第十五話 ヴェリア様の結婚式(後)

 私とガーゼルド様はヴェリア様の控え室に足早に戻りながら話し合った。


「エルフィン様かエフローシア様のどちらが犯人だとしても、簡単に取り調べも拘束も出来ぬ」


 侯爵令嬢と次期侯爵夫人である。二人ともあまりにも高位の方過ぎる。憶測で容疑者扱いなどすれば大問題になってしまう。


「であればなんとしても確証を掴む必要があるだろう」


 そしてティアラを取り返してヴェリア様のパレードに間に合わせなければならない。後十五分で。


 無茶振りである。一体どうしろというのか。


 私はもう泣きたい気分だったのだけど、ガーゼルド様が冷静な真剣な表情で真横にいらしたから何とか耐えられた。ガーゼルド様は落ち着いた声で仰った。


「まず、手口を考えよう。ティアラを騎士の目を盗んで持ち出す方法だ」


 ガーゼルド様曰く、入り口の騎士は一応は出入りする婦人に目を配ってはいただろうけど、まさかご婦人のボディチェックが出来るわけでもないので、誤魔化す方法はいくらでもあっただろうとの事だった。


 そもそも、高位の貴族婦人が盗難事件を起こすとは思ってもいなかっただろうからね。それでもティアラはそれなりに大きく繊細だ。ドレスのスカートに隠すわけにはいかないと思う。


「一番可能性が高いのは、自分でティアラを着用して部屋を出られた事でしょう」


 私が言うとガーゼルド様も頷いた。


「単独でならそれしかなかろうよ。騎士がそこまで見ていたとはとても思えぬ」


 お二人とも結婚式ではティアラを着用なさっていた。御休憩で外したかもしれないけど、格好自体はティアラを着用していても違和感がない格好だ。しれっとヴェリア様のティアラを頭に乗せて部屋を出ても、宝飾品に詳しくない騎士では気付かなかった事だろう。


 先ほどお会いした時の事を思い出してみると、エルフィン様はご自分のオパールを使ったティアラを被っていらした。エフローシア様は外しておられたわね。


 とするとエフローシア様が怪しいのか、それともエルフィン様が怪しまれないようにすぐに自分のティアラを着け直したのか。分からない。


「後はタイミングです。ラッピア様の宝石からはティアラを見た記憶が読み取れませんでしたので、ラッピア様が見学に見えたタイミングではもうティアラが無かった可能性が高いと思います。ですから、エフローシア様とエルフィン様が見学にいらしたのがラッピア様の前か後かを調べれば、絞り込めると思います」


 私とガーゼルド様は控え室に飛び込むと、早速侍女と騎士に事情聴取を始めた。


 まず、騎士はやはりティアラの区別は出来ていなかった。しかし、重要な証言があった。


「メイーセン侯爵夫人はティアラを着用していなかったと思います」


 エルフィン様がお出になられる時、眠かったリムネル様がぐずるのをエルフィン様が身を屈めて宥めていらっしゃったので騎士がよく覚えていたのだけど、その時のエルフィン様はティアラを着用していなかったらしいのだ。


 一方、エフローシア様はティアラを着用していらしたとの事。ただ、それがどんなティアラかまでは覚えていないそう。


 そして侍女からはこんな証言が出た。


「最後にお見えになったのはエフローシア様です」


 他の方々の順番はよく分からないとの事だったけど、のんびりしたエフローシア様は、最後まで残っていてくれた侍女が控え室から下がる直前に来て、見学を終えると侍女と一緒に部屋を出たのだそうである。


 ……これではどっちが怪しいか分からないじゃないの。私は頭を掻きむしりたくなったのだが、ガーゼルド様は頷いていた。彼は私を促して控え室の寝室に入った。使う予定のない部屋だからちょっとカビ臭い。ここに入ったのは侍女と騎士に話を聞かれないためだろう。


「エルフィン様が怪しいな」


 怪しいと言っているけど、ガーゼルド様には確信があるような口振りだった。? なぜ?


「エフローシア様は最後に侍女と一緒に部屋を出たのであろう? 侍女ならティアラのあるなしくらいには気が付くのではないか?」


 男の騎士より侍女の方がその辺は目敏いだろうと言う。確かにそういう傾向はあるし、そう思えば無かった筈のティアラをしれっと被って出て行こうという大胆な手は使い難くなるのではないだろうか。


「それに、エルフィン様は子供と一緒だったのだろう? 一人より複数人の方が周囲の目を欺き易い」


 確かにそれはそうだ。それに……。


「そういえばリムネル様はあのティアラに興味を示していらっしゃいました」


 あの時は上手い事誤魔化したけど、お式の様子を見て再燃したのかもしれない。


 ただ、エルフィン様のあのご様子だと、娘のために犯罪を犯すような様子には見えなかった。いえ、むしろ……。


「しかし、これだけでは足りぬ。次期侯爵夫人の身体検査に踏み込むには、何か確実な証拠がなければ……」


 ガーゼルド様は呻くが、ここまで絞り込んだのだから私としては何か言い訳を作ってエルフィン様の控え室に乗りこんでしまいたい。時間がないのだ。もしも何も出てこなくても、何もしないよりは良いと思うの。


 言い訳……。言い訳ね。そうね、リムネル様にさっきの即席ティアラじゃあんまりだから、予備で運ばせたティアラをお見せするとかいう名目で……。でもリムネル様寝てるんだったけ……。


 その時、唐突に私は違和感に気が付く。控え室の寝室で眠っているというリムネル様。その扉の前で椅子に座っていた乳母。


 ……さっきヴェリア様の控え室に来た時は、エルフィン様とリムネル様だけがいらっしゃったと聞いた。


 私が最初に点検に向かった際には、リムネル様はソファーで寝てらした。さっきガーゼルド様と向かった時には寝室に入れられていた。ということは私が点検の時にお会いした後に、エルフィン様はリムネル様をわざわざ起こしてヴェリア様の控え室に向かったという事になる。


 理由は簡単だ。ティアラを持ち出すのにリムネル様が必要だったからだ。だとすると、ティアラのありかは……。


 私はガーゼルド様をグッと見詰めた。彼も真剣な視線を返してくれる。


「行きましょう! ガーゼルド様!」


 ガーゼルド様はその瞬間、クッと口の端を笑わせた。


  ◇◇◇


 三度訪れた私を見ても、エルフィン様は無表情を変えなかった。優雅にソファーに腰掛けている。


「あら? もう時間だったかしら?」


「いいえ。まだでございます。ちょっと私、リムネル様にお見せしたいものがありまして」


 私は手の上に乗せたブローチを見せた。


「こちらをリムネル様が見たがっていたものですから」


 でまかせである。リムネル様は私が管理している宝飾品を何でも見たがったから嘘ではないにしても。


 エルフィン様は嫌そうな顔をした。


「あの娘は寝ています。後にして下さらないかしら?」


「もう、結構な時間寝てられますでしょう? もう起きておられるのではないでしょうか?」


 私はエルフィン様の方ではなく、リムネル様の寝ている寝室の扉の方に近付いた。そこには椅子にリムネル様の乳母が座っている。彼女は私が近付くとビクッと肩を驚かせて立ち上がった。私の方を見たのだが、顔が真っ青だ。


 これだけでも状況証拠は十分だったのだが、彼女が胸に着けていたアメジストのブローチの記憶。そこにはっきりとヴェリア様のティアラが映ったのだった。私は後ろにいたガーゼルド様に頷く。


 瞬間、ガーゼルド様が風のように私の横をすり抜け、寝室の扉と乳母の間に立つ。あまりの早業に乳母は寝室の入り口を塞ぐ事が出来ない。その隙に今度は私が扉に駆け寄り、一気に押し開いた。


 カーテンも閉まり暗い部屋の中、聖職者の宿泊が想定されているからか簡素なベッドがあった。その布団の上に小さな女の子の姿。そしてそのふわふわ茶髪の頭の上に、白と青の煌めきがあった。


「……あった!」


 私は思わず大きな声で叫んでしまった。その瞬間、リムネル様がビクンと震えて目を開く。


「……なに?」


 リムネル様が目を擦りながらそう言って身を起こすと、その拍子に頭からティアラがずり落ちそうになり……。


 ズザーっとベッドに飛び込んだ私によってキャッチされた。


「レルジェ? あ! それ! 叔母さまのキラキラ! いいな! レルジェ! ちょっと貸して!」


 途端にリムネル様が騒ぎ出す。私はそれどころではない。立ったままティアラをざっと点検する。どうやら致命的な損傷はないようだった。私は脚が震えて仕方がなかったわよ。


「あら? なぁにそれは? なんでそんな所にあるのかしら?」


 と白々しい声が聞こえた。寝室の入り口にエルフィン様が優雅な姿勢で立っていらした。口元は扇で隠されている。


「リムネルが勝手に持ってきたようね。仕方のない子。後で叱っておきますわ」


 ……そんなわけあるかー!


 と叫びたかったわよね。でも今はそんな事をしている場合ではない。私は無言で一礼すると、一度だけリムネル様の頭を撫でて、それからお部屋を飛び出した。


 お作法をかなぐり捨てて全力ダッシュでヴェリア様の控え室に飛び込むと、ちょうどヴェリア様が控え室に戻られた所だった。もちろん、侍女も騎士も顔色がないわけで、ただならぬ雰囲気にヴェリア様もお供していたハーメイムさんも表情を硬くしている。


 そこへ飛び込んだ私。手にはティアラを大事に持っている。それを見て侍女と騎士からは大歓声が上がってしまったわよね。


 息を切らしている私を見て、ヴェリア様は目を丸くしていた。


「どうしたの? レルジェ?」


「な、なんでもございません。すぐにお支度を!」


 まさかお姉様であるエルフィン様に盗まれていました、とは言えない。せっかくの結婚式なのだ。ヴェリア様の気分に水を差したくない。


 逆に言えば、エルフィン様はそこまで考えてこの挙に及んだのだろう。その悪意に私の怒りは更に高まった。しかしそんな怒りをヴェリア様に見せる訳にはいかない。私はお作法の笑みを貼り付けながらヴェリア様に次々と宝飾品を装着していった。


 無事に準備が終わり、ヴェリア様は控え室を出発なさった。ドアが閉まった瞬間、侍女たちは一斉に床に崩れ落ちた。私を含めて。声も出ない。


 ……良かった。間に合って本当に良かった……。


「レルジェ、ありがとう!」「良かったわ! 本当に良かった!」「わーん!」


 侍女たちは私に抱き付いて泣き始める。それはもしもヴェリア様がティアラ無しでパレードにご出発なさるような事態が起こったら、侍女は全員死刑だっただろうからね。私も含めて。


 私ももう泣いてそれから寝込みたかったのだけど、私の仕事はまだ終わっていない。私は泣いている侍女たちに控え室の撤収作業を任せると、ふらつく脚を叱咤しながらエルフィン様の控え室に向かった。


 ◇◇◇


 エルフィン様の控え室は騎士によって封鎖されていた。でも私が来たのを見ると、騎士は一礼して恭しく扉を開けてくれた。私は軽く会釈して部屋に入る。


 中にはソファーに座ったエルフィン様と、乳母に抱っこされて椅子に座っているリムネル様がいた。リムネル様は私を見て手を振っていたわね。


 ……私は室内で厳しい顔をして立っていたガーゼルド様に目をやる。ガーゼルド様は頷いて、乳母に言った。


「少し席を外すが良い」


 乳母は戸惑ったようにエルフィン様を見たが、エルフィン様は無表情のまま乳母やリムネル様の方を見もしなかった。


 乳母は仕方なくリムネル様の手を引いて部屋から出ていった。退屈していたらしいリムネル様は乳母の手を逆に引くようにして飛び出して行ったわね。


 ……私はエルフィン様の正面に腰を下ろし、その後ろにガーゼルド様が厳しい表情でお立ちになった。エルフィン様は涼しい顔だ。一言も発しない。仕方なく私は言った。


「ご自分が何をなさったか、分かっているのですか?」


 それでもエルフィン様は知らん顔だった。流石は侯爵夫人。生半可な鉄面皮ではなさそうだ。


「このままではエルフィン様は罪に問われますよ。それでもよろしいのですか?」


「あれはリムネルがやったことよ。子供のやった事を罪だなんて。寛容さに欠けるのではないかしら?」


「そんな言い訳は通りません。エルフィン様」


 私の強めの言葉にエルフィン様の視線に険が宿る。


「貴女、この私を脅す気なの? 次期公爵の愛人とはいえ男爵令嬢の分際で。きちんとした証拠もなく侯爵夫人を犯罪者扱いして、どうなるか分かっているんでしょうね?」


 脅しているのはどちらなのか。私はエルフィン様をグッと睨んだ。気合いで負けてはならない。私は断固とした口調で話し始める。


「まず、エルフィン様は私が点検のためにこの部屋に来て、出たらすぐにリムネル様を起こしてご自分で手を引いてヴェリア様の控え室に向かいました」


 普段なら乳母が面倒を見ていてエルフィン様は娘に無関心だった。そのリムネル様をわざわざ自分で連れて行ったのだ。その目的は……。


「そして控え室で隙を見てティアラをリムネル様の頭に載せます。リムネル様は半分寝ていましたから、何をされたかも分かっていませんでした。そして眠がるリムネル様を宥めるフリをして、ストールでリムネル様の頭を隠して騎士の目を誤魔化す」


 見てきたかのような私の言葉に、さすがにエルフィン様の目が大きくなる。


「そしてこの部屋に戻ってきたらリムネル様ごと寝室にティアラを隠す」


 普通は使用準備もされていないこんなカビ臭い寝室に、大事なご令嬢を寝かしたりしないだろう。布団干しもしていないだろうからね。


 それと気になったのが普段は肌身離れずリムネル様の側にいた筈の乳母が部屋の外にいた事だ。見張のためと……。


「いざという時に『リムネルが勝手に持ってきた』という言い訳をする為ですね」


 乳母が一緒にいたなら責任は乳母にも発生し、その雇い主であるエルフィン様にも罪は及ぶ。それを避けるには乳母は「知らなかった」という事にするしかない。あくまで子供が勝手にやった事。そういう筋書きだ。


 事が公になった時に、まだ分別の付かない幼児であるリムネル様を罪に問えるかどうかは微妙である。特にヴェリア様は幼い姪を罰することを望まないだろうからね。


 子供を盾に、子供を利用した、なんとも卑劣な計画である。私は怒りを込めてエルフィン様を睨んだ。


「証拠はありますよ。エリフィン様。私が証拠です」


 エルフィン様は戸惑った表情をしているけど、近衛騎士団長のガーゼルド様は当然のようなお顔をしている。彼は貴族逮捕権さえある法の専門家だ。


 その彼が私の言葉を肯定するような態度をしている理由は、私の能力が既に皇帝陛下公認だからだ。帝国において皇帝陛下のお言葉はあらゆる法に優先する。その陛下がお認めになった私の能力には証拠能力が認められているのである。


 エルフィン様の行動はティアラの記憶で完全に解き明かされている。言い逃れは出来ない。


「どうしてこんな事をしたのですか? 貴女はヴェリア様の姉ではありませんか。ヴェリア様に恥をかかせる事がお望みだったのですか?」


 怒りを込めて私が言うと、エルフィン様の表情が初めて動いた。赤い紅を引いた唇が歪んだのだ。


「……そうですよ。あの妹に、恥をかかせてやりたかったのです」


 その瞬間、エルフィン様の身体から真っ黒なものが、憎悪とか嫉妬とか、そういうドス黒いものが湧き出したかのように見えた。思わず息が詰まってしまう。


「……そんな事をしてどうなるというのですか?」


 せっかく外戚になったメイーセン侯爵家の評価が下がるだけで何の得にもならないだろう。しかし、エルフィン様は挑発的な口調で言った。


「あんな妹に引き立てられるなんてごめんですわ。一生、あんな妹に傅いて屈辱に耐えて生きるなんて、死んでもごめんだわ」


 つまりはそれが動機だというのだろう。高過ぎるプライド。それまで下に見ていた妹に上に行かれた屈辱。そして未来への絶望。


「せっかく大恥をかかせて皇太子殿下を怒らせ、全ての面目をまる潰しにしてやろうと思ったのに。余計な事をしてくれたわね」


 そんな事になったらメイーセン侯爵家だけでなく本家のウィグセン公爵家にまで被害が及ぶだろうね。公爵は怒り狂い、メイーセン侯爵家を取り潰してもおかしくない。


「……そんなにご実家の事が嫌いですか?」


 私の言葉に、エルフィン様は驚いたような、図星を突かれたような、そんなお顔を見せた。そして目尻を吊り上げて私を睨んで、しかし出てきたのは肯定の言葉だった。


「ええ、憎いですわ! この私を、縛り付ける、この家が憎い! 私だって嫡女に生まれなければ! 皇族にだってなれたのに!」


 思わず出てしまった本音、という感じだったわね。


 エルフィン様はメイーセン侯爵家の長女である。妹はヴェリア様。そして他にお子はいなかった。そのため、エルフィン様は早くから婿を取って侯爵家を継ぐ事を義務付けられてしまった。


 そのため、社交界でも評判の美女であったにも関わらず、そのお相手は格下の家の男性達に限られることとなった。お婿の候補だからね。エルフィン様は内心で不満を抱えていたのだろう。


 しかしそれは仕方のない事、侯爵夫人になるためには仕方のない事だと諦めてもいたと思う。


 ところが、伯爵夫人予定だったヴェリア様が皇太子殿下に見初められ、なんと皇太子妃になってしまった。侯爵夫人のエルフィン様の遥か上に行ってしまったのである。この事は、エルフィン様が内心で抱えていた劣等感を大いに傷付けたのだった。


 自分だって家の縛りがなければ皇太子妃にだってなれた(年齢的にルシベール殿下とは合わなかったのは無視して)。家に縛られなかったヴェリア様が家を守った私の上を行くなんて許せない。


 そういう怒りに突き動かされて、こんなバカな事をしでかしたのだろうね。


 エルフィン様は抱えていたことを吐き出せたからなのか、いっそ清々とした表情で笑顔さえ浮かべていたわね。


「ふん、で、私を罰するの? 良いわよ。この期に及んで逃げも隠れも致しませんよ」


 ……もしもエルフィン様を罰するとすれば、皇族に対する不敬の罪。国事行為の妨害、窃盗隠蔽などの罪になるだろうね。一番罪が重いのはもちろん不敬の罪で、これは場合によっては死罪もあり得る。皇太子殿下に知れたら間違いなくそうなるだろうね。


 しかし結婚式の事件で実の姉が厳しく罰されたら、心優しいヴェリア様は悲しむだろうし、慶事に陰を差す事にもなる。……多分、そういう風にヴェリア様を悲しませる事も含めての計画なんだと思うと本当に腹が立つ。ヴェリア様の方は冷たい姉の仕打ちにもめげずエルフィン様をそれなりに慕っているのに。


 私が沸々と怒っていると、それまで一言も発さず私の後ろに立っていたガーゼルド様が低い声で言った。


「安心せよ。この件で其方が罰される事はない。……当面はな」


 エルフィン様はニヤッと口の端を歪めた。が、ガーゼルド様は続ける。


「だが、罪の報いは払ってもらうぞ。長期的にな。ルシベールの治世の内にメイーセン侯爵家と其方が利益を得る事はないと思え」


 つまり、本来メイーセン侯爵家が外戚として得る筈だった権益は今回の罪で帳消しになるという事だ。


「そして、これはウィグセン公爵家も同様だ。事情は公爵にも話して納得させる。以上だ」


 ……つまり、大借金をしてまでメイーセン侯爵家を援助した本家のウィグセン公爵家も外戚の資格を失い、権益を得ることが出来ないという事である。これは……。公爵閣下は怒り狂うだろうね。当然だけどメイーセン侯爵家もタダでは済むまい。


 メイーセン侯爵家とエルフィン様は一族の中で村八分のような扱いを受ける事になるだろう。そういう貴族的には大変厳しい処置だと思うのに、ガーゼルド様に言い渡されたエルフィン様は声を上げて笑ったのだった。


「おほほほ。良いのではありませんか? こんな家、未練などありません。潰れて仕舞えば良いのです。清々しますわ!」


 私は絶句する。誰もが羨む高位貴族令嬢に生まれ、何一つ不自由なく生きてきたご婦人が、どうしてここまで人を呪い世の中を呪い、妹を辱め実家を滅ぼしたいとまで望んでしまうのだろうか。


 孤児出身である私には全く分からない事だった。身体が冷たくなるような気分になっていた私の肩に、暖かい手が掛かる。


「行こう。レルジェ。もう良いだろう」


 私は彼の手に自分の手を触れさせて、頷いた。もちろんこれで終わりではなく、ガーゼルド様がメイーセン侯爵と次期侯爵、ウィグセン公爵ともちろん皇帝陛下なんかと話し合いをしてくれるんだと思う。しかしそこまで行くとそれは私の仕事じゃないわよね。


 私は立ち上がり、退室した。急いで着替えて帝宮に向かい、ヴェリア様と皇太子殿下の結婚披露宴に出なければいけない。エルフィン様は「体調不良」で欠席という事になるだろう。ヴェリア様は心配なされるだろうけどやむを得ない。


 退室する際、ドアの所からエルフィン様の方を見ると、彼女は血走ったこの世の全てを憎むかのような視線で、私の事を睨み付けていたのだった。


――――――――――――

「貧乏騎士に嫁入りしたはずが! 野人令嬢は皇太子妃になっても竜を狩りたい 」コミックス一巻が発売されます! 是非ご予約下さいませ! よろしくね!

https://amzn.asia/d/4kKDGs9

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る