第十三話 ヴェリア様の結婚式(前)

 ヴェリア様のご結婚式は秋晴れの一日に行われた。これは極めて異例である。


 通常、皇族の結婚式は春に行われるからだ。これはこの時期は麦刈り前で、つまり納税期前であるので大臣や官僚が暇だからという理由があるらしい。秋は麦蒔きの季節で同時に冬前の公共工事の季節であり、皇族の結婚式などという大規模イベントを開催されたら迷惑なのだ。


 しかし今回は皇太子殿下のたってのご希望に誰も逆らう事が出来ずに秋の開催になってしまった。そのせいで各方面は大変だったらしい。


 勿論、二年掛かりで準備すれば良かった筈が、たったの八ヶ月しか準備期間が頂けなかったヴェリア様も大変だっただろう。特に二女であるヴェリア様は元々伯爵家に嫁ぐ予定で、メイーセン侯爵家としてヴェリア様の為に確保していた予算はそう多くはなかった。


 それがいきなり皇太子殿下との結婚になったものだから予算は三倍規模に膨れ上がってしまい、メイーセン侯爵家は金策の奔走を余儀なくされたらしい。本家のウィグセン公爵家も大借金して侯爵家を援助したのだそうだ。正にヴェリア様は一族の全てを背負って皇太子妃になられるのである。


 貴族の結婚というのはそういうもので、これでは本人の意志や希望がほとんど無視されてしまうのも無理からぬ話よね。ちなみにこれは皇太子殿下ご自身だってそうなのであって、もしも皇帝陛下がヴェリア様の結婚に「許す」と仰らなければ、如何に殿下が泣いて喚いても絶対に結婚は出来なかっただろう。


 皇太子殿下にはイーメリア様や外国の姫君を含めた縁談が多数あり、ヴェリア様と結婚出来る可能性はそう高くはなかった。それを巧みな交渉力で皇帝陛下と結構強く反対していたという皇妃陛下を説得し、貴族達の関係を取り持って社交界の世論を調整し、見事婚約に持ち込んだのだから皇太子殿下の政治力はかなり高いのだという話だった。


 もっともこれには腹心のガーゼルド様もがっつりと噛んでおり、相当なレベルで暗躍したらしい。……もちろん、ご自分の結婚話でも存分にご活躍下さるつもりだろうね。


 それは兎も角、いよいよ結婚式当日。私は夜半過ぎにはもう起床して準備を始めていた。私は「宝飾班」の責任者として、三十名からなる部下を指揮してこの結婚式に臨んだ。


 なんでこんなに部下が必要なのかというと、結婚式は新婦一人が着飾れば良い訳ではないからだ。介添人を務める侯爵様。ヴェリア様のお姉様と夫の次期侯爵。その小さなご令嬢。後見人になられるウィグセン公爵殿下と公爵妃殿下。次期公爵とそのお妃様。公爵家の三人のご令嬢。他多数の親戚の方々。それら全ての宝飾品のコーディネートも私の「ヴェリア様宝飾班」の仕事だからである。


 勿論、他の皆様にもそれぞれ宝飾品管理を担当する侍女の方がいらっしゃるので、私は彼女達を集めて何度も何度も何度も会議を開催し、当日の装いをドレス班とも相談しながら検討し、実際にご本人にお召しになってもらってご意見を頂いてもう一度検討し、場合によっては宝石商人を呼び出して新規のアクセサリーの発注や改造の依頼を行った。


 なんでこんな一族の重大事件の、一部門の最高責任者が私になってしまったのか? おかしいじゃないの。私はまだヴェリア様にお仕えして半年の新参者なのに。男爵令嬢で身分も一番低い筈なのに?


 これは私が例の「エベロン大王のルビー事件」で大立周りを演じた事で、社交界では私が「宝石の専門家」としてかなり有名になってしまっていたこと。ヴェリア様の宝飾品を担当してそのセンスが高く評価されるようになっていたこと。そして何より私が次期公爵であるガーゼルド様の愛人と見做され、その事でステータスが引き上げられた事による。


 平民の私にはどうにも馴染みにくいのだけど、貴族の間での「愛人」は「公妾」の場合「妻」とほとんど遜色ない扱いとなり、堂々と「誰それの愛人」として社交界を闊歩するものなのである。勿論、家のことを取り仕切る妻の方が間違い無く上だと見做されるけど、仲睦まじい愛人が妻の権勢を凌ぐ事は珍しくないのだそうだ。


 しかも相手が、これまで浮いた噂一つなかったガーゼルド様である。その彼が公衆の面前で、というかわざわざ集めた大勢の貴族の前で見せ付けるように腰を抱いて現れたのがこの私である。今思えば証人という名目であんなに貴族を集めたのは、自分の愛人(実は妃にするつもりなんだけど)として私をお披露目する意図があったんじゃないかしらね。


 妻を迎えるのかも怪しいと危惧されていたガーゼルド様が私を愛人として伴ったことは全貴族を驚倒させ(そして義理の父扱いのブレゲ伯爵を卒倒させ)、私は社交界で大注目を浴びている。らしい。私はヴェリア様の結婚式の準備で忙しかったからよく分からないのだけど。


 この結果、私の後ろには次期公爵のガーゼルド様の幻影が後光のように浮かぶことになり、誰もが私を尊重しないわけにはいかなくなってしまったのだった。


 そういう事情で宝飾班の会議を重ねる内にどんどん「それはレルジェ様にお願いいたします」「レルジェ様の良いように」「レルジェ様に従います」「レルジェ様にお任せすれば安心ですわ」という感じで私に権限が集中して行き、いつの間にか私が宝飾班の班長に成り上がってしまっていたのである。


 どういうことなのか。私の忙しさはとんでもない事になり、最初は遠慮していた私もそれどころではなくなって、伯爵令嬢とか伯爵夫人とかからなる宝飾班の班員にバンバン命令して自分の手足として指揮するしかなくなったのだった。それでもどこからも苦情が出なかったのは、私の仕事が認められたからか、それともそんなにガーゼルド様の威光が凄いのか。


 そして当日である。私は自分ではヴェリア様の婚礼衣装を整えながら、各方面からの報告を受けていた。


「ウィグセン公爵ご夫妻のご準備整いました。異常はございません」


「分かりました。大聖堂の方に連絡を入れて、控え室の準備をしてもらって」


「エフローシア様のご準備は、エフローシア様が寝坊したので遅れ気味でございます」


「アクセサリーをすぐにお着け出来るように整えて待って。遅れ過ぎるようなら装いを簡略化しましょう」


「サリナーレ様がやっぱり真珠のブレスレットが良いと言い出しましたがどうしましょう?」


「あの方は移り気だから真珠も準備してあります。すぐご用意して」


「ラッピア様のネックレスの留め具が壊れました! 如何致しましょう!」


「控えている職人をすぐ呼んで修理させなさい!」


「リムネル様がぐずって着付けが出来ません!」


「お菓子とおもちゃを用意してあります! 乳母に頼んでなんとか誤魔化しなさい!」


 各お屋敷から報告を受けたら対処法を矢継ぎ早に考えて出さなければいけない。な、なんで私がこんな事を! こんなの私の仕事じゃなーい! なんて言っている場合ではない。私の主人であるヴェリア様の晴れ舞台である。失敗は許されないし、私自身の気持ちとしても敬愛するヴェリア様に素敵な結婚式を味わって頂きたいのだ。


 当のヴェリア様は穏やかなお顔で忙しく動き回る私達を見ていらしたわね。


 紺色の艶やかな髪。真っ白な肌。麗しい水色の瞳。おっとりしたお顔立ちで非常に落ち着きを感じさせる。美容班が数ヶ月掛かりで仕上げただけあって、今日のヴェリア様は一際お美しい。白いヴェール。白銀を思わせるドレス。首元にはエメラルドと真珠とダイヤのネックレス。ブレスレットはプラチナにアメジストとダイヤ。そして繊細な白金のティアラには大きなハートのブルーダイヤモンド。


「……素敵ですわ。ヴェリア様」


 私はお世辞ではなく言った。男女交際には全く興味がない私だけど、私もこんな花嫁になりたいなぁ、と憧れるような理想的な花嫁姿だったわね。


「ふふ、ありがとう。貴女のおかげね。レルジェ」


「私は何もしていませんよ?」


「貴女に『あの事を』話せて、私はだいぶ心が軽くなったのよ。そうそう誰にも話せない事だったし」


 前婚約者の話だろう。私がアレキサンドライトの件でズカズカとヴェリア様の秘密に踏み込んだから話さざる得なくなったのだけど、その事でヴェリア様のお心が軽くなられたのなら何よりである。


「それに、貴女も結婚、しても私の身近にずっといてくれるでしょう? 良かったと思って」


「……まだ決まった話ではございませんよ?」


「あら、そうでしたかしら?」


 ヴェリア様は楽しそうに笑った。私も苦笑する。まぁ、ヴェリア様としてみれば、気心の知れた私が、自分と同じような事情で皇族入りしてくれれば心強いと思ってるんだろうね。でも私としては簡単に頷ける話でもない。あれから私はガーゼルド様に会ってもいないし。


 でもどう考えても今日の婚礼の式典ではガーゼルド様もいらっしゃるだろう。皇族の一員だし、皇族の警備を司る近衛騎士団の団長でもあるのだから居ないわけが無い。


 ……ちょっとそっちの方面で緊張してきた。


 いや、でもそんな事を気にして集中を欠いている場合ではない。私は気合いを入れ直す。とりあえず、私事は全部後回し! 今日はヴェリア様のご結婚式。私は私の仕事に集中しないと!


「ヴェリア様。ご出発の準備が整いましてございます」


 ドアの外から執事の声が聞こえた。私はドレス班、化粧班の皆様と顔を見合わせてうなずき合う。準備は万全だ。侍女長のハーメイムさんに合図を送る。ハーメイムさんは心得たというように表情に緊張を漲らせて頷いた。


「支度は整いましてございます。ヴェリア様」


 ヴェリア様は一瞬顔をヴェールの中で伏せ、小さく息を吐いた。そして顔を上げると言った。


「では、参りましょうか」


 ドアが開き、ヴェリア様は静かに立ち上がった。さぁ、いよいよ本番である。


  ◇◇◇


 お屋敷のエントランスの前の車寄せには白馬六頭に曳かれた黄金色の馬車が待っていた。見るからに只事ではないこの馬車は、皇太子殿下のご結婚式にしか使われない特別な馬車である。馬車の前には黒地に金で装飾された騎士団礼服に身を包んだ近衛騎士団の方々が整列してお待ちだった。勿論、あの方もいる。というか一番お屋敷に近い最前列でお待ちだった。


 思わず私の顔は引き攣るが、さすがにこの重大なお仕事中に真面目で知られる彼がよそ見をする事はなかった。彼はビシッと敬礼をすると、大きな声で言った。


「メイーセン侯爵家のヴェリア様! 皇太子殿下のご命令によりお迎えに上がりました!」


 ヴェリア様はしっとりと頷かれる。


「ご苦労でした」


 ヴェリア様はお屋敷の扉から馬車までの間の赤い絨毯をゆっくり踏んで進まれる。お父様であるメイーセン侯爵に手を引かれてだ。


 メイーセン侯爵は細身で白い髪。白い顎髭の非常に穏やかなお方で、私達使用人にも非常に丁寧な態度を取られる方だった。ご夫人は既にお亡くなりになっており、メイーセン侯爵家はヴェリア様の四つ上の姉のエルフィン様が婿を取ってお継ぎになる事になっている。


 侯爵に手を引かれて馬車に乗る直前、ヴェリア様は感傷的な表情でお屋敷を振り返ったわね。結婚式が終わればヴェリア様はそのまま帝宮の皇太子宮殿にお入りになり、ここには帰っては来られない。


 私や侍女達はヴェリア様の乗った馬車の後ろに続く馬車に乗る。こちらも十分に豪華華麗な馬車である。私達も裏方とはいえ参列するので、格好は正装だ。ただし動き回ることが確定なので全員ヒールの低い靴を履いていた。


 結婚式の会場は帝都大聖堂。大女神様をお祀りする帝国一の聖堂だ。私は孤児時代に清掃の奉仕活動で何度か行ったことがあるのだが、なんというか、馬鹿みたいに大きいな、という感想しか持てなかった。何しろ、近くに寄ると尖塔のてっぺんが全然見えないんだもの。中に入っても何やら描かれている絵画が判別出来ないくらい天井も高い。


 この大聖堂に、招待客が約一千人も入るというのだから驚きだ。大聖堂には二階席三階席があり、回廊にも人が座れるように椅子が置かれて一千人を呑み込み切るらしい。招待客には国内の大貴族が勢揃いする他、フレッチャー王国王太子のロズバード殿下を始め近隣各国からの特使を含む。


 この凄まじい人数、凄まじい面子を前にこれからヴェリア様はご結婚式に臨むのである。大変なのだ。そしてこれをお助けする私達も一つの失敗も許されない。何度も何度もシミュレーションした手順を頭の中で再確認する。なんとか、なんとか最後まで無事にやり切れますように!


 大聖堂前に到着すると、門から聖堂の入り口までの数十メートルをヴェリア様は侯爵のエスコートでお歩きになる。両サイドには騎士団が整然と旗を持って並び、楽団が優雅な曲を演奏しているのだが、それをかき消すぐらいに歓声が聞こえてきた。聖堂の前庭を民衆が埋め尽くしているのだ。彼らは新たな皇太子妃を一目見ようと帝都中どころか帝国各地からやってきてここに来ているのである。


 ヴェリア様の後ろに粛々と続く私達ですら圧倒されて汗をかく程の熱気だ。群衆が一心に見詰め歓声を送る当人のヴェリア様は更なるプレッシャーを感じているだろう。私はゆっくりした足取りで進んで行くヴェリア様に内心で励ましを送った。


 ヴェリア様が新婦控え室にお入りになると、私は一度ヴェリア様の宝飾品を点検して微調整を行い、それから控え室を飛び出して他の方の控え室を順番に見て回った。私は新婦側担当なので(新郎側は皇族の方々だし)メイーセン侯爵家の親族の方を見て回る。


 最初はウィグセン公爵ご夫妻の控え室で、特に公妃様の宝飾品に異常が無いかどうかを確認する。このお二人は公爵ご夫妻だけに儀式慣れしていて、儀式正装にも慣れているから全く問題がなかった。公爵家の担当者に任せておいて大丈夫だろう。


 私は次にメイーセン侯爵家の控え室に向かった。侯爵様本人はヴェリア様の控え室におられて嫁入り前最後の会話をヴェリア様と交わしていらっしゃる事だろう。なのでここにおられるのは三人だ。お婿である次期侯爵と、ヴェリア様の姉のエルフィン様。そしてお二人の長女である四歳のリムネル様である。


 エルフィン様は背が高めの、ややきつい顔の美人で髪は茶色く瞳はヴェリア様と同じ水色だ。亡くなったメイーセン侯爵夫人に似ているらしい。リムネル様も同じ配色だけど、髪は子供らしくふわふわだ。お二人とも新婦のご家族ということで、お揃いで紺色のフォーマルなドレスを着ていらっしゃる。


 宝飾品はエルフィン様は大きなサファイヤをダイヤモンドで囲った豪奢なネックレスと、銀とダイヤモンド、そしてオパールを幾つもはめ込んだティアラを頭に乗せていた。このティアラはメイーセン侯爵家の秘宝らしい。


 リムネル様はさすがにジャラジャラ着けても可哀想ということで、金とルビーのブローチを胸に着けているだけだ。さっきの報告ではご機嫌斜めだったとの事だったが、今は楽しそうに控え室を跳ね回っていた。私を見付けると駆け寄ってくる。


「レルジェ! 見て! 赤いのよ!」


 とブローチを引っ張って見せてくれる。ちょ、縫い付けてはあるけど、ドレスが伸びたら大変だから引っ張らないで!


 次期侯爵ご一家は、侯爵屋敷にお住まいなので、当然私とも面識がある。特にリムネル様には懐かれていた。宝飾品に興味津々で、悪戯されると困るから宝飾品保管室に近付けないようには気を遣ったけどね。私も今日で侯爵邸からお引っ越しなので、リムネル様とはお別れだ。


 エルフィン様は私とリムネル様が触れ合うのをジーッと見てらしたわね。この方はかなり高位貴族のお嬢様イメージそのままという方で、使用人にはほとんど愛想を振らない。無表情で色々命令してくるというイメージが強い。私はヴェリア様の侍女だからあまり関わりがなかったけど、お屋敷の使用人の間の評判はけして高くはなかったわね。


 何より、エルフィン様はヴェリア様とあまり仲がよろしくなかった。


 エルフィン様は何しろ嫡女であるし、四歳も年上だ。大人しい性格のヴェリア様を結構虐めてたらしい。どんくさいだとか物覚えが悪いだとかかなり散々にけなしていたらしいのよね。お母様が亡くなった時に家伝の宝飾品のほとんどをご自分が相続して、ヴェリア様には地味なものしか残さなかったのは前に言った通りだ。


 ところが、そんな風に下に見ていたヴェリア様がなんと皇太子殿下に見初められ、婚約してしまった。エルフィン様は驚いたでしょうね。


 伯爵夫人が関の山だと思っていた地味な妹が、なんと侯爵夫人どころか本家の公妃様まで飛び越えて、一族の筆頭婦人になってしまったのである。姉であるエルフィン様でも公の場ではヴェリア様に傅かなければならない。


 ただでさえ高かったエルフィン様のプライドは大いに傷付いたらしい。かなり荒れたし、ご婚約以来ヴェリア様とはほとんど会わなくなったそうだ。夕食の席も別にする有様で、ヴェリア様は困っていたわね。ヴェリア様の方は特にお姉様に確執は感じておられないようで、普通に祝福してほしいと思っているらしかったからね。


 ただ、まぁ、今日でヴェリア様とエルフィン様の間には決定的な差が付いてしまうわけで、その身分差に段々慣れてもらうしかないと思うのよね。このままヴェリア様とエルフィン様が不仲だと、せっかく皇太子妃殿下の外戚になるメイーセン侯爵家の将来に関わると思うので。


 メイーセン侯爵家の控え室を出ると他のご親戚の控え室を回る。概ね問題ないようだった。事前にあれほど入念にリハーサルしたんだものね。何人かのご夫人が気分で結婚式には相応しくない宝石を身に着けていたのを外して頂いたくらいだ。そういう方も私が丁重に説明したら納得して下さったわよ。何しろ私は「皇帝陛下が認めた宝石の専門家」という事になっているらしいからね。


 全ての方々のチェックを終えるとヴェリア様の控え室にとんぼ返りする。すると、控え室にはなぜかさっきまでメイーセン侯爵家控え室にいた筈のリムネル様がいた。結婚前最後のご挨拶に見えたのだろうか? その割にはご両親はいなかったけど。


 リムネル様は燦然と光り輝くヴェリア様を見て目を輝かせていらっしゃったわね。しきりに走り寄ろうとしては彼女の乳母に止められていた。


「叔母様きれい! 凄い! その頭のやつ、お母様のよりきれい! ね、私にも被らせて!」


 なんて興奮して叫んでいた。女の子らしくて微笑ましいけど、ここでそんな願いを叶えて上げる訳にはいかない。ヴェリア様も困った顔をしてらしたわね。私は乳母にアイコンタクトを送った。乳母は頷いてなんとかリムネル様を引き離しに掛る。


「さ、リムネル様。お母様のところに戻りましょう」


「えー、やーの! ね、叔母様! 良いでしょ! ねー!」


 ご機嫌を損ねて叫び始めるリムネル様。まずい。この後リムネル様は結婚式にご出席になる。大聖堂の新婦側のお席でお行儀良く長時間座って頂くという重要ミッションがあるのだ。ここでご機嫌を損ねられて結婚式の間に泣かれでもしたら一大事である。


 私は咄嗟に、ポーチからアクセサリー補修の為に持ち歩いている金線を取り出した。それを手早く編んで、控え室に飾ってある花を刺した。簡易的だが小さなティアラの出来上がりだ。それをリムネル様の頭に乗せる。


「これでどうですか?」


 鏡の前に連れて行くと、リムネル様は微妙な表情をした。まぁ、そうよね。しかしその場にいたヴェリア様、侯爵様、侍女達、乳母、そして私はここぞとばかりにリムネル様を褒めまくった。


「きれいよリムネル」「おお、立派な花嫁だ」「きれいですわリムネル様!」「素敵ですよリムネル様!」「最高ですわ! リムネル様!」


 するとリムネル様は満面の笑みとなり、鏡の前でポーズなど取ると、私に向けてご機嫌良く言った。


「ありがと! レルジェ!」


「さ、ではお母様にもお見せしましょうね!」


 ここぞと乳母がリムネル様を控え室から連れ出した。ふー。なんとか誤魔化せた。子供は何をしでかすか予想が付かなくて怖いわね。


 暫くすると侍従が呼びに来て、ヴェリア様は控え室をお出になった。大聖堂への入場の順番はヴェリア様とメイーセン侯爵。その後ろにウィグセン公爵ご夫妻。その後ろに次期メイーセン侯爵ご夫妻(とリムネル様)。その後ろにご一族の皆様。最後に私達侍女である。


 大聖堂内陣の大扉が開くと荘厳な音楽が鳴り響いた。結婚式だから歓声こそ上がらないけど大きなざわめきが起こったわね。一人一人のお声は小さくてもなにせ一千人だ。


 巨大な交叉した梁で支えられている巨大な聖堂を人が埋め尽くしていた。いやほんと、びっしり人で一杯だったのだ。しかも全員が力一杯着飾ってキラキラ輝いている。圧倒されて思わず一瞬足が止まったわよね。


 その中をメイーセン侯爵に手を引かれてヴェリア様が堂々とお進みになる。天窓から降り注ぐ光がヴェリア様の白銀のドレスで包まれた肢体を、ティアラのプラチナをダイヤモンドを例のハートのブルーダイヤを、その他全身覆う様々な色の宝石を光り輝かせる。そのお姿は帝国の皇太子妃に相応しい美しさと威厳に満ちていらっしゃったわね。


 でも私は知っている。ヴェリア様は本来は大人しく地味で、穏やかな方だ。こんな自分に皇太子妃が務まるのか悩んでおられた事も知っている。以前の幼馴染みの婚約者にまだ想いを残している事も。


 しかし、そういう悩みを振り切って、ヴェリア様は決然と今日の結婚式に臨まれた。あの美しさは多分そういう美しさなのだと思う。自分で自分の人生を選び、前に進む女性はああも美しい。


 私も、ああいう花嫁になりたいものね。


 私はそう思い、自然と、視線が祭壇のすぐ横。騎士団礼服に身を包み、謹厳な表情で儀式用の槍を掲げて立っている、長身のくすんだ金髪の男性、ガーゼルド様に目が行ってしまうのだった。


 あの方は私を、このような毅然とした花嫁にして下さるのだろうか? と。


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