第十八話 帝宮での披露宴(後)
グラメール公爵殿下も公妃殿下も、びっくりするほどフレンドリーだったわね。ただし、貴族なんて表面上の態度と考えている事が違うなんて普通の事だ。態度に騙されてはならない。
ちなみに、公爵ご夫妻はもちろん多量の宝石を身に付けていらっしゃったが、なんとその殆どがガラスで被われていた。なんでも新しくわざわざ造らせたのだという事だった。
「息子の嫁に秘密がダダ漏れになったら困るからな」
との事だった。そんな事をしなくても、私は読まれたくない方の石の記憶を視たりはしませんよ。ヴェリア様の宝飾品を扱う時も、ヴェリア様のプライベートを侵さないように気を付けてはいる。
私は椅子に座らされ、正面の椅子には公爵ご夫妻。そしてガーゼルド様は私の隣の椅子に座った。
公爵殿下は私の事をジーッと見詰めて言った。
「ふむ。品があるな。よく教育されている。男爵令嬢ではなかったのか?」
「教育を受けましたので」
ブレゲ伯爵の所でもだけど、ヴェリア様のお側にお仕えしてからも、侍女長のハーメイムさんから細々注意されてお作法を直していったのだ。私がガーゼルド様と仲良くなってからは、より一層ハーメイムさんの教育に熱が入った気がする。
おかげで確かに私の立ち振る舞い、所作は侍女仲間に褒められるくらいになっている。ヴェリア様の侍女はみんな貴族の子女だから、お作法にはうるさいのだ。彼女達が認めてくれているのだから、私のお作法はかなり上達しているのだろう。
公妃殿下はユリアーナ様というお名前で、溌剌とした雰囲気を持つ美人だった。ピンク色の瞳が好奇心旺盛に輝いてさっきから私をジーッと見詰めている。
「ね、宝石商人というのはどんな事をするの? アクセサリーを作ったりもするのかしら?」
ユリアーナ様はワクワクしたようなお声で仰った。この方は皇帝陛下の妹姫で、生粋の皇族だ。それだけに平民や下位貴族の生活や商売の事を知らず、興味があるのだろう。
「いえ、制作は職人が行います。商人はデザインや修理はしますけど、基本的には売るだけです」
高位貴族の場合、デザインからオーダーしてアクセサリーを作らせる事はあるのだけど、基本的には宝飾品のデザインは宝石店の店主か専属のデザイナーが行う。
宝石商人の資質の一つはこのデザイン能力で、私の働いていたお店のロバートさんはそれが非常に優れていた。その分他の所が抜けていたんだけどね。私は五年間彼のデザインを見て参考にして勉強してきたので、それなりにデザインは出来る。
「なら、これから先はレルジェにアクセサリーのデザインを頼めるのね」
とユリアーナ様は恐ろしい事を言っていた。ちょ、ちょっと待って、私は確かにデザインは出来るけど、いくらなんでも公妃殿下のアクセサリーをデザインする自信はありませんよ。ま、まぁその時はロバートさんに手伝って貰えばいいか……。
というか、ユリアーナ様は明らかに私との関係に前のめりだった。しきりに声を掛け楽しそうに笑っている。どう考えてもまだ婚約もしていない息子の恋人に対する態度ではない。どういうことなのか。
私はロバートさんのお店で働いている時から、そしてヴェリア様のところにお仕えし始めてからも、様々な貴族の家の内情を見てきた。そしてその家も、家族の関係が希薄である事が多かったのだ。
貴族の家では、食事とかお茶とか、何か用がある時以外は家族はそれぞれの自室に別れて好き勝手に暮らしているのだ。これが平民なら狭い家で四六時中顔を付き合わせて暮らす。
ヴェリア様のご実家であるメイーセン侯爵家でもそうで、ヴェリア様がお父様である侯爵閣下とお過ごしになるのは夕食の時だけだった。それでいてお二人の関係は悪くはなかったのだ。
子育てもほとんど乳母がするもので、エルフィン様とリムネル様がお屋敷でご一緒に過ごされる事もほとんど見た事がなかったくらいだ。貴族の親子関係としてはあれで普通らしい。
そういう貴族の家の関係からして、いくら息子の嫁候補とはいえ、椅子をわざわざ寄せて、膝を付き合わせるような勢いで私に接近してくユリアーナ様はおかしいと思う。私がちょっと引いてると、ガーゼルド様が助け舟を出してくれた。
「母上。レルジェが怖がっている」
「あら、ごめんなさい! ちょっと興奮し過ぎちゃったわね」
ユリアーナ様はコロコロと笑った。本心からの笑顔に見えたわね。
「ガーゼルドもイルメーヤも、それにお兄様も貴女を褒めるものだから、どんな女性かとても気になっていたのよ。とってもお淑やかなお嬢さんね!」
……少し引っ掛かった。その言い方だと私はお淑やかなお嬢さんではない、とユリアーナ様は思っていたという事にならないだろうか。
ユリアーナ様が私の噂を聞いた相手はガーゼルド様かイルメーヤ様か両陛下だろう。この皆様の前で私が「お淑やかでない」ところを見せた事があっただろうか?
まぁ、ガーゼルド様の前では結構バケの皮が剥がれるような事をやっている気もするけど、その他の方の前で何かしたかしら? 宝石の鑑定くらいしかしていないと思うけど……。
そう思ってユリアーナ様の装いを見る。赤茶色に染められたシルクの落ち着いたドレスに、首元には大きなエメラルドと思しきネックレス。大石の周辺は多分ダイヤモンドと思われる石に囲まれている。水晶と思きブレスレット。紫色の石のブローチ。ドレスの各所に真珠。耳にはオパールと思われるイヤリング。髪飾りはシルバーで、多分琥珀の大石が飾られている。後は指輪がいくつか。
私にしては不確かな観察になってしまうのは、石が全部ガラスでコーティングされているからだ。公爵殿下の身に付けているものにはいくつか石が露出しているものもあったけど、ユリアーナ様は徹底していたわね。なにせ指輪の石を囲む小さなダイヤモンドにまでコーティングが……。
……え?
私は仰天する。もう一度ユリアーナ様の全身を隈なく見てしまった。……まさか、そんな事が……。
愕然とする私を見て、ガーゼルド様が不審げに首を傾げた。
「どうした? レルジェ?」
私は素早く何度も何度もユリアーナ様のアクセサリーをチェクして、そして恐る恐る言った。
「公妃殿下……」
「ユリアーナで良いわよ?」
「ユリアーナ様。その間違っているかもしれませんが……」
「あら、なあに? 言ってみて?」
ユリアーナ様の微笑の質が変わった気がした。私は背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
「本日お召しになっているそのアクセサリーの宝石は、もしかして全部ガラス玉ではございませんか?」
「は?」
ガーゼルド様が珍しく驚いた声を上げてユリアーナ様の事を見た。ユリアーナ様は余裕の表情だ。
ガーゼルド様はまじまじ母親のアクセサリーを見ていたが、元々ガラスコーティングだと聞いていたし、それなら宝石の魔力は感じ取れないのだから簡単には区別が出来ない。一個一個を手に取って見でもしない限り、ガーゼルド様には分からないだろう。
「やっと気が付いたのね? 意外と遅かったじゃないの。ガーゼルドたちがあんまり貴女は鋭いと褒めるから期待していたのだけど、それ程でもなかったわね」
……完全にこれは一本取られたわね。
まさか皇族である公妃殿下がアクセサリーの全ての宝石をガラス玉に入れ替えてくるとは思わなかった。考えてみればガラスコーティングの宝石が短期間でそんなに用意出来るのはおかしい。
しかし先入観というのは怖い。最初に聞いたこれはガラスで被った宝石だという情報と、公妃殿下がガラス玉を身に付ける筈はない、という思い込みで私はただのガラス玉を本物の宝石だと思い込んでしまったのだ。
迂闊。同じような手口でリュグナばーちゃんに騙された記憶が蘇る。ばあちゃんのふぇふぇふぇという高笑いが聞こえるようだ。ユリアーナ様、もしかしたらリュグナばーちゃん並の曲者なのかもしれない。
内心うぬぬぬっと思いながら、私は笑顔を貼り付けてユリアーナ様を見る。商談で動揺を表に出すのは最大の失策だ。相手がタフな交渉相手ならすぐさまそこに付け込んでくる。
……ユリアーナ様の表情にはまだ含みが感じられた。これは、もしかしてユリアーナ様はまだ手札を残しているのかもしれない。私はもう一度ユリアーナ様の宝飾品を見つめる。……これか…。
「その髪飾りの琥珀」
私の言葉にユリアーナ様の眉がピクッと震えた。
「それのみが本物ですね」
その場の空気がピリッと引き締まった。私とユリアーナ様は微笑んだまま睨み合う。私はそして、続けて言った。
「ユリアーナ様も宝石の魔力が見えるのですね」
ドレスに縫い付けた真珠までご丁寧に模造真珠にしておきながら、髪飾りの琥珀だけを本物にしたのだ。これはユリアーナ様が生物由来の宝石である真珠や琥珀には魔力が篭らない事を的確に把握している事を示す。
知識として知っていたという可能性はあるけども、それよりユリアーナ様のお子であるガーゼルド様にもイルメーヤ様にも宝石の魔力が見えるのだから、ユリアーナ様にも見えると考えるのが妥当だろう。
他を全て偽物で揃えて、一つだけ本物の宝石を残したのである。気付かれたら「そういう趣向」と言えるし、気付かれなかったら相手の洞察力不足をほくそ笑む事が出来る。実に意地の悪いやり方だ。しかも私が宝石の記憶を読める事を知ってそれを逆手に取ってきたわけである。
そんな事をした理由は、ガーゼルド様のお嫁さん候補を試したかった事と、後は多分……。
「イルメーヤ様の接着ダイヤの時の意趣返しですか?」
娘であるイルメーヤ様が私に凹まされたのを根に持っていた可能性が高いと思う。ご本人は気にしていなかったけど、イルメーヤ様に宝石の事を仕込んだのだろうユリアーナ様は気にしていたのかもしれない。
いや、ご自分でもダイヤ接着に気が付かなかったのだろうから、同時に自分まで私にコケにされたと思ったのかも知れないわね。
ユリアーナ様は笑顔のまま若干眉を顰めるという器用な表情を見せた。
「……なるほど。前言は撤回するわ。ちょっと鋭すぎるわね。この娘」
扇で口元を隠しながらガーゼルド様に言う。
「一つに食い付かれると、ズルズルみんな引き出されてしまう。これで宝石の記憶まで読めるのでしょう? 他に渡せないというお兄様の意見も分かりますね」
「では、母上?」
「半信半疑でしたが、これでは仕方がありませんでしょう。良いのではありませんか? あなた」
ユリアーナ様の言葉に公爵殿下は広い肩をすくめた。
「元々反対していたのはお前だけだユリアーナ。私はガーゼルドの選んだ女性ならどんな者でも受け入れる気だったのだからな」
どうもユリアーナ様は私とガーゼルド様の結婚に反対だったらしい。それはそうよね。それが常識的な反応だ。なのだけどユリアーナ様は扇を下すと今までとは違うニンマリとした迫力のある笑みを見せた。
「貴方を我が家の嫁として認めましょうレルジェ」
その瞬間、ガーゼルド様がホッとしたように息を吐いたのが分かった。近衛騎士団団長まで務めるこの方でも、お母様には逆らえないらしい。どうも公爵家の力関係は公妃殿下がトップで公爵殿下はその下のような雰囲気がある。それは元皇女でしかもこんな曲者な女性ならそうかもね。ガーゼルド様にとってはユリアーナ様からお許しを貰うのが最難関事項だったのに違いない。
しかし私にとってはそんなのは知ったこっちゃなかった。
私はユリアーナ様を睨んで頬を膨らませた。
「いいえ。認めて貰わなくても結構です。ユリアーナ様」
え? っとユリアーナ様も公爵殿下もガーゼルド様も目を丸くした。なにを驚く事があるのか。私は半眼で皆様を睨んだまま平坦な声で言う。
「私はまだ、公爵家にお嫁に来るとも来たいとも言っておりません。ガーゼルド様のプロポーズにお返事をしてはおりませんよ。なにをもうお嫁に来る事を前提にお話を進めているのですか?」
私の言葉に自然と公爵ご夫妻の注目はガーゼルド様に集まる。ガーゼルド様は珍しく少し慌てたような様子で私に言った。
「そ、それはそうだが、しかしな……」
「ガーゼルド様はお待ちになって下さると仰いましたよね? 私はお返事をしていない筈です。違いますか?
私のにべもない言葉にさすがのガーゼルド様も絶句する。私はユリアーナ様のピンク色の瞳を見据えてはっきりと言い放った。
「私はまだ公爵家にお嫁に来るとも限らないのです。ですからユリアーナ様に認めて頂く必要はございません」
ユリアーナ様は怖い微笑みを浮かべたままゆっくりとした口調で仰った。
「そんな事を言って、後悔しても知りませんよ? レルジェ」
「気に入らなければ私の首を刎ねるなりなんなりすればよろしいでしょう? ユリアーナ様」
私とユリアーナ様は優雅な微笑みのままズズズズっと睨み合った。公爵殿下は若干頬を引き攣らせていたわね。しばらく私と睨み合った後、やがてユリアーナ様はガーゼルド様に視線を向けた。
「分かりました。ガーゼルド。お話は保留に致します。貴方がレルジェからちゃんと求婚のお返事をもらってから、改めて考える事に致しましょう」
ガーゼルド様は困った様に眉の間に皺を浮かべながら、しかし一礼した。
「分かりました。母上」
ユリアーナ様は頷き、そして貴族としては非常に珍しい事に口を大きく歪め歯を見せてニーっと笑った。その迫力といい悪役っぽい雰囲気といい、さすがはイルメーヤ様のお母様といった感じである。いや、三倍ぐらいスケールは大きそうだが。
「気に入りました。貴方が嫁に来る事を色々と楽しみにしておりますよ」
◇◇◇
それからひとしきり皆様とご歓談して、私とガーゼルド様は席を離れた。
「……母が怒り出さなくて良かった」
ガーゼルド様は疲れたような顔をして呟いたわよね。大丈夫でしょう。あの方はこの程度で怒るような人間ではないと思う。
あの後は私とユリアーナ様は普通にお話をしたわよ。平民の事や宝石商人の事に興味があるのは本当らしくて、色々突っ込んだ話を聞いてきた。孤児院の事を聞いては感心したように頷き、支援がどうとか言っていたから、もしかしたら孤児院の生活が良くなる手助けになるかも知れないわね。
宝石についてもやはり相当お詳しくて、ご本人はピンクダイヤが殊の外お好きで集めているのだと仰った。イルメーヤ様と初めてお会いした時に見事なピンクダイヤのイヤリングをしていたのは、あれはお母様のコレクションをお借りしたんだろうね。
ただ、最初の内の見せかけのフレンドリーさを取り払って、公妃としての威厳を表に出して接されて、私の方も臣下としての一線を引いた態度で接して緊張した雰囲気が漂っていたから、ガーゼルド様は終始気詰まりだったようだ。何もかもこの人が悪いんだから自業自得なんだけどね。
ちなみに公爵殿下は最初から私をガーゼルド様の嫁だと認めていたから態度は変わらなかった。「ガーゼルドが結婚する気になっただけでも僥倖だ」と仰って、魔力もあるなら尚よしとも考えていらっしゃるようだったわね。途中からいらっしゃったイルメーヤ様も私を前から義理の姉扱いしていたし、イルメーヤ様と私の間に漂う妙な雰囲気も気にしていないようだった。
近くには皇帝陛下ご夫妻も皇太子殿下ご夫妻も、他の公爵家の皆様もいたんだけどほとんどお話することはなく、今回は完全にグラメール公爵ご夫妻へのご紹介。それと皇族の皆様にお見せする機会という事だったようだ。
とりあえずそれは終了したという事で、私とガーゼルド様はダンスの時間だということで席を立ったのだ。同時に皇太子ご夫妻も席を立っていた。ダンスは会の主賓か主催者が最初に踊るのが習わしで、今回は両殿下の結婚披露宴なのだからお二人が踊らなければならない。そして同時に私とガーゼルド様が踊るという事は、このパーティの主役は両殿下のみならず私とガーゼルド様もそうなのだということだろう。
言わばこの披露宴は私達の非公式な婚約披露宴の意味合いもあるということだろう。両殿下と一緒に入場して、ガーゼルド様とお二人で皆様のご挨拶を受け、皇族席で歓談した上で、主役としてダンスをするのである。誰がどう見ても私のガーゼルド様の婚約者としてのお披露目にしか見えない。
当然そんな事をするには両陛下、両殿下、グラメール公爵家の皆様、そして他の公爵殿下達の同意が必要である。つまり話はそこまでもう通っているという事だ。これはもうどう考えても何の力もなく後ろ盾もない私に断れる話ではなくなっているわね。
ガーゼルド様にエスコートされながら、私はもう笑顔が作れないくらいに不満だった。どうにもこうにも酷すぎる。
なにしろ今日のこれの事を、私は一切説明されていないのだ。一体どういうことなのか。これが結婚して将来を共にしようという相手に対する誠意ある態度だというのだろうか。この男の。
正直私は、今日一日で様々な事が起こり過ぎて頭がパンクしそうなのである。走り回ったし緊張していたし、もの凄く疲れてもいる。そのうえユリアーナ様とにらみ合いまでやった。私は結構我慢強く体力気力もある方だと思うんだけど、限度という物がある。そのため私の忍耐力はもうすり切れ掛っていた。
正直このままダンスなどせずにガーゼルド様に向かって「貴方とは結婚なんてしません!」と叫んで会場を出て行こうかと考えた程だった。私はこれまでガーゼルド様個人に対してはそれなりに好意を持ち、彼と結婚するのが嫌だとまでは思っていなかったのだけど、今日ここまでの私の意志をあまりにも無視する扱いに、私は初めてガーゼルド様に怒りを覚えつつあったのだ。
しかしながらガーゼルド様は私の事を実によく見ている。そんな彼が私の不満な様子に気が付かない筈はなかったのだ。
「すまぬな。レルジェ。君の意志を無視するような形になって」
思わずガーゼルド様の顔を見上げると、彼は本当に済まなそうな、忸怩たるものを抱えているような表情になってしまっていた。いつも済ました顔をしている彼がこんな感情を露わにした表情をしているのは初めて見た。私は思わずマジマジと見てしまったわね。
「君が怒るのも当然だ。私だってもう少し、君の意志が固まるのを待って話を進めたかったのだが……」
ガーゼルド様が言うには、皇帝陛下も公爵ご夫妻も、あまりにガーゼルド様が結婚しないのに焦れて、少し前からセレフィーヌ様との婚姻話を強引に進めようとしていたのだという。
ガーゼルド様としてはやっと見付けた想い人である私と結婚したくて、慌ててそのお話を止めたらしい。しかし、結婚は相手がいるお話で、カルテール公爵家もその気になり掛ってしまっていた(セレフィーヌ様は大喜びしてもいたらしい)。それとカルテール公爵家にもプライドがあるので、セレフィーヌ様とのお話の後に出た、よりにもよって平民娘との縁談で、公姫の縁談が破談になるなど許せない事だったらしい。
そのため、カルテール公爵家を納得させるためにはガーゼルド様と私との関係がもっと早くに始まっていて、実はもう婚約寸前だった。それを知らなかった皇帝陛下が縁談を進めてしまった。というような話にしていくしかなく、皇帝陛下はカルテール公爵家に不手際を謝罪までしたのだという。
その結果、早々に私をガーゼルド様の婚約者としてお披露目する必要が生じ、それでどさくさに紛れ易いという事も考えて、今回の披露宴をその機会にすることになったそうだ。
事前にその事を私に相談しなかった理由は、私がヴェリア様の結婚式のために全力で働いていて、忙し過ぎてそんな事を相談する余裕がなかったかららしい。実際、皇太子殿下の結婚式という大国家行事に比べれば、私のお披露目の重要度はかなり落ちる。皇太子殿下の結婚式の成功の方が帝国としては重要だ。しかも私は宝飾の責任者として重責を担っていた。ついでに言えばガーゼルド様も近衛騎士団として大変お忙しかった。
そういうわけで私の同意を時間を掛けて取っている場合ではなく、このような騙し討ちのようなお披露目になってしまったという訳だった。確かに、あの忙しい時期にガーゼルド様が私の所に頻繁に愛を囁きに来て、逢瀬を重ねて私に婚約の同意を得る事なんてとても不可能だっただろう。
「君には本当に申し訳なかったと思う。済まなかった」
ガーゼルド様のお声には憔悴の響きがあったわね。いつも余裕があって自信満々なこの方にしては、こんな弱気な姿は本当に珍しい。私は溜息を吐いた。確かに納得が出来る事情ではあり、プロポーズをしておいて返事を性急に迫らなかった彼の性格を考えれば、私の気持ちを無視してこんなイベントに引っ張り出すのはおかしな話だとは思ったのだ。
ガーゼルド様も忙しかったので、ドレスや宝飾品の選定の意見ぐらいは出したが、他の事はイルメーヤ様と公爵ご夫妻が取り仕切ったのだそうで、まさかこんな大々的なお披露目になるとまではガーゼルド様も直前まで知らなかったのだそうだ。
……そんな事を今更聞かされてもね。
私はプリプリと怒っていた。事情もガーゼルド様の気持ちも分かったけど、私に選択の余地がほとんど残されていないのも確かで、その辺はやっぱり皇族の、ガーゼルド様の無意識の傲慢さが表れていると思うのよ。人を従わせる事に慣れすぎているというかね。
こんな状態でこの人と結婚したら、私は何でもこの人の言うことを聞かなきゃいけない感じになるんじゃない? さっきユリアーナ様とお話した時に感じた不快感だ。嫁に迎えてやろう、ってなに? 私は別にお嫁に行きたいともなんとも言ってないわよね。むしろガーゼルド様がお嫁に来てくれって言っている状態よね?一体全体私をなんだと思っているのか。
私は決心した。
「私はまだお返事はいたしません」
ガーゼルド様は目を丸くする。
「ガーゼルド様の所にお嫁に行くかはまだ決めません。これからゆーっくりと考えさせて頂きますわ。それでよろしいですか? ダメなら今日はダンスをせずにこのまま帰らせて頂きます」
そんな事をしたら大問題になるだろうけどね。ダンスをせずに退場なんてしたら、お披露目はすっかりおじゃんになるだろう。私とガーゼルド様の婚約は消し飛んでしまうに違いない。もちろん、私の命もないだろうけど。
でも、これは私の最後の意地だ。上から目線で嫁に来い、なんて言われている内は返事なんてしてやるものか。むしろ「お嫁に来て下さいお願いします」とユリアーナ様が懇願するようになったらお嫁に行ってやるわよ。
私がそんな事を考えて鼻息を荒くしていると、ガーゼルド様がプッと吹き出すのが聞こえた。見上げると、ガーゼルド様はなんだか満足そうに笑っていた。すがすがしいというか、あけすけな子供のような笑顔だったわね。
「ああ、良いぞ。さすがはレルジェだ。それでこそ私が恋するのに相応しい。ゆっくりと、私が君に相応しい男であるか、考えてくれればいい」
その言葉に、ようやく私の肩の力も抜ける。やっぱりこの人は、私の感じた通りの方なのだ。それならば、私だって、吝かではない。
「さて、それではとりあえず踊ろうではないか。皆が見ているからな」
「ええ、喜んで」
私とガーゼルド様は手を取って身体を寄せ合うと、楽団の奏でるゆったりした曲に合わせて、揃えたステップを踏み出したのだった。
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