第十六話 帝宮での披露宴(前)

 私はもうグッタリしていた。肉体的にも精神的にも。


 なので私はガーゼルド様に手を引かれるままに大聖堂を出て、馬車に乗せられた時もほとんど夢うつつだったわね。


 この後は帝宮に行ってヴェリア様の結婚披露宴の準備をして、私も出席の為に着替えて、えーっと。それから……。


 なんて事を考えてはいたんだけど、色々ありすぎて頭も身体もよく動かない。私は馬車の中でガーゼルド様に肩を抱かれた状態でウトウトと眠ってしまったらしい。


 なのでいつ帝宮に入ったのかもよく分かっていなかった。帝宮の皇太子妃専用控え室には既にヴェリア様の着替えと披露宴用のアクセサリーは準備が済んでいる。パレードは時間が掛かるので、私はその間は休憩を取る予定だった。


 のだが、帝宮に到着した私はガーゼルド様にエスコートされて皇太子妃控え室とは違う方向に連れて行かれた。? どこに行くのか? とは思ったけど、うたた寝をするほどぼんやりしてた私は、ガーゼルド様に手を引かれるままに歩いて行った。


 で、そのままガーゼルド様とそのお部屋に入ると、そこにはなんだか大勢の女性がいた。揃いのお仕着せを着ているので帝宮の侍女である事が分かる。


 そしてガーゼルド様が「では頼む」というと、侍女達は声を揃えて「「お任せくださいませ!」」と言った。なんですか? 何をお任せなんですか?


 と思った時には、私は侍女達に流れる様に運ばれ、まずはお風呂場に放り込まれて服を剥かれてしまった。は?


 わしゃわしゃと石鹸で身体から髪から何から何まで洗われて、即座に何十枚ものタオルで水気を吸われる。乾燥を防ぐための化粧水やオイルを塗り込まれ、藍色の髪も整髪料で整えられる。


 すぐに下着、コルセット、ペチコートとどんどん服が着せられ、黄色に水色が差し色として使われ、銀の刺繍がビッシリと施されたドレスを着せられる。……なに? このドレス?


「ガーゼルド様がご用意下さったドレスですよ」


 帝宮の侍女が嬉しそうな顔で教えてくれた。……こんな明らかにお高そうなドレスをガーゼルド様がご用意くださったとな?


 夜会において、女性が着用するドレスには身分証明の意味合いがある。


 つまり最高級のドレスを着ることが出来るのは皇族の女性で、次が侯爵婦人、侯爵令嬢。次に伯爵夫人……。というようにランクがあるのである。もちろん微妙な違いだけどね。


 いくらお金持ちの伯爵夫人でも、皇族の格のドレスを着てはならないのだ。それは無礼で不敬な事と見なされ問題視される。場合によっては上位の方から叱責される可能性もある。


 ちなみにこれは宝飾品も同じだ。そうやって帝国貴族界は序列を明らかにしているわけである。


 で、このドレスだけど。明らかにこれは男爵令嬢の格には合っていない。高級過ぎる。皇太子妃たるヴェリア様の上級侍女としても合わない。


 皇族一歩手前。例えば先日まで「皇太子殿下の婚約者」だったヴェリア様がご着用になっていたドレスと同じくらいのランクだと思われる。


 それをガーゼルド様がプレゼントしてくださり、私がそれを着用して、おそらくガーゼルド様のエスコートで会場に入場すればどうなるか。


 ……ちょっと待ちなさいガーゼルド様!


 と私がガーゼルド様の狙いに気が付いた時には準備はあらかた終わっていた。疲れで頭がボケていたとはいえ遅過ぎる。


 そして用意された宝飾品を見て私は再び戦慄する。


 大きな赤い宝石のネックレス。ブローチが四つ。髪飾りと腕輪と、指輪が二つ。パリュールが移動式の台の上に乗せて運ばれてきたのだけど……。


「まさか……、これを着けろと?」


 私は慄いた。侍女はあっさり頷く。


「ええ。これもガーゼルド様がご用意下さいました」


 侍女は高級そうなアクセサリーだな、くらいに思っているんだろうね。でも、これはそんなモノではない。


 明らかにこれは帝国の秘宝だ。どれもこれも一流の職人が時間を掛けて作成し、超一級の宝石を名人がカッティングした宝石がセットされている。


 もっと凄いのが伝来だ。宝石から浮かぶ「記憶」に見えるのは、遥かな昔から代々続く皇妃陛下のお姿だ。


 歴代の皇妃がご着用なさった宝飾品なのである。時代が変わるに従って何度も手を加えリニューアルされているようだけど、その度に当代最高の職人がそれを手掛けている。


 宝石の価値を決める最大の要素は伝来だ。その意味で歴代皇妃陛下がご愛用なさって帝室に代々伝わってきたこれらの宝飾品は、その内容も含めて帝国で最高の価値を持つ品々だと言うことが出来る。


 どう考えても私が着けていいモノではないわよね。私ではなくヴェリア様が着けるべき品々だろう。


 しかしそんな事を侍女に説明してもどうしようもない。彼女らの仕事はガーゼルド様の命令を実行することで、私が拒否したら彼女達が困るだけだ。


 と、まごまごしている内に、秘宝の数々は私の身体にサクサクと着けられてしまった。さすがは帝宮の上級侍女達。見事な手際である。


「どうでしょうかレルジェ様」


 どうしたもこうしたもあるものか。姿見に映ったその姿は、どう見ても男爵令嬢の姿ではない。お姫様だ。まごう事なくお姫様姿の私がそこにいた。


 藍色の髪はツヤッツヤに輝いていて、そこにプラチナを木の葉の形に模った髪飾りが配されている。小さなルビーとエメラルドが木の実のように見える。


 薄黄色のドレスは流麗で、優雅。そこにルベライトの大石をダイヤモンドで囲んだネックレスが存在感を主張し、アクアマリン、トルコ石、ヒスイのブローチが彩っている。


 ドレスのあちこちには真珠やダイヤモンドが縫い付けられ、それを銀糸の刺繍が複雑な紋様を描いて繋ぎ合わせていた。


 鏡の中で別人のような私のトパーズ色の瞳がパチクリしていたわね。絶句だ。


「ふむ、似合うではないか」


 いつの間にか控え室にガーゼルド様が入って来ていた。私の支度が済んだと聞いたのだろう。


 私は上目遣いでガーゼルド様を睨んだ。


「どういうおつもりですか?」


「どういうつもり、とは? ああ、そのアクセサリーなら安心せよ。母が貸してくれたものだからな。母が嫁入りの時に父である先帝に賜ったものだからもう我が家のものだ」


 ……微妙にそういう問題ではない。帝室の所有ではなくても帝室に代々伝来していた秘宝だという事が問題なのだ。そして、先帝陛下から下賜された公爵妃殿下の嫁入り道具。つまり公爵家の家宝だろう。それを貸し出すという意味。


 これはどう考えても……。


「今日は父と母に其方を紹介するのだ。安い格好はさせられまい」


 ……自分の婚約者として私をグラメール公爵ご夫妻に紹介する、という意味だろう。確かにそんな事を企んでいるなら私が男爵令嬢相当の格好をしてたら不都合だろうね。


 でもね。騙されませんよ。私はガーゼルド様を睨んだ。


「それだけじゃありませんよね?」


 ガーゼルド様はニッコリと胡散臭い微笑みを浮かべた。


「なんの事だ?」


「単にご両親に紹介する気なら、公爵家のお屋敷にでもご招待下さって、そこで対面させて頂ければ良いではありませんか」


 それで十分な筈だ。実際、皇帝陛下に紹介する際にはそうしたではないか。なのになんでヴェリア様の結婚披露宴、帝国中の貴族が一堂に会し、外国の使節さえ出席しているこの場でご両親に紹介する必要があるのか。


「この機会を利用して、私を一気に『自分の婚約者である』と帝国中、いや世界中に知らしめるつもりでしょう」


 そうでなければ私をわざわざ帝室下賜のアクセサリーで飾る意味がない。イルメーヤ様を見れば分かるけど、公爵家には他にも沢山の宝飾品がある筈だ。あえて伝来の秘宝を出して来たのだから意味があるに決まっている。


 最高級のドレスを着用し、帝室伝来の宝飾品に身を固め、ガーゼルド様のエスコートを受けて入場した私が、来場者にどのように見られるかなんて火を見るより明かだ。


「私はまだお返事をしていないと思うんですけど? 私の意思は無視ですか?」


 自分から待つと言ったくせに、既成事実を作り上げるような真似をするなんて酷いじゃない。私は怒りを込めてガーゼルド様を睨んだのだけど、ガーゼルド様は胡散臭笑顔を貼り付けたまま首を横に振った。


「私が君を娶るのはそれ程簡単な事ではない」


 ガーゼルド様が何を言い出したのかが分からず私はキョトンとなってしまう。ガーゼルド様は私の髪を一房手に取って弄びながら続けた。


「なにしろ次期公爵と男爵令嬢だ。貴賤結婚にも限度がある。普通なら認められる筈がない。皇族の結婚は政治的行為だからな」


 次期公爵なら他の皇族を始め、高位貴族令嬢はもちろん、外国の姫君までが結婚相手になってもおかしくはない。誰と結婚するかによってその後の帝国の国政に影響が出かねないくらいの重大事なのだ。


「それを覆して君と結婚するには手順がいる。まずは皇帝陛下と私の両親の許可だ。これは通っているから次は貴族からの支持を得る事になる」


 ガーゼルド様曰くそれからも色んな手順が続き、私と彼が結婚出来るのは相当先になるだろうとの事。


 なので私の返事を待つ事なく、どんどん先々の手を打っていかないと間に合わないのだ、という事だった。……待って、ちょっと色々とおかしい。


「それで私がお断りしたらどうするつもりなんですか?」


「もちろん、君の気が変わるまでずっと待つさ」


 ……つまり断らせる気がないのである。私は呆れてしまうのだけど、確かのこの人「返事は急がない」とは言ったけど「断ってもいい」とは言ってないのよね。


 確かに皇帝陛下や公爵閣下の内諾を得た話なら、ガーゼルド様ご本人でも覆す事は難しいのだろう。まして平民の私においておや。


 私は目が半眼になってしまうのだが、困った事にガーゼルド様には一切の悪気がないのだ。これが。もうこれは生まれながらの感覚の違いと言うしかないだろうね。


 手順として、ここで私を皇族として相応しい装いに仕立て、公爵閣下を始め両陛下、皇太子妃ご夫妻と仲良く交流してるところを前貴族に見せる事で、レルジェという女は只者ではないぞ、と貴族界に見せつける事に意味があるのだ。


 その後、私が皇兄の忘形見だという噂を流す。そうすれば貴族達は「ああ、レルジェの厚遇はそのせいか」と納得し、私とガーゼルド様の結婚は貴賤結婚だと言われなくなるだろうとのこと。


 恐ろしく迂遠な話で呆れてしまうのだけど、ガーゼルド様はそれくらい私と本気で正式に結婚したがっているのだということだ。愛人に迎えて終わり、というよりは誠実な態度であるとは言える。


「君ほどの女性を愛人にするなど失礼だ。私はどうしても正式に君を妻に迎え入れたい」


 と彼は以前言っていた。一体全体どこで何をどうして彼にそれほど気に入られのか分からないんだけどね。でもとりあえず彼の真剣さは嫌でも分かるので、どうも私も彼のやる事を言下に拒否しかねた。


 この時も不満は大いにあったけども、結局はガーゼルド様にエスコートされる事を渋々受け入れざるを得なかったのである。


  ◇◇◇


 私はとりあえずヴェリア様の所に向かった。キラキラな格好のままでね。


 お仕事だものヴェリア様を披露宴仕様に仕上げるのは私の仕事なのだ。準備は完璧に整えているとはいえ、何があるか分からないからね。


 しかしそれにガーゼルド様が付いてきた。ちなみにガーゼルド様の格好は濃い青の軍礼服で、白いマントを肩に掛けている。どうして彼が付いてくるのか?


「どうせ入場は一緒だからな」


 皇族であるガーゼルド様は。皇太子殿下や皇帝陛下と同じ特別な入り口から入場するらしい。なので控え室が同じなのだそうだ。


「……まさか私もその入り口から入場させる気じゃないでしょうね?」


「そのまさかだな。当たり前であろう? なんのために君をそんな格好に仕上げたと思っているのだ」


 皇族扱いしても違和感を持たせないためなのだそうだ。私は頭を抱えそうになったけど、そんな事をしている場合ではない。私はヴェリア様の控え室に足早に向かった。ガーゼルド様はさすがに控室にまでは入って来ず、直ぐ近くの男性控え室に向かった。


 私の格好を見てもヴェリア様もハーメイムさんも侍女仲間も何も言わなかった。……いや、不自然でしょう! 私が皇族仕様の格好しているなんて!


 しかしハーメイムさんはあっさり言った。


「先日、ガーゼルド様からご相談を受けましたからね」


 なんとヴェリア様もとっくにご承知だったのだそうだ。なのでヴェリア様はニコニコしながら私の装いを検分して「似合うわレルジェ」と褒めて下さった。


 侍女仲間も「そんな格好で動いたらダメよ。貴女は支持を出せば私たちがやるから」と協力してくれた。というか、私は自ら動くのを禁止された。それはね。こんな繊細なドレスと宝飾品を身に付けて動いて、ドレスを破いたり伝来の秘宝を落としたりしたらえらいことだ。


 そんな訳で私は座ったままほぼ見ているだけでヴェリア様のお支度は完成した。薄い赤のシンプルなドレスで、首には例のアレキサンドライトのネックレス(今は赤)他のアクセサリーは婚礼衣装とは一転して、トルコ石やヒスイや蛍石など不透明系の宝石で揃えた。


 これはヴェリア様がご実家から引き継いだ宝飾品に不透明な石が多かった事。そしてヴェリア様のお好みがそういう輝きが低い石だというのが理由だ。婚礼衣装とは違い、披露宴の衣装はヴェリア様のお好みでまとめたのである。


 皇太子妃になられたヴェリア様は女性社交界の頂点になられる。その際にはその装いは注目され、真似される事になるだろう。


 私はヴェリア様にご自分のお好みを強く出される事をお勧めしたのだ。皇太子妃なのだから主張する事も大事だと思って。ただ、皇太子殿下はヴェリア様には派手目な宝石が似合うと主張していて(実際私はそうだとも思う)少し揉めたのだけど、結局は披露宴に関してはヴェリア様のお好みで良いと言って下さった。


 私は石は非透明系にした一方、金属部分は思い切って華麗にした。プラチナと金をふんだんに使って地味になり過ぎないようにしたのだ。細身で色白なヴェリア様なのであまり大きいアクセサリーは合わないのだけど、そこを石の地味さで中和した訳である。


 おかげで存在感はあるけど派手過ぎない装いに仕上がったと思う。私はウンウンと頷いたのだけど、私とヴェリア様を見比べていた侍女の一人が首を傾げた。


「対照的な仕上がりになったわね」


 私はハッと気が付く。た、確かに。


 薄黄色の明るいドレスにキラキラしたカラフルな宝飾品を身に付けた私と、薄いしっとりとした赤のドレスに光を反射しない落ち着いたアクセサリーを身に付けたヴェリア様。


 確かに存在感ある仕上がりで、ヴェリア様の個性がよく出ているのだけど、私の装いに比べると落ち着き過ぎの感がある。というか、私が派手過ぎる。


 ど、どうしよう。侍女の私が主役のヴェリア様より目立ってしまったら大変な事だ。どうしてくれるのよ! ガーゼルド様!


 私は焦ったのだけど、ヴェリア様は「レルジェも主役の一人なんだから良いのよ」なんて言っている。ガーゼルド様から今日の計画を色々聞いているのだろうね。でも、そういう訳にはいかない。


 私は咄嗟に。先ほど外した婚礼衣装のアクセサリーからブルーダイヤのティアラを取り、ヴェリア様の頭に被せた。本来は使わない予定だったのだけど……。


「……いかがでしょう?」


 ティアラが加わった事でヴェリア様のご趣味からは遠ざかったけど、見栄えは増した。元々ティアラはヴェリア様のお好みも反映しているものだ。あんまり派手過ぎるデザインでもなく、落ち着いた装いにも上手く溶け込んでいる。


 ヴェリア様は姿見を見て首を傾げ、そして苦笑した。


「そんなに私よりも目立ちたくない? レルジェ?」


「当たり前です! 私が目立ってどうするんですか!」


 ヴェリア様は私を見ながら楽しそうに笑っていらしたわね。


「どうせ、思い切り目立つ事になりますよ。レルジェ」


 ……それはどういう意味なんですかねぇ……。


「ま、良いわ。これでいきましょう。殿下とガーゼルド様がお待ちですよ」


 ヴェリア様はそう言うと、私の手を取って引いた。


「ゔ、ヴェリア様」


 私は慌ててたのだけど、ヴェリア様は手を離してくれなかった。そのままお部屋を出てすぐ近くの皇族控え室に向かう。仲良く手を繋いでだ。


 わ、私は侍女なのに! こんな、まるでお友達みたいに……。


 しかし、困惑する私にヴェリア様は小さなお声で言った。


「もう計画は始まっているのですよ」


「……なんの計画ですか」


「貴女を皇族にする計画ですよ。皇太子妃たる私が貴女を友人扱いする事で、貴女は皇族待遇の女性なのだとこの時点からアピールしているのですよ」


 確かに既に控え室周りにいる方々がざわざわしながら私とヴェリア様に注目している。私はムーっとヴェリア様を睨んだ。


「ヴェリア様もグルですか?」


「そうですよ。前も言ったではないですか。貴女が皇族になって常に側にいてくれれば私は心強いのです」


 それはそうなのだろうけど。どうして皇族の皆様は私の意思を悉く無視するのだろうか。


 しかしヴェリア様は私の思いを見透かすように言った。


「私はレルジェが自分の意に沿わぬ事を強制されて易々諾々と従う女性だなんて思っていませんよ。貴女は本当に嫌ならお屋敷を飛び出して行方をくらますくらいの事をするでしょう? そうしないのだから、きっと心底嫌な訳ではないんですよ」


 ……さすがはヴェリア様である。私の事が良く分かっている。


 結局、私はどうしても嫌だ、どうしても逃げたいというほど現状が嫌ではないのである。


 そもそも、私にははっきりとした将来の展望があった訳ではない。宝石商人として独立したいという漠然とした夢があっただけだ。恋人がいた訳でもないから結婚について真面目に考えた事もなかった。


 そんなだから、どう考えても良いお話である(良過ぎるお話である)ガーゼルド様のプロポーズをお断りしてまで目指したい事があった訳ではなく、ガーゼルド様の事が嫌いな訳でもなく(むしろ好意を抱いてはいる)、どうしても断固として命を掛けてまでガーゼルド様を拒絶する理由がなかったのである。


 ガーゼルド様が断れないように事を運んでいるのは事実だが、本気で嫌なら私はヴェリア様の元を逐電して帝都の下町に隠れるか、他の都市に逃げ出しただろう。そこまでやればガーゼルド様は私の本気を感じて追わないでいてくれると思う。私の能力の問題はあるけど、貴族に関わらない限りは大きな問題にはならない筈なので。


 結局私はそこまでやる気がなかった。流されるように、外堀を着々と埋められるようなやり方が気に入らなくて不満なのは確かなんだけど、なんだかんだ言って私はどうもガーゼルド様との結婚話はそれほど嫌ではないようなのだ。


 だからこそ逆に不満は高まるんだけどね。もう少し、その、普通にプロポーズして話を進めてくれれば、私だって受け入れ易いというか、トキメキが違うというか……。


「許して上げなさい。皇太子殿下もそうだけど、あの方々はご自分の愛情を素直に示す事すら簡単には出来ないお立場なのよ」


 ヴェリア様のお言葉には実感が籠ってたわよね。


 皇太子殿下はヴェリア様に一目惚れして激しく求愛する一方、皇族の方々への根回しやウィグセン公爵家やメイーセン侯爵家の説得も行った。それはやはりヴェリア様の意思を無視した部分もあり、外堀を埋めるようなやり方だったのだけど、結局そうでもしなければ制約が多過ぎる皇太子殿下の恋は成就しなかったのである。


 何もかも純粋にヴェリア様が好きだったから。ヴェリア様とどうしても結婚したかったから。それ故の努力がそういう風に現れただけなのである。ヴェリア様はそれが分かっていたから、皇太子殿下の求婚を受け入れたのだそうだ。


「ガーゼルド様の行動も、全てレルジェのことを強く愛しているからこそよ。貴女にも分かるでしょう?」


 ……分かるから困るんですよ。


 彼がなんだかんだ言いながら、私の事を純粋に愛して下さっている事は、ひしひしと感じるんですよ。あんな地位も名誉もある超イケメンが、あんな熱量で私を愛してくださるなんて、なんだか信じられない気分なんですけどね。


 というか、私にそんな価値ないと思うのよ。宝石の記憶が見えるのと多少宝石の事に詳しいだけの小娘ですよ。私は。魔力がどうのとか理由はあるみたいだけど、ガーゼルド様があれほど求める価値が私にあるとはどう考えても思えない。


 その辺も釈然としなくて、それも私がガーゼルド様のプロポーズにお返事出来ない理由になっているのだった。


 渋い顔をしている私に、ヴェリア様は先輩の余裕の笑みを浮かべながら私の肩をポンポンと叩いた。


「ゆっくり悩むと良いわ。ガーゼルド様は待って下さるわよ」


 これからもう皇族扱いして全貴族に「私の婚約者だ」みたいにご披露しようというこの状況は、果たして待っていて下さると言えるのだろうか? 私は深刻に疑問に思ったわよね。


――――――――――――

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