第十四話 ヴェリア様の結婚式(中)
中央をお進みになったヴェリア様は祭壇に上がる階段の前に辿り着いた。
そこには紫色の礼服に緋色のマントを羽織った凛々しい男性、皇太子殿下ルシベール様がいらっしゃった。黒に近い茶髪を撫で付け、ラピスラズリ色の瞳は幸せそうに細められていた。
そりゃあ嬉しいでしょうね。殿下は三年くらい前、ヴェリア様に出会った瞬間に一目惚れして、それから丸二年間物凄い熱量でヴェリア様に求婚し続けたのだそうだ。
私は一度皇太子殿下に「ヴェリア様のどの辺がお気に召したのですか?」と伺った事がある。すると殿下は目を輝かせて仰ったわね。
「もう一目見てその清楚な美しさの虜になったのだ! 会話を交わしてみれば頭脳は明晰で芯がしっかりした話し方をするにも関わらず、控えめででしゃばらない。しかし譲れぬところはしっかりと主張する! そしてその表情がだな……!」
しばらく独演会になってしまって参ったわよね。これをヴェリア様ご本人の前でやるんだもの。ヴェリア様は苦笑していらしたわね。何というか、思い込んだら突っ走るところはガーゼルド様に似ていると思う。
ただね、皇太子殿下は皇帝陛下と皇妃陛下にはしっかりと、ヴェリア様が皇太子妃、ひいては皇妃に相応しい人物である事をしっかりアピールしたそうだ。
曰く、非常に落ち着きがあり、物事に大きく動じず、下の者にも態度が丁重で、それでいて卑屈ではない。これらは帝国の頂点に立つ女性として得難い資質であるとの事だった。
最初は侯爵家二女という身分の問題で難色を示していた両陛下も、何度かヴェリア様と接されて確かに殿下の言う通りだと資質を認め、遂にはご婚約をお認めになったのだった。
皇太子殿下に楚々と寄り添われ、しっかり存在感を発揮するヴェリア様を見れば、彼女に皇太子妃に相応しい品格が備わっている事は明らかよね。皇太子殿下は身分などに曇らされぬ人の資質を見抜く目をお持ちなのだ。きっと良い皇帝陛下になられるだろう。
お二人は手を取り合って祭壇への階段を上がって行かれる。ご親族は親族席に座り、私たち侍女は入り口近くの椅子に座る。ここからだとヴェリア様と皇太子殿下のお姿は遥かに遠いけど、敬愛する主人の晴れ姿を見られるだけでも嬉しい。ヴェリア様にお仕えして長い侍女達はポロポロ泣いていたわね。
ただ、私は呑気にお式を堪能している訳にはいかなかった。途中で何回か部下が私の側にやって来て耳打ちをする。
「レルジェ様。控え室に儀典省の役人が到着しました」
「分かりました。不備がないように確認して下さい。試着は済んでいるので大きな問題はないと思いますけど」
今回のヴェリア様のご結婚式の予定はやや複雑だ。
まず。今絶賛開催中の結婚式。これが滞りなく終わったら、ヴェリア様は控え室に下がる。この次に皇太子妃就任式があるのである。
この際にはアクセサリーのほとんどを一度外さなければならない。就任式は政治的なセレモニーだからである。この際には会場から外国の方、ご婦人方はお下がりになるから会場の人数は大きく減ることになる。
就任式を終えられると今度はパレードである。皇太子殿下、皇太子妃殿下は並んで無蓋馬車に乗って、帝都を広くパレードなさる。そしてそのまま帝宮に入城される。それから帝宮で一番大きな大広間で披露宴である。
問題なのはアクセサリーの付け外しなのよね。アクセサリーは外し、就任式用のマント、皇太子妃冠、勲章などを装着しなければならないのだ。しかもアクセサリーはまたすぐに着用するので、すぐ使えるように準備しておかなければいけない。
その準備を、私は部下の他家の侍女達に任せたのである。上級侍女である私はどうしても結婚式に参列しないといけなかったからだ。しかし気が気ではない。スケジュールがタイトだから失敗は命取りになる。私は小まめに部下に指示を出し、問題に対処した。
そんな訳だから私はヴェリア様と皇太子殿下が祭壇の上で大女神官様の祝福を受け、誓いの言葉を声を揃えて宣誓し、そして誓いのキスをして一千人の来賓の皆様から万雷の拍手を浴びたシーンを、ろくに見る事が出来なかったのだった。
◇◇◇
結婚式が終わると、私は控え室に飛んで帰った。控え室には儀典省のお役人が待っている。儀式用マントと皇太子妃冠は儀典省の管轄であり、お役人がわざわざ儀式の度に運んでくるのである。
私はそれを衣装班と一緒に一通りチェックする。そしてヴェリア様のお入りを待つ。
ヴェリア様はさすがにお疲れの表情で控え室にお入りになられた。この時点でヴェリア様は既に「私的な」場面では皇太子妃殿下になられている。これから就任式に臨まれるとお役職として「公的な」皇太子妃殿下となられる。
しかしこの時点から呼称は変えなければならない。
「妃殿下、こちらへ」「さぞお疲れでしょう」「飲み物をこちらに」
ヴェリア様は苦笑なさっていたわね。
「みんなにそう呼ばれると、少し実感が湧いて来たわ」
私は手早く、しかし丁寧にヴェリア様の身体からアクセサリーを外していく。ドレスに縫い付けられているものも、目立つ石は外すのだ。もう一度縫い付けるのは大変だけどやむを得ない。
外したアクセサリーはテーブルの上にズラッと並べる。もう一度ヴェリア様に装着して頂くことも考えて、順番も位置も決めてあるのである。これも事前のリハーサル通り。
アクセサリーを外し終えたら儀式用マントを着て頂き、勲章をマントに三つ付ける。そして皇太子妃冠を頭に載せる。
皇太子妃冠は物凄く古い、金で出来た冠で、まだカッティング技術が進んでいなかった頃の簡単に磨かれた宝石がいくつも嵌っている。正面のメインの石は多分ブルーダイヤモンドで、よくは分からない。
というのは、この冠を飾る宝石は全てガラスコーティングされているからだ。多分だけど、古の宝石の記憶が見える貴族がたまにいた時代から使われているものなのだろうね。能力を阻むためにコーティングを施してあるのだ。
婚礼用のアクセサリーに比べれば頑丈に出来ているのでなんという事もない。皇太子妃としての正装を身に纏われたヴェリア様は準備がお済みになるとすぐに大聖堂に戻られた。
就任式には侍女は出られない。ご婦人方も出られない。なのでご親族の婦人達は控え室に残っている。ちなみにこの後、就任式を終えられたヴェリア様はもう一度ご婚礼と同じ装備に戻してパレードに向かう。ご親族はパレードの出発をお見送りしたら帝宮に入って披露宴の準備をなさるのだ。
披露宴はもちろんヴェリア様もご婦人達も着替えるのだけど、これは普通の社交衣装で良いので、ご婦人達は自由に好きな服装に着替えるから私の管轄ではない。私はヴェリア様の宝飾品だけを考えれば良いのでグッと楽になる。
しかしお見送りまではまだ衣装を崩してもらっては困るので、私はまた控え室巡りを始めた。
ウィグセン公妃様はゆったりとお茶を飲んでいたわね。皇族のご婚礼も初めてではないので慣れたものだ。私にもお茶をお薦めくださって、公妃様からのお勧めではとても断れず、私は三十分ほどお付き合いさせて頂いた。
続いてメイーセン侯爵夫人の所へ。エルフィン様は静かにソファーに座っていて、別のソファーではリムネル様が大の字になって伸びていた。カーカーとイビキをかいて気持ち良さそうに寝てしまっている。子供には長時間の結婚式で大人しくしてるのは辛かった事だろう。
問題はなさそうなので私は次々とご親族控え室を巡る。案の定、段取りを理解していないご婦人が宝飾品を外そうとしていたり、帰り支度を始めていたりして、私はお止めして宝飾品を直して頂いた。
計一時間程私は控え室を外した事になる。私は全部の控え室を回り終えるとヴェリア様の控え室に戻った。皇太子妃就任式は大体二時間くらいの予定だ。後一時間くらいある。少しは休めるわね。
私はそんな呑気な事を考えつつヴェリア様の控え室に入った。お部屋の中には誰もいなかった。みんな休憩しに出てしまったのだろう。侍女用の控え室が別にあるのだ。
もちろん、入り口には騎士が立っているから問題はない。なにしろ内部にはヴェリア様の宝飾品がテーブルの上に出しっぱなしなのだ。変な人間に入られる訳にはいかない。
私ももう一度段取りを確認するのと、宝飾品に綻びがないかを調べるために、婚礼用の宝飾品が並んでいるテーブルに近付いた。
たちどころに気が付いた。顔からザーッと血の気が引く音が聞こえたわよね。
ーーーティアラがない!
なんと、例のブルーダイヤモンドのティアラがテーブルの上に無かったのだ!
え? どうして? 私には咄嗟に意味が分からない。思わずテーブルの下を見たり、周囲を探したりしたのだけど、勿論そんな所にはない。
ど、どうしよう。私はさすがにパニックになり掛る。しかし、寸前で踏みとどまった。落ち着け。ここで混乱しても意味がない。
ヴェリア様がお戻りになるまでにはあと一時間。それまでに発見出来なければ、ヴェリア様はティアラ無しでパレードに出なければならない。大問題である。
あのティアラは皇太子殿下の強い意向でデザインされ、造られたものだ。それが紛失し、よりにもよって帝都市民へのお披露目のパレードで着用出来ないなんて事があれば、私達宝飾品班は全員斬首の刑でもおかしくない。少なくとも責任者の私は死を免れ得ないだろう。
私は深呼吸をする。入り口は騎士が護っていたし、しばらくは控え室にも人がいたはずだ。私はすぐに外にいる騎士に声を掛ける。
「問題が起こりました。すぐに警備責任者とヴェリア様付きの侍女全員を呼んで下さい」
私は呼び集めた者達が来る前に、ティアラの周りに置いてある宝飾品の記憶を探った。もしも盗まれたなら犯人が他の宝飾品も触っているかも知れない。
しかし、他の宝石に触れられた痕跡は一切なかった。ということは犯人(もしも盗難ならだが)は最初からティアラに狙いを定め、それだけを手早く持っていったということになる。
すぐに九人の侍女と騎士が五人、集まった。侍女は元々ヴェリア様にお仕えしていた者達だし、騎士も全員が顔見知りだ。全員信用出来ると考えて良い。集まった皆に私は言った。
「ティアラがありません。心当たりのある者はおりますか?」
全員が愕然とする。侍女は今にも卒倒しそうなくらい真っ青になり、騎士も目を丸くする。
「な、なんで!」「え? 嘘でしょう?」「どういう事なんだ!」
口々に驚く皆を見ながら、私は全員が身に着けている宝飾品から記憶を読み取る。侍女も騎士も晴れの舞台なので複数の宝飾品を身に着けていたからね。それによればこの全員はティアラに近付いたり触れたりした様子は無かった。勿論、私のこの能力も万全ではない。しかし、この全員は元々の経歴を考えてもシロだと考えて良いと思う。
「みなさん。皆さんが最後にティアラを見た記憶を思いだして下さい」
私の言葉に全員が頭を押さえて考え込む。騎士達は五人とも口を揃えて言った。
「私達は室内に入ったのは今が初めてで、ティアラに関してはヴェリア様がご着用の所しか見ておりません。室内に高価な宝飾品があるとのことで、私達は厳重に監視しておりましたが、誰もティアラのような大きなものを持ち出した様子はありませんでした」
それはそうよね。皇太子妃の控え室、女性の控え室なのだ。男性の騎士達が入るわけがない。
そして侍女達はこう言った。
「ヴェリア様がお出になられて、レルジェ様が他のお部屋に行かれてしばらくして私達は控え室に下がりました。ただ、その前に何人かヴェリア様のアクセサリーを見学に来た方がいらっしゃいます」
ヴェリア様が宝飾品を外して儀式に出られる事を知っていたらしい方が数名、控え室に見えたらしい。ちなみに、侍女が席を外してからも数名の方がいらしたのだが、それは騎士が責任が持てないと入室を拒否してくれたそうだ。
見学に見えたのはザボリア伯爵令嬢のラッピア様。朝に寝坊して支度が遅れたマリナール侯爵令嬢のエフローシア様。ゼイセン侯爵のご令嬢は三姉妹でお見えになったらしい。それとヴェリア様の姉上であるエルフィン様と娘のリムネル様だ。計七名である。
この時は最低でも二人の侍女が立ち会ってくれたそうで、見学に来た方々もさすがは高位貴族のご婦人という感じで、上品に優雅にアクセサリーを楽しく眺めるだけですぐにお帰りになったそうだ。
「で、でも、ティアラが間違い無くあったかと言われると自信がございません。よく見ていませんでしたし……」
侍女は私が戻ってくる直前までは控え室にいてくれたらしい。しかし私がなかなか帰って来ないので騎士に後を託して控え室に休みに行ってしまったそうだ。この緊張する中、息抜きをしなければ疲れ果ててしまうので、これは責められない。
という事は常識的に考えて、侍女が控え室に行って、私が戻ってくるまでの間にティアラは消えてしまったという事なのだが、その時間は騎士によれば本当に短く、僅か五分ほど。その間に部屋を出入りした人間は皆無で、ここは大聖堂の二階。勿論窓にも異常は無かった。
この控え室は本来は大聖職者が宿泊する事まで考えられているので、お風呂、トイレ、寝室はもちろん礼拝堂まで付随していて結構広い。ただし、今回はお風呂や礼拝堂は使っていないので扉は閉められていて誰も入ってはいない。一応、念のためにそこも含めて控え室の中は調べたのだけど、もちろん何処にもティアラの姿はなかった。
侍女達はもう泣きそうである。というか泣き喚き始めていた。
「ど、どうしましょう!」「ヴェリア様になんと言ったら……!」「一体どこにあるの!」「ああ! 大女神様! お慈悲を!」
私は思わず侍女達を叱り付けた。本当は私よりも遙かに位が高い方々をだ。
「落ち着きなさい! 騒いでいる暇があったら考えなさい!」
私だってもう泣きたい気分だった。幾ら考えても、妙案は全く思い浮かばない。どう考えても私の手に余る事態だった。
私よりも沈着冷静で、頭脳明晰で、肝が据わっている人に助けて貰えたら……。
思わずそう思ってしまった私の脳裏に浮かんだのは、もちろんあの方だった。
……。それは躊躇した。例の話もあるけども、あの方は今、ヴェリア様のお側で警備の任に就いている筈だ。それをわざわざ呼び出すなんて……。
しかし、そんな事を言っている場合ではなかった。私は切羽詰まっていた。藁をも掴む思いだったのだ。それでも悩んだ挙げ句、遂に私は決断した。騎士に向かって言う。
「……ガーゼルド様を呼んで下さい!」
◇◇◇
ガーゼルド様は意外にすぐに飛んできた。緊急事態に対応するための符丁が決めてあったのだそうだ。ガーゼルド様は控え室に文字通り駆け込んできた。私の顔を見付けると真剣な顔で問い掛ける。
「どうした。何があった!」
頼もしいガーゼルド様のお姿を目にして、私は腰が抜け掛けた。安心感、信頼感が半端ではない。思わず泣きそうになりながらも気合いを入れ直す。ガーゼルド様を巻き込んだからにはもう後戻りは出来ない。
私はなるべく丁寧に簡潔に事態をガーゼルド様に説明した。ガーゼルド様はさすがに驚愕して目を丸くしたのだが、声を出さなかった。そして一瞬、目を閉じて考え込む素振りをしたが、すぐに私の手を握ると言った。
「行くぞ!」
「へ? ど、どこに?」
「知れたことだ。アクセサリーの見学に来た七名を調査せねばならぬ。一番怪しいのはその連中だろう」
私は驚く。私がその考えに思い至らなかった事に驚いたのだ。確かに侍女達は自分たちが退室するまでティアラが間違い無くテーブルにあったとは誰も証明出来ていない。それは私でもなければアクセサリーの事ばかり考えている訳にはいかないからね。彼女達には別の仕事がある。
ということは最後に確実にティアラを見たと言えるのは、見学に来た七人なのだ。
「全員高位の者達だから、問答無用でとっ捕まえて拷問する訳にも行かぬ。事情を打ち明けたら失態が知れ渡ってしまう。穏便に話を済ませるには君の能力が要る」
力強いルベライト色の瞳を見ていると私の心は不思議と落ち着いた。やっぱり私はこれでも内心少しパニックを起こしていたようだ。私はガーゼルド様と視線を合わせて頷いた。
私とガーゼルド様は控え室を飛び出し、まず最も近いメイーセン次期侯爵御一家の控え室に向かう。
エルフィン様は少し驚きを露わにして私、というかガーゼルド様を迎えた。そういえば忘れがちだけどガーゼルド様は次期公爵。エルフィン様よりも身分が上なのだ。
「なに、大した用ではない。警備上の都合で、大聖堂からの退場時間に変更があるのだ」
まさかティアラがなくなった、なんて言えないので、ガーゼルド様がそれらしい理由をでっち上げたのだ。その隙に私はエルフィン様の宝飾品から記憶を読み取る。
ふと気が付く。
「リムネル様はどちらに?」
エルフィン様はそっけなく顎で奥の部屋を示した。
「寝てしまったから奥のお部屋に寝かしております」
見ると、奥の扉の前で乳母が座っていた。そこが寝室なのだろう。
「お疲れでしたからね」
と私は労ったのだけどエルフィン様はフンという感じで返事をしなかった。
私とガーゼルド様は続けてマイナーセル侯爵令嬢のエフローシア様の所に向かう。やはりガーゼルド様の突然の登場にエフローシア様は驚いていたわね。
そしてガーゼルド様が伝達事項を伝えると、真っ赤な顔でコクコクと頷いていた。
続けてザボリア伯爵令嬢のラッピア様の所に行く。ふわっとした金髪のラッピア様はガーゼルド様を目にすると大感激して、ピョンピョンと跳ねていた。貴族女性にあるまじき態度だったけど、それくらいガーゼルド様とお話出来た事が嬉しいのだろう。
そして私を結構あからさまな目付きで睨んでいた。せっかくガーゼルド様とお会い出来たのに、なんで余計なものがくっついているのか! と言いたげだった。これは宝石の記憶を読むまでもなかったわね。
ゼイセン侯爵家の三姉妹に至っては、ガーゼルド様を囲んでキャーキャー言っていてガーゼルド様の話を聞いているんだかいないんだか。あまりの圧に私はガーゼルド様のお側から退避を余儀なくされたわね。
なんとかゼイゼン侯爵家の三姉妹から逃れると、ガーゼルド様は草臥れたというお顔を隠そうともせずに私に尋ねた。
「どうだ。何か分かったか?」
「……ガーゼルド様が女性に優しく大人気だという事が分かりました」
「なんだそれは!」
ガーゼルド様は女性に興味がなく縁談を無数に断っていらっしゃるお方なのだが、女性には気を遣い優しく接する事はちゃんと出来るのである。
そのため、女性の方は美男であるガーゼルド様に優しく丁重に接されると、たちまち魅了されてのぼせ上がってしまうのだった。
このため、女性社交界にはガーゼルド様のファンが大勢存在し、彼が結婚しないのを良いことに、ファンの集いのような事まで開催し、お茶会を開いてはガーゼルド様の素敵な所を語り合ったりしていたらしいのである。
……そのガーゼルド様が愛人を作ったと、女性社交界には衝撃が走り大激震が起こったのだそうだ。
多くの貴族女性が泣き叫び、悔しがり、気を失うなど大変な事になっているそうだ。当然だけどお相手の私の事で社交界の噂話は持ち切りになり、私が社交界に全然出てこない(ヴェリア様の結婚準備で忙しかったため)せいであらぬ噂までが飛び交っているのだという。
……もしかしてもしかしなくても、これで私が女性の社交にでも出ようものなら大変な事になるんじゃないかしら。
私が内心で嫌な予感にブルブル震えていると、ガーゼルド様は呆れたように言った。
「今はそんな事を気にしている場合ではあるまい。ティアラについては何か分かったのか?」
確かに今はそっちに集中すべきだろうね。私は全員の宝飾品から読み取った記憶を思い起こす。
「残念ですが、直接ティアラをどうこうしたという記憶はどの方からも読み取れませんでした」
強いて言えば、エルフィン様からはっきりとしたティアラのイメージが伝わってきたというくらいだった。
「後はラッピア様はティアラを見ていない可能性があります。ティアラがなくなってから見学に来たのかもしれません」
「ふむ、では一人減ったな。他には?」
私は首を横に振る。
「残念ですが、それくらいしか分かりません。ただ、ゼイセン侯爵家の三姉妹は除外して良いと思います」
「なぜだ。複数人いるならば物も隠し易い。私は重大な容疑者だと思ったのだが」
確かに、ティアラを一人で隠し持って騎士の警戒をすり抜けるのは難しいかもね。
「三人ですから秘密を守るのが逆に難しいと思います。あの方々はプロの泥棒ではなく、高位貴族のお嬢様方ですから」
窃盗で一番難しいのは窃盗品を処分する事で、それには盗品を扱ってくれるブローカーに接触しなければいけない。侯爵令嬢にそんなルートがあるとは思えない。
ならばあのティアラをそのままコレクションとして秘蔵するしかないのだけど、それだと三姉妹の誰が保持するかで揉める事になるだろう。話し合いが決裂すれば事の露見に繋がる。
皇太子妃の婚礼用宝飾品を盗んだなどという事になれば、侯爵令嬢でも処刑は免れ得ない。
「ふむ、ではマイナーセル侯爵家のエフローシア様か、それともメイーセン侯爵家のエルフィン様か……」
……あるいは全然違う他の誰かか……。
ヴェリア様がお戻りになるまで、後十五分。それまでになんとしてもティアラを見付けなければならない。私は頭をフル回転させなければならなかった。
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