第八話 呪いのピジョンブラッド(前)
私は帝都の下町を歩いていた。庶民服を着てね。
生成りの麻のシャツに茶色いロングスカート、革のブーツ。頭には黄色いスカーフを被っている。庶民服としてはかなり上等な部類だけどね。最近着慣れてきたシルクのドレスとは着心地も重さも全然違う。まぁ、コルセットで締め上げられるドレスとどっちが良いかは微妙な所だと思うけども。
お貴族様になった筈の私が庶民服を着て帝都下町を歩いているのはなぜなのか? その理由は私の前を歩いている豪華な金髪の女性にあった。
一応庶民服を着て髪の毛は茶色いスカーフで隠しているものの、色々はみ出している。ブロンドもメリハリの良い身体も勝気な顔立ちも。
イルメーヤ公女はなぜか勝手知ったるとう足取りで、下町のクネクネ曲がる細い路地をドンドン歩いて行く。実際、もう何度も来ているんだろうね。こんな下町の奥深くになんて、帝都の平民でも富裕層はほとんど立ち入らないものなのに。
私は平民時代は宝石商人だったから、そこそこ富裕層の部類だった。ただ、研磨職人、細工職人なんかと打ち合わせする為に下町の職人街にはよく来てはいた。治安が悪いからあんまり一人では来たくなかったけどね。
そんな所に公女様は如何にも馴染まない。そしてもう一人、長身の男性。こちらも庶民服だが高貴さとイケメン度合いは全く隠せていない。彼はさりげなく私が路地の壁に当たらないように庇うと、ニッコリと麗しく微笑んだ。
ガーゼルド様まで来ることはなかったと思うんだけど。イルメーヤ様と私の護衛だとの事だけど、公爵家嫡男のガーゼルド様こそ護衛が必要なんじゃないかと思うのだ。まぁ、騎士団長だというくらいだからきっと物凄く強い方なんだろうけど。魔法も使えるらしいし。
私とイルメーヤ様、そしてガーゼルド様がこんな下町の奥深くを歩いているのは、イルメーヤ様がこう言い出したのが原因だった。
「付き合いなさい!」
イルメーヤ様はメイーセン侯爵邸にやってくると、ヴェリア様と私を名指しで呼んで言い放ったのだ。私もヴェリア様も困惑するしかない。私は仕方なく応じた。
「……えーっと。何をでございましょうか?」
「この間のダイヤモンドを買った店に怒鳴り込みに行くから付き合いなさいって言ってるのよ!」
この間のダイヤモンドとは、例の接着ダイヤモンドの事だろう。あれは確か帝都の怪しげな店で買ったってガーゼルド様が言ってたわね。そこにクレームを入れに行くということだろうか。
「えっと、その、なんで私が同行しなければならないのでしょうか?」
「貴女がいないとまた騙されるかもしれないじゃないの!」
……ええ〜?
「良いから来なさい! この間はお兄様の用事で郊外まで出かけたじゃない! 帝都の下町なんだから半日で終わるわよ!」
……ということで、断りきれず主人のヴェリア様の許可も出てしまったということで、私はイルメーヤ様の用意した庶民服を来てこんな所までやってきたという訳だった。
「すまんなレルジェ」
ガーゼルド様は苦笑しながら謝ってくれたけどね。イルメーヤ様はフンと鼻息を吐いてこう言った。
「お兄様とのお出かけの機会を設定してあげたんだから感謝しなさいよね!」
……どうして誰も彼も私をガーゼルド様の愛人にしたがるのか? 甚だ遺憾である。
イルメーヤ様に先導されて狭い下町の路地を進む。私もこの辺には来たことがある。なので目的地には検討がついていた。多分、あの店だ。
案の定、路地の奥も奥にある小さな扉をイルメーヤ様は迷わず押し開いた。本当に小さな扉で、私でさえ頭を下げないと潜れない。長身のガーゼルド様なんて完全にしゃがまないと扉に入れなかった。
扉の向こうも同じ大きさのトンネルのようになっていて、そのまま三十歩くらい進まないといけない。ガーゼルド様は諦めて
四つん這いで進んでいたわね。
その奥に小さな、でも一応はガーゼルド様でも立って歩けるぐらいの部屋がある。木肌がむき出しの壁と床。壊れそうな木の椅子とテーブル。天井にランプが一つ吊り下がっている。そして一番奥がカウンターのようになっていて、その向こうに怪しげなとしか言いようがない人物が座っていた。
紫色のフードを被った老婆だ。フードから覗く神は白髪なのか銀髪なのか。鷲鼻といい皮肉に歪んだ口元といい、魔女めいた雰囲気を醸し出している。
老婆は私たちが入ってくるのを片目を開けてみた。灰色の目がパチンと瞬きする。
「また来たのかい? お嬢ちゃん。……それと、レルジュじゃないか。久しぶりだね」
「久しぶり。リュグナ婆ちゃん」
挨拶する私を見て、イルメーヤ様が怪訝な顔をする。
「知り合いなの?」
「ええ、まぁ、狭い業界ですので」
宝石商にもギルドがあり、参加していないと帝都で商売は出来ない。ギルドの会合に参加すればメンバーとは嫌でも顔見知りになるものだ。
このリュグナ婆ちゃんは帝都宝石商ギルドの最古参で、例のハイアール男爵でさえ一目置く人物だ。私などハナタレ娘扱いである。
「ほうほうそうかい。そっちの旦那のいい人になったんだね。なるほどどうしてどうして……」
リュグナ婆ちゃんはひひひっと笑った。私が貴族になった事は知っていたようだけど、貴族になった理由はどうもガーゼルド様の愛人になったからだと勘違いしたようだったわね。遺憾である。
イルメーヤ様はツカツカとカウンターに近寄ると、カウンターの上にバンと手を置いた。手を開くと中には例のダイヤモンドの指輪が現れる。
「これ、ここで買ったこれ、とんだ偽物だそうじゃないの!」
「お嬢ちゃん。人聞きの悪いことを言っちゃいけないよ。これは本物さ。本物のダイヤモンドだよ」
「ダイヤはダイヤでも、ツギハギのダイヤモンドだそうじゃないの!」
「でも、ダイヤはダイヤだったろう? 私は『これは一つのダイヤモンドだ』と言ったかい?」
婆ちゃんはひひひっと笑い、イルメーヤ様は鼻白む。
「お嬢ちゃんには納得が行くまで見せてあげた筈さ。双方納得しての取引で文句を言われてもね」
こんな暗い部屋で宝石の真贋を判定しろと言われてもね。私は呆れたけど、そこも婆ちゃんの計算の内なのだろう。店の入り口がこんなに狭いのも強盗を防ぐためなのだ。
イルメーヤ様は納得せず、やいのやいのと文句を付けていたが、リュグナ婆ちゃんはのらりくらりと躱して全く相手にしていなかったわね。天下の公女殿下を相手にいい度胸だけど、イルメーヤ様も身分を傘に着て高圧的な物言いをする事はなかった。
イルメーヤ様が流石に文句を言い疲れて一息入れた、そのタイミングだった。その絶妙な瞬間にリュグナ婆ちゃんがスルッと口を開いたのだった。
「ふむ、じゃあお嬢ちゃんはウチにとっておきの掘り出し物があると言っても、もう買わないんだね?」
イルメーヤ様は劇的な反応を見せた。
「掘り出し物?」
サファイヤ色の瞳が輝いている。あ、これは婆ちゃんの罠だ。私は直感したけど、黙っていた。余計なことを言うと私まで巻き込まれる。
「なに! なんなのよ! 早く見せなさいよ!」
こんな感じで前回も例の接着ダイヤモンドを売り付けられたに違いない。流石はリュグナ婆ちゃんである。私でさえうっかりとんでもないモノを買わされた事が、一度や二度ではなくあるのだ。
「そうさねぇ。これはちょっと滅多な人には売りたくないんだけどねぇ」
「いいから! 出してみなさいよ! ほら!」
散々もったいぶった挙句、リュグナ婆ちゃんは足元から布の袋を取り出した。その口から手を突っ込んで、無造作にソレを取り出す。木のカウンターにゴトンと音を立てて置かれたモノは……。
「……ひーいぃぃぃぃ!」
私は思わず悲鳴を上げていた。ガーゼルド様がびっくりしてしまっていたけど、私はもう驚愕愕然唖然としてしまっていたからそれどころではなかったわよ!
婆ちゃんが取り出したのは大きな赤い宝石だった。アクセサリーにはなっていない。ルースの状態だ。
とんでもない大きさである。私の手の平を覆うくらいある。形は楕円形で、オーバルカットが施されていた。色は真紅。そしてその透明度の素晴らしさ! こ、これは……。
「ピジョンブラッド!」
イルメーヤ様が叫んだのも無理はない。
ピジョンブラッドとは最高級ルビーを表す称号みたいなもので、色合いや透明度を加味してその石がその称号で呼ばれるかどうかは決められる。
なのでこの宝石がそうであるかは分からないのだが……。
「この色合い! クリアランス! 大きさ! 素晴らしいわ!」
うん。間違いなく、最上級のルビーである事は間違いない。私がこれまで目にした中でも最も素晴らしいルビー。目も眩むような宝石の女王。……なんだけど……。
「これ! 私が買うわ! いくらでも払います!」
イルメーヤ様が叫んだ瞬間、私は思わず声が出てしまった。
「待ちなさい!」
怒鳴りつけられてイルメーヤ様がポカンとしてしまう。いけないいけない。公女様を怒鳴ったのは不味かった。でも、えーと。でもですね……。
「なんだ。何を見た。あの宝石に?」
ガーゼルド様が私に屈み込んで耳元で囁いた。私が宝石の記憶を見る事が出来るのは、イルメーヤ様には内緒だからね。私もガーゼルド様の耳に口を思い切り寄せて囁く。
「アレはとんでもない代物です! 来歴が! 呪われたルビーですよ!」
「呪われた?」
さすがにガーゼルド様が驚く。私は小声で彼にあのルビーの「記憶」を話して聞かせた。
「あのルビーは元々、どこかの国の貴族の所有だったようです」
どこの国かはよく分からないけどね。掘り出されてすぐにその貴族が手に入れ、大きなネックレスにされた、
そしてその貴族が、そのネックレスをしたまま戦争に出たのである。なんでこんな高価なモノを身に付けて戦争に行くのかしらね?
「宝石には魔力を貯められるからな。魔法のためだったのではないか?」
それは分からないけどね。でも、もしそうでもそのお偉い貴族はその魔力を役立てられなかった事になる。
なぜなら将軍だったらしいその貴族はその戦争で討ち取られて死んじゃったからね。その死亡シーンがスプラッタで私はさっき悲鳴を上げてしまったのよ。四方八方から突き刺されて、首ごとネックレスは奪われたんだからね。うげー。
で、その後違う貴族がこのルビーを保有したものの、すぐに屋敷を襲った強盗に盗まれてしまう。そこでも血塗れ展開だったわね。そして何度か怪しげなルートで転売された後、リュグナ婆ちゃんの店に辿り着いたものらしい。
どう考えてもろくでもある来歴とは言えまい。しかもこれほどのルビーなのに、なぜかアンダーマーケットを転々として、リュグナ婆ちゃんもこれを随分長い事死蔵していたらしい。婆ちゃんでさえ直ぐには売り捌けなかったのだから、余程の曰くがあるのだろう。怪し過ぎる。
「止めた方がいいです! 買わないほうがいいです! ガーゼルド様からイルメーヤ様をお止めして下さい!」
しかしガーゼルド様はむーんと考え込んでしまった。
「ようは戦場での戦利品であろう? 入手のきっかけが敵から奪った物であるなんて、宝飾品ではよくある事ではないか」
「へ?」
「そういう来歴のモノは公爵家にも皇帝陛下のところにもたくさんあるぞ」
……貴族は魔力の事があって戦場に宝石を携えるのは普通の事なので、戦に敗れた場合は首と同時にその宝石も敵に奪われるのが当たり前なのだそうだ。
むしろそういう戦利品由来の宝石は戦果の証として誇示されるものなのだそうである。……ガーゼルド様や皇帝陛下の宝石コレクションを見たくなくなってきたわね。
「だからそういう理由でイルメーヤを止めるのは難しいと思うぞ? レルジェ」
「そこ! いつまで身を寄せ合ってイチャイチャしているの! レルジェ! なんか文句があるの? このルビーに何か問題でも?」
イチャイチャなんてしてませんよ! どうしてみんな私とガーゼルド様をくっつけたがるのかしら?
しかし、どうしたものか。来歴の悪さでイルメーヤ様がお止め出来ないとなると、後は私の勘。宝石商としての私の勘が「このルビーには関わらないほうが良い!」と強く告げている事だけが、このルビーを買わない方が良いと思う理由になってしまう。
そんなものでイルメーヤ様を止められるわけはないわよね……。
「そうさなぁ。十万リーダ、と言いたいところだが、お嬢ちゃんには特別に一万リーダで売ってあげよう」
「安い! 買った!」
安過ぎるでしょう! こんなとんでもない代物、百万リーダだっておかしくないのに! 安過ぎて逆に怪しい、怪し過ぎる! し、しかし止める方法が……。
歯噛みする私を見て、リュグナ婆ちゃんはイーヒヒヒヒっつと笑ったわよね。絶対、あれは絶対このルビーには厄介な事情があるのを承知している顔だわよ! 知ってて隠している顔だ! 罠だ! 絶対に罠だ!
しかし、結局私は何も言えずに、ガーゼルド様からお財布を受け取ったイルメーヤ様が一万リーダを即金で払い、リュグナ婆ちゃんとしっかりと握手をするのを見守るしかなかったのである。
◇◇◇
……もちろん大変な事になった。
ルビーの取引から二ヶ月後、私とヴェリア様、そして皇太子殿下とガーゼルド様は帝宮の一室で揃って頭を抱えていたのだった。
「なんで止めなかったのだ! レルジェ!」
「お止め致しましたとも! 皇太子殿下! ガーゼルド様に止めるようお頼み申し上げました!」
「じゃあなぜ止めなかった! ガーゼルド!」
「……すまぬ」
ガーゼルド様はがっくりと顔を落としてしまった。それを見て皇太子殿下は思わず逆に天を見上げてしまう。
「遂にフレッチャー王国の王太子が正式に抗議のために来る事になってしまったぞ! もうあっちの王都を発ってこちらに向かっているらしい」
フレッチャー王国というのは帝国の西にある隣国で、帝国と同等の大国である。
その王国の王太子がわざわざ帝国までやってくるというのは、結構な大事件である。しかも問題についての抗議のためにやってくるとなると、これは大変な事である。
その問題というのが……。
「どうしてあれが『エベロン大王のルビー』だと気が付かなかったのだ!」
皇太子殿下は叫んだのだけど、そんなの知るわけない。私はもちろん知らないし、イルメーヤ様ももちろん知らなかった。ガーゼルド様は名前だけは知ってらしたそうだけど、あのルビーを見ただけでアレがそうだと気が付かなかったとしても、それはガーゼルド様の責任では無いと思う。
なにせ、二百年も前の話だからね。
エベロン大王というのは、二百年くらい前のフレッチャー王国の国王である。
非常に野心家の王様だったそうで、彼はフレッチャー王国の軍備を整えると当時まだ小さかった王国の周辺諸国に軍事侵攻を行った。
戦術戦略に優れた大王の指揮により、フレッチャー王国軍は連戦連勝。この時に広げた領土のおかげでフレッチャー王国は大陸有数の大国にのしあがったのだそうだ。
で、エベロン大王は遂に帝国との間にあった国を滅ぼし、帝国への侵攻を企んだのである。当然帝国も迎え撃つ。
フレッチャー王国軍十五万と帝国軍十二万の大軍勢は、国境付近の平原で激突した。これが歴史上名高い「コルドランの戦い」である。この戦いには当時の皇帝陛下はもちろん、ガーゼルド様のご先祖様を始め帝国の貴顕が総出で出陣なさったそうだ。まさに帝国の命運を賭けた大戦だったのである。
この戦いの結果は……。
帝国の勝利に終わった。激戦の末、帝国軍はフレッチャー王国軍を撃ち破り、敵の本陣を包囲してこれを殲滅。遂にエベロン大王を討ち取ったのである。
この時に、エベロン大王の首と共に帝国軍が手に入れたのが、エベロン大王が肌身離さず、戦場にまで携えていた秘宝である「エベロン大王のルビー」だった。
当時は魔法使いも今よりずっと多かったらしいから、エベロン大王が魔法使いだった可能性もあるけど、それよりは彼がこれを必勝のお守りと信じていた可能性が高いと思うわね。ルビーは勝利の石と言われているから。
もちろん、戦場で敵将から奪ったものは戦利品であり、獲得した者に正当な所有権がある。ルビーはエベロン大王を討ち取った者に与えられたらしい。
のだが、ここからが複雑な話となる。
帝国軍はフレッチャー王国軍を撃退したのだが、全滅させる事は出来ず、フレッチャー王国はエベロン大王の息子が次の王となって帝国に大王の復讐戦をしつこく挑んで来た。
帝国は必死に防戦したのだが、領地を少し奪われてしまう。しかしフレッチャー王国の方も後が続かず、戦線は膠着してしまった。そして結局、両国の間で話し合いが行われて、和平をする事になった。
この和平交渉でフレッチャー王国が帝国に「占領地域の返還」と引き換えにしてさえ求めたのが、エベロン大王の遺体と「エベロン大王のルビー」だったのである。
交渉はまとまり、和平が成立し、エベロン大王の遺体は丁重にフレッチャー王国に返還された。そしてルビーも返還される予定だった、のだが。
なんとルビーが行方不明になってしまったのである。戦利品として獲得した貴族が強盗に襲われて殺害され、ルビーは奪われて行方不明になったのだそうだ。
和平条件であるルビーが失われた事で、帝国は困ったしフレッチャー王国は激怒した。当然、和平はご破算になるところだったのだが、両国は戦争続きで疲弊しており、和平を成立させないわけにはいかなかったのだ。
それでフレッチャー王国は帝国に譲歩し「ルビーが見つかったら王国に返還する」という条件を付けて和平を成立させた。領土は返還され、帝国とフレッチャー王国の国境は確定。以降、二百年に渡って両国の関係は安定を保っている。
あのルビーにはこんな曰くがあったのである。帝国としても最初の内は真面目にエベロン大王のルビーの行方を探していたようだ。しかし、なかなか見つからず、その内にほとんど諦めてしまったらしい。
フレチャー王国との関係も安定。あちらからも何も言ってこなかった事もあり、エベロン大王のルビーの存在は正直、帝国の人間たちの頭から消え始めていた。
ところが、あのルビーを購入したイルメーヤ様がルビーをネックレスに仕上げ、それを帝宮で行われた夜会で勇んで着用、見せびらかしていた時だった。
たまたま出席していたフレッチャー王国の外交官が叫んだのだ。
「そ、それはエベロン大王のルビーではないか!」
さぁ、大騒ぎになった。エベロン大王のルビーなど知らないイルメーヤ様は首を傾げるばかり。これは普通に購入したものだと主張したのだけどフレッチャー王国の外交官は納得しない。
「帝国は二百年前の和平条件を忘れたのか!」
と騒ぎ立てたのである。ルビーが見つかっていたのに隠蔽してフレッチャー王国に返さなかった。そしてそろそろほとぼりも冷めたろうからと、皇族であるイルメーヤ様が持ち出して使用したのだろうと言うのである。
イルメーヤ様は激怒して「そんな昔の話は知りません! これは私のルビーです!」と叫んだ。そしてあろうことか無礼であるとして外交官を帝宮から叩き出してしまったのである。外交官は怒り狂い帝国政府に抗議し本国に訴えた。
事態を重くみたフレッチャー王国からは激烈な抗議文が届き、遂には抗議のために王太子殿下が来訪する事になった、という訳である。
なるほど。私があの石の記憶を見た時に見えたあの将軍がエベロン大王だったのだろう。その後盗まれたという記憶も伝説に残るエベロン大王のルビーの来歴と矛盾しない。というか、あんな巨大なルビーは滅多の無いので、十中八九あれはエベロン大王のルビーなのだと思う。
実に困った事になった。イルメーヤ様はブリブリ怒って「これは私が正当に購入したルビーです! なんとか大王なんて知りもしません!」と叫んでいるらしい。
実際、あのルビーには刻印も何もないので、実はこれが間違いなくエベロン大王のルビーだという証拠はないのだそうだ。
しかし、その様相は細かく文書や絵図面に残されており、それを持ち込んだフレッチャー王国の外交官は皇帝陛下と面会してあのルビーは間違いなくエベロン大王のルビーだと主張しているらしい。
問題は完全に外交問題化、政治問題化しており、フレッチャー王国は態度を硬化。二百年ぶりの和平破棄と戦争開始も辞さない態度なんだとか。
「困った。実に困った」
皇太子殿下は頭を抱えていた。殿下がお困りなのは、皇太子殿下とヴェリア様の結婚式がもう来月に迫っていたからである。
こんな問題が起こっては結婚式の延期は必至だ。もしも戦争だなんて話になれば延期どころか中止である。愛するヴェリア様との結婚を熱望する皇太子殿下としては耐え難い事態だろう。
「なんとかならぬのか! レルジェ!」
私にそんな事を言われても困る。皇太子殿下まで、一体私を何だと思っているのか。
「宝石に関しては君が一番頼りになるのだ。何か良い知恵はないか?」
ガーゼルド様が珍しく深刻な表情で訴える。い、いや、そんな事を言われましても……。
「レルジェ。お願いします」
ヴェリア様まで……。わ、私はただの宝石商人で、ちょっと宝石の記憶が見えるだけの今は男爵令嬢ですよ?
が、外交問題の解決なんて私の仕事じゃないわよ-! 一体どういう事なんですか-!
と私は叫びたかったわよ。
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