第十七話 帝宮での披露宴(中)

 控え室に入ると、そこには皇太子殿下とガーゼルド様がいた。


 皇太子殿下は白に銀糸と金糸で刺繍を入れたスーツに緋色のマントを纏っていた。この人もなかなか長身の美青年なので見栄えがするのよね。マントの留め具の飾りに金で飾られた赤い宝石を使っているのだけど……。


「アレキサンドライトですね」


 私が言い当てると皇太子殿下は苦笑していた。


「今更驚かぬが、これを一目でアレキサンドライトと言い当てられるのは其方くらいだろう」


 ヴェリア様とお揃いにしたかったのだろうけど、こんな希少宝石の大きな石がよくも手に入ったものだ。ヴェリア様のアレキサンドライトの由来を知っているとちょっと微妙な表情になってしまうけど、ヴェリア様がどれほどこのお方に愛されているかがこの事だけでも熱いほど伝わってくる。


 ヴェリア様が「結婚に後悔はない。自分も今はもう皇太子殿下を愛しているから」と仰っていたけど、結局はヴェリア様も皇太子殿下のこの想いに絆されたんだろうね。愛する男と結婚するより愛してくれる男と結婚した方が幸せになれるって言うものね。


 その私を愛してくれている男であるガーゼルド様は当然の様に私の手を引いて腰を抱いた。女性慣れはしていない筈なんだけど、エスコートの仕方は実にスマートだ。これは多分教育の成果だろう。貴族男子の教育には女性のエスコートの仕方も含むそうだから。


 ちなみに、女性の方も「エスコートされる」教育がなされる。男性への手の差し出し方。歩幅の合わせ方。男性との距離感の測り方。みっちりと教育されたわよ。この時もガーゼルド様のエスコートに合わせてごく自然に彼と寄り添う姿勢になる。そんな私達をみて皇太子殿下がふむふむと頷きながら仰った。


「こうしてみると見劣りはせぬな」


 ……見劣りはしない、というのは褒め言葉なのかどうなのか。ただ、相手が超絶美形であるガーゼルド様だ。多分褒め言葉なのだろう。しかしガーゼルド様はさすがである。皇太子殿下に向けて微笑みながら言った。


「レルジェを着飾らせたらこれくらい美しくなるのは想定していたからな。私も今日はかなり頑張ったのだ」


 濃い青の騎士団礼服に白いマント。髪はきれいにセットされ、薄く化粧もしているようだ。この人は無精髭を残して人前に出るような人ではないけど(前に徹夜した時でも私の前に出る時にはちゃんと髭を剃っていた)確かに今日はいつもよりも凜々しく見える。


 この人が私をよく見ているのは、私によく似合うドレスを用意出来た事からも分かる。宝飾品の選び方も、単に高級な伝来品を持って来ただけでは無く私に似合う物を選んでくれているしね。こういう事をされると「私の事をしっかり見てくれているんだな」と思えるのよね。その辺がダメダメなのがフレッチャー王国のロズバード王子よね。ガーゼルド様から教われば良いのに。


 ちなみに、私のデコルテに輝いているルベライトのネックレスももちろん帝室の伝来品で、歴代皇帝には赤系の目の色の方が多くて、それで皇族は赤系の色の宝石を多く所有しているらしい。これを選んだのは私が一度だけガーゼルド様の瞳を見て「ルベライトのような色ですね」と言ったのを覚えていたからだそうだ。


 何というかね、モテる男の理想像みたいな人なのよねこの人。私の事をよく見てくれて、私の言うことをしっかり聞いていて覚えていてくれて、私を気遣ってくれて、それでいて高位の方なのに腰が低くて自己顕示欲は無くてそれでいて威厳はある。……どうしてこんな人が私に惚れたのかしら。そしてなんで周囲は私になんて勿体ないと言い出さないのかしら。


 いくら女性に興味がなさ過ぎて、お妃選びに困っていたって言っても、いくらなんでももう少し相手は選ぶべきだと思うのよね。男爵令嬢(ホントは平民)の女性にはあまりにも勿体なさ過ぎる、とこの皇太子殿下当たりが言い出してもおかしくないと思うの。殿下はガーゼルド様を将来の腹心だと考えているんだもの。その奥さんにはきちんとした女性を迎えて欲しいと思うものじゃないのかしら。


 しかし皇太子殿下は最初から私がガーゼルド様のお側に上がる事を歓迎していたし、今だって私を皇族扱いしようっていう企みに何の疑問も無さそうなのだ。何でなの?


「そろそろ行くとしようか。楽しみだ」


 と皇太子殿下がおっしゃって、控え室のドアはいよいよ開かれたのだった。


  ◇◇◇


 帝宮には無数の大広間があって、毎夜夜会で賑わっているのだけど、今回使われる大広間は帝宮で最も大きく格式が高く、滅多に使用されない大ホールである。それこそ皇族の結婚式とか他国の王族の歓迎式典とか、そういう大きなイベントでしか使われない場所だ。


 謁見室よりも天井は低いけど、その分天井画がよく見える。大女神様が七人の大神を生み出す所が描かれた絵で、神秘的なシーンが非常に色彩豊かに描かれている。


 天井からは巨大なシャンデリアが幾つも下がっており、光を雨のように降らせている。一体何万本の蝋燭が使われているのだろうか。壁には大きな鏡が何枚も設置され、その横にはランプも設置されているから、ホールの中は真昼のように明るかった。


 その中を大勢の貴族達がいて、その皆様が入場してきたヴェリア様と皇太子殿下を拍手で出迎えた。……のだが、そのすぐ後ろに続いているガーゼルド様と私の姿を見て「え……?」という感じでざわめいた。


 それはそうよね。これは皇太子ご夫妻の結婚披露宴なのだ。なんで腹心とはいえ今日はゲストな筈のガーゼルド様と侍女に過ぎない私が主役みたいな顔でお二人と同じ入り口から出てくるのか。


 しかし両殿下は全然気にした様子も無く、むしろ皇太子殿下はガーゼルド様の肩を抱き、ヴェリア様は私と手を繋いで楽しそうに皆様に手を振っている。最初は戸惑っていた皆様も、両殿下の振る舞いに「そういうものなのか?」みたいな顔になって拍手をしていたわね。


 そこからはご挨拶タイムだ。両殿下は出席者の皆様に囲まれて慶賀のご挨拶を受けられる。ここではガーゼルド様は私の手を引いてさり気なくお二人から離れた。ただ、ガーゼルド様は次期公爵なのでご自分もご挨拶を受ける立場である。両殿下にご挨拶を終えた貴族が次々とご挨拶に訪れる。ガーゼルド様はそれを受ける。……私と一緒に。


 次期侯爵の上には両陛下、両殿下以外は公爵家当主くらいしかいないわけである。侯爵様でさえガーゼルド様より下の身分なのだ。つまり、侯爵様ご夫妻が跪くわけである。ガーゼルド様と、私の前に!


 皆様がやや困った様な顔をしていたのも無理はないわよね。私は居たたまれない。ただ、後から知ったけど愛人(公妾)の場合はこのようにして紹介する事はままあるのだそうで、皆様少し戸惑ってはいたけど普通にご挨拶をしていったわね。なんというか、この時点で私は完全にガーゼルド様のお相手として貴族界に公認されてしまった感じだ。私はまだお返事をしていない筈なんだけど。


 というか、私はちょっと気が気ではなかった。ガーゼルド様のお話では、私はこの場で彼の両親であるグラメール公爵ご夫妻に会う予定ではなかったのか。しかしガーゼルド様へのご挨拶の列は中々途切れず、私は姿勢を良くして微笑んで立っていなければならず、緊張しながら更なる緊張に備えているような状態だった。


 そんな時、ご挨拶に見えた方の一人がガーゼルド様にこう声を掛けて来た。


「あら、ガーゼルド様、そちらの方は?」


 初めての問い掛けだ。他の方はみんな空気を読んでその問いを発しなかったというのに。私が見ると、緑のドレスを着た金髪の女性が扇で顔を隠しながら私をギーッと睨んでいた。……あからさまに敵意があるわね。


 ガーゼルド様は僅かに目を細めた。不快感が顔に表れたのはそれだけだったけど、分かる人には分かると思う。


「ああ、こちらはジェルニア男爵令嬢のレルジェだ。レルジェ、こちらはコーバンズ侯爵家のキーリリエ嬢」


 私はスカートを広げて礼をした。これまでの皆様の挨拶は私へではなくガーゼルド様への挨拶だという「建前」だったので私は微笑んで立っているだけだった。しかし、正式に紹介されてしまえば私も挨拶せざるを得ず、キーリリエ様は侯爵令嬢なので私から挨拶しなければならない。


「初めましてキーリリエ様。レルジェと申します」


 しかしキーリリエ様はフンと鼻で笑って返事をしなかった。


「男爵の娘ですか。そんな者がなんでガーゼルド様のお側に立っているのですか?」


 あからさまに私を嘲笑してきた。……それは私もそう思うのだけど、その質問はガーゼルド様にして下さいませ。


「そうですよ! それになんですかそのドレスは! 男爵令嬢辺りが着て良いドレスではないでしょうに!」


 と大きな声を出しながらやってきたのは、カルテール公爵家の姫君、セレフィーヌ様だ。少し豊満が過ぎる体格だけど、お顔立ちは整っている。濃い黄色のドレスで髪は茶色だ。この方は貴族名鑑で見て覚えていた。三大公爵家の姫君の一人である。


「そうそう。ガーゼルド様の愛人だとしても身分は弁えて下さらなければね!」


 もう一人出て来た。こちらは濃い赤というもの凄く派手なドレスの黒髪の女性だった。この方には見覚えが無いけど、ご親切にもセレフィーヌ様が教えて下さった。


「カムナード侯爵家のメルベル様の言う通りですわ! 分というモノを弁えてもらわないと!」


 と三人の高位の姫君達は並んでズイズイと私に押し寄せてきた。えーっと、これは……。


 私は無意識に三人の身に着けている宝石から記憶を読み取る。……それによると、この皆様は事ある毎にガーゼルド様に求愛している方々で、つまるところ彼女達は自分たちを差し置いてガーゼルド様の隣の座を占めた私の事が気に入らないようなのだ。それは私なんかよりこの皆様の方が身分的にはガーゼルド様に相応しいのは事実だからね。


 普段はライバルとしていがみ合ってさえいる三人なのだけど、ガーゼルド様が正妻のような扱いで手を引いてきた私の事に驚愕して、無意識に共闘して私の所に抗議に押し寄せたものらしい。


 ……勿論、宝石の記憶にはガーゼルド様にアタックする度にけんもほろろに扱われた事も映っていた。もちろん、マナーがしっかりしているガーゼルド様だから表情に出すわけでも言葉に出すわけでもないのだけど、恐ろしくつれない態度で皆様の言葉を無視したり聞かなかった振りをしたり、そもそも近付くとさり気なく逃げてしまったりしていたようだ。本当に女性が嫌いだったのねこの人。


 そういう態度をされれば女性は傷付くわけで、悔しさに涙を流すシーンなんかも見えてしまって、同じ女の私としては同情も出来るんだけど、実際問題目の前に三人が迫って唾を飛ばしながら怒鳴ってくるとなると、そんな同情も吹き飛んでしまう。


「そもそもガーゼルド様程の男性に男爵令嬢が近付くなど!」


「どういう手管を使ったのかしら? 汚らわしい!」


「いつの間にガーゼルド様に近付いたのかは知りませんけど、先に私たちに断りを入れるべきではありませんか! 序列を弁えてもらわないと」


「今すぐその場所を私に譲りなさいな!」


「あ、ずるいですわよ! 私にこそ譲りなさい!」


「とんでもない! ここは公爵姫の私こそが!」


 ……終いには私の前で私を放置してお互いに言い争いを始めてしまったわよね。この方々は以前からこんな感じでガーゼルド様の前で醜く争っていたんでしょう。そんな方々をガーゼルド様がどんな目で眺めていたのか、考えなかったのかしらね。


 聞いてる内に私は段々と腹が立ってきた。


 なにしろ私はここまでろくな説明も無く連れて来られているのである。それでなくてもここ一ヶ月くらい私はめまぐるしく働いて、ここ数日は緊張もあってよく寝られなかった。もちろんご婚礼の間も大忙しで緊張しっぱなし。ろくに休憩も取っていない。


 挙げ句に今日のあの事件である。驚き、緊張し、走り回り、怒り本当に大変だったのだ。


 その衝撃も覚めやらぬまま、なんだかおめかしさせられて、皇族の皆様の思惑に踊らされて、お偉いさんに頭を下げられて……。更にお嬢様方に理不尽にも責められている。


 いい加減にしろー! と切れて叫んでも許されると思うの。いくら何でも酷すぎるんじゃないの? 私が何をしたと言うの? 


 私の怒りはとりあえず目の前でやいのやいの私を責め立てているご令嬢三名に向いた。この辺が理不尽なところで、全ての元凶と言って良いガーゼルド様には怒りが向かわなかったのだ。そして、誹謗に負けて泣いて退場するような女でも、私は無かった。私は黄色の瞳を光らせてグイッと一歩踏み出した。


「あなたたちね! いい加減にしなさい!」


 結構大きな声でいきなり怒鳴り付けた男爵令嬢に、公爵姫、侯爵令嬢二人は思わず目を丸くして立ち尽くしていた。まさか反撃されるとは思っていなかった模様だ。まぁ、こんな高位のお嬢様なら、親にも怒鳴られた事なんてないんだろうからね。


 しかし私にとってそんな事は知った事ではない。私はまず金髪のご令嬢、キーリリエ様に向けて更に怒鳴った。


「貴女ね! そんな態度がガーゼルド様に好かれると思ってるの! 今までの皆様の挨拶を見ていなかったの? そういう空気の読めない態度を見せるからガーゼルド様がこれまで避けて居たんじゃないの?」


「な、な、な……!」


「そもそもそのブローチはなんですか! そのアメジストっぽい紫の宝石は真っ赤な偽物ですよ! そんな陳腐なガラス玉の見分けも付かないのですか!」


 私の叫びにキーリリエ様の目が点になる。構わず私は更に隣のイミレーヤ様も怒鳴った。


「貴女も! その髪飾りの珊瑚は骨クズを粉にして色づけして固めただけの偽物です! それとその腕輪の金の鎖もただのメッキです!」


「ひえ?」


 メルベル様は悲鳴を上げる。最後に私はセレフィーヌ公姫までもを怒鳴り付けた。


「貴女のネックレスに至っては、黒真珠は模造! ピンクダイヤは色染め! プラチナ部分も偽物です! 公姫ともあろう者がなんでそんなデタラメなモノを身に着けているのですか!」


 これは酷い。正直、狙ってセレフィーヌ様に恥をかかせるために着用させたのではないかと疑うレベルである。しかし、セレフィーヌ様は憤然と反論した。


「そ、そんな馬鹿な! これはイルメーヤ様から頂いたもので……」


 ……それで分かった。これは……。


「さすがはレルジェね。一目で全部見破るなんて」


 ここで黒と赤の豪奢なドレスを着て悠然と登場したのが、誰あろうイルメーヤ・グラメール公姫である。輝くようなブロンドを靡かせてサファイヤ色の瞳を満足そうに細めている。私は彼女も睨んだ。


「貴女の仕業ですか! イルメーヤ様」


「そうよ。ほんの冗談のつもりだったんだけど、まさかこんな晴れの場所に着けてくるなんてね。ごめんなさいね。セレフィーヌ様」


 セレフィーヌ様はええ~? という感じで呆然としている。嘘だ。絶対に嘘だ。イルメーヤ様はセレフィーヌ様に恥をかかせるために、あえてこんな酷い偽物宝飾品をセレフィーヌ様に贈ったに違いない。セレフィーヌ様はガーゼルド様へのアピールのために、妹である自分からの贈り物を絶対にこの場で身に着けるという計算があったのだろう。その目的は……。


「ダメではありませんか!」


 私は仕方なくイルメーヤ様を叱った。


「公姫に偽物を身に着けさせるなんて、冗談では済まされませんよ! 今すぐ変わりの品をご用意して下さい!」


 イルメーヤ様は満足そうに頷いた。そう。この人は私にこの場で「叱られる」ためにわざわざこのような事をしでかしたのだ。


「分かりましたわ。済みませんでした、お義姉さま。仰せのままに」


 わざわざ大仰にスカートを広げて私に一礼すると、イルメーヤ様はまだ呆然としたままなセレフィーヌ様に歩み寄ると、自分のしていた大きなエメラルドのネックレスを外して、セレフィーヌ様の首に巻いた。同時にさり気なく偽物だらけのネックレスを回収する。見事で優雅な所作である。


「ほら、お似合いね」


 イルメーヤ様はおどけて言うと、セレフィーヌ様から外した偽物だらけのネックレスを堂々と自らの首に巻いて笑顔を浮かべて見せた。


「これで如何でしょうか? お義姉様?」


 ……私は貴女の義理の姉ではありませんよ! とは言えない。言えないんだけど、彼女が私をそう呼ぶことで、私とガーゼルド様の仲はイルメーヤ様にまで公認されているのだ、という事が周囲で成り行きを見守っていた皆様にも分かった事だろう。


 同時に、三人のご令嬢の内、皇族でありガーゼルド様でも疎かには扱えず、彼のお妃の最有力候補であったセレフィーヌ様を、私の意を受けたイルメーヤ様が退ける形となった。これによってそもそもセレフィーヌ様の上位であったイルメーヤ様の更に上に私が位置するという力関係がはっきりと示された事になる。


 そういう狙いがあったのか。どうりで、三人に私が責められた時にガーゼルド様が涼しい顔で動かなかった訳だ。最初からイルメーヤ様が私を助ける算段だったのだろう。あんな偽物を用意した所を見ると、私がセレフィーヌ様に「ネックレスが偽物だ」と指摘する事まで計算に入っていたのだと思われる。


 私が切れてしまった事は計算外だったとは思うんだけどね。でも、その程度の計算違いはこの悪辣な兄妹には問題ではなかったのだろう。


 イルメーヤ様は何が起こったのか分かっていないセレフィーヌ様を連れてさっさと離れて行ってしまった。キーリリエ様とメルベル様も混乱している内に、恐らく事態を把握したご家族の方が連れて行ってしまった。ここでようやくガーゼルド様が口を開く。


「見事な啖呵だったな。さすがはレルジェ」


「……本当は貴方を怒鳴りたい気分なんですよ? ガーゼルド様」


「それでも良いぞ? 未来の妻に怒られる次期侯爵、という図も悪くない」


 つまり私を持ち上げて見せるために、自分が下げられるのは望むところだ、という事だろう。さっきのあれもイルメーヤ様の名誉をあえて下げてまで、私の評価を高めたのである。どれもこれも今は男爵令嬢に過ぎない私を「特別」に見せるための小細工なのだ。


「……それほど私を妃にしたいのですか?」


「もちろんだとも。そのためなら私は何でもするぞ?」


 堂々と彼は答えた。……どうしてそこまでして……。としか私には思えない。ガーゼルド様は私の手を引いて歩き出した。さっきの騒ぎで私達は大注目を集めている。いや、その前から注目されていたけど。


 そしてその状態のまま、私達は会場の一番奥へと近付いていった。そこには幾つかの席が用意され、そこに数人の人が座っている。……あ。私はさっきの騒ぎですっかり忘れていたのだ。これから起こる事を。


 そこには皇帝陛下、皇妃陛下の他、皇太子殿下ご夫妻、そしてもう二人、中年の男女がいらっしゃった。お会いした事はない。でも肖像画で何度も見たからお顔は知っている。ガーゼルド様は迷わずそのお二人の前に進み出た。


 お二人が立ち上がる。私は慌てて跪いた。冷や汗が額に浮かぶ。思わず生唾を飲み込んだ。


「ぐ、グラメール公爵殿下並びに公妃殿下にご挨拶を申し上げます。ジェルニア男爵家の娘、レルジェと申します。両殿下へのご拝謁の機会を賜りまして、恐悦至極に存じます」


 とても流暢には言えなかったわね。ガーゼルド様が苦笑する気配がした。


 ご挨拶をしたのになかなか返答は返ってこなかった。な、なんでしょう? 何か不備があったかしら。そ、それともやっぱりこんな男爵令嬢がガーゼルド様の嫁なんてとんでもない! と睨まれているのかしら?


 思わず脚が震え、私は態勢を乱し掛けた。その時、伏せた私の顔の目の前に大きな手が差し出される。


「顔を上げるが良い」


 ガーゼルド様に似た、しかしガーゼルド様より重いお声が振ってきて、私はびっくりして顔を上げる。するとそこに、金髪に金色の顎髭を生やした偉丈夫が身を屈めていた。瞳の色はアメジストのような紫色。


「そのように畏まる事はないぞ? レルジェ。ようやく会えたな」


 そう言って公爵殿下は破顔なさった。そういう表情は皇帝陛下や皇太子殿下に似ていたわね。


「そうですよ。ガーゼルドがなかなか会わせてくれないものだから」


 公爵殿下の横にヒョイと腰を屈めてきたのは公妃殿下だ。こちらは濃いめの金髪にピンクダイヤのようなキラキラした瞳だった。どちらかと言えばガーゼルド様は公妃殿下に似たのね。


「私達が其方にどれほど会いたかったか、分からぬだろうな」


「なにしろ、息子がようやく連れてきた恋人ですからね。どのような娘か気になって気になって」


「気になりすぎてルシベールの結婚式どころではなかったぞ」


 公爵殿下が言うと、皇帝陛下と皇太子殿下が楽しげに苦笑した。皆様実に仲良くリラックスした雰囲気だ。


「さ、お話をしましょう。座って座って」


 私は公爵殿下と公妃殿下にそれぞれ手を取られ、立ち上がらされた。親しげに公爵ご夫妻に手を取られ、ガーゼルド様に肩を抱かれ、両陛下、皇太子殿下ご夫妻に温かく見守られる私が、会場の貴族の皆様からどう見られていたかなんて、言うまでもない事よね。


――――――――――――

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