形状のインクルージョンは珍重される事がある。
「『炎のトパーズ』と言われ初代皇帝が入手して愛した宝石だと言われている。まさにインペリアルトパーズだな」
なるほど。そんな曰くのある伝世の宝石が無くなったとなれば、皇帝陛下が真っ青になるのも分かる。初代皇帝の権威を象徴するような宝物を失う事は皇帝陛下の失態になってしまう。下手をすると皇位の正当性すら問われる問題になりかねない。
当然、皇兄殿下はそれを承知でトパーズを入れ替え炎のトパーズを持ち去ったのだろう。
「……皇兄殿下と皇帝陛下はお仲が悪かったのですか?」
私は小さな声でガーゼルド様に聞いたのだが、返事をしたのは皇帝陛下だった。
「そんな事はない。私は兄上を尊敬していたし、兄上も私を皇帝として認めて下さっていた。その筈だ……」
陛下のお言葉には自分に言い聞かせるような雰囲気があったわね。私は考え込む。
皇兄殿下の動機はとりあえず置くとして、問題は炎のトパーズの行方だ。
宝石には様々な用途があるが。大雑把に言うとそれは「使う」か「贈る」か「売る」に分けられる。つまり宝石で我が身を飾るか、人に贈るか売るのである。
この内、身を飾ったのであれば遺品として遺されただろうから、その可能性は無いと言い切って良いだろう。残りは二つ。売ったか贈ったか。
売ったのであれば追跡出来る可能性はある。炎のトパーズなんて名の付く名品だ。盗品を扱うマーケットでは有名な逸品として扱われている可能性があるからね。
この辺はそれこそリュグナ婆ちゃんか、この間弱みを握ったアドラス男爵辺りに調べて貰えば判明するだろう。遺憾ながら盗品に関わりなく商売をしている宝石商人などいない。多かれ少なかれブラックマーケットと関わりがあるものなのだ。
厄介なのは贈った場合だ。誰に贈ったかも分からないし、その先で売られたり別の誰かに贈られてしまったかもしれない。紛失の可能性だってある。
私は皇帝陛下に問い掛けた。
「皇兄殿下が宝石を贈りそうな相手に心当たりはありませんか?」
すると皇帝陛下はうーむと考え込まれた後、執務室の中の他の者達に退室を命じた。私は驚いた。ここまでもかなり微妙な(私が宝石の記憶を視たしね)極秘のお話をしていたのだ。室内にいた警備の者や役人、大臣、侍従は信用のおける者達だったということだと思うのに。それをあえて外させるのだから、余程の秘密のお話なのだろう。私は緊張する。
残されたのは私とガーゼルド様。三人だけになった広い室内で、それでも皇帝陛下は声を顰めて仰った。
「兄上には愛妾がいた。そしてその女性が子を成したかもしれない、という話はしたな」
そうですね。その子供に私がなりすますと言う荒唐無稽な計画があった筈だ。
「子を成したかどうかは正直分からぬが、兄上が寵愛した女性は実在する。しかしその存在は極秘とされている。理由は分かるな?」
皇位継承争いや遺産相続問題など様々な問題が起こるのを防ぐためだろうね。もしも本当に子供、特に男の子がいるのなら皇位継承順位が複雑な事になりかねない。
子供がいなくても、皇兄殿下の愛妾となれば皇族相当である。特に皇兄殿下にはお妃はおられなかったらしいので、愛妾は事実上の妻であり、疎かに扱えない存在となるだろうね。私がガーゼルド様の愛人と看做されただけでステイタスが爆上がりしてしまったように。
皇兄殿下のご愛妾が極秘扱いになっているのは、そういう存在を皇帝陛下が認めないという事を示している。お愛妾の存在が陛下の権威を下げかねないと危惧しておられるからだろう。
その辺が少し分からない。皇兄殿下は所詮は皇帝陛下ではないし、陛下は前皇帝陛下に後継者に指名されてご即位なさった筈だ。どうも陛下は皇兄殿下に必要以上に気を使い、皇兄殿下のご愛妾を恐れているようにも見える。
通常、皇帝は前皇帝のご長男がなられる。長男がいらっしゃるのにそれを差し置いて次男であった現皇帝陛下が即位なさったのは、皇兄殿下が病弱だったからだと聞いたけど……。
「陛下がご即位なさった事情と何か関係があるのですね?」
私がポロッとこぼすと皇帝陛下が少し嫌そうな顔をした。
「相変わらず鋭いなレルジェ。だが、間違ってはおらぬ。実はな、兄上と私は母親が違うのだ」
それは初耳だ。私も驚いたがガーゼルド様も目が丸くなる。彼も初めて聞いたのだろう。
「それは本当ですか?」
「嘘など吐くものか。私の父、先帝陛下の最初の妃は兄上を産んですぐに亡くなられた。後妻として妃になったのが私とユリアーナの母であるリキアーネだ」
ガーゼルド様が知らなかったのだから貴族界でも全く知られていない事なのだろう。おそらく、先帝陛下の最初のお妃の事は徹底してなかった事にされているのだと思われる。誰あろう……。
「リキアーネ様が隠したのですね?」
「そういう事だ。母上は徹底して先妃であるフィスカーネ様の事を『いなかった事』にしたのだ」
帝宮内部からフィスカーネ様の肖像画を外させるのは序の口で、公的な記録における「二番目の妃」とか「先の妃」という呼称を禁じ、貴族達がフィスカーネ様の名を語る事すら禁じたそうだ。
まぁ、なにしろリキアーネ様はユリアーネ様のお母様だからね。頭の良さと性格の苛烈さは想像出来るわよ。貴族達だって皇妃陛下に逆らったって良い事はない訳だから、その内フィスカーネ様の事はタブーになっちゃったんだろうね。
リキアーネ様はサイサージュ殿下も自分の息子として公平に扱ったらしいけど、フィスカーネ様の事は一切教えなかったそうだ。さすがにサイサージュ殿下が知らなかったという事はなかったと思うけど、ご本人も察したのか、けして実の母の事は口に出さなかったらしい。
で、そういう血筋とは関係なく、健康上の問題で(本当に身体がお弱く、とても皇帝の激務には耐えられないというのが衆目の一致するところだったとか)、当時のカーライル殿下、現皇帝陛下が皇太子になる事が決まったのだけど、もちろんそれは建前で、やはりリキアーネ様が実子を皇帝にしたいと望んだのだろうという。
ただ、リキアーネ様も実はカーライル皇太子殿下が即位する前にお亡くなりになっているのである。なのでその時、カーライル殿下は兄殿下に皇太子の位を譲ろうと相談を持ちかけたのだそうだ。
しかしサイサージュ殿下は笑って「私は皇帝など身体が弱過ぎて無理だ」とお断りになったそうだ。そしてカーライル殿下に「其方こそ皇帝に相応しい」と激励して下さったのだとか。
そのため、皇帝陛下としては皇兄殿下と蟠りがあったと思っておらず、それだけに今回発覚した事件はショックだったようである。
まぁ、サイサージュ殿下の内心は分からないわよね。ただ、お話を伺う範囲では、サイサージュ殿下は皇位には本当に拘りが無かったと思うのよね。身体がお弱いのは本当だったらしいし。皇帝陛下のご様子を見ていると、お二人の仲が悪くなかったのも本当だと思う。だとすると……。私は皇帝陛下に尋ねた。
「サイサージュ殿下がご結婚なさらなかったのは何故ですか?」
私の言葉に皇帝陛下はハーッと長い息を吐いた。
「本当に鋭いな其方は。いきなり核心を突いてくるとは」
「どういうことなのだ?」
少し置いて行かれたガーゼルド様が不満そうに私に言った。
「確かにサイサージュ殿下はご病弱だったかも知れませんけど、それが皇兄殿下がご結婚なさらない理由にはならないでしょう?」
そこまで言えばガーゼルド様なら理解出来る。
「ああ、なるほど。愛妾がいるのなら、別に妃に迎えても良いわけだな」
まぁ、身分差が大きかったとかそういう理由で結婚が難しかった可能性はあるけど、裏技はいくらでもある訳で、病弱で結局は若死にしたサイサージュ殿下なら愛する人とと生きている内に結婚したかったんじゃないかと思うのよね。それが愛妾に止まった理由。それは……。
「サイサージュ殿下がご結婚なさって、男児を得るような事態が起こると、皇位継承に問題が生ずる可能性があるからですね?」
私の言葉に皇帝陛下は本当に苦しそうな顔で頷いた。
「その通りだ」
だとすればその事を決めた人物の事も想像が付くわけである。
「リキアーネ様がそう強要なさったのですね?」
「ああ、母上が兄上に結婚を禁じて、兄上は受け入れた。愛妾との子では庶子となり、皇位継承順位は大幅に下がるからな」
……そこまで先妃の血筋に皇位を継がせたくなかったのか。なんというか、リキアーネ様の女の執念に私はちょっと引いてしまうのだけど、それは私がまだ恋愛も結婚も出産もしていないからなのかしらね。
とにかく、そういう事情でサイサージュ殿下はご結婚なさらなかった。しかし、ご愛妾は存在した。ただ一人愛したお方がいたそうで、サイサージュ殿下はその方をご自分の離宮に入れて事実上の妻として遇したのだそうだ。ただしそれは先帝陛下とリキアーネ様のご意向で極秘とされ、当時も、そして今も知る者は非常に少ないのだとか。
「……その方はご存命なのですか?」
「……ああ」
皇帝陛下は少し悲しそうな声で短く答えた。しかし、私は更に問い掛けざるを得ない。
「私はサイサージュ殿下が、炎のトパーズをその方に送ったのではないかと考えておりますが、陛下はどうお考えですか?」
皇帝陛下はぐっと詰まった後、慎重に口を開いた。
「……ああ、私もその可能性が一番高いと思う」
……皇帝陛下のこの口の重さ。信頼出来る側近にもそのご愛妾の存在を明かせなかった事といい、明らかに尋常では無い。つまり。
「そのお方に会わせて頂けませんか? 何か分かるかも知れません。……どこで幽閉されておられるのですか?」
皇帝陛下は眉間を抑えて俯いた。
「……ガーゼルド。この娘の鋭さは誤れば我が身を滅ぼすぞ。其方がきちんと管理せよ」
ガーゼルド様はなぜか嬉しそうに笑って皇帝陛下にお答えになったわね。
「分かってはおりますが、時折レルジェの考えは私の予想を超えますからな」
◇◇◇
サイサージュ殿下のご愛妾の名前はルレジェンネ様。元は侯爵令嬢で、皇兄の妃として不足のある身分ではないと思うので、やはりリキアーネ様のご意向だけが問題でご結婚なさらなかったのだろう。
彼女はサイサージュ殿下との死別後、帝都郊外に離宮を与えられてそこにお住まいらしい。……と言えば聞こえは良いのだけど、要するにその離宮に幽閉されて外部との接触を断たれているのだ。
いつぞやと同じように私とガーゼルド様は向かい合って馬車に乗り、帝都の城壁を出て街道を車輪のガラガラとした音を聞きながら進んだ。季節は秋で麦畑はまだ種まきをしたばかりで真っ黒だ。馬車の中だから寒いという程ではないけど、私はストールを肩に巻いている。
皇兄のご愛妾を帝都から出して幽閉するなんて、あの快活な性格の皇帝陛下とは思えないご処置だと思う。別に亡くなられた皇兄殿下の正式なお妃でもないご愛妾なら、貴族達への求心力はそれほど高くないと思うのよ。サイサージュ殿下がお亡くなりになったのはリキアーネ様がお亡くなりになった後だから、ルレジェンネ様の幽閉は完全に皇帝陛下のご処置だという事になるだろう。
とにかく皇帝陛下はルレジェンネ様の事について話したがらず、幽閉場所を聞き出すのも苦労する有様で、とても詳しい事情を聞くことが出来る状況ではなかった。ガーゼルド様も出発前に色々調べたらしいのだけど、彼の調査能力をもってしてもほとんど何も分からないくらい、情報の隠滅は徹底していたらしい。
どうも余程の事情がありそうだ。そこに初代皇帝からの伝来品である炎のトパーズの行方が絡む。どう考えても面倒事、厄介事の匂いしかしないというのに、ガーゼルド様はなんでこんなにワクワクした表情をしていらっしゃるのか。
「なかなか複雑な事情がありそうではないか。いくら君でも一筋縄ではいくまい。楽しみだ」
何を楽しみにする事があるんですかね? 宝石が絡まない話で私がお役に立てる事があるとは思えませんよ。私はむしろガーゼルド様の手腕に期待しているのですけど。
馬車は半日ほども進んで、広い堀で囲まれた、尖塔を幾つも持つ巨大なお屋敷へと到着した。屋敷と言うよりお城である。
橋を渡り車寄せでガーゼルド様に手を引かれて馬車を降りると、二十人ほどの使用人と護衛の兵士が出迎えてくれた。さすがは離宮である。
お屋敷の内部もシンプルだが豪華な装飾が施され、廊下には花がたくさん飾られていた。如何にも女性主人のお屋敷らしい。窓からは広い庭も見えたし水堀の水面もきれいだった。非常に良いところよね。そういう意味では皇帝陛下はルレジェンネ様に気を遣っておられる事が分かる。
やがて私達は庭園に面したテラスに通された。私は少し驚く。屋外での面会になるとは思っていなかったのだ。それならばもう少し厚着すべきだったわね。
テラスには白いテーブルが置かれ、ティスタンドにはお菓子が用意されていた。完全にお茶会の雰囲気である。ただ、やはり少し寒く、テーブルに既に着いているその方はドレスの上から緑色の暖かそうな上着を羽織っていたわね。
彼女は私達に気が付くとふっとこちらに顔を向けた。結い上げている青い髪が揺れる。怜悧な顔立ちの女性だった。黄色い視線が私の同じ色の視線と交錯する。そう。ルレジェンネ様の瞳の色は黄色だったのだ。あのインペリアルトパーズと同じ色……。
年齢は五十歳にはなっていないくらいだろうか。皇妃陛下やユリアーナ様と同年代だろう。背はそれほど高くなく、貴族にしては痩せ型。今でも十分にお美しいが、お若い頃は絶世の美女だったのではないだろうか。真珠とサファイヤのネックレスと胸元にルビーのブローチ。結った髪に使われている髪留めにはダイヤモンドが幾つか輝いている。非常に豪奢な格好だけど、別に気張った雰囲気はないのでいつもこういう格好をしていらっしゃるのだろうね。
ルレジェンネ様は私達を見て、ニーっと目を細めた。笑ったのだろうけど、愛嬌より怖さを感じる笑い方だったわね。歓迎というよりは「良い退屈しのぎが来た」くらいに思っているのが見え見えの笑顔だ。
彼女は席を立たなかった。皇族であるガーゼルド様に対して非礼ではあるけど、彼女はここの主で準皇族として扱われている。それにガーゼルド様の事を知らないのかもしれない。しかたなくガーゼルド様と私は並んでルレジェンネ様にご挨拶をしようとした。
しかし、一瞬早くルレジェンネ様が口を開いた。
「皇族の方がお二人。こんな辺鄙な所まで何の御用かしら?」
……ガーゼルド様の事を知らなかった訳ではなかったらしい。ということはあえて非礼を承知で席を立って出迎えなかった。つまり自分は私達の来訪を歓迎していないという事だろう。
そして私の事を皇族と呼んだ。私とガーゼルド様の関係性を見て推察したという事だろうね。同時にこれは皇族であるガーゼルド様を歓迎していないのだから私も歓迎していないという意味もあるのだろう。
どうも一筋縄ではいかなそうね。私はスカートを優雅に広げて一礼した。
「初めましてルレジェンネ様。レルジェと申します。この度は『炎のトパーズ』についてお話を伺いたく参りました」
その瞬間、ルレジェンネ様の眉がピクッと動いたことを、私は見逃さなかったわよ。
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