第二十二話 ルレジェンネ様の難題
「ふーん、それを聞いてどうするつもりなの? 私がそれに応じなければならない理由は?」
ルレジェンネ様はニマニマと笑いながら私に問い掛けた。
「見れば分かる通り、私はここにカーライルのせいで閉じ込められてるのよ? 貴女達が皇帝の命令だと強制して私が素直に聞くと思うのかしら?」
……どうにも厄介なお方のようだ。私はあえて営業用の愛想笑いを全開にして言った。
「私には確信があります。貴女が炎のトパーズの行方を知っているという確信が」
ルレジェンネ様はまたピクッと眉を動かした。私は構わず続ける。
「貴方は皇兄殿下から炎のトパーズを贈られた。そしてそれを何処かに売ったのでしょう? 何処に売ったのか教えて頂けませんか?」
ルレジェンネ様は目を細める。
「何処に何の証拠があってそんな事を言うのですか? そもそも貴女は何者なの?」
「私は皇帝陛下のご依頼で、この件を調べている者です」
嘘ではない。しかし、全てでもない。そんな事はルレジェンネ様にも分かっているだろうね。私とルレジェンネ様は睨み合う。
「……座ってもよろしいですか?」
私は笑顔でルレジェンネ様に着席を要求した。
◇◇◇
席に着いた私は暖かいお茶を口にしてホッと息を吐いた。寒いという程では無いけど、冷える。私が椅子に座るとガーゼルド様は自分のコートを脱いで私の肩から掛けてくれた。
「ガーゼルド様も冷えますでしょう?」
「私は大丈夫だ。鍛えているからな」
彼はニコッと笑って私の手を握ると、そのままルレジェンネ様をチラッと見た。牽制のつもりだろう。次期公爵のガーゼルド様は皇兄殿下の愛妾のルレジェンネ様より身分が上で、彼の婚約者(予定)の私はルレジェンネ様と悪くても同等の身分となる。それを示して牽制したのだ。
ルレジェンネ様は嫌そうな顔をした。この方はさっきから貴族女性にしては表情が豊かである。そういう方なのか、それとも演技なのかは分からないけどね。
「……で、炎のトパーズだったかしら? なんなのそれは?」
ルレジェンネ様は白々しくもそう仰った。私は頷いて簡単な説明をした。
「皇帝冠を飾っていた石です。それを皇兄殿下がすり替えて貴女に贈り、貴女がそれを何処かに売った、と私は考えています」
ルレジェンネ様は眉を顰めたまま首を傾げる。
「知らないわよそんなもの。貴女の何かの勘違いじゃないの?」
「皇兄殿下から宝石を頂いた事は?」
私の質問にルレジェンネ様は鼻白んだような顔になってしまった。
「それはあるわよ。サージェは私に優しかったからね。沢山贈り物はもらったわ」
サイサージュ殿下の愛妾がサージェなのだろう。殊更に皇兄殿下を愛妾で呼ぶことで親密さをアピールしているとも見えるけど、あるいはそう装っているだけかも知れない。
「……では、皇帝陛下から頂いたことは?」
私の質問にその場の空気が硬直した。ガーゼルド様も驚いた顔で私を見詰めている。ルレジェンネ様は目を丸くして私を見ていたけど、すぐに不自然に表情を消してしまう。
「……なんですかそれは。どういう意味ですか」
「皇兄殿下のご愛妾を遇するにしては、この離宮は随分豪華ですね。それに、陛下は貴女の事となるとどうにも口が重そうでした。単純に、兄の愛妾との関係とは思えません」
ルレジェンネ様は私の事を無表情に睨んでいたけど、やがて諦めたように首を振った。
「どこまで知っているの?」
「ほとんど知りません。でもある程度確信はありますよ」
皇帝陛下は皇兄殿下とルレジェンネ様のお話をする時に、信頼出来る側近を外して私達にお話になった。内容的には秘密ではあるだろうけど、宮廷事情に詳しいだろう陛下の側近ならフィスカーネ様の事もルレジェンネ様の事も知っていてもおかしくない。というか知らなければおかしい。
特に陛下の口が重かったルレジェンネ様の事は、皇兄殿下のご存命の頃から陛下にお仕えだった方々ならみんな公的な事情は知っている事だと思う。なので陛下の口を重くしたのは公的な事情が原因ではないのだ。
恐らく私的な事情。皇兄殿下とルレジェンネ様に関わる皇帝陛下の私的な関係を、私やガーゼルド様に知られたくない。今更ほじくり返されたくないという思いが陛下の口を重くしたのだと考えられる。
そしてルレジェンネ様は皇帝陛下の事をカーライルと呼び捨てにした。私的な関係として親密だった証拠だろうと思う。そういう事を勘案すると、どうもルレジェンネ様と皇帝陛下の関係はちょっと公的に明らかにするのは憚られるモノだったように思えるのだ。それでちょっとカマを掛けてみたのである。
「……なかなか勘が良いわね。貴女。そうよ。私とカーライルは私がサージェと出会う前からの知り合いよ。縁談の相手だったの」
ルレジェンネ様のお話だと侯爵家長女だった彼女は、帝室の次男だったカーライル殿下の婚約者候補の一人だったのだそうだ。勿論、沢山候補がいる中の一人だったそうだけど、カーライル殿下はルレジェンネ様の美貌に惚れ込んで、二人の仲はかなり親密だったらしい。
ちなみにその関係で、ルレジェンネ様はカーライル殿下の妹姫であるユリアーネ様とも仲が良く、現皇妃陛下とも現公妃様達とも仲良しだったとの事。
しかし、カーライル殿下とお付き合いしている内にサイサージュ殿下と出会い、サイサージュ殿下もルレジェンネ様に惚れてしまった(もっともこれはルレジェンネ様のお話だという事に注意が必要である)。それでカーライル殿下とサイサージュ殿下の争いになってしまったのだが、結局はカーライル殿下が譲ってルレジェンネ様はサイサージュ殿下のご愛妾になったのだった。
「本当は結婚する筈だったのだけど、あのお義母様がねぇ」
前皇妃であるリキアーネ様がサイサージュ殿下の結婚を禁じたのだった。それでお二人は帝宮の中の離宮で数年間、内縁状態でお暮らしになったのだけど、サイサージュ殿下は十八年前にお亡くなりになってしまう。
「で、その時にカーライルに『愛妾にならないか』って誘われたのよ。でも私は断わった。そうしたらこんな辺鄙な所に飛ばされてしまったというわけよ」
……皇帝陛下としても、昔愛した女性であり、皇兄の愛妾という微妙な関係の女性の取り扱いに困ったのだろうね。いっそのこと自分の愛妾という事にして帝宮に留めておこうという考えはそれほど突飛なものでも無いと思う。帝宮を出て他の貴族と再婚でもされると面倒な事になりかねないからね。
しかし断わられては仕方がなく、帝都を離れたこの離宮に幽閉するしかなかったのだろう。
「こんなに優雅にお暮らしならなんの文句もありませんでしょう。陛下のご厚情に感謝すべきでは?」
「なに言ってるの? 帝都社交界の華と言われた私がこんな所に引き籠もらされているのよ。拷問に近いわ」
亡き皇兄のご愛妾に社交界で自由に動き回られては皇帝陛下も困っただろうね。幽閉はやむを得ない処置だろう。まして……。
「皇兄殿下とお子を為した方を、他の貴族には嫁がせられませんよ。恋愛関係になられるだけでも困るでしょう」
ルレジェンネ様の視線が少し鋭くなった。
「私がサージェと子を為したと? どこでそんな与太話を聞いてきたのかしら?」
「噂で聞いただけでございますよ。もしかして皇兄殿下のお子でなく、皇帝陛下のお子でしたか?」
「レルジェ!」
さすがにガーゼルド様から叱責の言葉が飛んだ。確かにあまりに不敬であり、怒られても仕方がない。しかし、ルレジェンネ様は怒らなかった。私の事をジッと睨んでいる。
「……貴女、一体何者なの? 何を何処まで知っているの?」
「私が知っているのは、皇兄殿下が炎のトパーズを貴女に贈り、貴女が今はもうトパーズを持っていない事だけですよ。ただ……」
本当にそれだけだ。後は推測と憶測に過ぎない。ただ、全くの当てずっぽうでもないけどね。
「皇兄殿下のお子と思しきお方が生まれたタイミングは、皇兄殿下が亡くなった直後か直前というところでございましょう? その時にはもうリキアーネ様はおらず、皇兄殿下とルレジェンネ様との間に生まれたお子を隠す必要はなかった筈」
それなら普通に皇兄殿下の庶子として、皇族は無理でも準皇族として認められて育てられる筈だと思うのだ。それが何故か闇に葬られてしまった。なぜか。
「産まれて皇兄殿下に認知されては困る事情が何かあった。例えば子供の父親が皇兄殿下ではなかった、とか」
相手が皇帝陛下だというのは完全に想像だけど、帝宮内の離宮にお暮らしで、かつて恋人同士だったとすれば、もしかしてそういう不倫関係が成立していてもおかしくはない。何しろ皇兄殿下がお亡くなりになった後にご愛妾にと誘った程なのだから。貴族の間では不倫浮気は珍しくないしね。
ルレジェンネ様はしばらく私を睨んだ後、不意に苦笑なさった。声を殺してクククっと笑って、ちょっとすっきりしたような顔で言った。
「なかなか想像豊かね。レルジェとやら。残念だけど貴女の空想が当たっているかどうか、教えて上げる訳にはいかないわね」
それはそうよね。もしもルレジェンネ様のお子が皇帝陛下の庶子で、そのために闇に葬られたのだとすれはそれは帝室にとって秘中の秘。ルレジェンネ様がうっかり漏らしたら私を含めてこの場のガーゼルド様以外の全員が消されかねない。
ただ、皇帝陛下は私の身分偽装にその闇に葬られた筈のお子を利用することを提案してきた。もしもそのお子が自分の庶子であればそんな提案はしなかったと思うから、皇帝陛下はそう考えていないという事だと思う。
皇兄殿下が生きている内からルレジェンネ様と不倫関係だったのだとすれば、皇帝陛下は皇兄殿下に対してもっと後ろめたい思いを抱いていてもおかしくないと思うのだけど、トパーズの入れ替えにあんなにショックを受けていたところからして、それはなかったんだとも思うのよね。
私があえてルレジェンネ様に対して皇帝陛下との不倫関係を疑ってみせたのは、ルレジェンネ様に対する揺さぶりのようなものだ。彼女が故のない不倫の疑いに激昂してくれれば、本音が漏れ易くならないかと期待したのだけど、残念だがそうはならなかった。彼女は私の疑いを肯定も否定もしなかった。最低でも自分が子供を産んだかどうか位は聞きたかったのだけど。なかなか手強い交渉相手である。
ルレジェンネ様は逆に尋ねてきた。
「私がそのトパーズをサージェから受け取ったという根拠は何かしら?」
これは自明の事だ。
「皇兄殿下には他に宝石を贈る相手はおられませんでしたでしょう?」
「……まぁ、それはそうね」
ルレジェンネ様は不承不承という感じで頷いた。これは彼女としては否定し難いだろうね。事実上の妻として離宮で同居していた自分を差し置いて、皇兄殿下が他の女に宝石を贈ったとはルレジェンネ様の立場では言い難い。
ただ実際、皇兄殿下に他の恋人の話は聞かれなかったそうだけどね。
「男が危険を冒して宝石を手に入れるのは、富を欲した時と女性に贈る時でございます。ならば必ず炎のトパーズはルレジェンネ様に贈られた筈」
「その理屈ならトパーズを手に入れたサージェが売った可能性もあるんじゃないの?」
「金に換えるなら宝物庫にはもっと高価な宝石もございました。わざわざあのトパーズを選んだのは意味があったと思われます。そうですね。ルレジェンネ様の瞳の色はあのトパーズと良く似ていらっしゃる」
相手の瞳の色と同じ宝石を贈るというのは男女間の宝石贈呈の定番である。
「後は皇帝冠に飾られた初代皇帝縁の石でございますから、帝位を象徴していると考えられます。自分がお亡くなりになった後に遺されるルレジェンネ様に、自分の代わりにと贈られるに相応しい石だと思いますね」
亡くなる自分の身代わりに宝石を贈る、というのもよく聞く話である。しかしそのためにわざわざ宝物庫の皇帝冠の宝石を危険を冒して盗み出したのだとすれば、皇兄殿下はルレジェンネ様をよっぽど愛していらっしゃったんだと思えるわね。
私の説明を聞いてルレジェンネ様は呆れた様に首を振った。
「どれもこれも完全に貴女の想像じゃないの。そんな妄想を元にこの私を詰問するつもりなの?」
「では、どれもこれも外れているという事でよろしゅうございましょうか?」
私が言うとルレジェンネ様はムッとした顔で沈黙した。全部外れている。私は皇兄殿下からトパーズを受け取ってなんていない。と言い切るのはルレジェンネ様には難しい事なのだ。
「その事を大女神と皇帝陛下に誓えますか?」
大女神はともかく、皇帝陛下に対してルレジェンネ様は嘘を吐けない。ルレジェンネ様のお立場は極めて微妙なのである。なにしろ彼女は皇帝陛下に幽閉されているんだからね。言うなれば陛下に生殺与奪の権限を握られているようなものなのだ。
まぁ、陛下にルレジェンネ様を暗殺する決断が出来るとも思えないんだけど、事が初代皇帝から伝来した秘宝に関わる事だもの。あんまりルレジェンネ様の態度が不誠実ならば全ての罪を彼女に着せて断罪して口を封じるという事になってもおかしくないのである。
「……趣味が悪いわね」
「皇帝陛下は皇兄殿下のなさりようにショックを受けていらっしゃいましたよ。殿下がお亡くなりになって時間も経ちました。そろそろ良いのではありませんか?」
と、私はここまでは順調にルレジェンネ様を追い詰めていた、と思う。しかしルレジェンネ様は本当に一筋縄では行かないお方だったのである。彼女は私を見ながら不意に目を細めた。
「ねぇ、その炎のトパーズとやらをサージェが私に贈ってくれたとして、それは彼が生きていた頃なんだから十八年以上も前の話よね」
私はちょっと動揺した。表情に僅かに出てしまったと思う。それを見逃すようなルレジェンネ様ではない。彼女はことさら明るい笑顔で言った。
「それなのに今更なんで探し始めたのかしら? それに、もしかして今まで誰も気が付かなかったの?」
……痛い所を突かれたわね。
「こんなに長い時間が経ってしまってはね。もっと早くならともかく、私だってそんなに昔の事は覚えていないわよ。そんなに大事な物ならもっと早くに探しに来なければ」
確かにそれはその通りなのである。十八年以上も放置しておいて、今更大事な物だからと血相を変えても遅いというものだ。ルレジェンネ様が「今更覚えていない」と仰っても責められないだろう。何しろ大昔。私が生まれた頃の話だからね。
しかしながら私はルレジェンネ様が忘れているとは思っていなかった。この方の記憶力と頭の回転は、さっきご自分と皇帝陛下の関係をお話になった時に把握している。覚えていないとは思えない。ましてかつての内縁の夫に贈られた特別な宝石の事である。十八年前の事でも鮮明に覚えているに決まっているのだ。
しかしルレジェンネ様が「忘れてしまった」と言い張った時に「そんな筈はない」と言うには時が経ち過ぎてしまったのも確かだった。合理的な理屈でルレジェンネ様が嘘を吐いていると言い切るのは難しい。このままでは逃げられてしまう。
うぬぬぬぬっと私はルレジェンネ様と睨み合う。しかしルレジェンネ様はやがて、目を細めて思惑ある笑みを見せた。
「そうね。貴女、宝石に詳しいのではない?」
不意に問われて私は目を丸くしてしまった。
「どうしてそう思われました?」
「貴女さっき、宝石の事を『石』って言ったでしょう? サージェは宝石に詳しかったんだけど、彼も宝石の事を石って呼んでいたわ。それでそう思ったのよ」
……確かに、宝石に詳しくない人は宝石の事を石扱いしないかも知れない。しかし私が何回か「石」と言う言葉を使っただけで、私が宝石に明るいと見抜くのは鋭過ぎる気がするけど。
「宝石に詳しい貴女に頼みがあるのよ。聞いてくれない? もしもお願いを聞いてくれたら、私も貴女のいうトパーズの事を真剣に思い出して上げる」
……困ったことを言い出したわよ、この人。そんな風に持ち掛けられては、私としても言下に断る訳にもいかない。こっちの弱みを的確に突かれてしまった。私はこう言うしかない。
「どんなお話でしょう?」
ルレジェンネ様は分かり易くニンマリと勝ち誇った笑みを浮かべた。
◇◇◇
ルレジェンネ様のお願いは奇妙なものだった。
「サージェから最初に贈られた宝石があったのだけど、それがなんという宝石なのかが知りたいのよ」
私は首を傾げざるを得ない。
「宝石を鑑定せよ、という事でよろしいですか?」
「違うわよ。だってその宝石はもう手元にないんだもの」
「は?」
ルレジェンネ様曰く、サイサージュ殿下とお付き合いを始めた頃に頂いた宝石で淡い水色の宝石だったのだそうだ。ブローチだったという。
しかし、ある時サイサージュ殿下に「これはもう君に相応しくないな」と言われて持っていかれてしまったのだという。
サイサージュ殿下に一度頂いた宝石を取り返されるなんて初めての事で驚いたのだそうけど、サイサージュ殿下はどうしても理由は教えて下さらなかったのだそうだ。それでルレジェンネ様は長年気になっているのだという事らしい。
……それは良いのだけど……。
「現物がなければ鑑定出来ませんが」
いくら私でも見もしないで宝石を鑑定する事など出来ない。さすがにそんなの無理難題というものだ。
「そこをなんとかならない? 綺麗な水色で、透明でね。気に入っていたのよ。それでもう一度手に入れたいのよね」
気になったルレジェンネ様は出入りの宝石商人に何度か注文を出して、透明度の高い水色の宝石を頼んだのだけど、ついぞその石に出会えないでいるのだとか。それならばかなりの希少宝石なのだと思われるけど。
「しかし……」
「トパーズの情報、欲しいんでしょう?」
なんとも、性格が悪いにも程があるだろう。足元を見やがって!
と心の中で悪態を吐くぐらいしかやりようがない。この方の性格的に私がこの難題を解かなければ、絶対に炎のトパーズの情報を教えない気だろう。彼女がどこまで何を知っているかも分からないのに、少しでもトパーズの情報を手に入れるには私はルレジェンネ様の課題に挑戦するしかないのである。悪辣な!
私は内心でブリブリと怒りながらも、表面上は微笑んでルレジェンネ様に尋ねた。
「宝石を贈られたのはいつですか?」
「だから、サージェと付き合い始めた頃よ。私はまだ十代だったわ」
若い頃はさぞかしお美しかっただろうね、性格はきっと今と同じで最悪だったに違いないけど。
「その頃、皇帝陛下とは?」
「カーライルとも仲は良かったわよ」
? 少し引っ掛かる言い方だった。先ほどのお話では、最初にルレジェンネ様は当時のカーライル殿下と交際していたというお話だった。それがサイサージュ殿下が横恋慕して、遂にはカーライル殿下が譲ったのだという事だったけど。
「どういう理由で贈られた石なのですか?」
「特に理由はなかったと思うわ。彼が突然持って来て、私の胸の所に飾ってくれたのよ」
そう言って胸元に手をやるルレジェンネ様はさすがに感傷的な表情だったわね。ただ、死に別れた内縁の夫を想って悲嘆に暮れるには長い年月が経ち過ぎたのか、それほど悲しそうな寂しそうな表情には見えなかった。
しかしこれではあまりにも情報が少な過ぎる。私は頭痛すら覚えるほど考え込みながら、ルレジェンネ様に更に尋ねた。
「その宝石の事を他に知っている方は?」
「それはカーライルもフローレンもユリアーナも知っているわよ」
皇帝陛下も皇妃陛下もガーゼルド様のお母様も知っている。つまりルレジェンネ様と昔付き合いのあった方々ならば目にした事があるということだろう。社交の際に身に着けていたということだろうね。それならばそういう皆様から目撃証言を拾った方が早いかも知れない。
「この件について皇帝陛下やユリアーナ様に尋ねても構いませんか?」
「ええ。良いわよ」
……炎のトパーズについて調べに来たつもりなのに、どうしてこうなった。どうも上手く乗せられ運ばれてしまった気がする。しかし、この謎を解かないとルレジェンネ様はトパーズについて何も話してはくれないだろう。そして、どうもこの謎も結局はトパーズの行方に関係するのではないか? という気がするのよね。しかたがない。調べてみよう。
私は最後にルレジェンネ様に尋ねた。
「皇帝陛下、皇妃陛下や、ユリアーネ様や他の方々が、この離宮にいらっしゃる事はあるのですか?」
ルレジェンネ様は小首を傾げて呟くように言った。
「フローレンやユリアーナ達は来るわ。でもカーライルは来た事が無いわね」
◇◇◇
帰りの馬車で私は疲弊してぐったりしていた。どうにも話していて疲れるお人だったわよ。迂闊な事を言えば回り込まれて言質を取られて何をさせられるか分かったものではない。そんな方だったわね。
とりあえずはその「水色の透明な宝石」の謎を解明するしかなさそうだ。帝都に戻ったら各方面に話を聞きにいってどうにか宝石を特定しなければならない。同時に、炎のトパーズについても調べを進めていこう。こちらは極秘事項なのであんまり紛失した話を広める訳にはいかないけど。
私が馬車の座席に身体を預けて放心していると、対面に座っているガーゼルド様が呟いた声が馬車の響きの隙間に聞こえた。
「似ているな」
……独り言のような気もしたけど、何となく気になって私は彼に声を掛けた。
「何がですか?」
「君とルレジェンネ様だ。色々似ていると思わないか?」
? そうですかね? 確かに瞳の色は同じ黄色ですけど、私はあんなに美人ではありませんよ?
「そんな事はない。君は十分に美しい。が、確かに顔立ちはそれほど似てはいないな。しかし、それよりも性格とか、頭の良さ、鋭さだな。君とルレジェンネ様が話しているのを聞いていると、君が二人いるような錯覚を覚えたぞ」
「……私はあんなに性格が悪いですかね?」
「……自覚していなかったのか?」
まぁ、性格が似ている人間なんて珍しくもないしね。私はこの時疲れていたし、他の事で頭がいっぱいで、ガーゼルド様の言った事をすぐに忘れてしまった。
しかしながらこの事は後々、ちょっとした騒ぎの元になる事になる。
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