第二十話 幽霊騒動

「……幽霊ですか?」


 私は困惑した。しかしそんな私にお構いなしに、ユリアーナ様は嫣然と微笑みながら頷いた。


「ええ。幽霊。レルジェは幽霊を見た事は?」


「ございません」


 小さい頃から育った孤児院は古い聖堂だったし、お墓も隣接していたから幽霊の噂は絶えなかったけど、何度肝試しをしても出てきたのは野生動物かイタズラ小僧ばかりだったわね。


「じゃあ良い機会じゃない。お願い出来る?」


 と皇妃陛下が仰る。……別に私は幽霊が見たい訳ではないのですが……。


「レルジェなら謎を解いてくれると思っているわ。頑張ってね」


 とウィグセン公爵夫人が笑う。三十代後半のこの明るい茶色の髪色の公妃様とは以前からの顔見知りだ。ウィグセン公爵家はヴェリア様の実家であるメイーセン侯爵家のご本家なので。


「噂の手並みを楽しみにしておるぞ」


 と黒髪のこちらも三十代後半と思しき婦人が含みある笑みを浮かべる。この方はカルテール公妃殿下である。えー、つまりガーゼルド様の婚約者に決まり掛かっていたセレフィーヌ様のお母上である。セレフィーヌ様は豊満だったが、公妃殿下は細身の方だった。


 手並みと言われても。私は困惑を深める。


「その、私の専門は宝石でございまして、幽霊は管轄外なのでございますが……」


「幽霊が出るのは帝宮の宝物庫だ。ならば其方の管轄であろう?」


 ……無茶振りである。


 しかしながら、ここにいらっしゃるのは皇妃陛下と三公爵家の公妃殿下。帝国女性の頂点におわす方々なのである。逆らえるものではない。私は仕方なく宝物庫の幽霊調査に出向くしかなかった。


 そもそもなんでこんな話になったのか。


 元々幽霊の話はヴェリア様にお供して出向いたお茶会などで聞いてはいた。ご婦人はこういうたわいもない話が好きだからね。


 それによれば、帝宮本館の内宮の奥深くにある宝物庫に幽霊が出るというのである。


 宝物庫といってもかなり大きなお部屋であるらしく、しかも希望すれば高位貴族であれば立ち入りが出来るのだそうだ。色んなものが展示してあって面白く、結構貴族の間では人気らしい。


 実は自家の保有する宝物を他家の皆様に展示するというのは一般的な話である。それによって経済力と美的センスの良さを誇示する狙いがあるのだそうだ。


 社交ではそういう宝物や美術の展覧会というのも一般的なので、特に独身時代(皇太子妃になってからは帝宮からお出にならないので)のヴェリア様にお供してよく見させてもらった。絵とか彫刻とかが多かったけど、たまに高価な宝石を展示している場合もあった。


 ……それが偽物だったりいわく付きの宝石でも黙ってたけどね。私とヴェリア様に迷惑が掛からないなら波風を立てる必要はない。ただ、ヴェリア様にはそういう宝石は褒めないようにアドバイスしたけど。


 なので帝宮の宝物庫には人の出入りが結構あるのだけど、そういう見学に行った皆様の間から流れ出てきた噂話が発端らしい。


 曰く「白い影を見た」「白い影の中に顔が見えた」「誰かの視線を感じる」「白い人影がこっちを見ていた」


 そういう声が重なって、遂には「帝宮の宝物庫には幽霊が出る」という噂になったらしい。


 それだけなら良くある与太話ということで、その内消えるでしょ、と放置すれば良いだけの事なんだけど、問題なのはこの話が皇妃陛下のお耳に入ってしまった事だった。皇妃陛下は好奇心旺盛な方だ。


 お話に興味を示した皇妃陛下はお茶会にやってきたユリアーナ様、ウィグセン公妃殿下、カルテール公妃殿下にこのお話をしたらしい。三人とも俄然お話に興味を示したそうだ。皆さんひま……、いえ、好奇心旺盛なんですね。


 で、ユリアーナ様が「レルジェに見に行かせましょう」と仰ったそうだ。……なんで私が引っ張り出されるのか。しかしユリアーナ様のご意見に皆様賛同なさって、それで私が呼び出されたという訳だった。……権力乱用にも程がある。


 というわけで、私は仕方なく帝宮の宝物庫に向かったのだった。もちろん、こんな面白いお話にあの方が付いて来ない訳がない。


「宝物庫はこっちだ。レルジェ」


 ガーゼルド様は優しく私の手を引いて下さりながら笑顔を浮かべていた。……確かに、私は帝宮の事にも宝物庫の事にも詳しくない。道案内はいた方が良いだろう。


 でも、それは一人で良いと思うのよね。


「レルジェ義姉様は宝物庫に行ったことがないの?」


 イルメーヤ様がサファイヤ色の瞳を輝かせながら言った。


「もちろんありません。機会が無かったですから」


「お兄様ならデートがてら一回くらい案内していると思ったのに。意外ね。大丈夫よ。私はしょちゅうお邪魔してるから」


 イルメーヤ様は得意そうに言った。私はそれで気が付く。


「ああ、それで最初にお会いした時、秘宝であるルビーのブローチを着けてらしたんですね?」


 イルメーヤ様の微笑みが少しだけ固まった。


「……レルジェ義姉様。それは内緒にしておいて。大丈夫。ちゃんと返したから」


 どうやらイルメーヤ様は宝物庫にお邪魔して、勝手に宝石を持ち出しては楽しんでいるようだ。まぁ、帝宮の宝物庫の財宝は、帝室のものではなく、帝国の国家財産であり、皇族であるイルメーヤ様にも使用する権限はあるかも知れないから、ギリギリセーフだという事にしておこう。


 宝物庫は防犯上の観点から内宮がある建物の二階の一番奥にあった。内宮は両陛下の居住区だけど、社交や接待用の部屋や設備が幾つか整えられている。そういう施設には上位貴族なら許可を得れば入る事が出来るのだ。もちろん、許可を頂けるのは大変な名誉とされる。


 宝物庫の入り口には騎士が四人も立っているけど、ガーゼルド様がいれば片手を上げただけでフリーパスだ。私の事も咎められる事はなかった。ちなみにここをお守りしている騎士団は帝国騎士団の方々で、ガーゼルド様とは所属が違うそうだ。


 私の身長の二倍はある、白くて大きくて分厚い扉を開くと、中は結構明るかった。天井付近に明かり取りの大きな窓があるからで、これなら幾つも下がっているシャンデリアに灯を入れてもらう必要はさなそうだ。窓には鉄格子が嵌まっているのが見えたわね。


 白い大理石の床。白い壁紙と、基本的には装飾が少なく素っ気ない内装の部屋だった。その代わりに壁には大小様々な絵が立派な額に納まって飾ってあったわね。広さは広い、というか、大広間が何部屋も連結しているようで、ぱっと見ではどれくらいの広さかも良く分からない。


 絵だけではなく、彫像や家具やなにやらよく分からないものまで結構雑然と置かれている。それが入り口からずーっと続いて、そのまま次の間でも続いている。私が少し驚いているというか呆れていると、ガーゼルド様が笑って仰った。


「何しろ、帝国千年の財宝だからな。全部見ようと思ったら何ヶ月も掛る」


 ……それはまた。私たち三人は扉を閉めてもらってから、ゆっくりと室内に足を踏み入れた。


 壁に掛っている絵は、古今東西の名画であるそうで、歴代の皇帝陛下や皇族の方で芸術に造詣が深い方が、集めたり描かせたりしたものなのだそうだ。風景画や宗教画も多かったけど、立派な装束の方々、昔の皇族の皆様の肖像画が多いのはそのためだろう。


 彫像は、最近の芸術家の物よりも古代の遺跡から掘り出してきた物が多いそうで、素材は大理石や青銅など様々。題材も騎士の像や動物。あるいは男女の裸体像なども多かったわね。帝国の昔の物も多かったけど、どう見ても異文化の物も多くて、ガーゼルド様曰く海外から献上された品も少なくないそうだ。


 他には布もかなり多かった。美しい絹で出来た異国のドレスや小物。立派な絨毯。タペストリーなど。昔の石造りのお城は寒かったので、壁を絨毯やタペストリーで覆ったのだそうで、ここに飾られているものの幾つかは実際に昔の帝宮を飾っていたものだそうだ。


 そして宝石を含む細工物である。それは入り口から少し行った先の部屋にまとめられて台の上に並べられていた。結構無造作に置かれていたわね。これなら確かに持ち出し放題だ。


「もちろん、皇族の立ち会いがなければ、高位貴族といえどここには立ち入り出来ぬし、その際は騎士や侍女、侍従がしっかり見張る事になっているぞ」


 でもその皇族様がくすねているのでは意味ないわよね。


 まぁ実際、イルメーヤ様の目が輝くのも分かるようなコレクションだった。見たこともないような大きさのダイヤの原石。手のひらサイズの澄んだエメラルド。大きなイエローダイヤモンドを何十個も連ねたネックレス。優美なデザインに大粒ダイヤとブルーダイヤを配した指輪。様々な色の真珠を何百個も使ったティアラ……。


 そういえば皇太子殿下がヴェリア様の婚礼衣装のティアラ用に用意したブルーダイヤはここから持って来たものだったわね。あんな凄いダイヤをハートにカットし直すのはもったいないと思ったんだけど、なるほどここにはあのくらいの石はゴロゴロしている感じだ。さすがに凄い。皇族の権威と帝国の豊かさを如実に示す凄まじいコレクションだ。


 ……なんだけど、私はしばらく見ていたら気持ち悪くなってきた。


 だって来歴がどれもエグいんだもの。


 以前にエベロン大王のルビーの件で、ガーゼルド様が「敵の首を討ち落として得た宝石など珍しくもない」


 と仰っていたんだけど、あれは完全に事実だった。とにかく、立派な宝石になればなるほど来歴が血生臭くて酷かった。


 敵の首を斬り落として得たなんて話は序の口で、酷いのになるとそうやって得た宝石を争って味方で殺し合った挙げ句に全員が死んでしまい、それを拾い上げた者が皇帝陛下に献上した、なんてものもあった。


 短期的ではなく宝石のために何度も争いが起き、殺し合いが起き、屋敷は燃え隊商は襲われ船は沈み、波瀾万丈の旅を終えてこの部屋にようやく落ち着いた宝石も珍しくなかった。


 ……私は中堅宝石商人であるロバートさんのお店で働いていたから、超特級品というような宝石は、実は扱った事はなかった。それでも良い宝石は盗品である場合も多かったけどね。しかし、歴史に残るような宝石はそれどころではなかった訳だ。素晴らし過ぎる宝石の輝きは人を狂わせるのだろうか。


 ちなみに、ヴェリア様のティアラのブルーダイヤには血生臭い来歴はなかった。あれは多分、皇太子殿下がヴェリア様に送るに相応しい石を来歴まで確かめて選んだからだろうと思われる。愛されているなぁヴェリア様。


 私が宝石の来歴にうげーっとなっていると、ガーゼルド様がさり気なく私の肩を掴んで宝石から視線を外させてくれた。相変わらず私の事をよく見ている方だ。


「……すみません」


「よい。で、どうだ。幽霊については何か分かったか?」


 私は肩をすくめるしかなかった。


「なにも。見当も付きません」


「ふむ。収穫無しでは帰れまい。何か思い付かぬのか? 何でもいい」


 確かに無収穫で帰ったら、ユリアーナ様が馬鹿にしたようにフフンと笑うことだろうね。まぁ、最初から幽霊には詳しくない私を送り込むのが間違いではあるんだけど。


「質問を変えよう。幽霊の正体、といえば何を思い浮かべるね?」


「幽霊の正体? 本物であるという可能性を除いてですか?」


「君は幽霊が本当にいるとでも?」


「いいえ」


 確かに、幽霊の実在の可能性をここで考えても仕方がない。それは無いものとして考えた方が良い。うーん。そうね。


「まず、悪戯ですね」


 子供の頃、孤児院で起こった幽霊騒ぎはほとんどが子供による悪戯だった。トイレに行く小さい子供を年嵩の子供がシーツを被ったり、後ろから脅かしたりするのである。


 貴族の中にもそういう悪戯心溢れる方はいると思うのよね。


「しかし。目撃者は複数いるし、宝物庫の出入りは厳重に管理されている。見学に訪れた者の中に毎回のように悪戯者が紛れていると考えるのは無理があるな」


 確かにね。警備と監視のために同行する侍女や侍従、それに騎士の中に悪戯好きの不心得者が混じっていたと考えられ無くはないけども、同行者は当番制で毎回同じ物が付く訳ではないのだそうだ。


「後は、見間違いですね」


「ふむ」


 侍女か何かを見間違えた。光の反射を見間違えた。彫像を見間違えた。その辺りの可能性も高い。しかし今回はかなりの期間に渡って何人もの人が目撃している。全員が揃って「見間違い」を起こすというのはちょっと考え難くはある。


 目撃者に共通した証言は「白い影」「白い姿」だったらしい。ガーゼルド様が事前に調べて下さった限りでは、目撃場所はこの宝石置き場周辺だという。ふーむ。


「とすれば、ここで見間違うような何かが起こっている、という事になりましょうか?」


「そうだな。長期に渡って何人もが目撃しているという事は、再現性があるのだという事になるだろう」


 再現性があるね。しかも、その白い影は一瞬か、長くても数秒で消えてしまい、その後は出現しないのだ。この事から読み取れる事は、何かしらのトリガー、きっかけがあるという事だろう。ある条件が揃わないと白い影は発生しないのだ。問題はそれが何かという事なのだけど。


 ……私にはそこまでくらいしか分からないのよね。宝石の記憶を気持ち悪さに耐えながら辿って視たけれど、手掛かりになりそうな事は何も視えなかった。分かったのは、ここにある宝石にはほとんど誰も手を触れていないことだった。宝石に「記憶」が生じるには、宝石に触れて魔力を吸われないといけない。


 宝物に残っている最後の記憶は、宝石がここに安置された時の記憶で、それ以外はごく希にここを訪れた人がこわごわ触るか、皇族のどなたか(かなりの割合でイルメーヤ様だった)が持ち出した時の記憶しか残っていなかった。これでは幽霊の正体の手掛かりにはならないわよね。


 宝石の記憶が視えなければ私は役立たずだ。皆さん何か勘違いしているわよ。宝石に関わらない事件の捜査に私を駆り出すなんてミスマッチも良いところだ。ユリアーナ様も意地悪をして、私を専門外の事をやらせて困らせたかったのかしらね……。


 ……うん? ちょっと引っ掛かった。


 確かにユリアーナ様は私と確執があるけれど、私に無理難題を言い付けて困らせるというのは、ちょっとあの人の流儀に反する気がする。


 ユリアーナ様はこの間の披露宴で私を総ガラス製のアクセサリーでまんまと欺いたのだけれど、あの方の性格上、私を騙すならあんな感じであえて私の得意分野である宝石に関しての話題で騙そうとすると思うのよね。


 なのでユリアーナ様が私を困らせようとしてこの件を押し付けて来たのだとすると、この件は宝石に絡むことでなければおかしいと思うのだ。


 もちろん、それはこの幽霊騒ぎをユリアーナ様が仕組んだ、そこまで行かなくてもからくりを知っているという事が前提になるわけだけどね。でも、皇妃陛下からお話を聞いたユリアーナ様が即決で私にやらせようと決めたというのが引っ掛かる。あの方なら全てをご承知で私に振ってきたのだとしてもおかしくない。


 私はもう一度ずらっと並ぶ宝石を見た。今度は記憶ではなく、宝石そのものを一つずつ見て行く。記憶を視なければ気持ち悪くないからね。いずれ劣らぬ素晴らしいキラキラ輝く宝石を睨んでいると目が痛くなってくるけどね。リュグナ婆ちゃんの店が暗いのは鑑定をし難くするためと、長年宝石を見過ぎたせいで婆ちゃんが目を傷めているからだと聞いた。


 ……輝き。反射。私は気が付く。そう。あそこに窓があるでしょう? そのからの光がそこに当たって……。


「どうしたのだ。何か気が付いたのか?」


 私の目付きが変わった事を敏感に察したガーゼルド様が私の視線を辿ってテーブルの端に置いてある宝石に目をやる。


「ふむ。クラリティの高いダイヤモンドだな」


「あのダイヤモンドに光が当たると、多分」


「え? なになに? このダイヤがなんなの?」


 と私とガーゼルド様が何やら始めたのを聞き付けたイルメーヤ様が、その不自然にテーブルの端に寄せられているダイヤモンドを手に取ろうとした。私は慌てて言う。


「触らないで! それはきっと意味があってそこに置いてあるのです!」


 イルメーヤ様は慌てて飛び退いた。そうして私達が見ている間に、日差しは伸びて、遂にダイヤモンドに差し込んだ。


「お! 光り出したぞ」


 ガーゼルド様がワクワクしたように呟く。大きなダイヤモンドは太陽を浴びて輝きだした。すると、そのダイヤモンドから鋭い光の筋が伸び始めたのである。


「なにあれ?」


 イルメーヤ様が首を傾げる。私は光を追いながら無意識に説明した。


「ダイヤモンドのブリリアントカットは、本来内部に入った光が精密に反射して輝きを増す計算されたカットなのですが、たまに失敗してああいう風に光の漏れが発生する事があるのです」


 特にあの石はかなり古い石で、カットの仕方も昔風だ。今のように精密なカッティングになっていないのだろう。それで光漏れが発生しているのだ。


 いや、普通の光漏れならあのように光が集中して伸びることはないから、なにかしらの目的であのようにカッティングされた可能性もあるかもね。宝石の記憶に何かの儀式のようなシーンが映るから、それのために特別に光を一定方向に放出する加工がされているのかも。


 光は少しずつ伸びると今度は違う宝石に当たって反射を増して方向を変えた。透明な水晶だ。水晶も光を強く屈曲して違う方向に曲げる性質を持っている。


 そんな風に光は幾つかの宝石を経由して反射、増幅を繰り返した挙げ句、最終的には宝石エリアを通過して光は伸びて、壁に掛っていた小さな鏡に当たった。そしてそれが反射して……。


「あら!?」


 イーメリア様が驚きの声を上げた。鏡に反射した光は壁に当たり、白く濃い影を造ったのだ。途中で色のある宝石を通過したからか、ぼんやりと白い影で、しかもよく見ると……。


「顔が見えるな」


 そう。白い影の中に人の顔のようなものが見えたのだ。これは……。


「あの鏡のせいですね」


「鏡の?」


「ええ。あの鏡は多分、古い金属鏡です。金属鏡の中には魔鏡と言って、光を反射すると描かれた絵を映し出すものがあるのです」


 前に、古い鏡の装飾を修繕するように頼まれた時に、そのような鏡があったのだ。神様の像を映せるようにして儀式などに使う例が昔はあったらしい。最近はガラスの鏡ばかりになって金属鏡自体を滅多に見ないけどね。


 白い光の中に浮かぶ顔。なるほど。これは幽霊に見間違えてもおかしくないわね。


 しかし最初のダイヤモンドに光が届かなくなると、光の繋がりはなくなり、白い影はフッと消えてしまった。ほんの数分の出来事だった。ガーゼルド様は感心したように仰った。


「ほほう。なるほど。そういう仕掛けか、よく気が付いたなレルジェ」


「偶然ですよ。丁度いい時間にここに来なければ、今の光景は見られませんでした」


「なるほど。君をこの時間にここに来るように仕向けた者が、怪しいということだな」


 ガーゼルド様には悪戯の犯人が誰かまで分かってしまっただろうね。まぁ、自分のお母様を「悪戯で帝宮を騒がした」として逮捕する訳にはいかないだろうけど。それに犯人はユリアーナ様だけではないしね。


「イルメーヤ様」


 私の言葉にイルメーヤ様は首を傾げる。さっき見た光の連鎖に興味を持ったらしく、しきりに他の宝石に日差しを当てては色々試していたところだった。


「そこの、光が途中で通過した蛍石の指輪をイルメーヤ様はしばらく使っていましたね?」


「へ? ええ。そうね。その、借りていたわ。うん。確かに」


 宝石の記憶で結構長いこと使っていた事が分かる。そしてその指輪を戻してから、幽霊騒ぎは恐らく始まったのである。


「どういうことだ?」


「あの仕掛けは、イルメーヤ様がその指輪を戻すまでは発動しなかったのです。指輪の方向が変わっていて、光が繋がらなくなっていたんですよ」


 それが、イルメーヤ様が指輪を借り、戻す時に偶然光の繋がりが生じるような角度で戻してしまった。それでこの半年ばかり、幽霊を見る見学者が出始めてしまったのである。


「じゃぁ、イルメーヤが悪いのか」


「え、私のせい?」


 仲良し兄妹が同時に仰ったが、話はそう簡単ではない。


「ですが、最初にこのように宝石が反射するように配置した方がいたのです。彼女はわざと幽霊のように白い影と顔が映るようにして、当時も帝宮で幽霊騒ぎを起こしたのですよ」


 その人物こそ、お二人のお母様であるユリアーナ様だ。宝石の記憶を見るにつけまだ若い、十代くらいの事だったらしい。本当に一瞬しか映らなかったんだけど、あの悪戯っぽいピンクの瞳は間違いないだろう。


 で、騒ぎが大きくなってしまって、ユリアーナ様は蛍石の指輪の角度をずらすことで当時の幽霊騒動を終わらせた。それを偶然イルメーヤ様が復活させてしまったという訳だった。


 私は再び蛍石の指輪の方向を変えた。


「これで幽霊騒ぎは終わりますよ」


「ふむ、勿体ないな。そのままにしておけば良いのではないか?」


「ユリアーナ様が私をここに送り込んだ理由は、こうしろという意味だと思いますよ」


 腹立たしいけど、ユリアーナ様だけでなく他のお三方もそういう意向らしいからね。事によったらこの仕掛けは、若かりし頃の皇妃陛下と三人の公妃殿下の共同の悪戯だったのかもしれない。


「ふむ。確かにそれが無難か。しかしこれで母上も、君の洞察力の素晴らしさをまた知る事になるだろうな」


「どうでしょうね」


 ユリアーナ様なら、この程度見抜いて当然と言うかも知れないしね。


 私達は他に変な事がないかを確認してから、戻る事にした。まぁ、仕掛けは多分あれ一つでしょう。そう思いながら私は宝石を確認して行く。あんまり宝石の記憶は見ないようにしながらね。


 一番奥に、この間の結婚式の後の任命式でヴェリア様が被っていた古い皇太子妃冠があった。周りには皇帝冠、皇妃冠、皇太子冠が並んで置いてあったわね。普段はここにあって、儀式の時は儀典省の官僚がこれを持っていくのだろう。


 金の冠に色とりどりの宝石が輝いているが、そのどれもがガラスコーティングである。大昔の宝石の記憶を読む事が出来る能力者を警戒して、全ての宝石をガラスで覆ったものらしい。確かに皇帝陛下のお考えが丸見えになっても困るものね……。


 と、思いながら私が皇帝冠を見ていた時だった。あれ……?


 私は思わず硬直した。そんな様子をガーゼルド様が見逃す筈もなく、彼は不審げに声を掛けてきた。


「どうした? レルジェ?」


 私は首を傾げながら、皇帝冠の一番上。そこに輝くインペリアルトパーズを指さす。


「皇帝冠のあのトパーズのみ、ガラスコーティングがされてませんね」


 私としては「へー、一個だけ忘れたか、交換したかしたのね」くらいの軽い気分で指摘しただけだったのだ。しかしガーゼルド様は顔色を変えた。


「な、なんだと?」


 ガーゼルド様も宝石の記憶は見えなくても魔力の有無は分かる。むき出しの宝石かガラスコーティングかそうでないかは一目で分かるだろう。彼は黄色いトパーズ、私の瞳と同じ色の宝石をなぜか厳しい視線で睨んでいたが、やがて深刻なお顔でこう言った。


「レルジェ。もしかしたらこれは、幽霊どころではない問題になるかも知れない」


 ……え?


――――――――――――

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